誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

アスファーの災難

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 気温は日ごと穏やかに上がり、最近はシャツにベストでちょうど良い。
 特に行事がない月なので、ラウレルが生徒会に呼ばれる回数はめっきり減った。アスファーはといえば、相変わらずコンスタントに、風紀の活動をしている。


 放課後、今日はラウレルと二人で、課題を片付けに図書館へ来ていた。ジンは図書当番だ。
 おれは、課題は期限ギリギリまでやらずに粘る派だ。けれども、早めに片付ける派のラウレルとこうしてたまに図書館へ来るので、わりと順調にこなしていた。
 行事がなくて暇だろうと、気をきかせてガッツリと課題をくれやがる科目もあるため、暇を持て余したりはしない。ありがた迷惑な話である。

 ちょっと集中力が切れたので、机に顎を乗せてグダグダする。
 ラウレルがチラリとこちらを向いて、口を開いた。

「明日はアスファーも暇だから、薬草学の課題やろうな」
「あー、うん」

 またまた薬草学では、薬草を作ってこいという課題が出たのだ。学園の敷地内で、材料集めからしなくてはならない。

「手順、纏めたか?」
「あー、ううん」

 答えると同時に、目の前に分厚い本を置かれた。辞書レベルの厚さだ。

「これに載ってるから。明日の放課後までにやっとけよ」
「……どうも」

 ラウレルは優しいが、厳しいヤツである。渋々と頁を捲り、お目当ての項目を探した。

 そんなこんなで、今日も充実した時間を過ごしたおれは、閉館時間になる頃にはダラリと椅子に凭れてしまった。
 日が延びたので、まだ外は暗くない。

「おつかれ」
「おーつかれー…」

 笑いながら言うラウレルに、かったるく片手を上げて答える。

「帰るぞ」

 鍵を持ったジンに促され、図書館を後にした。

 晩飯をラウレルと作り、ちょうど良いタイミングで帰ってきたアスファーも加えて四人でテーブルを囲む。
 なんとも草臥れた様子のアスファーに、ラウレルが首を傾げた。

「何かあったのか?」
結晶石クォーツ曇ってきてるわ、魔物増えてるわで、次はどうなるんだってうるせぇんだよ」

 アスファーは忌々しい顔でサラダを呑み込む。料理は美味そうに食べてほしいものだ。

「ああ、最近ちょっと学園の雰囲気が不穏になってきたよな」
「黒の結晶石クォーツが見つかったら…」

 やってられんとアスファーが投げやりに言う。
 黒の結晶石クォーツのことは、初等部の歴史で習うのでみんな知っている。戒めに教えられてきたものだ。何せ五千年も前の話なので、お伽噺のような感覚で受け止められていたと思われる。

「半信半疑なヤツもいるけどな」

 ジンがスープを口に運びながら言う。

「実際、その目で見ないと信じられないらしい」
「まぁなー、実感湧かないのは分かる気がする」

 近年は平和が続いていたため、もしまた起こったらなどと考えることも、ほぼほぼなかっただろう。

「低学年煽って楽しんでる奴らもいてよ、仕事減らねえったら」
「タチ悪いなー」
「この時期、いつもならだいぶ落ち着いてくるのに」

 ラウレルの言葉に、アスファーがため息を吐く。

「委員長もかなりイライラしてるんだ。無表情は変わんねぇけど、雰囲気が尖ってるっつうか」
「あー、想像がつく」
「……レンさんが風紀室で大人しくなったのは嬉しいが、気が安まんねぇよ」

 アスファーの苦労は、まだまだ減りそうにない。


 ◇◇◇

 学園内にある森の湖で釣糸を垂らすこと数時間、未だに獲物はかからない。――例の薬草学の課題である。

「まだやってんのかよ」

 振り返ると、アスファーとジンが立っていた。ジンの腰から下がっている袋は膨らんでおり、目的のものは確保出来たのだと分かる。
 それにしても気になるのは、アスファーの右手が真っ赤に腫れていること。

