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後篇
特別の感じ
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リュイヴェと出掛けたラウレルが戻って来たのは、翌日の夜だった。
目的は達成したというのに、その表情は浮かない。以前のような悲壮感はないけれど、なんだか複雑そうな表情だ。
ラウレルと入れ違いに帰ったノヴァは、そんなラウレルを本人の気付かぬところで目を細めて見ていた。
「二人きりの休日、どうだった?」
ソファで課題をやりながら聞いてみる。
誰かが近くにいた方がやる気になると気付いたのは、最近のことだ。
「……うん。夢みたいだった」
視線を感じて顔を上げると、好奇心に溢れた瞳があった。
「イオは?」
「うーん」と昨日、今日を振り返る。
「楽しかった」
おれの答えを聞いたラウレルは、何故か微かに目を見開いて、とても綺麗に微笑んでくれた。
「ジンたちにも内緒にするのか?」
「隠してるつもりはないんだけど…」
付き合うというのは初めてで、たまにどうしたらいいのか分からない。恋人というものが、友達となんか違うと実感したのも、ここ数日でのことだ。
「言った方がいいかな?」
首を傾げて聞いてみると、ラウレルは少し俯いておかしそうに笑った。
「イオから言わなくても、二人から聞かれるかもな」
「そう?」
付き合ってちょっと経つけれど、今のところ聞かれていない。
「うん。今のイオ、可愛いから」
「はぁ?」
――どういうこと。
くすくす笑うラウレルはそれには答えず、さっさと風呂へ行ってしまった。なんだか分からないけど、ラウレルが楽しそうだったので良しとしよう。
◇◇◇
それから数日も経たない内に、生徒たちの雰囲気から苛立ちを感じるようになった。刺々しいそれは、肌がピリピリするくらいだ。
屋上で昼食を食べながら、視線を目の前のアスファーに向ける。
「みんな、どうしたんだ?」
アスファーは、疲れきった様子でため息を吐いた。
「宗家が人間界に干渉を始めたって、噂が広がってんだよ」
「そうなの?」
「ああ。で、不安の矛先がそっちに向いたらしい」
顔を歪めるアスファーの隣で、ジンがぼんやりとこちらを向く。
「今日は放課後、異例の生徒集会があるだろ? そのお陰で、こんなもんで収まってるんだと思う」
そうだ、今朝グラディオが言っていた。一体そこで、どのような発表があるだろう。
「ジンは内容知ってる?」
「ああ…」
頷いてゆるりと上向いたジンは、憂いを漂わせていた。――広がっているのは、清々しいほどの青空だというのに。
「その集会で、やつらの気が収まりゃいいが」
「どうだろうな」
隣のラウレルも肩を竦める。
「いい天気なのになぁ」
学舎に漂う重い空気に、身体が重くなったように感じる。空は青くて吹き抜ける風は心地好く、ここはこんなに長閑なのに。
「おまえはいいよな」
呆れたようなジンの声。
「なんで、」
「呑気で」
「しかも、最近やけに機嫌が良いしな」
アスファーまで胡乱な目で見てくる。
ラウレルに至っては、口許にうっすらと弧を描いてなんとも楽しそうにしていた。その様子に気付いたジンが、ラウレルに向かって口を開く。
「何があったんだ?」
「イオ、話したら?」
その時ようやく、休日にラウレルから言われたことを思い出した。ラウレルの言った通りになり、少し驚く。そしてやはり、隠しているわけではないので、早々に明かすことにした。
「ノヴァと付き合ってる、んだけど…」
言葉半ばでジンとアスファーが目を見開いたので、尻切れトンボの形になってしまった。
「ノヴァール…?」
「……まぁ、仲良かったなおまえ…」
二人はなんだか微妙な顔をしている。
「なに」
「いや…、そんな素振り感じなかったなと」
「いつからだ?」
「二週間前くらい」
そう答えると、二人は目に見えて驚いた顔をした。
「イオも恋なんてするんだな」
「スゲー意外」
うん、おれも意外。というか、
「恋ってよく分かんないけど」
言えば、アスファーが怪訝な顔をする。
「だっておまえ、付き合ってんだろ?」
「まぁ」
「好きだからじゃねーのかよ?」
「好きだけど」
なんと言ったらいいだろう。
「俺たちに対するのとは違う好きか?」
ラウレルが首を傾げて聞いてきた。
ラウレルへの好きと、ノヴァへの好き。――改めて感じてみると、違う気がした。ラウレルへの好きは温かい感じで、ノヴァへの好きは身体中がほわほわしたり胸がじんとする。
――ノヴァに付き合おうって言われた時には分からなかったのに。
「……違う、かな」
頷いて顔を上げれば、ジンとアスファーがまたまた目を丸くしていた。
「、アホ、ちゃんと分かってんじゃねーかよ」
そっぽを向いて口を開いたアスファー。居心地が悪そうなのはなんでだ。
視線をジンに移すと、目を伏せてしまった。心なし、頬が赤いような――。
「ジン?」
「なんだよ良かったな付き合えて」
「え、うん」
珍しく早口だ。
それにしても、おれは今、恋をしているのか。あまり実感がない。
「恋してるかは兎も角、特別に好きな人ができて良かったな」
ラウレルはまるでおれの心が読めるみたいだ。優しい群青色に癒される。
「おう」
