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11 極上のα (終)
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パカッ。口を開ければ甘い桃が口の中に入って来る。
モグモグ、ゴギュン。
「はい。あーん」
パカッ
「んっ!? んーっ。んーっ」
油断した。口を開けたら桃と一緒に風早の舌まで入ってきた。
抗議を込めて折れていない左手で風早の背を叩くが、レロレロと口の中を蹂躙されてしまい叩いていた手は背中にしがみつく形になった。
「んっ、んんっ、っはぁ、んんっ……」
ぷはぁっ。と唇が離れると俺と風早の間に唾液の糸が引き、おでこを付き合わせて見つめあった。
「風早。こんな風にされては困る。俺はこんな状態だから君を気持ちよくさせてやれない」
俺は顔面陥没。全身複雑骨折のオンパレードで身動きが取れない状態だった。
「でも左手があるな。擦ろうか? それとも口でするか?」ちょっと口は痛いけど風早の為なら――
俺が真剣に悩んでいると風早は脱力してがっくりと肩を落とした。
「紫貴ちゃん。どぉおしてそんなに撫子なの。もっと自分を大事にして」
そう言うと風早はブチュッとまたキスをした。
あの日、藍君と陽平君は晴れて番の契約を結んで1週間の蜜月を過ごした。俺は目覚めた病院のベッドでそれを泣きじゃくる風早に聞いた。
「――良かった」
俺が笑うと、風早は「よくないっ」と言って俺が寝ている枕の横を殴った。
「俺、紫貴が死んでたら襲ったあいつら殺してたから」
目の据わった風早からは殺し屋の匂いがしてイケメンが過ぎてブワッと鳥肌がたつ。
「……そんな顔しても許さない。退院したらぶち犯し決定だから。紫貴が誰の者だか分からせてやるっ。ヒートを待つ? クソ喰らえだ」
切れた口元に口付けをされ、傷を舌でえぐられる。こんのっサド!
「俺がどんな気持ちで1週間過ごしたと思う? それより前の1週間もだよ。いきなり別れるってさぁ。俺も紫貴の事大切だし好きだし我慢したけど、2日と持たねぇし。マジムカつく捨て身の攻撃だって、薬盛ってでも俺のもんにしようとしてダチに薬手配してたら熱出すし。そしたら意識不明の重体って、何っ!」
ウガーッと髪の毛をガシガシする風早。
「――ごめんね?」
俺は上目使いに謝った。秘技、藍君の真似だ。
「許す」
「いや、それだけじゃなくて――」
「許す」
「俺、Ωの男を馬鹿にしてて――」
「許す」
「あの――」
「モンマンタイ」
「許して、くれるのか?」
許す許す言いながら無表情の風早はちょっと怖い。
「――紫貴。藍を守ってくれてありがとう」
そう言っていつもの優しい垂れ目のイケメン風早になると、顔を両手で挟まれた。
「紫貴のお陰で藍は好きな奴と結ばれたよ。1週間巣籠もりしたから赤ちゃん出来たと思う。俺、おじさんになっちゃう」
テヘっと嬉しそうに笑う風早に俺も嬉しくなって笑った。
「それはいいな。俺達も俺にヒートが来たら巣籠もりして子供作ろうな」
ズッキューンッ。
風早は胸を撃たれたポーズを取り暫く固まった。
「うん。紫貴ちゃん。子作りいっぱいしよーね」
鼻の下を伸ばしたフツメン風早は待ち遠しいと笑った。Ωだと診断された時はそんな幸せが来るなんて思っても見なかった。
「――風早。好きだ。結婚してくれ」
君は俺の運命。一生一緒にいてくれないか。
「っ。俺のセリフだしぃっ」
風早は悔しそうにダラダラと涙を流すと、俺にチュウをした。
「――誓いのキスには早すぎる」
俺が照れて口を拭うと、風早は真剣な表情で俺を見た。
「紫貴が好きだ。俺の全てを紫貴にあげるから。紫貴の全てを俺にちょうだい?」
熱のこもった瞳で見つめられ、熱い吐息でそう囁かれれば、もうそれだけで孕みそうだった。
「ああ。退院したら俺の全てを貰ってくれ」
全てを――
ヒートがきてもこなくても俺の全てを風早に。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「か、風早。こんなにいるのか」
