誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

昔と現在

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 ゼフは気まずそうに長めの前髪を後ろへ流している。

「どうしてかよく分からないんだが、おまえに何かしてしまったような気がして、ここの所ずっと胸が痛かった。……リア、俺はまた、何かやらかしてしまったか?」

 少々天然なところがあるゼフは、たまに予期せずリアの機嫌を損ねることがあるらしい。
 眉尻を下げた同じ瞳の相手に、リアは再び睫毛を伏せてしまう。

「いや…」
「しかし、」
「俺にも分からない。分からないが…、おまえを見ると、やる瀬なさや怒りが湧くんだ」

 本当に参ったというように、リアは長めの前髪をくしゃりと握った。

「リアもか。俺も、アスに殺意が湧いて困っているところだ」

 しれっとそんな事を言ったジンに、アスファーがぎょっと顔を向ける。

「おま、本人を前に言うか? っつか、どこまで本気なんだ」
「その時はかなり本気だな。おまえは最近、俺に侮辱するような視線を向けてくるだろう?」
「……そうか?」
「そうだ。それに触発される」

 アスファーは思い出そうと腕を組んで眉根を寄せる。

「そんな記憶ねぇぞ」
「俺の場合は、理由が分かっているから抑え込む努力はしている」
「……俺、何かしたか?」

 喧嘩はよくする二人だが、一応友人関係にあると思われるため、アスファーは微かに申し訳なさそうな声を出した。

「おまえではないんだろうがな…」
「はあ?」

 そこでおもむろにこちらを向いたジンが、少し疲れた顔で言う。

「気持ちが引き摺られるのはどうしたらいい」
「え? うーん、全部思い出せば、スカッとするんじゃない?」

 話を振られると思わなかったため、少し驚いた。
 おれらのやり取りに不審な顔をしたのはアスファーだ。

「なんの話だよ?」
「俺の一部の話だ。……おまえもきっと、知る時がくる」

 今や、くっきりと眉間にしわを刻んだアスファー。しかし次に声を発したのはリアだった。

「俺のこの感情も、俺自身のものではないのか?」

 視線が迷いなくおれに向けられたことに少し戸惑う。

「一部だけど、リア自身のじゃないよ。リアは、自分だけど自分じゃないような夢って見る?」
「……たまにな」
「それ、魂の記憶かもしれないよ」

 そこで一度瞬きをしたリアは、会得したという顔をする。

「アトロに助言したのはおまえか」
「あー…、うん」

 何事か聞き及んでいたらしいリアが不安そうな顔のゼフへ目をやる。

「何を知っても、今ここにいるのは俺たちの方だ」

 ゼフは首を傾げたが、真摯な眼差しを向けるリアに一つ頷いて見せた。


 生徒祭終了の放送が入り、片付けをしに各自教室へ戻る。
 浮かない顔のアスファーとラウレルに対し、ジンはどこかぼんやりしていた。

 背の高いアスファーが飾りの取り外しを手伝いに行き、ラウレルが生徒会の用事で教室を去る。
 机を一緒に運んでいると、ふとジンが口を開いた。

「昔、同じ時を生きた奴らが、随分と集まっている」
「……そうだな」
「おまえもそうとは思わなかったが」

 悪戯に笑ったジンに、微笑み返す。
 おれは彼らとかなり立場が異なる。ジンの知った過去の時を、おれは明日体験することも可能なのだ。

「全部思い出せたら、俺らの関係は何か変わるのか」
「それはジン次第だ」

 向こうでせっせと飾りを外しているアスファーへ目をやり、ジンは切なげに朱色の瞳を細めた。


 晩飯を食べ終わった頃、放送が流れ、花火の打ち上げが始まる。
 おれたちはそれをアスファーの部屋のバルコニーから眺めていた。少し遠いが、夜空を彩る美しさは変わらないし、弾ける前に鳴る独特な音色も聞こえる。

「きれいだ」

 呟いた声は誰のものだったろう。
 闇夜を天へ向かって駆け昇り、鮮やかに弾け、大輪の花を咲かせては散っていく。最後に消え行く光の破片が、きらきらと輝いていた。
 魂を弔うために始まったという花火。
 おれには、花火自体が人の生き様のように思える。

 気付けば、アスファーとジンは胸に手を当て、祈りを捧げていた。
 ラウレルはバルコニーの木製の柵を強く握り締め、何かを切望するように花火を見詰めている。

 ――どうか、彼らの望む世界が見れますように。

 静けさが戻った後も、しばらく静寂が続いた。

「中、入ろう。冷えちゃったよ」

 おれは頃合いを見計らって声を掛け、部屋に戻る。

「これで、今年度最後の行事が終わったな」

 少し寂しそうなラウレルの声に、アスファーが肩を竦める。

「ああ。あとは生徒会と風紀の引き継ぎだけだ」
「来年度は三人とも忙しそうだな」
「……そうだな。俺も生徒会に入らきゃならない」

 渋い顔をしたジンに笑う。

「まぁさ、夏頃から考えたら、無事に来年度が来そうで良かったじゃん」
「……ああ」

 とはいえ、彼らの悩みは絶えないだろう。けれど、今は今しかないから。

「余ったケーキ、もらったんだ。甘い物食べて疲れを癒そうぜ」

 こっそりと冷蔵庫に入れておいたケーキを取り出せば、ジンとアスファーの目が輝く。

「俺、ティー淹れるわ」

 そそくさとジンがキッチンに消えた。続いてキッチンへ向かったアスファーは、お皿とフォークを手に戻って来る。二人の素早い動きを目にしたラウレルは、肩で笑ってケーキをお皿に乗せていた。

 こうして、和やかな夜は深まっていった。
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