誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

夢、現 (sideノヴァール

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 …―――

「風の結晶石クォーツが割れた!?」
「幻想界の奴だ。火のから連絡が、」

 属性の奴らは…、

「……昏睡状態らしい」

 次々と壊されていく結晶石クォーツ
 バタバタと倒れていく人、人、人――。
 やっとで首謀者の一人に会ってみれば、深緑の瞳を細め、冷めた視線を送られた。
 何故こんなことをと、怒鳴りつける。

「幻想界の総意だからね」

 彼は、この惑星の生まれではないのに。

「気持ちを察すればこそさ。君たちの居なくなったこの星で、彼らは眠りに就くだろう。この次元に、新たな命が芽生えるまでね。それも、彼らにすればほんの一時だ」

 彼は肩から流れる淡く藤紫に染まった髪を後ろへ払い、さらに続ける。

「美しい幻想界が穢れるより、随分マシだろう?」

 魔界や人間界は酷い有り様だ。

「それは、自業自得ではないかな」

 彼が姿を消した後、見渡す世界で立っている人は、もはや誰もいなかった。――黒のエネルギーを扱える俺は、結晶石クォーツの恩恵がなくても生きられるらしい。
 黒く焼け焦げた大地。
 灰色に染まった辺り一面を見渡し、途方に暮れる。

 ――命の気配が感じられない。

 こんな世界になるなんて、誰が予想しただろう。こんな、何もない世界――。
 後悔ばかりが胸を渦巻く。
 現実味がなさすぎて、涙すら出なかった。

 ああ、もう一度やり直せるのなら…。

 【やり直せるのなら?】

 俺はこんな世界、望まない。俺の望む世界はもっと…―――

 【ならば、おまえの望む世界を創れば良い】

 ―――…‥

 パチリと目を開けると、見慣れた天井が視界に入った。
 目蓋を腕で覆う。
 夢の光景は、新たな現実に塗り潰される度、背筋を震せる。何度も甦る記憶が、徐々に現実味を感じさせるのだ。

 ――結晶石クォーツを守れたら、世界はどうなっていた?

 その場合に考えられる未来は、しかしどれも満足のいくものではない。リュイとラウが鍵なのには違いないのだが――。
 懐中時計を取り出してみると、もうじき、イオたちに呼ばれている時刻だった。急いで起き上がり、アスファーの部屋へ向かう。

 ◇◇◇

「ノヴァ、もうちょっと遅かったら、アスファーが食べ始めるところだったよ」
「摘まみ食いしてたヤツが何言ってんだよ」

 アスファーの部屋に足を踏み入れると、すでに準備満単で、各自グラスを手にしていた。俺もイオからグラスを受け取り、手前に腰を下ろす。

「それじゃあ、乾杯の音頭、よろしく」

 ――最後に来た俺に託すのはどうなんだ。
 誰もがこちらをずっと見てくるので、仕方がないと息を吐く。

「あー、今年は色々あったが、無事に年を越せそうで良かったと思う。……来年も、こうして杯を交わすことを願って。結晶石クォーツと母なる大地に乾杯」
「「「乾杯!」」」

 そうしてグラスを高らかに上げれば、グイッと杯を干し、我先にと食事に手をつける。

「さっすが会長候補。いきなり振られて、よくもまぁ普通に言葉が出るよ」

 微妙なことを言うのはイオだ。

「……それ、褒めてんのか? まぁ、慣れてるし」
「今年は司会やってたもんなぁ。ノヴァールも苦労してそうだぜ」
「ああ、会長ルーフェスだしね」

 言いたい放題に言葉を投げ合うイオとアスファー。まったくその通りなのだが、本人を前によく言うものである。――俺、一応先輩なのに。

「食べないのかい? 彼らの胃に全て収まってしまうよ」

 何かの肉をガツガツ食らうイェシルを微笑んで見守りながらヴィレオが言った。
 そう言う彼も、飲むばかりであまり箸が動いていない。

「寝起きだから、あんま腹減ってねぇんだ」
「ふぅん? ああ、この間より少しはマシな音色だね」

 言われた意味が分からず首を傾げると、ヴィレオは目を細めた。

「他人にばかりかまけてないで、自分も大切にするんだよ」
「ああ…」

 優雅にグラスを傾けて上品に微笑む彼を見ていると、不思議な気分になる。こうして打ち解けられているのがとても嬉しかった。――たとえ、一時のことだとしても。

「何か言いたそうだね」

 思わず見詰めていたらしい。
 ハッと我に返り、改めて深緑の瞳を真っ直ぐ見詰める。

「あんたは、もしもの時、幻想界に味方する気だったか?」

 ヴィレオは思わぬ質問に目を瞬いた。それから、小さく苦笑する。

「……そうだね。君は幻想界に行ったことがあるかい? あの素晴らしい楽園を目にすれば理解できるだろう」
「今は? 今も変わらないのか?」

 イオたちとわいわい騒いでいるイェシルに目をやり、ヴィレオが呟くように言う。

「君たちに恨みがあるわけではないんだけどね。イェシルも悲しむだろうし…」
「上手い道はないものかね」
「……誰もが考えたと思うよ。けれど、自分たちの世界を維持するか、滅亡一歩手前まで再び共に進むか……どちらかしか、思いつけなかったんだ」

 リュイのことだけでなく、世界のことも考えねばならないなんて、なんとも酷だ。しかも両方、良い策がホイホイと浮かぶような問題ではない。
 ――それでも、望んだのは自分なのだから。
 すべきは感謝だし、恨む相手などいやしないのだ。

 ため息を吐いて騒がしい彼らの方を向くと、ほんの一瞬、海のように深いイオの瞳と視線が交わったような気がした。
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