誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

薄らぐ輝き

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 続々と返却される答案用紙にウンザリと顔をしかめる。追試の教科がなかったのは幸いだった。

「ラウレル、理系がんばったな今回」
「アスファーのヤマのお陰だ」
「アスは語学、相変わらずだな」
「いいんだよ、理系全般得意だから」

 盛り上がるのはやはりテストの点数で。
 理系が得意なアスファー、暗記に強いジン、語学が得意なラウレルと、みんな出来る分野が違うため、試験前は教えあって苦手をカバーしている。
 ちなみにおれはどちらかと言えば理系。語学も嫌いじゃないけれど、暗記は苦手だ。

「イオ、追試は?」
「ない!」
「そこ、胸張って言われても…。最低限だぞ」

 ジンが呆れ顔をした。

「いいじゃん。飯行こ、飯」

 終わったことは、つべこべ言わない。
 今日は何を食べようかと、購買に並ぶ商品を思い浮かべた。

 ◇◇◇

 本日最後の時間には、ロングホームルームがあった。お題は実技大会についてだ。
 おれは級長にされてしまったので、仕方なく前に出て紙を配る。

「参加したい人ー」

 挙手を促しても、誰も手を上げやしない。
 実技大会では、上級生の作った試練という名の嫌がらせを掻い潜り、ゴールを目指す競技が行われる。教師がオッケイを出した内容で、なんとかクリア出来るレベルのものが用意されるが、怪我をする事はザラにあるのだ。
 やりたくない気持ちはとてもよくわかるのだが、級長としては決まらないと困る。
 そのとき、窓枠にやる気なく座っていたグラディオが事もなげに言った。

「アスファーは決定な」
「……はあ゙!?」

 驚きに立ち上がるアスファー。

「委員長直々に声かかってっから。よかったなー」
「よくねぇよ!」

 そういえば、いつかの屋上でそんな事言ってたなと思い出す。

「アスファー土だから、他の属性の人、誰か」

 その瞬間、立ち上がったままだったアスファーが両隣に座っていたラウレルとジンの腕を掴んで引っ張り上げた。
 ラウレルもジンも抵抗して下ろそうとするが、アスファーの怪力には敵わない。

「……ラウレルとジンね」
「断る」
「俺も」

 手元の用紙に三人の名前を書き込んだ。

「はーい、あと一人」
「おまえがやれ」
「……誰かいませんかー」

 アスファーの声をスルーし、クラスメイトを見渡す。
 すると、アスファーがツカツカと前にやって来た。用紙を取られる前にサッと後ろへ隠す。

 鋭い金色の瞳と、しばし見つめ合った。

「席に着いてくださーい」
「その紙渡せ。そしたら、席着く」
「級長に指図しないでよね」

 冷静に言い返せば、アスファーのこめかみに青筋が浮いた。

「……いいから渡せっつうんだよ!」
「い、や、だ」 

 アスファーの方が背が高いので、持ち上げれば取られてしまう。
 教卓を挟んでの地味な攻防が続く。
 アスファーと逆側に手を伸ばしたとき、かさりと紙が抜き取られる感触にハッとして顔を向けると、珍しく微かに口角を上げたラウレルがいた。

「ちょ、その紙、」
「イオも一緒に参加するよな?」
「え? いや、おれは」
「するよな?」
「……はい」

 ラウレルと噂に聞くルーフェスの血の繋がりを感じた瞬間だった。

「……結局、おれも参加かよー」
「俺だって嫌だよ」

 ジンがすかさず言った。

「アスファーのバカ、アホ」
「へーへー。なに言っても決定だかんな」

 クラスのみんなは、意外と早くお開きになって喜んでいた。――他人ひとの気も知らないで…!

