誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

命と繋がり (sideラウレル

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 ソファに座り、ハーブティーをいただく。赤ん坊が眠りに着いたところでちょうど良かったと、ルレティアさんは少し笑った。

結晶石クォーツについて伺いたいのですが」
「……ええ」

 ルレティアさんは、覚悟を決めたように青碧色の瞳を向けてくる。

「エレネさんは、全てとはいかなくても、黒のエネルギーを封じることが出来たのですか?」
「……リュイヴェ君の発症の時期から考えると、一部は封じられたと、言えると思うわ」
「もう一度同じことをしたら、全て封じられるでしょうか」

 目を丸くしたルレティアさんが、苦しそうに顔を歪める。

「絶対とは言えません。闇の宗家に継がれてきたエネルギー思念は、想像以上に強かった。エレネさんは可能性にかけたけれど、結果はこの通りよ」

 エレネさんの対だった俺の父は死んだ。どういう訳かその後、母とリュイ兄の父親の瞳に当代の色があらわれ、中継ぎのように二人が当代の役を引き受けていたのだが――。
 ともわれ、黒のエネルギーは今も受け継がれている。

 まっすぐに彼女を捉え、俺は続ける。

「けれど、何もしなければ繰り返すだけです。時が来ればリュイ兄は死に、場合によっては俺も死ぬ。そうなれば次は、貴女の息子とアンジェが、」

 アンジェは従兄弟の男の子で、深い青の瞳を持っているのだ。
 一瞬で死んだ場合のみ、対となる当代は継続される。だから、闇の当代と必ずしも同じ時に、光の当代が死ぬわけではない。
 けれど、俺はこの連鎖を止めるために死んでも構わないと思っている。――悪夢を現実にしないためにも。

「分かってるわ! 分かってる…」

 額に手を当て、ルレティアさんは項垂れる。
 
「でも、あなたたちでも無理だったら? ……私は何人眠りにつかせればいいの。エレネさんも、あなたのご両親も、子どもの幸せを願っていたのに…。……私だって…、」

 涙の溜まった青碧の瞳がゆるりとこちらを捉える。

「あなたたち、まだこんなに若いのよ」

 そっと伸ばされた手に、頬を撫でられた。
 母親の顔をしたルレティアさんに胸が痛む。

「ギリギリまで考えましょう。他に方法がないのか…。リュイヴェ君とは話をしたの?」
「……いえ、まだです」
「そう。……今はまだ、その時ではないわ。あまり思い詰めないようにしましょう」

 俺は肩を落として館を出た。

 裏庭にひっそりと佇む白い石造りの東屋。あまり人の来ないそこは、リュイ兄とノヴィ兄のお気に入りの場所だ。
 色とりどりの花に目を落として足を進ませ、そっと顔を上げると、今日はリュイ兄しかいなかった。まともに顔を見たのは久し振りだが、顔色が悪い。

「ラウ、顔色が良くない」
「……リュイ兄も」

 微妙な沈黙が落ちる。
 それを気にせず東屋に入り、リュイ兄の隣に腰掛けた。

「ノヴィ兄は?」
「さぁな」

 さらさらと葉の靡く音がする。
 どう話し出せばいいか考えあぐねていると、先にリュイ兄が口を開いた。

「……俺も黒のエネルギーを継いでしまった。おまえに会うまでに、良い策を用意しておきたかったんだが。すまない」

 首を振って俺も伝える。

「俺も考えたけど…。エレネさんのように、」
「駄目だ」

 言い切る前に強い視線が投げられる。

「おまえを死なせるつもりはない」

 気圧されないよう、しっかりと視線を受け止め返した。

「俺は、俺の代で連鎖を止められるなら、命を捧げて構わない」

 リュイ兄に生きていて欲しいと言えたら、どんなに良いだろう。生きて欲しい。リュイ兄が黒のエネルギーに呑まれるなんて嫌だ。もちろん、死んで欲しくもない。
 夢の残像がチラつき、目の前が歪みそうになるのを俯いて耐える。

 リュイ兄のまま、生きて――。

 ふと目の前が暗くなり、暖かな温もりに包まれた。
 抱き締められたと理解して、胸が苦しくなる。
 この温もりを失いたくないと、身体が、心が、訴える。広い背中に腕が回りそうになるのを、握りこぶしを作って耐えた。

「ラウ…。俺は、おまえの命だけは喪いたくないんだ。それだけは…」

 祈るような声と、強まる腕の力。
 震える唇を噛んでそこから抜け出し、冷静を装ってゆっくりと顔を上げる。澄んだ黒曜石オブシディアンのような瞳を、ひたと捉えた。

 リュイ兄には、俺より自分を優先して欲しいから。

「絶対に、自殺はなしだからな」

 感情を殺して言い放った。
 俺がリュイ兄の立場だったら一番に考えるであろうこと。誰にも負い目を負わせない、一番楽な選択だ。俺の言葉は、リュイ兄の心にどれほど残酷に響いただろう。長い銀色の睫毛が微かに震えたのを見てしまった。

「大丈夫。俺も見張っとくから」

 ふいに後ろから聞こえた声に顔を上げれば、頭をぽんぽんと撫でられる。
 あのとき最期に見た、やる瀬なく歪められたノヴィ兄の悲痛な顔がフラッシュバックした。

「これで出来なくなったな」

 良かった良かったと、ノヴィ兄は嬉しそうに笑った。それに対して、リュイ兄は不機嫌そうだ。
 けれど、リュイ兄にはノヴィ兄がいる。
 リュイ兄がノヴィ兄に持ち掛ければ、俺の言葉に違わずに自ら命を絶つことが可能になってしまう――。

「あ、昼飯呼びに来たんだよ。続きを考えるのは飯食ってからな。ま、俺は昼寝をオススメするけど」

 いつもの調子で言ったノヴィ兄は、立ち上がった俺とリュイ兄の腕を引いて歩く。
 それが頼もしく思えてノヴィ兄を見上げていたら、銀色の瞳を細めて視線をくれた。

「なに、俺に惚れた?」
「え…?」

 呆気にとられている内に、リュイ兄が言葉を返してしまう。

「阿呆。おまえの気の抜けた顔に呆れてたんだろう」
「ああ? この凛々しい顔を見て何を言うかね」
「どこにそんなものがある。おまえの顔はいつもだらけているだろう」

 いきなり飛んできた横槍にノヴィ兄の頬が痙攣し、リュイ兄が無表情になる。

「ルー兄…」
「ラウ、昼食に行こう」
「あんたらも一緒かよ」
「誰がおまえたちを誘った」

 言うや否や、ルー兄に流れる仕草で肩に手を回され、あれよという間にルー兄とシェルツさんの真ん中にいた。

「ラウは海鮮ものが好きだったな。ちょうど今時期は近くの海で―――…」
「ちょ、おい! 誘拐魔ッ…!?」

 後ろで派手な音がしたが、ルー兄に穏やかに微笑まれて何も言えなくなる。
 その後、なんとか皆で昼食を取る事になり、内心ほっとしたのだった。
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