誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

ちょっとした変化

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 すっかり新緑が目立つようになった頃、おれらは相変わらずな日々を送っていた。
 変わった事といえば、ラウレルがセンチメンタルになったくらいだ。

 交流会が終わって、放課後もまた四人でいる時間が増えた。
 今日はジンが図書当番なので、課題を片付けるため図書館へ行くことに。今年になってから、面倒な課題が多い気がする。

「薬草学のさあ、作り方の説明と実際作って持ってこいっての、絶対職務怠慢だよな」
「作り方が教科書にあっただけマシだろ」

 アスファーは魔法学の教科書を取り出す。隣のラウレルは、すでに参考文献と睨めっこしていた。

「ラウレル、なんの課題やってんの?」
「幾何学の、美しいと思う形状とそれについての考察。レポート用紙五枚」
「ぅわー、鬼畜。ファイトー」
「おまえも取ってんだろうが」

 鋭い指摘をしたアスファーを睨み付ける。ちょっと現実逃避したくなっただけだもん。
 窓の外に目をやれば、徐々に景色が黄昏色に染まっていた。少し日が伸びたとはいえ、まだまだ暗くなるのは早い。
 アスファーに丸めたレポート用紙で頭を叩かれ、おれは仕方なく課題を再開した。

 外が暗くなった頃、ようやく閉館時間となり、ジンを手伝って窓閉めをする。
 最後まで粘っていた生徒たちも、帰り支度をしていた。
 その中に、似たような背格好の白髪の二人組がいた。一人は肩に着くくらいの髪で、もう一人は少し短いが、健康的な肌色も凛々しい顔立ちもそっくりだ。二人とも、中世の騎士にいそうである。
 おれの視線を追ったラウレルが「ああ」と呟く。

「風の宗家のゼフとリア、双子だよ。一個上」
「へ~、本当、似てる」

 双子を見るのは初めてで、ちょっと感動する。
 ずっと見ていたら短い髪の方が気付き、二人でこちらへやって来た。身長まで同じようで、思わず感嘆の声が出てしまう。

「ラウレルも課題やってたのか?」

 髪の長い方の穏やかな声にラウレルが頷く。

「ゼフたちも?」
「ああ。生徒会がないときに片付けないとな」
「お二人さんも生徒会なんだ?」

 首を傾げて尋ねると、髪の長い方――ゼフがこちらを向いた。

「いや、リアは風紀だ」

 そこで、ラウレルが気づいたようにおれを紹介してくれる。

「ルームメイトのイオ。昨年、編入してきたんだ」
「そうなのか。俺は兄のゼフ。こっちが弟のリア」

 リアは無反応だった。

「リーア。すまない、こいつ、いつもこうなんだ。気にしないでくれ」
「ああ、うん」
「外、出てくれるか?」

 振り返れば、いつの間にか鍵を持ったジンが佇んでおり、みんなで図書館を後にした。
 前を歩く双子は始終無言で、仲が良いのか分からない。一緒にいるんだから悪くはないのだろうと、勝手に想像した。