風早の手には大量の潤滑油とスキンが。
「1週間籠るんだよ? 足りないかもしんない」
風早は有料ビニール袋に入ったそれらをブンブンと振り回しながら答えた。
「そ、それはヒートが来た時であって、今回は違うだろう」
俺は顔に血がのぼりながら必死に抗議した。薬局ですごく恥ずかしかったんだ。店員の女の子の顔が無だったのが忘れられない。
「退院まで1ヶ月待って、それから骨が完全に繋がるまで1ヶ月待ったんだよっ? 俺。頑張っちゃうもんねー」
頑張るってなんだ。俺は処女なんだぞ。頑張らなくていい。
「あっ。栄養ドリンコ忘れたっ。ちょっと買って来ーる」
俺はお尻の穴がガバガバになる恐怖に戦きながら薬局に戻る風早を見送った。
また来たニヤけたイケメンを見て薬局の少女はどんな顔をするだろう。そう思うと笑える。下を向いて笑いを堪えていた俺はふと感じた気配に前を向いた。
いつからそこに居たのか。さっきまでは居なかったはずだ。
「――お兄さま。お迎えに上がりました」
白いワンピースを纏った少女は清楚な見た目とは違い苛烈な性格であると知っていても儚げであった。
「迎え?――」
「――やだ。うそ……」
俺が彼女がなぜ現れたのか理解できずに問いかければ、突然少女の顔が赤く熱に浮かされたように変わった。
「大丈夫か?」
様子のおかしい彼女に手を伸ばそうとしたその時――
「きゃーーっ。いやーーっ」
彼女が悲痛な叫びをあげた。驚いて手を引くと俺の横を風が通った。
その風は風早だった。風になった風早は
彼女を掴まえると深い口付けを落とした。
悲鳴をあげていた彼女も泣きながら風早の首に抱き付きその清楚なワンピースをまくりあげ白い足を風早の腰に巻き付けている。
何度も角度を変え口付けを交わす二人を俺は呆然と見ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
side 苛烈なΩ
臥竜院紫貴が失踪してから半年が過ぎた頃、少女は名を口にする事すら憚れる高貴な方から呼び出しを受けた。
「――これへ」
本来なら同じ空間に居ることも失礼にあたるその方はΩの少女に目の前に来るように言った。
性別、年の頃は同じ。世間話を少しした後、少女は自分がなぜ呼ばれたのかを知る事となる。
「――あの子は、どこ?」
高貴なお方は口許を隠す扇子をパチリと音をたて閉じた。
次の瞬間、今まで感じた事のない威圧に床に這いつくばる。
「――紫貴はどこ?」
何の感情の起伏もない白い顔からは怒りや喜びは読み取れない。しかし少女は覚った。自分がした事はこのお方のお怒りを買ったのだと。虎の尾を踏んだのだ。早急に手を打たなければ自分の未来はないと。
比較的早く臥竜院紫貴は見つかった。
拉致しても良かったが、あの方の怒りを解いて貰わないといけない。クズ男に頭を下げるのは不本意だが取り繕う必要があった。
そして、そこで予想外の事が起きる。
運命の番と出会ったのだ。
少女は恐れ戦いた。少女には臥竜院紫貴と婚約を破棄した後に新たな婚約者できていたからだ。決して傷物になるわけにはいかなかった。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……
欲しい嫌だ欲しい嫌だ欲しい欲しい欲しい……
もう何も考えられない。
「――お前たち。何をしている?」
本能のまま互いを貪り合う少女と番の青年だったが、その静かな声がひとたびかかると、少女は何故か恐怖に悶え震えだし、青年は気を失った。少女だけ苦しみながら恐怖から逃げ惑った。それから千年の孤独を逃げ惑い、やっと正気に戻った瞬間、千年逃げた記憶は忘れ去り、地べたに這いつくばっていた。
――助かった。
少女は地べたに這いつくばる屈辱よりも先にそう思った。
慌てた榊が駆け寄って来る。少女の震える肩にコートを掛け抱えた榊に「早くっ。ここから逃げてっ」としがみついた。ボディガードの榊はしがみつく主が一瞬、白髪の老婆のように見えたと言う。
運命の番同士の交わりを断つほどの威圧なんて聞いた事もない。
そしてこの圧倒的な恐怖は一体?
