誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

従兄弟のオニイサマ (sideノヴァール

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 降りしきる白に覆われた世界を目に映し、回廊を進む。
 俺は一人、寮に隣接している職員塔へ向かっていた。
 昇降機から降りて突き当たりにある扉をノックすれば、怠そうな雰囲気を漂わせたグラディオが顔を出す。

「よぅ」

 軽く挨拶すると、いつものように中へ入れてくれた。

「昼飯食ったか?」

 チラリと視線が寄越される。

「いや…」
「よし、作れ」
「……へいへい」

 こいつは人使いが荒い。
 この場合、俺は一応客という身分になるんじゃなかろうか。それなのに、この有り様である。

「何か言いたいことでも?」
「あー、数えきれねぇくらいあるわ」
「毎回、おまえを快く受け入れてやるお兄様への感謝が絶えねぇって?」
「それを言うなら、毎度こき使ってくれやがる兄貴分への非難だっつの」

 グラディオの父親は俺の母親の兄。俺らは所謂いわゆる、従兄弟なのだ。
 それを知ってる奴には、兄弟より似ているとよく言われる。その度、なんとも微妙な気持ちになった。

「可愛げねぇヤツ」
「そりゃどうも」

 健気に料理を作る俺に対し、グラディオはソファで本を片手に寛いでいる。

「少しは手伝う気にならねぇのかよ、オニイサマ」
「ああ? 相談料だ。安いもんだろ」

 俺が頼れる相手はグラディオくらいだ。それを言われたら、言い返せない。
 ちゃちゃっと仕上げた料理を持ってテーブルに着く。
 グラディオは、手を合わせて箸を口に運んだ。

「おまえ、いい嫁さんになれるぜ」
「……もっと素直に喜べる言い方してくれよ」

 俺の料理を気に入ってくれているのは嬉しいが、まともに褒められたことがない。昔から何にしても、グラディオはこんな感じだった。

 飯を平らげたグラディオが、食器を片すついでに香り高いハーブティーを淹れてくる。
 こだわりがあるらしく、これだけはいつも自分でやっていた。

「今年も居残りか」
「ああ」
「片割れが居なくて寂しいって?」
「……なんか物足りねぇだけだ」

 リュイは当代として呼ばれているため、学園にいない。大概いつも傍らにいる奴がいないと、少し落ち着かない気分になるものだ。
 グラディオはチラリとこちらに目をやり、ティーカップを口許に運んだ。

「おまえはよく宗家に居れるな。リュイヴェのためか」
「兄貴も庇ってくれるし、そんなに居心地悪くないんだぜ?」
「へーぇ? 俺はうんざりだ」

 俺と同じで黒のエネルギーを扱えるグラディオは、研究者たちに随分酷い目に合わされたらしい。白衣を見ただけで虫酸が走ると言っていた。

「何年帰ってないんだよ?」
「……さぁな。学園出てからは、一度も」

 学園に居るときも、俺の年齢としくらいには実家に寄りつかなくなったというグラディオ。

「フェラン」
「……まだ覚えてやがったのか。それは棄てた名だ」

 グラディオは、元の名をフェランという。改名までしてしまうなんて、フェランでいた頃の体験を相当疎んでいるのだろう。

「親父さんは気にかけてるぜ」
「おまえ、余計なこと言うなよ」

 グラディオも父親のことは多少なりとも気になるようだ。

「俺のことはどうでも良い」

 何かあったんだろと目を向けられ、ソファに沈む。
 言いたいことがありすぎて、何を話そうか迷うくらいだ。
 ぼんやりと天井の模様を眺めながら口を開く。

「リュイがさ、起きてるときも何か視えるようになっちまって…。いきなり苛々したり、破壊衝動起こしたり。……あー、俺も今年は宗家行った方が良かったかも。アイツ、この目見ると落ち着くみたいだし」

 まだ大丈夫だと知っていても、見ているだけで辛くなる。
 結局、良い解決法も見つかっていないのだ。リュイは気が気じゃないだろう。

「リュイの母さんが長く持ったのって、リュイに受け継がれたからじゃねぇかって、最近思うんだ。だからリュイは…」

 あと一年保てるか分からない――。
 そのとき、頭を強めにかき混ぜられ、その力のせいで目線が床に敷かれた臙脂色の絨毯に下がった。
 
「ちょ、痛ぇ」

 非難を込めて睨みつけると、そこには意外にも真摯な眼差しがあり、思わず口をつぐむ。

「その時が来たら、取る行動は決めてあるんだろ。だったら、腹決めて今できる事をしろ。後悔しても、過去はもうないんだぜ。ついでに言えば、未来もまだないんだが」

 、俺が取る行動を、グラディオはお見通しのようだった。

「優しいお兄様がおまえの代わりに事を全うしてもいいけどな。おまえはそれを望まねぇだろ」

 膝に肘をつき、顎を乗せて片方だけ口角を上げるグラディオ。

「誰にも譲らねぇよ」

 思いの外、低い声が出た。――この場所は誰にも譲る気はない。恋愛感情より硬質で、家族愛より深い繋がり。
 リュイが死ぬとき、傍らに立つのは俺だ。
 それをリュイが求める相手は俺だけでいい。――俺がいい。

 心の底から湧き上がるどろりとした感情――視界 を 黒 が 染めてゆく――

「ってぇ、」

 不意にごつりと重い音が鳴り、頭に激痛が走った。

「馬鹿、おまえが呑まれてどうする」
「これ絶対たん瘤できるって」
「いい土産だろ」

 加減なく俺を殴ったグラディオは、スッキリした表情で茶葉を換えている。
 次に出てきたのは、睡眠を促す効果のあるハーブティーだった。

「特別にこのソファ、貸してやる」

 少し寝ていけと言って膨れ始めた俺の頭を撫で、自分は魔物狩りに出ていった。今年最後の一日なのに、ご苦労なことである。
 よく眠れない日々が続いていたので、俺は遠慮なくソファを借りることにした。


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