 ふと、アスファーが思い出したように言う。

「晩飯当番、今日からそっちな」
「あ、食材買ってない」
「うわ、忘れてた」

 大抵、指摘されるまで忘れてしまう当番である。
 ラウレルがアスファーとジンの方を向く。

「わるい、食材館寄ってくれるか」
「おー」
「荷物持ち確保」

 サラリと続けたおれに、アスファーが目を寄越した。

「デザート奢れよ」

 アスファーもジンも、顔に似合わず甘いものが好きなのだ。笑って返事をしたら頭を叩かれた。

「おまえたち、本当に仲がいいな」

 ゼフが肩を揺らして振り返った。常磐色の瞳が穏やかに細められている。

「お二人はどうなの?」

 双子の生態が気になってしまうのは仕方がないだろう。常磐色の瞳と目が合うと、ゼフは苦笑して言った。

「どうかな、普通?」
「喧嘩してるのは見たことないな」
「リアはお兄ちゃん子じゃなかったか?」

 双子と昔からよく遊んでいたらしいジンとアスファーが話し出す。

「あぁ…。昔はよく、ゼフを探してたもんな」
「それはゼフがよく迷子になるからだ」

 ようやく口を開いたリアの声は不機嫌だった。声はリアの方が低い気がする。

「そんなことないぞ。いなくなるのはリアだった」
「目を離すとすぐ脇道にそれるのは、おまえだろ」
「そうだったか?」

 まったく思い当たる節がないといった風のゼフに、リアが目を細めた。

「そうだろう。俺を探してなんて言って、どんどん変な道に入りやがって」
「リアがいなくなるから」
「だーから、気付いたら探さずじっとしてろと言っている」
「そんなこと出来ないだろ」

 会話の内容を聞いていると、今でもゼフの行動は変わらないように聞こえる。

「おまえから合流出来た試しがないだろうが」
「それは、そうだが…」

 そして、どちらが兄か分からない。まぁ、双子に兄や弟という感覚があるかは謎だが。

「俺ら食材館行くけど」
「ああ、じゃあな」

 双子はそのまま昇降機に消えた。

「双子でも、性格だいぶ違いそうだな」

 ゼフはどこかおっとりしていて、リアの方がしっかりしてそうだ。

「ゼフの方が友好的だしな。リアは取っ付きにくい」
「ああ、それっぽい」

 話している内に八百屋のコーナーへ着いていた。
 食材館には、農村から新鮮な食材が運ばれてくる。種類が豊富で、鮮やかな野菜たちは見ているだけで楽しい。

「イオ、適当に野菜買うからな」
「おう。あ、おれ、茶葉見てくる」

 食後のハーブティーは日課となっている。茶葉専門店があるので、色々と試すのも楽しみの一つだ。
 店の中をうろうろしていると、長い銀髪を一つに括った後ろ姿が目に付いた。背が高い上に壮麗な雰囲気が近寄り難く、かなり目立っている。
 なんとなく苦手意識があったので、出そうになった呻き声を殺してUターンをした。

「おい」

 ――少し、気付くのが遅かったらしい。
 真後ろからかけられた声。逃げる術はないだろう。というか、逃げたら後が怖そうだ。
 仕方なく振り返って見上げると、黒曜石オブシディアンのような瞳と目が合う。リュイヴェの目は、他の闇属性の人と異なり真っ黒だ。そこに異なる色は見られない。

 ゼフたちと同級生のはずなのに、どうしてリュイヴェは威圧感があるのだろう。

「おまえ、ラウレルと同室だったな」
「そうだけど」
「最近、ラウレル…、何かあったのか?」

 聞かれた内容に目をパチクリする。ラウレル、ラウレルねぇ…。

「そちらこそ、何があったの?」

 ちょっと意地が悪いけど、気になったので聞いてみる。
 リュイヴェは嫌そうな顔をして、ため息を吐いた。

「……始終気を張っている上、妙によそよそしい」
「いつから?」
「交流会の頃からだ」

 色々と鋭そうなリュイヴェに、なんと言ったものか。じっと見下ろしてくる探るような目に苦笑した。

「おれも聞いてないけど、ラウレル、交流会の日から、朝ちゃんと起きてることが多いんだ」

 それについて、ラウレルは話すつもりがないようだから、聞くことはしないでいるけれど。

「何かあったら、あんたに報せるよ」

 一人でなんでも背負い込む傾向があるので、ラウレルはどこか危うく見えるのだ。
 リュイヴェは暫し無言でいたが、頼むと言って、向こうの棚へ行ってしまった。少しは信用してもらえるようになったという事だろうか。面倒が減るからそうだといいなーと思いつつ、おれも商品を手に取った。


 ◇◇◇


 後日、生徒会から帰って来たラウレルは小包を抱えていた。例の茶葉専門店のものだ。

「寄ってきたのか?」
「……いや、リュイ兄から貰ったんだけど…」

 ラウレルが小包から取り出したのは、安眠効果のあるブレンド、数種類だった。
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