このαは次元が違う。まるであの方のような――
「――紫貴は紫貴であればよい。わらわと同じ極上のα」
道徳、倫理、人倫、道理、モラル、必要なのは人間だから。けれど、それを超えた存在には不必要。
「――人間が神に立てつくか。愚かな」
少女が臥竜院家を没落させるのは簡単だった。海外の国や大富豪がこぞって協力してくれたからだ。
「――きゃつらは、この国をずっと恐れて仕掛けてきやる。虫を潰すのも億劫じゃったが、そろり仕置きが必要のようじゃ」
難儀じゃのぅ。
あのお方は難儀と言いながら、いい天気ですねとでも言うようになんて事のない表情で他国の300年続いた王朝と、戦後100年続いた世界を牛耳る大富豪を完膚なきまでに叩き潰した。それこそ人知を超えた力で。
その力と同等の力を持つ臥竜院紫貴とは何なのか。
少女はもう、そんな恐ろしい事知りたくもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――お前の運命は誰だ?」
「紫貴ちゃんですっ」
アパートの一室。俺は仁王立ちで風早を見下ろしていた。風早はビクビクと上目遣いに俺を見ている。
「じゃあ何で浮気をした?」
「う、浮気ぃ? えっと、なんかね。ブワッてなった後、記憶がとんとなくて、気が付いたらここにいた? みたい、な?」
浮気なんてしてないよ? 顔をコテンして可愛い子ぶっても可愛いだけだ。
「あれが浮気じゃないなんて有り得ない。お前が会った瞬間唇に吸い付いてブチュブチュしていた相手は俺の元婚約者だ」
「えっ? あの子紫貴の婚約者だったの? ムカつくっ――」
「覚えてるじゃないか。ムカつくのはこっちだ。このパリピαめ。お前が悔い改めない限りセックスはお預けだ」
「そんなぁっ。殺生なぁっ。どうかご慈悲を~」
俺の足にすがり付いてくる悲愴感満載の風早。結局ズルズルといつものようにほだされた俺は夜には脱処女していた。
「――あーっ。気持ち良かったーっ。俺達相性最高だねぇ。幸せにするからね。ウェーイ」
「相性最高なのは当たり前だろう」
「えっ、なんで? どして?」
ニコニコと俺に問い掛ける風早。さっきまで俺に突っ込んで泣かせていた男とは思えない。
「何でって。そりぁ俺達。運命の番だからな」
「……」
「どうした?」
固まってしまった風早の目の前で手を振る。
「運命の番……運命の……」
一瞬で老けた風早は運命の番を連呼している。よせやいテレるだろう。
「や、うん。極上αが言うからそうなんだねぇ」
世界は回る。全ては極上αの言う通り。
モグモグ、ゴギュン。
「はい。あーん」
パカッ
「んっ!? んーっ。んーっ」
油断した。口を開けたら桃と一緒に風早の舌まで入ってきた。
抗議を込めて折れていない左手で風早の背を叩くが、レロレロと口の中を蹂躙されてしまい叩いていた手は背中にしがみつく形になった。
「んっ、んんっ、っはぁ、んんっ……」
ぷはぁっ。と唇が離れると俺と風早の間に唾液の糸が引き、おでこを付き合わせて見つめあった。
「風早。こんな風にされては困る。俺はこんな状態だから君を気持ちよくさせてやれない」
俺は顔面陥没。全身複雑骨折のオンパレードで身動きが取れない状態だった。
「でも左手があるな。擦ろうか? それとも口でするか?」ちょっと口は痛いけど風早の為なら――
俺が真剣に悩んでいると風早は脱力してがっくりと肩を落とした。
「紫貴ちゃん。どぉおしてそんなに撫子なの。もっと自分を大事にして」
そう言うと風早はブチュッとまたキスをした。
あの日、藍君と陽平君は晴れて番の契約を結んで1週間の蜜月を過ごした。俺は目覚めた病院のベッドでそれを泣きじゃくる風早に聞いた。
「――良かった」
俺が笑うと、風早は「よくないっ」と言って俺が寝ている枕の横を殴った。
「俺、紫貴が死んでたら襲ったあいつら殺してたから」
目の据わった風早からは殺し屋の匂いがしてイケメンが過ぎてブワッと鳥肌がたつ。
「……そんな顔しても許さない。退院したらぶち犯し決定だから。紫貴が誰の者だか分からせてやるっ。ヒートを待つ? クソ喰らえだ」
切れた口元に口付けをされ、傷を舌でえぐられる。こんのっサド!
