誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

闇属性と黒のエネルギー

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 朝日を感じて目蓋を上げる。
 新しい日。今日も快晴。早朝の澄んだ空気が好きだ。
 どこからともなく聞こえる春告げ鳥の声をしばらく堪能し、いつものように制服に腕を通した。

 支度を済ませた後、隣室のドアをノックして名前を呼ぶも返事はない。
 始業式の翌日からこれである。
 苦笑して、遠慮なく部屋へ侵入した。カーテンを開け、規則正しく上下に揺れる布団を思いっきり剥ぐ。

「おそよー、ラウレル。朝だぞー」
「……はよ」

 もそもそと起き上がった彼は、朝日に透ける敷き詰められた金糸雀カナリア色の睫毛の向こうから、ぼんやりまなこで見上げてきた。
 髪型のせいか、妙に幼く見える。

「ほれ、支度支度」

 ベッドに座ったままだったラウレルの腕を引き、洗面台へ。顔を洗った彼は、ようやく焦点の合った目でこちらを振り返りながら言う。

「ジン、髪立てることにした、の」
「……可愛いから許す」
「ごめんイオ!」

 慌てるラウレルにタオルを押しつけ、髪を撫でてやる。ワックスをつけていないラウレルの髪は柔らかく、指触りが良いのだ。

「このまんまの方が好きだなぁ」
「……今さら止めるのも変だ」
「まあなー。危ないから毛先弄った方がいっか」

 ラウレルは綺麗な顔をしているのでモテる。毛先を遊ばせるだけで幾分クールに見え、何もしていないときより話しかけづらい雰囲気になる気がした。
 何故、そのような事を気にするかというと。最近では、恋に性別は関係ないらしいのだ。
 意味が分からないと首を傾げるラウレルに笑って誤魔化し、二人で部屋を出た。


「おら、席つけー」

 教室に入ってきた担任は去年と同じでグラディオだった。後ろに撫でつけられた短い暗黒色の髪と、垂れ気味の目許が特徴的だ。担任まで持ち上がりらしい。

「今年から選択科目で上級生と一緒になるのもあるが、問題起こさないように。以上」
「先生、交流会はいつですか?」
「……知らん。ラウレルに聞け。ほれ、解散。移動教室の講義遅れるなよ」

 実にダルそうにラウレルを一瞥し、担任は去った。
 
「グラ先ひでぇ」

 思わず呟けば、隣のラウレルが目を寄越す。

「あの人、面倒臭がりだから」
「ラウレルから情報を聞き出そうとする奴はいないだろうしな」

 補足してくれたのは後ろに座っているジンだ。

「ラウレル、先生と個人的なお知り合い?」

 流れをぶった切って聞くと、ジンがため息を吐いた。

「先生は闇の宗家に近い血筋だからな」
「小さい頃、遊んでもらったんだ」

 ラウレルがこくりと頷いて言った。

「いくつ差?」
「……十二…、十三か?」

 先生は二十代前半だと思ってました。

 ちなみに、おれの選択科目はラウレルと同じものが多かった。ジンとアスファーも同じものが多いと聞いたときには笑いそうになった。色々真逆っぽいのに、妙なところ合うよね彼ら。

 ◇◇◇

 昼食前の最後の講義。窓際の後ろの方の席でラウレルとおしゃべりしていると、真後ろに座った人たちの声が近くで聞こえた。

「ラウも取ったんだな」
「同じ科目受けるなんて新鮮だなぁ」

 肩をビクつかせて振り返ったラウレルにならい、後ろを向く。
 そこには、煌めく長い銀髪を高い位置で一つに括った冷涼な雰囲気の生徒と、癖のある黒鳥の濡れ羽のような髪の、垂れ気味な目許が印象的な妙に艶やかな生徒がいた。

「……誰?」

 ラウレルが身体を捻った状態で固まっていたため、先に言葉を発してしまう。
 濡羽色の髪の生徒が声に反応してこちらを向いたので、目が合った。星屑を敷き詰めたような銀色の瞳――。