この気持ちを知ることができて本当に良かった。
とても貴重な気がするし、ノヴァへの感謝は尽きない。
目的は達成したというのに、その表情は浮かない。以前のような悲壮感はないけれど、なんだか複雑そうな表情だ。
ラウレルと入れ違いに帰ったノヴァは、そんなラウレルを本人の気付かぬところで目を細めて見ていた。
「二人きりの休日、どうだった?」
ソファで課題をやりながら聞いてみる。
誰かが近くにいた方がやる気になると気付いたのは、最近のことだ。
「……うん。夢みたいだった」
視線を感じて顔を上げると、好奇心に溢れた瞳があった。
「イオは?」
「うーん」と昨日、今日を振り返る。
「楽しかった」
おれの答えを聞いたラウレルは、何故か微かに目を見開いて、とても綺麗に微笑んでくれた。
「ジンたちにも内緒にするのか?」
「隠してるつもりはないんだけど…」
付き合うというのは初めてで、たまにどうしたらいいのか分からない。恋人というものが、友達となんか違うと実感したのも、ここ数日でのことだ。
「言った方がいいかな?」
首を傾げて聞いてみると、ラウレルは少し俯いておかしそうに笑った。
「イオから言わなくても、二人から聞かれるかもな」
「そう?」
付き合ってちょっと経つけれど、今のところ聞かれていない。
「うん。今のイオ、可愛いから」
「はぁ?」
――どういうこと。
くすくす笑うラウレルはそれには答えず、さっさと風呂へ行ってしまった。なんだか分からないけど、ラウレルが楽しそうだったので良しとしよう。
◇◇◇
それから数日も経たない内に、生徒たちの雰囲気から苛立ちを感じるようになった。刺々しいそれは、肌がピリピリするくらいだ。
屋上で昼食を食べながら、視線を目の前のアスファーに向ける。
「みんな、どうしたんだ?」
アスファーは、疲れきった様子でため息を吐いた。
「宗家が人間界に干渉を始めたって、噂が広がってんだよ」
「そうなの?」
「ああ。で、不安の矛先がそっちに向いたらしい」
顔を歪めるアスファーの隣で、ジンがぼんやりとこちらを向く。
「今日は放課後、異例の生徒集会があるだろ? そのお陰で、こんなもんで収まってるんだと思う」
そうだ、今朝グラディオが言っていた。一体そこで、どのような発表があるだろう。
「ジンは内容知ってる?」
「ああ…」
頷いてゆるりと上向いたジンは、憂いを漂わせていた。――広がっているのは、清々しいほどの青空だというのに。
「その集会で、やつらの気が収まりゃいいが」
「どうだろうな」
隣のラウレルも肩を竦める。
「いい天気なのになぁ」
学舎に漂う重い空気に、身体が重くなったように感じる。空は青くて吹き抜ける風は心地好く、ここはこんなに長閑なのに。
「おまえはいいよな」
呆れたようなジンの声。
「なんで、」
「呑気で」
「しかも、最近やけに機嫌が良いしな」
アスファーまで胡乱な目で見てくる。
ラウレルに至っては、口許にうっすらと弧を描いてなんとも楽しそうにしていた。その様子に気付いたジンが、ラウレルに向かって口を開く。
「何があったんだ?」
「イオ、話したら?」
その時ようやく、休日にラウレルから言われたことを思い出した。ラウレルの言った通りになり、少し驚く。そしてやはり、隠しているわけではないので、早々に明かすことにした。
「ノヴァと付き合ってる、んだけど…」
言葉半ばでジンとアスファーが目を見開いたので、尻切れトンボの形になってしまった。
「ノヴァール…?」
「……まぁ、仲良かったなおまえ…」
二人はなんだか微妙な顔をしている。
「なに」
「いや…、そんな素振り感じなかったなと」
「いつからだ?」
「二週間前くらい」
そう答えると、二人は目に見えて驚いた顔をした。
「イオも恋なんてするんだな」
「スゲー意外」
うん、おれも意外。というか、
「恋ってよく分かんないけど」
言えば、アスファーが怪訝な顔をする。
「だっておまえ、付き合ってんだろ?」
「まぁ」
「好きだからじゃねーのかよ?」
「好きだけど」
なんと言ったらいいだろう。
「俺たちに対するのとは違う好きか?」
ラウレルが首を傾げて聞いてきた。
ラウレルへの好きと、ノヴァへの好き。――改めて感じてみると、違う気がした。ラウレルへの好きは温かい感じで、ノヴァへの好きは身体中がほわほわしたり胸がじんとする。
――ノヴァに付き合おうって言われた時には分からなかったのに。
「……違う、かな」
頷いて顔を上げれば、ジンとアスファーがまたまた目を丸くしていた。
「、アホ、ちゃんと分かってんじゃねーかよ」
そっぽを向いて口を開いたアスファー。居心地が悪そうなのはなんでだ。
視線をジンに移すと、目を伏せてしまった。心なし、頬が赤いような――。
「ジン?」
「なんだよ良かったな付き合えて」
「え、うん」
珍しく早口だ。
それにしても、おれは今、恋をしているのか。あまり実感がない。
「恋してるかは兎も角、特別に好きな人ができて良かったな」
ラウレルはまるでおれの心が読めるみたいだ。優しい群青色に癒される。
「おう」
この気持ちを知ることができて本当に良かった。
とても貴重な気がするし、ノヴァへの感謝は尽きない。
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