「俺がどんな気持ちで1週間過ごしたと思う? それより前の1週間もだよ。いきなり別れるってさぁ。俺も紫貴の事大切だし好きだし我慢したけど、2日と持たねぇし。マジムカつく捨て身の攻撃だって、薬盛ってでも俺のもんにしようとしてダチに薬手配してたら熱出すし。そしたら意識不明の重体って、何っ!」
ウガーッと髪の毛をガシガシする風早。
「――ごめんね?」
俺は上目使いに謝った。秘技、藍君の真似だ。
「許す」
「いや、それだけじゃなくて――」
「許す」
「俺、Ωの男を馬鹿にしてて――」
「許す」
「あの――」
「モンマンタイ」
「許して、くれるのか?」
許す許す言いながら無表情の風早はちょっと怖い。
「――紫貴。藍を守ってくれてありがとう」
そう言っていつもの優しい垂れ目のイケメン風早になると、顔を両手で挟まれた。
「紫貴のお陰で藍は好きな奴と結ばれたよ。1週間巣籠もりしたから赤ちゃん出来たと思う。俺、おじさんになっちゃう」
テヘっと嬉しそうに笑う風早に俺も嬉しくなって笑った。
「それはいいな。俺達も俺にヒートが来たら巣籠もりして子供作ろうな」
ズッキューンッ。
風早は胸を撃たれたポーズを取り暫く固まった。
「うん。紫貴ちゃん。子作りいっぱいしよーね」
鼻の下を伸ばしたフツメン風早は待ち遠しいと笑った。Ωだと診断された時はそんな幸せが来るなんて思っても見なかった。
「――風早。好きだ。結婚してくれ」
君は俺の運命。一生一緒にいてくれないか。
「っ。俺のセリフだしぃっ」
風早は悔しそうにダラダラと涙を流すと、俺にチュウをした。
「――誓いのキスには早すぎる」
俺が照れて口を拭うと、風早は真剣な表情で俺を見た。
「紫貴が好きだ。俺の全てを紫貴にあげるから。紫貴の全てを俺にちょうだい?」
熱のこもった瞳で見つめられ、熱い吐息でそう囁かれれば、もうそれだけで孕みそうだった。
「ああ。退院したら俺の全てを貰ってくれ」
全てを――
ヒートがきてもこなくても俺の全てを風早に。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「か、風早。こんなにいるのか」
風早の手には大量の潤滑油とスキンが。
「1週間籠るんだよ? 足りないかもしんない」
風早は有料ビニール袋に入ったそれらをブンブンと振り回しながら答えた。
「そ、それはヒートが来た時であって、今回は違うだろう」
俺は顔に血がのぼりながら必死に抗議した。薬局ですごく恥ずかしかったんだ。店員の女の子の顔が無だったのが忘れられない。
「退院まで1ヶ月待って、それから骨が完全に繋がるまで1ヶ月待ったんだよっ? 俺。頑張っちゃうもんねー」
頑張るってなんだ。俺は処女なんだぞ。頑張らなくていい。
「あっ。栄養ドリンコ忘れたっ。ちょっと買って来ーる」
俺はお尻の穴がガバガバになる恐怖に戦きながら薬局に戻る風早を見送った。
また来たニヤけたイケメンを見て薬局の少女はどんな顔をするだろう。そう思うと笑える。下を向いて笑いを堪えていた俺はふと感じた気配に前を向いた。
いつからそこに居たのか。さっきまでは居なかったはずだ。
「――お兄さま。お迎えに上がりました」
白いワンピースを纏った少女は清楚な見た目とは違い苛烈な性格であると知っていても儚げであった。
「迎え?――」
「――やだ。うそ……」
俺が彼女がなぜ現れたのか理解できずに問いかければ、突然少女の顔が赤く熱に浮かされたように変わった。
「大丈夫か?」
様子のおかしい彼女に手を伸ばそうとしたその時――
「きゃーーっ。いやーーっ」
彼女が悲痛な叫びをあげた。驚いて手を引くと俺の横を風が通った。
その風は風早だった。風になった風早は
彼女を掴まえると深い口付けを落とした。
悲鳴をあげていた彼女も泣きながら風早の首に抱き付きその清楚なワンピースをまくりあげ白い足を風早の腰に巻き付けている。
何度も角度を変え口付けを交わす二人を俺は呆然と見ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
side 苛烈なΩ
臥竜院紫貴が失踪してから半年が過ぎた頃、少女は名を口にする事すら憚れる高貴な方から呼び出しを受けた。
「――これへ」
本来なら同じ空間に居ることも失礼にあたるその方はΩの少女に目の前に来るように言った。
性別、年の頃は同じ。世間話を少しした後、少女は自分がなぜ呼ばれたのかを知る事となる。