「俺、ノヴァール。こっちはリュイヴェ。ラウレルとはちっこい頃からのお友達」
「ノヴィ兄、リュイ兄…」

 ようやく我に帰ったラウレルは、まだ目を丸くしている。

「おー、やっと帰ってきたか、ラーちゃんや」

 ノヴァールがニッと笑った。

「もう、その呼び方止めてって言っただろ」
「あたッ。なんでおまえに叩かれにゃならん」

 かなり痛そうな音がした頭を撫でながらノヴァールが言う。殴った本人はといえば、ジトリとノヴァールを見やって、ラウレルに向き直った。

「ラウ、こいつは視界に入れなくていい」

 リュイヴェは何にでも無心で頷いてしまいそうなほど柔らかな笑みをラウレルに向けている。ついでに言うと、深みのある良い声をしていた。

「ちょ、おまえ、その真っ黒い腹の中きよめてもらえよ」
「朝、一人でちゃんと起きれるようになったか?」

 ノヴァールの言葉など耳に入っていないらしいリュイヴェは、ラウレルだけをその瞳に映している。

「……あー、」

 ラウレルの朝の弱さは昔かららしい。
 視線をさ迷わせ、ラウレルは言い淀む。

「ジンの奴?」
「……あ、いや、今は…」

 そろりと群青色の瞳を向けられ、次いで鋭く刺すような視線が降ってきた。いきなりスポットライトを浴びた気分だ。

「君は?」
「ラウレルのルームメイト」

 面倒なので、返事は簡潔に。

「へえ、名前は?」

 リュイヴェと異なり、純粋な好奇心のみを宿す銀色の瞳を見て答える。

「イオ」
「水属性か」
「おう。先輩たちは?」

 ノヴァールもリュイヴェも闇ではない何かを感じる。だいたい、銀色の瞳など初めて見る。……いや、担任のグラディオも金に銀が混じった色だったか。
 おれの問いにノヴァールは眉を上げ、リュイヴェは目を細めた。
 ラウレルが少し焦ったように口を開く。

「イオ、リュイ兄は闇、ノヴィ兄は…」
「直球で聞かれたのはいつ振りかね」

 ラウレルを目で制したノヴァールは緩く微笑む。

「黒のエネルギーを使ってる。そういう奴は、みんな銀色が混じった目ぇしてるよ。……俺はだいぶ黒に頼ってるからな。ここまで銀なのは他にはいねぇ」
「黒のエネルギー…」

【黒のエネルギーは、憎しみや恨み妬みなどの重苦しい思念から生まれる。それは一定量以上漂うと結晶化して、結晶石クォーツとなる。しかし、人々の多くはこの説を信じていない。
 結晶化したものは、黒の結晶石クォーツと呼ばれる。五千年ほど前に、人類を破滅に導いた結晶石クォーツだ。

 闇属性には、希にこの力を純粋なエネルギーに変換して使える者が現れる。通常、精神的に付加が大きいため扱えない。それを克服しうる者は実に貴重だ。
 黒のエネルギーは刻々と淀み、結晶化へ向かっている。そのため扱える者には今以上、今以上と期待が寄せられてしまうのだ。】

「気持ち悪いか?」

【黒のエネルギーを扱える者に対する反応は、忌み嫌うか、畏怖を抱くというもの。
 もっとも、そのような人物がいると知る者は、宗家とそれに近い血筋の者のみである。】

 おれは、どちらも嫌だった。

「なんで? 星屑敷き詰めたみたいで綺麗だよ」

 途端にカチリと固まってしまったノヴァールを訝しむ。
 その好き勝手に跳ねる癖っ毛を引っ張ってやろうかと思い始めた頃、ノヴァールはいきなり笑い出した。しかも大爆笑だ。

「……この人、笑い上戸?」
「いや…」

 ラウレルも戸惑っている。
 リュイヴェに再び頭を叩かれ、ようやく笑いが止まったらしいノヴァールは、やはり涙目だった。

「俺のこと、ノヴァって呼べよ」
「いいけど」

 ――なに、突然。
 結局、その後すぐに講義が始まったので、話は出来なかった。

 ◇◇◇

「おい、俺に何を感じた?」

 講義が終わって別れ際、物騒な声音で囁かれた言葉。
 顔を上げると、黒曜石オブシディアンのような瞳があった。警戒心を秘めた、探るような目だ。

「ノヴァの隣にいたから、ちゃんと認識出来なかっただけ」

 事もなげに肩をすくめて答えたが、リュイヴェが納得したかは怪しい。侮り難し、リュイヴェ。――同一人物とは思えないほど甘い微笑をラウレルに向け、ノヴァと教室を出て行く。
 その姿を横目に、おれは小さくため息を吐いた。

「ラウレルの知り合いって、みんななの?」
「『ああ』って言われても」
「あくが強いっていうか」
「……否定できない」

 一緒にいたら、関わらなきゃいけないんだろうきっと。
 そう思うと、どっと疲れに襲われる。

 ふと、ラウレルが群青色の瞳を窺うように向けてきた。

「なに?」
「……イオは闇属性にも、偏見ないんだな」
「偏見?」
「五千年前、闇の力を持った者が世界を支配しようと黒の結晶石クォーツを利用して、世界が滅びそうになったって言われてるだろ?」

【闇と光の属性は、その他の属性を遥かにしのぐ強さを秘めている。
 かつて、闇の力を持つ者が黒のエネルギーを暴走させたとき、世界は地獄絵図と化し、当時の当代総出で彼を倒したと伝えられている。
 そのため、闇属性の者を恐れたり敬遠する者は、未だに多く存在していた。】

「伝承は所詮、伝承だからな」

 おれの言葉に目を瞬いたラウレルは、金糸雀カナリア色の髪を揺らして嬉しそうに微笑んだ。
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