誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

級長のお役目

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 生徒祭までの日々は、今までで一番忙しかった。なんせ勝手が分からないので、問題がそこここで発生する。

「衣装、進んでる?」
「おう。それがさぁ、アスファーでかいからアイツに合わせると他のヤツが着れないんだよね。アスファーがツンツルテンで良いよな」
「あー。いい、いい」

 おれは級長だから、進行具合をチェックしておかないと、最終的に全ての責任を押しつけられてしまうのだ。

「材料、どのくらい必要か分かんねぇんだけど」
「客の入りは予想するしかないからなぁ…」
「結構入ると思うぜ? なんたって、人気所が集まってるんだからな。そうだな、数で言うと―――…」

 それでも、うちのクラスは、何故かちょいちょい助言をくれる一人の生徒のお陰で、わりと順調に進んでいた。

「イオは前日、ケーキ作りだよな」
「おう。ところで少年、君の名前は?」

 カフェというアイデアを出してから、要所要所で助け船を出してくれた、山吹色の髪に朱色の布を巻き付けている生徒。人懐っこい性格に反して、彼の声音は軽薄に聞こえる。
 ちなみに、おれはクラスの人の名前をまったく覚えていなかった。

「ひどいなぁ。ま、仕方ないか。俺、アギ」
「わるい。アギって頼もしいな」
「だろ? 俺ほど情報収集にけたヤツはいないぜ」

 杏色の瞳を細めて笑ったアギに頷く。

「今後はよろしく」
「おう。何か知りたい事あったら、俺に聞きな」
「そうするよ」

 ここに来て初めて、アスファーたち以外の生徒とまともに話した。
 彼も一筋縄ではいかなそうだが、良い人そうだった。

 ◇◇◇

 週末に行われる報告会にて、クラスの進行具合を報告する。
 どのクラスの級長も、疲れきった顔をしていた。そういえば、生徒会によく呼ばれるラウレルも、そんな顔をしていた気がする。
 連絡事項を聞き、各自解散となる。
 おれも、ゆらりと席を立った。

「おまえたちは順調そうだな」

 ふと隣から声を掛けられ顔を上げると、短い薄黄色の髪を雑に後ろに撫でつけた先輩がいた。右側の前髪だけ長く、片目しか見えていない。男らしい体格だが顔立ちが柔らかく色素が薄いので、清麗な雰囲気を醸し出している。

「うん。頼もしい助言者がいるしね。……先輩は、」
「ああ、俺はアトロという。五年特級の級長だ」
「おれ、四年特級のイオ」
「知っている。宗家と親しい者は目立つものだ」

 片方だけの蓬色の瞳で、アトロはひたとおれを見下ろす。

「どんな奴か話をしてみたかったのだが、おまえはいつも来るのはギリギリ、去るのは早くて、タイミングが今日までなかった」
「……はは」

 たまに何か言いたげな視線は感じていたのだが、それより好奇の視線や探るような視線、粘っこい視線が鬱陶しくて、長居しないようにしていたのだ。

「イオは強い魔力を持っているようだが、姓はあるのか?」

【古くは、魔力の強力な血筋のみ姓を持てた。それは一種のステータスだったのだ。その血族の当代に至っては、役目を継ぐと名前は破棄され、姓のみを名乗るようになっていた。
 今日こんにちでは差別化はなくなり、姓は受け継がれているものの 、名前のみを名乗るのが礼儀となっている。】

 おれは肩を竦めた。

「エルレウム。アトロさんも持ってそうだな」

 おれの言葉に、彼は目を丸くした。

「アトロでいい。……俺はたしかに姓を持っている。ゼリョーヌといえば、風の宗家の右腕として、今でも影響力は強いのだが…」

 言いながら目を細め、探るように見詰めてきたアトロ。
 おれは内心で舌打ちする。どうやらまた、常識を知りそびれたらしい。名乗らずとも、彼の血筋は暗黙の了解で知られているのだろう。

「水のエルレウム。聞いたことがない…」
「遠い昔に廃れたんだよ」
「あれほどの力を持ちながら?」

 実技大会での事を思い返しているのだろう。

「そう。おれはほら、覚醒遺伝でパッと湧いただけ。辺境出身だし」

 まだ納得しかねるようで、アトロは顎に手を当て、何事か思案している。

「それより、その前髪、見にくくないの?」

 唐突な問いに一瞬きょとりとして、アトロは片側だけ長い前髪を撫でた。

「生まれつき、右目の視力がなかったのだ」
「ふぅん…。あ、宗家の右腕なら、ゼフたち双子と親しいのか?」
「……ああ。幼少の頃からの付き合いだが」
「最近二人に会ってないんだけど、何か変わったことない?」

 アトロの蓬色の瞳が一瞬揺れ、見極めるようにジッと視線が注がれる。

「いや。しかし…、俺もそうだが僅かな時間、記憶が飛んでいることがあるのだ。自分が何をしていたのか、分からない時が…」

 アトロは疲弊したように息を吐いた。
 それを見て、おれは口を開く。

「アトロは、夢は覚えてる方?」
「いや?」

 怪訝な表情を向けられる。

「覚えていろよ。それはアトロの一部だから」
「そう言われても、覚えていられるものか…」

 おれは言の葉に力を込めて、ゆっくりと言い聞かせる。

「大丈夫だ。忘れない」

 多分、彼らは知る必要があるのだ。それなら、進行を遅らせるのではなく、早める方が良い。
 するとアトロは瞠目し、次には涼やかな目許を緩めて、微かながら初めて笑みを見せてくれた。

「素性が知れなくとも、おまえは信頼できると思わせる。……妙な奴だ」
「それはどうも」


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