「――あの子は、どこ?」
高貴なお方は口許を隠す扇子をパチリと音をたて閉じた。
次の瞬間、今まで感じた事のない威圧に床に這いつくばる。
「――紫貴はどこ?」
何の感情の起伏もない白い顔からは怒りや喜びは読み取れない。しかし少女は覚った。自分がした事はこのお方のお怒りを買ったのだと。虎の尾を踏んだのだ。早急に手を打たなければ自分の未来はないと。
比較的早く臥竜院紫貴は見つかった。
拉致しても良かったが、あの方の怒りを解いて貰わないといけない。クズ男に頭を下げるのは不本意だが取り繕う必要があった。
そして、そこで予想外の事が起きる。
運命の番と出会ったのだ。
少女は恐れ戦いた。少女には臥竜院紫貴と婚約を破棄した後に新たな婚約者できていたからだ。決して傷物になるわけにはいかなかった。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……
欲しい嫌だ欲しい嫌だ欲しい欲しい欲しい……
もう何も考えられない。
「――お前たち。何をしている?」
本能のまま互いを貪り合う少女と番の青年だったが、その静かな声がひとたびかかると、少女は何故か恐怖に悶え震えだし、青年は気を失った。少女だけ苦しみながら恐怖から逃げ惑った。それから千年の孤独を逃げ惑い、やっと正気に戻った瞬間、千年逃げた記憶は忘れ去り、地べたに這いつくばっていた。
――助かった。
少女は地べたに這いつくばる屈辱よりも先にそう思った。
慌てた榊が駆け寄って来る。少女の震える肩にコートを掛け抱えた榊に「早くっ。ここから逃げてっ」としがみついた。ボディガードの榊はしがみつく主が一瞬、白髪の老婆のように見えたと言う。
運命の番同士の交わりを断つほどの威圧なんて聞いた事もない。
そしてこの圧倒的な恐怖は一体?
このαは次元が違う。まるであの方のような――
「――紫貴は紫貴であればよい。わらわと同じ極上のα」
道徳、倫理、人倫、道理、モラル、必要なのは人間だから。けれど、それを超えた存在には不必要。
「――人間が神に立てつくか。愚かな」
少女が臥竜院家を没落させるのは簡単だった。海外の国や大富豪がこぞって協力してくれたからだ。
「――きゃつらは、この国をずっと恐れて仕掛けてきやる。虫を潰すのも億劫じゃったが、そろり仕置きが必要のようじゃ」
難儀じゃのぅ。
あのお方は難儀と言いながら、いい天気ですねとでも言うようになんて事のない表情で他国の300年続いた王朝と、戦後100年続いた世界を牛耳る大富豪を完膚なきまでに叩き潰した。それこそ人知を超えた力で。
その力と同等の力を持つ臥竜院紫貴とは何なのか。
少女はもう、そんな恐ろしい事知りたくもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――お前の運命は誰だ?」
「紫貴ちゃんですっ」
アパートの一室。俺は仁王立ちで風早を見下ろしていた。風早はビクビクと上目遣いに俺を見ている。
「じゃあ何で浮気をした?」
「う、浮気ぃ? えっと、なんかね。ブワッてなった後、記憶がとんとなくて、気が付いたらここにいた? みたい、な?」
浮気なんてしてないよ? 顔をコテンして可愛い子ぶっても可愛いだけだ。
「あれが浮気じゃないなんて有り得ない。お前が会った瞬間唇に吸い付いてブチュブチュしていた相手は俺の元婚約者だ」
「えっ? あの子紫貴の婚約者だったの? ムカつくっ――」
「覚えてるじゃないか。ムカつくのはこっちだ。このパリピαめ。お前が悔い改めない限りセックスはお預けだ」
「そんなぁっ。殺生なぁっ。どうかご慈悲を~」
俺の足にすがり付いてくる悲愴感満載の風早。結局ズルズルといつものようにほだされた俺は夜には脱処女していた。
「――あーっ。気持ち良かったーっ。俺達相性最高だねぇ。幸せにするからね。ウェーイ」
「相性最高なのは当たり前だろう」
「えっ、なんで? どして?」
ニコニコと俺に問い掛ける風早。さっきまで俺に突っ込んで泣かせていた男とは思えない。
「何でって。そりぁ俺達。運命の番だからな」
「……」
「どうした?」
固まってしまった風早の目の前で手を振る。
「運命の番……運命の……」
一瞬で老けた風早は運命の番を連呼している。よせやいテレるだろう。
「や、うん。極上αが言うからそうなんだねぇ」
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