酒を呑んで飲まれた宰相殿

はるか

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じめっとした空気の中を荒い息と質量のある水音が響いていた。さっきまで余裕綽々に人を見下していた憎たらしい顔はナリを潜め、熱に浮かされ牙を剥き出した獣のように自身を貪る男に私は生まれて初めて降参した。



 降参するから解放してくれ。助けて。もう、嫌だ。



 あらゆる負け犬の言葉を吐いても男は止めなかった。今の今まで憎みあっていた間柄だ。これ幸いと私を殺しにかかってくる。分かるさ、分かる。私でもそうする。ただ、苦しくて辛くて、――よすぎて……。



 救いを求めて伸ばした両手は掴まれ男の首に回された。



 「――掴まってろ。」



 嫌だ。まだヤるのか。絶望が頭をよぎった瞬間、私は好運にも意識を飛ばした。



  ――もし、数時間前に戻れるのなら。私は迷わずあの杯を手にはしないだろう。





 





 お互い寄ると触ると喧嘩ばかり。そんないつもの喧嘩の筈だった。



 「――仕方あるまい。我が国の宰相殿は俺より先に潰れるのが怖いのだろう。」



 外では酒を口にしない私は男の酒を無下に断った。その先のこの言葉である。



 大人気ないが、カチンときた。



 もちろん顔には出さず、だが溢れ出る冷気で不快を存分に現したが、周囲の凍りついた空気をものともせず、仕方あるまいと言いながらも男は差し出したその杯を納めなかった。



 まさか逃げるのか? と。



 尊大な黄金の瞳が語っていた。



 三十の若さでこの地位まで上りつめたこの私が逃げる、だと?



 男の手から杯を奪い取ると私は一気に飲み干した。



 ちなみに私はザルだ。酒など水のようなもの。1+1=2くらいの分かりきった勝算があった。



 知らなかったし、興味もなかったが、男もまたザルのようだった。終わりのない戦いに一人、また一人と周囲からは人がいなくなった。しかし明日になろうとも始まったからには私はやめるつもりはなかった。いつもいつも私に絡んでくるこの男に力の差を見せつけてやり、完膚なきまでに叩き潰してやる気になっていた。



 「――まて。」



 永遠に続くかと思われた戦いに転機が訪れたのは男が額に手をやり、こちらに掌を向けた時だった。



 「降参ですか? 大丈夫です。酒にお弱い事は口外しません。ああ、でも使用人達の口に扉はたてられませんね。」



 私がチラリと見ると使用人はヒィと飛び上がった。



 「――バカを言うな。しょんべんだ。飲みすぎた。腹がパンパンだ。」



 確かに。酔わなくても水分はたまる。



 「……私もお伴しましょう。」



 男に続き私も席を立つと男は後に付いて来ようとするお付きの者達を手で制した。



 「宰相殿が守ってくれるさ。なぁ?」



 武力、魔力のない私をバカにした男はこの国で一、二を争う程の手練れだ。



 厠に行くと、意識すれば思いのほかたまっていた尿が膀胱を圧迫し、気取られないようにいそいそと前を寛げ勢いよく放出した。



 男は急いではいないのかゆったりとした動作で隣に並ぶと、同じように放出しだした。



 「……宰相殿が童貞だと言うのは本当らしいな。」



 気付けば男は私の放出している分身をマジマジと見ていた。



 なんだその玩具を見つけたような楽しそうな瞳は。



 「机上の空論ですな。」



 私は動揺を悟られないように平然と前を向いた。私の分身の何を見てそんな事が分かるというのだ。ハッタリだ。しかし前を向く瞬間に男の放出する器官をチラ見してしまう。



 「――陛下。それはマムシにでも咬まれたのですか?」



 男は爛々とした瞳で私を見ると上半身を反り返してガァッハッハッと笑う。



 「やめて下さい。こちらに飛びます。」



 私は急いで尿を出しきると前を整え便器から離れようとしだが、腕をグアシッと掴まれて悲鳴をあげた。



 「その手!! 洗ってませんよね!! 離して下さい!! おい! 離せって言ってるだろうが! 」



 男は尿を勢いよく放出したまま私の腕を掴んで離さない。もう恐怖しかない。



 「誰か! 王がご乱心だ! 隔離せよ! 隔離だ!」



 男はチッと舌打ちをすると片手で出し終えたマムシに咬まれたと思われる器官をブンブンと振ると服の中に納めた。



 「行くぞ。」



 「手は洗いましょうよ。」



 私が睨み付けるともう一度チッと舌打ちをした男は素直に手を洗った。粗野だが育ちはいいのだ。粗野だが。



 帰りの廊下を歩いていると前を歩く男がピタリと止まった。



 ああ、まずいなまずい。爛々している。



 「夜も更けて参りました。今日はこの辺でおいとまを――」



 「逃げるのか? とは言っても宰相殿も俺もザルだと勝負がつかん。違うゲームを思い付いた。」



 名案だと。爛々と輝く瞳で語る男に嫌な予感しかしないし、その実績しかなかったので私は辞退しがてら逃げの一手をうとうとしたがあっさりとゲストルームに連れ込まれてしまった。



 「なんですか。もう、私の負けでいいので帰らせて下さい。明日も陛下の尻拭いの案件で忙しいんですよ私は。」



 私は極めて冷静に男に事実を述べた。今日の晩餐会で男が袖にした姫は隣国の王が溺愛している末の姫だ。折角の条件のよい見合いをぶち壊して、破壊、戦いが己の生きる道だとばかりに戦争ばかりして少しは落ち着いてくれないと気が休まる暇がない。



 「どちらが先にいかせるか勝負するぞ。」



 「……は? 」



 いく? いかせる?



 私の頭が処理出来ない単語にフリーズしていると男は私の片腕を取り、足をかけるとそのままベッドに押し倒した。



 「我が国の民俗衣装は他国より脱がせやすいのがいいところだ。」



 首筋に歯を立てられながら生暖かい吐息と共に吐き出された言葉にゾッとした。



 「まさか、私相手に盛っているのか? まっ、まて。急いで女を呼ぶから、まて。」



 男は隙間から手を入れ胸の突起を探り当てるとフニフニと摘まんだ。



 「うっ、いっ……」



 力任せに摘ままれ痛みが先にたつ。



 「ふん。女のようには感じないのか。面倒だな。」



 男がそうしている間にも私は必死に抵抗していたが、岩にでものっかかれているように男の体はびくともしなかった。



 「鉄!? 陛下の体は鉄で出来てるんですか? ううっ。そんなもの感じる訳がないでしょうがっ。陛下、酔ってるでしょう? 酔ってますね。はい。それ明日、記憶がないパターンです。つまりは私の勝ち、ぶっ。んーっ。んーっ。」



 分厚い唇に塞がれ口の中を縦横無尽にねっとりとなぶられ、苦しくて死を感じて男の腕にしがみついた。



 「宰相殿はエロいキスも知らないのか。……いいな。俺が全部教えてやる。」



 真っ暗なのにその黄金の瞳だけが爛々と輝いて獣に喰われるとはこんなにも恐ろしいのかと震えた。



 ――そして私はマムシに咬まれた器官を更に大きくしたものを尻の孔にぶちこまれ何度も何度も引いては打ち引いては打ちこまれた。



 ああ、あの時あの杯さえ手にしていなければ――
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