 しょんぼりと肩を落として帰路に着く。ラウレルとアスファーは委員会なため、今日もジンと二人だ。
 ジンが肩を竦ませる。

「ラウレルがいるからまあ、なんとかなるだろ」

 たしかに、全ての属性を扱えるラウレルは心強い。

「そーだな。今日のことは忘れてしまおう」

 一つ頷いて言えば、何故かため息が返ってきた。なんというか、お疲れモードである。

「……結晶石クォーツが思わしくないのか?」

 あれからどうなったのか、まったく話は聞いていない。食前の祈りから考えても、良い方向へ向かっているとは思えないだろう。
 ジンはダルそうに長めの前髪を掻き上げる。

「……水と土も、輝きが弱まってきたんだと」

 祈りを捧げるのは、意外と精力を使うらしい。最近、ジンは前よりぼーっとしているし、アスファーもあまり怒鳴らなくなった。

「黒のクリスタルは?」
「まだ見つかってない」

 大した手掛かりもなく魔界全体を捜索するのだから大変だ。なければいいが、現状を考えるに、それは望めそうもない。

「見つかったら…」

 見つかったら、どうするのだろう。
 チラリとジンを窺うと、顔をしかめていた。

「……俺らには何も出来ない。闇か光に頼るしか…」

 五千年前は、闇がその役を負った。では、今回は――?

「早く見つかるといいなって、簡単には言えないな」
「……そうだな」

 早く見つかれば被害も少ないし、なんとかしやすいと思う。しかし、それをなんとかする人の身の安全は、まったく保証されていないのだ。

 ――そのときが来なければいいのに。

 心のどこかで、そう願ってしまう。

 ◇◇◇

 四人揃っての晩御飯。
 ジンのちょっと上達した飯を食いながら、アスファーがニタリと笑った。

「レンさんとジークさんも参加するってよ。ざまァ」
「おまえもするんだ。他人の事言えないだろ」

 ジンの的確な言い分にも、アスファーの表情は変わらない。金色の瞳がキラキラと輝いている。

「お題作るの、委員長たちなんだぜ。俺らなんてマシだと思えるだろ」
「……リュイ兄とノヴィ兄も、強制参加って言ってたな」
「あの人ら四人で参加か…。ウケるな」

 アスファーはいつも委員会でどんな目に合っているのだろう。物凄く愉しそうだ。

「あんま仲良くなさそうだったな、あの人たち」

 それでチームを組んで、大丈夫なのだろうか。

「おう、よく言い争いしてるぜ。なあ、ラウレル」
「……ああ」

 ラウレルが遠い目をして頷く。きっと、生徒会室でも見られる光景なのだろう。

「委員長と会長の考えたお題なんて、絶対ろくでもないぜ」
「俺らは、副委員長たちの考えたお題やるけどな」
「目じゃねぇよ」

 まあ、アスファーが上機嫌なんてあまりないことなので、そっとしておこう。

 ここの所アスファーとジンがお疲れなので、早めに解散して部屋へ戻ることにした。アスファーはむしろ元気だと言い張ったが、ラウレルには敵わない。
 共有スペースで、ラウレルとハーブティーを飲みながらまったり過ごす。
 このまま結晶石クォーツの輝きが減れば、一般生徒もダルさに襲われたり、思うように魔法が使えなくなるかもしれない。

「ラウレルも影響あるの?」

 ラウレルに目をやると、群青色の瞳を瞬いて首を振った。

「……いや、俺たちは大丈夫だ」
「ふぅん」

 良かったと思う。黒のエネルギーを浄化したり、無に還したりと、忙しくなるだろうし。

「なぁ、ノヴァたちと何かあった?」

 近頃、ラウレルは彼らとの会話を避けているように見えるのだ。

「……別に」

 妙に硬質な声音に、追求をあっさり断念する。

「そっか」

 やはりそれについて、話をする気はないらしい。

「……イオは…、」
「ん?」

 言い淀むラウレルは俯いており、顔が髪に隠れて表情が読み取れない。

「……なんでもない」
「うん…?」

 おれには思い当たる節が多すぎて、ラウレルの考えていることは分からなかった。
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