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前篇
兄弟喧嘩 (sideリア
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「リア?」
ふいにしゃがんだゼフが覗き込んできて、予期せず目が合ってしまう。
途端に目を見開いて固まったゼフ。
不自然な間にこちらが内心焦りだした頃、ようやく意識が戻ったらしいゼフに、いきなり抱き締められた。
「ゼフ…?」
「すまない。あの時の私は、お前のお陰で激情を抑えられていた。……しかしそれは、お前に私の分まで背負わせていたという事なのだろう」
「、なに、を…」
「お前が羨ましくて仕方がなかったよ。思うがままに行動出来る、お前が…」
そっと抱擁を解いたゼフに涙を拭われる。言われた内容が衝撃的で、半端に開いた口のまま、しばし唖然としてしまった。
同じ色の瞳を久し振りに真っ直ぐ見たと思う。
心なし、いつもより鬱蒼とした森のような色合いだ。――意図せず言葉が溢れだす。
「……俺は、本当は分かっていたんだ。お前も同じ想いでいたことを。しかし…、感情が抑えきれなくて……あんな結果を望んでなど、いなかったッ」
「もう良い。私もお前に、きちんと胸の内を打ち明けなった事を後悔していた。そうしてしまったら、当代としての役割を投げ出してしまいそうで怖かったんだ」
そこでようやく、追い詰められた心境で、片割れに裏切られたような気持ちになっていた事に気付く。
ヒヤリと背筋を冷たいものが流れた。
「リア」
ようやく涙の止まった俺の頬を、ゼフが優しく撫でた。
「話さねば伝わらない事もあるんだな」
「あ、あ…」
澄んだ常磐色の瞳を細めるゼフ。どうしても、その胸許へ視線がいってしまう。
「気になるか?」
我を失って片割れを迷いなく傷つける体験は、恐怖だった。
「リアは回復魔法、得意だよな」
「そうだが…ッ」
おもむろに自身へ風の刃を向けたゼフの腕を急いで掴む。
「何をする!」
「傷つけ直そうかと」
「阿呆! そんな事しなくていい」
「しかし、おまえがこれを見る度、気に病むのは、嫌だからな…」
気に病むなと言われても無理なことを、ゼフは分かっているようだ。
そこで首を傾げたゼフが、ああ、と声を出す。
「リアがやるか?」
「な、俺はもうおまえを傷つけたくない」
「自分でやるより気が楽なんだが」
「やらんでいい」
ゼフは一歩も引かず、ひたと見詰めてくる。
「本人が望んでいるのにか?」
「俺は…」
「……分かった。腕を放してくれ」
力なく腕を放すと、ゼフがやんわり微笑んだ。
「今日は午後から出席しよう。着替えておいで」
ゼフは言って部屋を出て行った。
時計を見れば、すっかり登校時刻を過ぎている。
ため息を吐いて少し腫れた目許を撫でた。――こんな顔、他人に見られたくない。
着替えようと服の裾を持ったとき、ふと嫌な予感がして、慌てて共有スペースへ向かった。
洗面所で先程と同じ構えをしていたゼフを見つけ、必死に飛びつく。
勢い余って押し倒してしまったがそれどころではない。
馬乗り状態で、投げ出された腕を強く掴む。
「ッ分かったって言っただろ!」
「おまえがやってくれないのがな」
――そうだ、こいつは決めた事はテコでも止めないタイプだった。
背中を打った痛みに顔をしかめているゼフを見て、肩を落としてしまう。
「……分かった。俺がやる」
出来るだけ浅く傷をつけ、素早く傷が消えない程度に治癒すればいい。こいつが自分でやったら、惨事になりかねない。
「俺としても、なんの感情もない傷より、優しさの籠った傷の方がいい」
今から痛い思いをするというのに、ゼフは穏やかな常磐色の瞳を向けてくる。しかも、口を開けば、突っ込み所満載なことを言うのだ。
「……それには憎しみが籠っている」
「我を失ってたんだろう? それは、純粋なおまえの感情とは思えないからな。……辛い体験をさせてすまない」
原因は自分にあったと、ゼフは譲らない。――こんな不毛な言い合いはもううんざりだ。第一、俺たちの事ではない。
「俺が新たな傷を刻んだら、罪悪感も何もかも捨て去ると約束しろ」
「リアもそう誓うなら」
その瞬間、俺は躊躇なくゼフの胸許を風の刃で切り裂いた。――シャツまで裂いてしまったのは仕方がない。
突然のことにゼフが目を丸くする。
その内に素早く治癒を行い、ゼフの上から退いて彼の腕を掴んで鏡の前に立たせた。そうして血を拭えば、まったく同じ場所に綺麗に刻まれた傷に、ゼフが感嘆の声を上げていた。
「ゼフ」
こちらを向いた片割れの真新しい傷にそっと触れる。
「この傷に誓う。俺はもう二度と、おまえを裏切らない」
裏切られたと思った瞬間、俺はこいつを裏切っていたのだ。もう二度と傷つけないためにも、ゼフとの繋がりを疑ったりしないと誓う。
「俺も、リアを…、自分を大切にすると約束しよう」
相手を傷つけると自分も傷つく。自分が傷つけば、相手も傷つける。もう二度と互いを傷つけないと、ゼフは重々しく頷いた。
「さあ、朝食を食べよう。今度はちゃんと着替えて来いよ」
俺の目許にそっと口付け、何事もなかったかのようにキッチンへ向かったゼフ。
「な、」
