誰かの望んだ世界

日灯

文字の大きさ
上 下
55 / 87
後篇

特別の感じ

しおりを挟む
 リュイヴェと出掛けたラウレルが戻って来たのは、翌日の夜だった。
 目的は達成したというのに、その表情は浮かない。以前のような悲壮感はないけれど、なんだか複雑そうな表情だ。
 ラウレルと入れ違いに帰ったノヴァは、そんなラウレルを本人の気付かぬところで目を細めて見ていた。

「二人きりの休日、どうだった?」

 ソファで課題をやりながら聞いてみる。
 誰かが近くにいた方がやる気になると気付いたのは、最近のことだ。

「……うん。夢みたいだった」

 視線を感じて顔を上げると、好奇心に溢れた瞳があった。

「イオは?」

 「うーん」と昨日、今日を振り返る。

「楽しかった」

 おれの答えを聞いたラウレルは、何故か微かに目を見開いて、とても綺麗に微笑んでくれた。

「ジンたちにも内緒にするのか?」
「隠してるつもりはないんだけど…」

 付き合うというのは初めてで、たまにどうしたらいいのか分からない。恋人というものが、友達となんか違うと実感したのも、ここ数日でのことだ。

「言った方がいいかな?」

 首を傾げて聞いてみると、ラウレルは少し俯いておかしそうに笑った。

「イオから言わなくても、二人から聞かれるかもな」
「そう?」

 付き合ってちょっと経つけれど、今のところ聞かれていない。

「うん。今のイオ、可愛いから」
「はぁ?」

 ――どういうこと。
 くすくす笑うラウレルはそれには答えず、さっさと風呂へ行ってしまった。なんだか分からないけど、ラウレルが楽しそうだったので良しとしよう。

 ◇◇◇

 それから数日も経たない内に、生徒たちの雰囲気から苛立ちを感じるようになった。刺々しいそれは、肌がピリピリするくらいだ。
 屋上で昼食を食べながら、視線を目の前のアスファーに向ける。

「みんな、どうしたんだ?」

 アスファーは、疲れきった様子でため息を吐いた。

「宗家が人間界に干渉を始めたって、噂が広がってんだよ」
「そうなの?」
「ああ。で、不安の矛先がそっちに向いたらしい」

 顔を歪めるアスファーの隣で、ジンがぼんやりとこちらを向く。

「今日は放課後、異例の生徒集会があるだろ? そのお陰で、こんなもんで収まってるんだと思う」

 そうだ、今朝グラディオが言っていた。一体そこで、どのような発表があるだろう。

「ジンは内容知ってる?」
「ああ…」

 頷いてゆるりと上向いたジンは、憂いを漂わせていた。――広がっているのは、清々しいほどの青空だというのに。

「その集会で、やつらの気が収まりゃいいが」
「どうだろうな」

 隣のラウレルも肩を竦める。

「いい天気なのになぁ」

 学舎に漂う重い空気に、身体が重くなったように感じる。空は青くて吹き抜ける風は心地好く、ここはこんなに長閑なのに。

「おまえはいいよな」

 呆れたようなジンの声。

「なんで、」
「呑気で」
「しかも、最近やけに機嫌が良いしな」

 アスファーまで胡乱な目で見てくる。
 ラウレルに至っては、口許にうっすらと弧を描いてなんとも楽しそうにしていた。その様子に気付いたジンが、ラウレルに向かって口を開く。

「何があったんだ?」
「イオ、話したら?」

 その時ようやく、休日にラウレルから言われたことを思い出した。ラウレルの言った通りになり、少し驚く。そしてやはり、隠しているわけではないので、早々に明かすことにした。

「ノヴァと付き合ってる、んだけど…」

 言葉半ばでジンとアスファーが目を見開いたので、尻切れトンボの形になってしまった。

「ノヴァール…?」
「……まぁ、仲良かったなおまえ…」

 二人はなんだか微妙な顔をしている。

「なに」
「いや…、そんな素振り感じなかったなと」
「いつからだ?」
「二週間前くらい」

 そう答えると、二人は目に見えて驚いた顔をした。

「イオも恋なんてするんだな」
「スゲー意外」

 うん、おれも意外。というか、

「恋ってよく分かんないけど」

 言えば、アスファーが怪訝な顔をする。

「だっておまえ、付き合ってんだろ?」
「まぁ」
「好きだからじゃねーのかよ?」
「好きだけど」

 なんと言ったらいいだろう。

「俺たちに対するのとは違う好きか?」

 ラウレルが首を傾げて聞いてきた。
 ラウレルへの好きと、ノヴァへの好き。――改めて感じてみると、違う気がした。ラウレルへの好きは温かい感じで、ノヴァへの好きは身体中がほわほわしたり胸がじんとする。

 ――ノヴァに付き合おうって言われた時には分からなかったのに。

「……違う、かな」

 頷いて顔を上げれば、ジンとアスファーがまたまた目を丸くしていた。

「、アホ、ちゃんと分かってんじゃねーかよ」

 そっぽを向いて口を開いたアスファー。居心地が悪そうなのはなんでだ。
 視線をジンに移すと、目を伏せてしまった。心なし、頬が赤いような――。

「ジン?」
「なんだよ良かったな付き合えて」
「え、うん」

 珍しく早口だ。
 それにしても、おれは今、恋をしているのか。あまり実感がない。

「恋してるかは兎も角、特別に好きな人ができて良かったな」

 ラウレルはまるでおれの心が読めるみたいだ。優しい群青色に癒される。

「おう」

 この気持ちを知ることができて本当に良かった。
 とても貴重な気がするし、ノヴァへの感謝は尽きない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

琥珀いろの夏 〜偽装レンアイはじめました〜

桐山アリヲ
BL
 大学2年生の玉根千年は、同じ高校出身の葛西麟太郎に3年越しの片想いをしている。麟太郎は筋金入りの女好き。同性の自分に望みはないと、千年は、半ばあきらめの境地で小説家の深山悟との関係を深めていく。そんなある日、麟太郎から「女よけのために恋人のふりをしてほしい」と頼まれた千年は、断りきれず、周囲をあざむく日々を送る羽目に。不満を募らせた千年は、初めて麟太郎と大喧嘩してしまい、それをきっかけに、2人の関係は思わぬ方向へ転がりはじめる。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

さがしもの

猫谷 一禾
BL
策士な風紀副委員長✕意地っ張り親衛隊員 (山岡 央歌)✕(森 里葉) 〖この気持ちに気づくまで〗のスピンオフ作品です 読んでいなくても大丈夫です。 家庭の事情でお金持ちに引き取られることになった少年時代。今までの環境と異なり困惑する日々…… そんな中で出会った彼…… 切なさを目指して書きたいです。 予定ではR18要素は少ないです。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...