誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

おつかれ休憩

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 生徒祭、三日目。最終日である。
 やっと持ち場から解放されたおれたちは、客として学舎を彷徨いていた。
 とはいえ、アスファーは風紀委員として左腕に腕章をつけ、見回りがてらではあったけれど。

 おれやジン、アスファーは、すでに宣伝を兼ねて色々と回っているため、初めて見て回れるラウレルを先頭に、様々な出店を巡った。

「六年生の方は、人が少ないな」

 ぽそりと呟かれたラウレルの声に、ジンの眉根が寄り、アスファーも苦々しい顔をする。

「特級の出し物のせいだろうよ」
「特級…、肝試しか。行ったのか?」

 パンフレットを見ながらラウレルが聞くと、アスファーが顔を背けて口を開く。

「……ああ」

 微かに首を傾げるラウレル。

「何か嫌なことでも?」
「あそこ行ったら、恐怖を体験できるんだ。……アスファーが何を体験したかは知らないけど」

 代わりに答えたおれに、ラウレルが頷く。ジンは目を細めておれを見てきた。

「行きたいなら、イオと行けよ」
「おれと行っても楽しくないだろ。ジンかアスファーじゃないと」

 言い合いが始まりそうになったとき、ラウレルが間に入るように口を開いた。

「いい。俺は別に行きたくないから」
「そうか? ならいいが…」

 くるりとUターンして来た道を戻るラウレルに、三人で続く。
 五年生の廊下まで来ると、人が溢れんばかりにいた。五年特級の、幻想界を再現した空間が人気なのだ。

「特級の幻想世界、行くか?」

 声をかけたジンに、ラウレルは首を振る。

「あんなに混んでる所へ行くのはちょっとな」
「リュイヴェやノヴァールに会えるぜ?」
「いい」

 アスファーにもスパッと首を振ったラウレルは、もう粗方回ってしまったし、休憩室で休もうと言い、カツカツと四年の方へ向かう。

「なあ、リュイヴェたちと何かあったのか?」

 アスファーが眉根を寄せる。
 ラウレルは金糸雀カナリア色の睫毛を伏せた。

「光と闇の関係か?」
「……違う。俺が勝手にやってることだから」
「だっておまえ、あの人たちとスゲェ親しかったのに、」

 そこでいきなり立ち止まったラウレルは、正面からアスファーの金の瞳を捉えた。

「アスファー、すまないが放っておいてくれ」

 静かな群青色の瞳に、アスファーは一瞬、言葉をなくしたようだった。

「……わるい。何か協力できることあったら言えよ」
「ああ。ありがとう」

 颯爽と歩くラウレルの背中を、アスファーとジンが心配そうに見詰める。杜人もりびとでは彼と同じ立場にはなれないことを、二人とも分かっているのだ。

 休憩室になっている教室に入ると、ダラダラとした雰囲気が漂っており、人は僅かしかいなかった。最終日だから満喫しようと考えている生徒の方がずっと多いのだろう。
 おれたちは窓際まで進んで腰を下ろす。
 開いている窓から聞こえる喧騒が、高らかな空を一層清々しいものに感じさせた。

「あーつかれたー」

 座ってしまうと、連日続いていた怒濤の日々の疲れに襲われる。
 ジンは机にぐたっと張りつき、アスファーは椅子に深く凭れて上向いた。
 そんな中、ラウレルは風に金糸雀カナリア色の髪を揺らし、窓の向こうへ静かな群青色を向けている。目の下にうっすら見える隈は、もうデフォルトだ。
 おれは、そんなラウレルを、肘に顎を乗せてただ眺めることしか出来なかった。

 ふと、カチャリと扉を開けて入ってきた人物たちを見て、アスファーが反応する。

「ゼフとリアだ」

 二人もこちらに気付いたらしく、真っ直ぐにやって来た。

「おまえたち、もう回らなくていいのか?」
「ああ、もう充分だぜ」

 かったるく答えたアスファーに、ゼフが苦笑する。

「随分お疲れのようだ」
「今日まで大変だったからよ」
「そうだな」

 ジンとアスファーの前に座った二人。ゼフは軽く息を吐き、リアは微かに俯いた。
 のそりと顔を上げたジンが、机の上で組んだ腕に顔を預けてゼフを見やる。

「今回、生徒会も大変だったろ」
「ああ…。遠足が中止になる確率が高かったため、早くから頭を悩ませていたが、実際に準備が始まると、もうてんやわんやだったな」
「でも、ゼフはあまり疲れているようには見えない」
「体力があるのが取り柄だ」

 常磐色の瞳を細めて微笑むゼフは全快ではなさそうだが、本当にいつも通りに見える。逞しい人だ。
 そこでふとラウレルに目をやったゼフが、なんの気なしに聞く。

「ラウレル、今夜の打ち上げ、参加しないのか?」

 明日は休日なので、今夜は生徒会で打ち上げがあるらしい。
 
「……ああ」
「そうか…。だいぶ疲れた顔をしている。早めに休んだ方がいいな」
「そうするよ」

 俯きがちに答えたラウレルを見て、ゼフは心配そうにしていた。
 隣のリアは真っ白い睫毛を軽く伏せたまま、何事か思案しているようだ。ゼフはそんなリアに視線を移す。

「リアの方は、打ち上げないのか?」
「……風紀は通年働き通しだから、行事など関係ない」
「そういうものか。今回はそちらも苦労しただろうに」
「打ち上げなんて、俺はなくて良いと思うがな」

 リアはゼフと目を合わせようとしない。元々そんな感じだが、今日はそこに何か意志があるようだった。

「リアはそういうの、好まなかったな」
「……おまえと違ってな」

 微かに眉根を寄せたリアは、それを隠すように机についた肘を立て、両の指を組んで、そこへ額を押し当てた。
 やはり心配そうに見詰めるゼフに、リアは息を吐く。

「少し疲れただけだ」
「……すまない」

 唐突に発したゼフに、リアがここへ来て初めて同じ常磐色の瞳をゆるりと見やった。
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