26 / 87
前篇
年末、傷痕
しおりを挟む
ローブを常備するようになった頃、おれは試験勉強に追われる日々を過ごしていた。
空気は静かに冴え渡り、冷たく清浄な、終わりの季節の到来を知らせている。
「試験で一年を締め括るのってどうよ」
「あ? 俺らの本分は学業だから、仕方ねぇだろ」
晩飯後、机に広がるのは教科書や参考文献である。
意外と真面目なアスファーは、レポート用紙に淡々と文字を書き込んでいた。試験の代わりにレポート提出を求める講義もあるのだ。
「アスファーとジン、帰省する?」
「いや」
「俺もしない。イオは?」
「おれも残るー」
年末年始は短いながら連休があり、実家で年を越そうと帰省する者も多いのだ。
「ラウレルは帰るんだったか」
ジンが朱色の瞳をちらりと正面に座っているラウレルに向けた。
「ああ。集まりがあるんだ」
つまらなそうに肩を竦めたラウレルは、当代として顔を出さないといけないらしい。
おれは首を傾げて居残り組を見やった。
「アスファーたちはいいの?」
「俺んちは面倒なことはやらねぇ」
「俺は当代じゃないからな」
アスファーの家系は、皆こんな感じなのだろうか。文献を捲るジンもあっさりしたものだ。
「じゃ、今年は三人で年越しな」
去年はラウレルもいたのだけれど。
おれの言葉に、ラウレルはちょっぴり羨ましそうな顔をした。
◇◇◇
午後の実習でいつものように魔物退治を終えたおれたちは、とある部屋の前に佇んでいた。
「……俺一人で大丈夫だよ」
「いやいや、ここまで来たし」
「腰が引けてんぞ。おまえはそこにいろ」
有無を言わさぬアスファーに反論する隙もなく、ラウレルとアスファーは呆気なく扉の向こうへ行ってしまった。
同じく取り残されたジンが、じっと見てくる。
「保健室、苦手だったか?」
「……保健室はべつにいいんだけど」
「ああ、保健医の方な」
ジンはふっと笑って壁に寄り掛かかった。それをジットリと眺める。
「ジンは迫られてないから分からないんだ」
「いや、俺やアスも一時期目を付けられていた」
「え、なんで解放されたの?」
「……一度存分に調べて、満足したんだろ」
遠くを見ながら言われた言葉に唖然とする。
「自分から提供したのか? 体を?」
「……嫌な言い方すんな。実習で、アスの相手したらお互い酷い有り様になって。仕方なく保健医の世話になったんだ」
「ぅわー…。何やってんだよ」
思わず顔を顰めてしまう。
「まだ魔力の制御が上手く出来なかったんだよ」
「……その傷?」
ジンは横髪に隠れて分かりにくいが、二人とも顔に傷がある。ジンは左目の下に横に切れたような傷痕、アスファーは右頬の下の方に縦に入った傷痕だ。
「産まれたときから痣があったんだが、見事に上書きされたな」
ジンは気楽に言って、肩を竦めた。
「お互い顔に傷付け合うなんて、どんだけ仲いいんだ」
「アホ、好きでやったんじゃねーよ」
懐かしむように傷に触れるジンは微かに笑みを浮かべている。
彼は気付いているのだろうか?