「どしたの?」
「このバカは素手で掴みやがったんだ」
「ああ、」

 そういえば、アスファーが探していた薬草は、「直接触れないこと」と、昨日の本に注意書きがあった気がする。

「ンなことより、おまえはどうなんだ」
「見ての通り、サッパリ。本当にここにいるのか?」
「いる。おまえが下手なだけだ」

 ここにいるらしい魚の鱗が必要なのだが、おれの釣糸はウンともスンとも言わないのだ。
 腫れていない方の手で、アスファーが釣竿を奪う。

「おまえはラウレル手伝ってこい」
「へーい」

 ほとほと飽きていたので、すんなりとアスファーに場所を譲った。
 ラウレルの担当は木の実だ。一見そこら辺の木と同じその木は、上の方に独特な緑色の実をつける。
 ラウレルが向かった方へ行くと、上の方から名前を呼ばれた。見ればすでに実を見つけたらしく、今から下りる所だったようだ。

 ラウレルは身軽に飛んで、着地するときに風を起こし、フワリと地面に立つ。

「イオはもう済んだのか?」
「……アスファーにバトンタッチしたところ」

 ラウレルとのんびり歩いて湖に戻る。
 どうせ早く行っても、見つかってないだろうし。

「来月で、もう長期休暇になるんだな」

 早いなぁとラウレルはしみじみ言うが、おれはひたすら驚いた。

「え、もう期末? この間、中間試験あったよな」
「な。来週はもう課題出ないと思う。良かったじゃないか」

 課題が面倒だと嘆いてはいたが、試験勉強も面倒なのだ。あまり変わらない。
 肩を落としたおれに、ラウレルは小さく苦笑した。

「……長期休暇はバタバタしそうだ」

 今の世界の状況では、宗家は色々あるのだろう。

「ラウレルも次期当主?」
「……多分な」

 群青色の瞳に睫毛の影を落としたラウレルは、囁くように声を出す。

「光と闇は、他の属性と違って結びつきが強いんだ。光が弱れば、闇も弱る。特に当主は、相手の当主の影響をモロに受けてしまう」
「闇の次期当主って、」
「……リュイ兄だよ」

 様々な気持ちの籠った声で言い、ラウレルは悲しそうに微笑んだ。
 ノヴァの話からするとリュイヴェの母親は末っ子のはずだが、闇と光において、跡継ぎは必ずしも長男の家系ではないらしい。

【当代が死ぬと、次期当主は自ずと自身が当主となった事を自覚する。
 当主となる前であっても、瞳の色で当たりをつける事が可能だ。闇の当主は代々黒曜石オブシディアンのような瞳を持ち、光の当主は濃い青系の瞳を持つ】

 ちなみに当代は、リュイヴェの父親と、ラウレルの母親だ。


 湖に戻ると、アスファーの無事だった方の手も腫れていた。

「どしたの?」

 首を傾げると、怒りに燃えるアスファーを横目で捉え、ジンが淡々と話しだす。

「目的の魚は釣れたんだが、狂暴でな。俺が鱗取ったとき、アスが噛まれた」

 おれが声に出して笑うのを耐えている内にラウレルが言う。

「その魚は?」

 ジンが湖を指し、アスファーが舌打ちをした。

「湖の底の岩で剣山でも作ろうか…」
「調合しに行くか」
「おう」

 わなわなと震えるアスファーをスルーして言ったラウレルに同意する。
 ジンが、情けでアスファーの腕を引っ張っていた。

 ◇◇◇

 夜、バルコニーに調合した薬を出し、ジンが満足げに頷いた。

「満月の光に一晩当てて、完成だ」
「今日を逃したら期限までに成功できねぇなんて酷だな」
「ラウレル、ナイス」

 おれらが間に合ったのは、ラウレルが早めに調べたお陰である。
 ラウレルに親指を立てると、大したことじゃないとばかりに肩を竦められた。

 ちなみに、アスファーの手は保健室でしっかり治療してもらったので、今日も美味しい晩飯が食えたのでした。
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