誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

年度末

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 ――扉を強くノックする音に肩が跳ねた。ジンとアスファーだろう。
 どうやらおれも、寝てしまったらしい。
 急いでラウレルの肩を揺すった。ゆるりと目蓋を持ち上げた彼は、目が合うと柔らかく微笑む。

「幸せな夢を見た気がする」

 おれはラウレルの笑顔が見られるなら、なんでもいい。
 つられたように微笑んで、一緒に廊下へ急いだ。


 食堂で料理を堪能していると、紺藍色の髪を紫の紐で結んでいる元図書委員長のオーレンが通りがかった。
 浅葱色の瞳がジンを捉え、実に残念そうに眉尻が下がる。

「ジンには、いずれ図書委員長の座を継いで貰いたかったのですが…」
「俺もそっちの方が良かったんだがな」

 肩を竦めたジンは、心から言ったに違いない。

「貴方は杜人もりびとですから、仕様のないことですね」

 オーレンは、ジンや己を慰めるようにぽんぽんとジンの肩を叩く。
 ふと、ジンがオーレンに真摯な眼差しを向けた。

「あんたが委員長で良かった。……こうして普通に接してくれて…、感謝してる」

 あまり自分の気持ちを素直に表現しないジンの言葉に、オーレンは目を瞬く。次には、小さく苦笑を漏らした。

「それはどうも。私にとっては、貴方も可愛い後輩の内の一人に変わりなかったので」

 それから、ジンに顔を近付けて悪戯に微笑む。

「勿体ないですね。貴方は己の魅力に気付いていないようだ」

 目を丸くしたジンを見たオーレンは、手で口許を隠してくすくす笑う。

「貴方と親しくなりたいと思っている者が、どれほど居ることか。まぁ、よからぬ下心を持つ者もいるのでしょうが」

 ジンは、近よりがたいと思われている事は自覚していても、いまいち理由をよく分かっていない。そして、そのことを気にしていると、オーレンは気付いていたのだろう。
 オーレンが穏やかな眼差しに優雅な微笑みを添え、おれたちを見回して口を開く。

「それでは諸君、ご機嫌よう」

 そうして最後に、耳を赤くしたジンを見やった。

「ジン、私も貴方と親しくなれて嬉しかったですよ」

 固まってしまったジンを残して、オーレンはゆったり歩き出す。

「、またな」

 軽く手を上げた姿を見るに、去り行く背中にやっとで掛けたジンの声は、ちゃんと届いたようだった。
 照れを隠すように耳を髪で覆って撫でつけているジンを、微笑ましく見てしまう。
 ムッと睨まれても、全然怖くない。

 それから少しして、元生徒会役員と元風紀の面々が食堂へやって来た。
 風紀副委員長だったレンとジークは、目敏くアスファーを見付けてこちらへ向かって来る。
 相変わらず軽薄な笑みを浮かべるレンと、無表情で厳つい雰囲気を醸し出しているジークである。

「よぅ、おまえでストレス発散出来なくなると思うと悲しいぞ」
「この一年は早かったな」

 二人は至極真面目に言ったのだが、特にレンの言葉に、アスファーの頬はヒクリと引きつる。

「……先輩たちは進学か?」
「学業はもう充分だ」
「我々は、学園の守衛隊へ入隊を決めた」

 なるほど、二人にはピッタリな気がする。

「おまえが寂しくならないように、ちょくちょく遊びに来てやるからな」
「学園の部隊だから、きっと会う機会があるだろう」

 アスファーはガシガシと髪を乱してくるレンに必死で抵抗する。相手が年上ということで、あまり手荒に出来ないらしいのが律儀だ。

「、ぜんぜん寂しくねぇからッ」
「天の邪鬼な奴だな」
「本心だ!」

 じゃれ合う二人をジークが感慨深そうに眺めている気がする。――サングラスのせいで感情が読みにくい。
 一頻り弄り倒して満足したのか、二人は軽やかに去っていった。
 アスファーはげっそりとため息を吐く。

 食堂ではこうして、最後の時を惜しむ様子があちらこちらで見られ、今年度も終わるのだと沁々と感じさせていた。
 腹が満ちた頃、結晶石クォーツを讃える歌がどこからか響き出し、それがさざ波のように伝わって大合唱となった時には、生徒たちの清らかな想いに胸を打たれたものだった。

 明日の終業式を終えれば、おれたちは四年生卒業だ。
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