「ジンはさぁ、」
思っていたことが危うく口を突きそうになったとき、タイミング良く扉が開いてラウレルとアスファーが出てきた。
「治った?」
「ああ」
前髪を上げて見せてくれたラウレルの額には傷痕もなく、ジンと二人でほっと息を吐く。
傷痕の残っているジンとアスファーは、一体どれだけの怪我をしたのだろうと内心思うのだった。
空気は静かに冴え渡り、冷たく清浄な、終わりの季節の到来を知らせている。
「試験で一年を締め括るのってどうよ」
「あ? 俺らの本分は学業だから、仕方ねぇだろ」
晩飯後、机に広がるのは教科書や参考文献である。
意外と真面目なアスファーは、レポート用紙に淡々と文字を書き込んでいた。試験の代わりにレポート提出を求める講義もあるのだ。
「アスファーとジン、帰省する?」
「いや」
「俺もしない。イオは?」
「おれも残るー」
年末年始は短いながら連休があり、実家で年を越そうと帰省する者も多いのだ。
「ラウレルは帰るんだったか」
ジンが朱色の瞳をちらりと正面に座っているラウレルに向けた。
「ああ。集まりがあるんだ」
つまらなそうに肩を竦めたラウレルは、当代として顔を出さないといけないらしい。
おれは首を傾げて居残り組を見やった。
「アスファーたちはいいの?」
「俺んちは面倒なことはやらねぇ」
「俺は当代じゃないからな」
アスファーの家系は、皆こんな感じなのだろうか。文献を捲るジンもあっさりしたものだ。
「じゃ、今年は三人で年越しな」
去年はラウレルもいたのだけれど。
おれの言葉に、ラウレルはちょっぴり羨ましそうな顔をした。
◇◇◇
午後の実習でいつものように魔物退治を終えたおれたちは、とある部屋の前に佇んでいた。
「……俺一人で大丈夫だよ」
「いやいや、ここまで来たし」
「腰が引けてんぞ。おまえはそこにいろ」
有無を言わさぬアスファーに反論する隙もなく、ラウレルとアスファーは呆気なく扉の向こうへ行ってしまった。
同じく取り残されたジンが、じっと見てくる。
「保健室、苦手だったか?」
「……保健室はべつにいいんだけど」
「ああ、保健医の方な」
ジンはふっと笑って壁に寄り掛かかった。それをジットリと眺める。
「ジンは迫られてないから分からないんだ」
「いや、俺やアスも一時期目を付けられていた」
「え、なんで解放されたの?」
「……一度存分に調べて、満足したんだろ」
遠くを見ながら言われた言葉に唖然とする。
「自分から提供したのか? 体を?」
「……嫌な言い方すんな。実習で、アスの相手したらお互い酷い有り様になって。仕方なく保健医の世話になったんだ」
「ぅわー…。何やってんだよ」
思わず顔を顰めてしまう。
「まだ魔力の制御が上手く出来なかったんだよ」
「……その傷?」
ジンは横髪に隠れて分かりにくいが、二人とも顔に傷がある。ジンは左目の下に横に切れたような傷痕、アスファーは右頬の下の方に縦に入った傷痕だ。
「産まれたときから痣があったんだが、見事に上書きされたな」
ジンは気楽に言って、肩を竦めた。
「お互い顔に傷付け合うなんて、どんだけ仲いいんだ」
「アホ、好きでやったんじゃねーよ」
懐かしむように傷に触れるジンは微かに笑みを浮かべている。
彼は気付いているのだろうか?
「ジンはさぁ、」
思っていたことが危うく口を突きそうになったとき、タイミング良く扉が開いてラウレルとアスファーが出てきた。
「治った?」
「ああ」
前髪を上げて見せてくれたラウレルの額には傷痕もなく、ジンと二人でほっと息を吐く。
傷痕の残っているジンとアスファーは、一体どれだけの怪我をしたのだろうと内心思うのだった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
桜並木の坂道で…
むらさきおいも
BL
《プロローグ》
特別なんて望まない。
このまま変わらなくていい。
卒業までせめて親友としてお前の傍にいたい。
それが今の俺の、精一杯の願いだった…
《あらすじ》
主人公の凜(りん)は高校3年間、親友の悠真(ゆうま)に密かに思いを寄せていた。
だけどそんなこと言える訳もないから絶対にバレないように、ひた隠しにしながら卒業するつもりでいたのに、ある日その想いが悠真にバレてしまう!
卒業まであと少し…
親友だった二人の関係はどうなってしまうのか!?
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
『手紙を書いて、君に送るよ』
葉月
BL
俺(晶《あきら》)には、その人のことを考えると、心が震え、泣きたくなるほど好きな人がいる。
でも、その人が…。
先輩が想いを寄せるのは俺じゃない。
その人が想いを寄せているのは、俺の幼なじみの薫。
だけど、それでもいいんだ。
先輩と薫が幸せで、俺が2人のそばにいられるのなら。
だが7月5日。
晶の誕生日に事件がおこり…
そこから狂い始めた歯車。
『俺たちってさ…、付き合ってたのか?』
記憶を無くした先輩の問いかけに、俺は
『はい、俺、先輩の恋人です』
嘘をついた。
晶がついた嘘の行方は……
表紙の素敵なイラストは大好き絵師様、『七瀬』様に描いていただきました!!
少し長めの短編(?)を書くのは初めてで、ドキドキしていますが、読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします(*´˘`*)♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる