誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

年末、傷痕

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 ローブを常備するようになった頃、おれは試験勉強に追われる日々を過ごしていた。
 空気は静かに冴え渡り、冷たく清浄な、終わりの季節の到来を知らせている。

「試験で一年を締め括るのってどうよ」
「あ? 俺らの本分は学業だから、仕方ねぇだろ」

 晩飯後、机に広がるのは教科書や参考文献である。
 意外と真面目なアスファーは、レポート用紙に淡々と文字を書き込んでいた。試験の代わりにレポート提出を求める講義もあるのだ。

「アスファーとジン、帰省する?」
「いや」
「俺もしない。イオは?」
「おれも残るー」

 年末年始は短いながら連休があり、実家で年を越そうと帰省する者も多いのだ。

「ラウレルは帰るんだったか」

 ジンが朱色の瞳をちらりと正面に座っているラウレルに向けた。

「ああ。集まりがあるんだ」

 つまらなそうに肩を竦めたラウレルは、当代として顔を出さないといけないらしい。
 おれは首を傾げて居残り組を見やった。

「アスファーたちはいいの?」
「俺んちは面倒なことはやらねぇ」
「俺は当代じゃないからな」

 アスファーの家系は、皆こんな感じなのだろうか。文献を捲るジンもあっさりしたものだ。

「じゃ、今年は三人で年越しな」

 去年はラウレルもいたのだけれど。
 おれの言葉に、ラウレルはちょっぴり羨ましそうな顔をした。


 ◇◇◇

 午後の実習でいつものように魔物退治を終えたおれたちは、とある部屋の前に佇んでいた。

「……俺一人で大丈夫だよ」
「いやいや、ここまで来たし」
「腰が引けてんぞ。おまえはそこにいろ」

 有無を言わさぬアスファーに反論する隙もなく、ラウレルとアスファーは呆気なく扉の向こうへ行ってしまった。
 同じく取り残されたジンが、じっと見てくる。

「保健室、苦手だったか?」
「……保健室はべつにいいんだけど」
「ああ、保健医の方な」

 ジンはふっと笑って壁に寄り掛かかった。それをジットリと眺める。

「ジンは迫られてないから分からないんだ」
「いや、俺やアスも一時期目を付けられていた」
「え、なんで解放されたの?」
「……一度存分に調べて、満足したんだろ」

 遠くを見ながら言われた言葉に唖然とする。

「自分から提供したのか? 体を?」
「……嫌な言い方すんな。実習で、アスの相手したらお互い酷い有り様になって。仕方なく保健医の世話になったんだ」
「ぅわー…。何やってんだよ」

 思わず顔を顰めてしまう。

「まだ魔力の制御が上手く出来なかったんだよ」
「……その傷?」

 ジンは横髪に隠れて分かりにくいが、二人とも顔に傷がある。ジンは左目の下に横に切れたような傷痕、アスファーは右頬の下の方に縦に入った傷痕だ。

「産まれたときから痣があったんだが、見事に上書きされたな」

 ジンは気楽に言って、肩を竦めた。

「お互い顔に傷付け合うなんて、どんだけ仲いいんだ」
「アホ、好きでやったんじゃねーよ」

 懐かしむように傷に触れるジンは微かに笑みを浮かべている。
 彼は気付いているのだろうか?

「ジンはさぁ、」

 思っていたことが危うく口を突きそうになったとき、タイミング良く扉が開いてラウレルとアスファーが出てきた。

「治った?」
「ああ」

 前髪を上げて見せてくれたラウレルの額には傷痕もなく、ジンと二人でほっと息を吐く。
 傷痕の残っているジンとアスファーは、一体どれだけの怪我をしたのだろうと内心思うのだった。
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