驚きに身体が固まる中、いつも喧嘩にならないのは俺が折れるからだったかもしれないと思い直していた。
ふいにしゃがんだゼフが覗き込んできて、予期せず目が合ってしまう。
途端に目を見開いて固まったゼフ。
不自然な間にこちらが内心焦りだした頃、ようやく意識が戻ったらしいゼフに、いきなり抱き締められた。
「ゼフ…?」
「すまない。あの時の私は、お前のお陰で激情を抑えられていた。……しかしそれは、お前に私の分まで背負わせていたという事なのだろう」
「、なに、を…」
「お前が羨ましくて仕方がなかったよ。思うがままに行動出来る、お前が…」
そっと抱擁を解いたゼフに涙を拭われる。言われた内容が衝撃的で、半端に開いた口のまま、しばし唖然としてしまった。
同じ色の瞳を久し振りに真っ直ぐ見たと思う。
心なし、いつもより鬱蒼とした森のような色合いだ。――意図せず言葉が溢れだす。
「……俺は、本当は分かっていたんだ。お前も同じ想いでいたことを。しかし…、感情が抑えきれなくて……あんな結果を望んでなど、いなかったッ」
「もう良い。私もお前に、きちんと胸の内を打ち明けなった事を後悔していた。そうしてしまったら、当代としての役割を投げ出してしまいそうで怖かったんだ」
そこでようやく、追い詰められた心境で、片割れに裏切られたような気持ちになっていた事に気付く。
ヒヤリと背筋を冷たいものが流れた。
「リア」
ようやく涙の止まった俺の頬を、ゼフが優しく撫でた。
「話さねば伝わらない事もあるんだな」
「あ、あ…」
澄んだ常磐色の瞳を細めるゼフ。どうしても、その胸許へ視線がいってしまう。
「気になるか?」
我を失って片割れを迷いなく傷つける体験は、恐怖だった。
「リアは回復魔法、得意だよな」
「そうだが…ッ」
おもむろに自身へ風の刃を向けたゼフの腕を急いで掴む。
「何をする!」
「傷つけ直そうかと」
「阿呆! そんな事しなくていい」
「しかし、おまえがこれを見る度、気に病むのは、嫌だからな…」
気に病むなと言われても無理なことを、ゼフは分かっているようだ。
そこで首を傾げたゼフが、ああ、と声を出す。
「リアがやるか?」
「な、俺はもうおまえを傷つけたくない」
「自分でやるより気が楽なんだが」
「やらんでいい」
ゼフは一歩も引かず、ひたと見詰めてくる。
「本人が望んでいるのにか?」
「俺は…」
「……分かった。腕を放してくれ」
力なく腕を放すと、ゼフがやんわり微笑んだ。
「今日は午後から出席しよう。着替えておいで」
ゼフは言って部屋を出て行った。
時計を見れば、すっかり登校時刻を過ぎている。
ため息を吐いて少し腫れた目許を撫でた。――こんな顔、他人に見られたくない。
着替えようと服の裾を持ったとき、ふと嫌な予感がして、慌てて共有スペースへ向かった。
洗面所で先程と同じ構えをしていたゼフを見つけ、必死に飛びつく。
勢い余って押し倒してしまったがそれどころではない。
馬乗り状態で、投げ出された腕を強く掴む。
「ッ分かったって言っただろ!」
「おまえがやってくれないのがな」
――そうだ、こいつは決めた事はテコでも止めないタイプだった。
背中を打った痛みに顔をしかめているゼフを見て、肩を落としてしまう。
「……分かった。俺がやる」
出来るだけ浅く傷をつけ、素早く傷が消えない程度に治癒すればいい。こいつが自分でやったら、惨事になりかねない。
「俺としても、なんの感情もない傷より、優しさの籠った傷の方がいい」
今から痛い思いをするというのに、ゼフは穏やかな常磐色の瞳を向けてくる。しかも、口を開けば、突っ込み所満載なことを言うのだ。
「……それには憎しみが籠っている」
「我を失ってたんだろう? それは、純粋なおまえの感情とは思えないからな。……辛い体験をさせてすまない」
原因は自分にあったと、ゼフは譲らない。――こんな不毛な言い合いはもううんざりだ。第一、俺たちの事ではない。
「俺が新たな傷を刻んだら、罪悪感も何もかも捨て去ると約束しろ」
「リアもそう誓うなら」
その瞬間、俺は躊躇なくゼフの胸許を風の刃で切り裂いた。――シャツまで裂いてしまったのは仕方がない。
突然のことにゼフが目を丸くする。
その内に素早く治癒を行い、ゼフの上から退いて彼の腕を掴んで鏡の前に立たせた。そうして血を拭えば、まったく同じ場所に綺麗に刻まれた傷に、ゼフが感嘆の声を上げていた。
「ゼフ」
こちらを向いた片割れの真新しい傷にそっと触れる。
「この傷に誓う。俺はもう二度と、おまえを裏切らない」
裏切られたと思った瞬間、俺はこいつを裏切っていたのだ。もう二度と傷つけないためにも、ゼフとの繋がりを疑ったりしないと誓う。
「俺も、リアを…、自分を大切にすると約束しよう」
相手を傷つけると自分も傷つく。自分が傷つけば、相手も傷つける。もう二度と互いを傷つけないと、ゼフは重々しく頷いた。
「さあ、朝食を食べよう。今度はちゃんと着替えて来いよ」
俺の目許にそっと口付け、何事もなかったかのようにキッチンへ向かったゼフ。
「な、」
驚きに身体が固まる中、いつも喧嘩にならないのは俺が折れるからだったかもしれないと思い直していた。
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