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09 男のΩ
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カタカタカタ……と震える手で紅茶を出してくれる風早の母上。
「ありがとうございます」
俺はあの震えの中溢す事なく俺の前にティーセットを置けた母上に称賛を送りたい。
「い、いえ」
ぽぅっとしながらお盆を胸にしまう母上は恋する乙女の様だ。
「ゴホンッ。それであの。山田君は本当にうちの紺と付き合っているのかい?」
「はい」
爛れたお付き合いをさせていただいております。
俺は笑顔を張り付け父上に向き合った。
「ママ。見とれてないで座りなさい」
まだぽぅっと立ち尽くしていた母上に父上が声をかける。
「そ、そうね。でも貴方みたいな人がうちの紺となんて、不釣り合いじゃないかしら?」
チラッと俺をうかがい見る母上。
確かにαの風早と男のΩである俺とでは釣り合いなんてとれない。けれど――
「確かに紺さんは会社のエースで皆から慕われています。友達も多く何処へ行っても人気者です。私がいきすぎた指導を受けている時もさりげなく助けてくれました。そんな紺さんが私はどうしようもなく好きなんです」
「紺が、好き?」
今度は体ごと母上に向き合うと俺はしっかりと目を見た。
「はい。彼は私の運命の人です。人は運命には逆らえません。今日、お許しいただけなくても何度でもお願いに伺います」
暫く沈黙して見つめ合った後、母上がため息をついた。
「紫貴さん。紺はね。あんなだけど家族思いの優しい子なの。私達みたいな平凡な夫婦にあんなキラキラした子が生まれてくるなんて奇跡。本当に神様に感謝したいくらい」
「はい」
私達の大切な息子だから諦めて下さい。男のΩというだけでも有り得ないのに、そのデカい図体でうちの宝物の息子と付き合おうなんてよくも言えたわね。そう言われるのだと思った。
「――どうか紺をよろしくお願いします」
けれど、夫婦揃って頭を下げられる。
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ」
深く頭を下げれば瞳に涙の膜が張っていく。世の中には男のΩにも優しい人がいる。自分がΩにならなきゃ知らなかった。暖かい人達。
この時俺は、初めて過去の自分の言動を心から恥じた。
「――何してんの?」
冷たい声質に風早だと気付かなかった。
「ちょ、紺っ、威圧を止めなさいっ」
ユラユラと怒りのオーラを纏わせながら俺の元へ進む風早。手には羊羮とケーキの箱。
「俺の紫貴泣かせたの?」
ソファに座る俺の前に立ちはだかる威圧感満載の風早。
「ちがっ、違うんだ。交際を許していただいて嬉しくて。幸せで」
嬉し涙です。
「はぁっ!? 許す許さないなんてないからっ。交際してますっ。報告なのっ。紫貴と俺が許されないわけないでしょっ」
こんなにラブラブなのにっ。
怒った風早は俺にチュウをした。
「……紫貴ちゃん。ヒートいつくるの?」
おでこをくっつけて上目遣いに見つめ合う俺達。この時、世界には俺達しかいないと思った。
「ゴホンッ。ウオッホン」
秒でじゃないって気付いたけど。
「や、やだ。尊い」
母上は体をくねくねさせて悶えている。
「ご飯食べて行くでしょう?」
「え、いえ。そんなご迷惑では――」
「はっ? 帰るし。イチャイチャしたいし」
真顔で風早が言えば強制的に夕食をご相伴にあずかることになった。
「――まぁ、ご両親は山口に? まぁまぁ、古民家を0円で? 凄いのねぇ」
「はい。再出発だと張り切っているようです」
「? 定年後の再出発かしら? 素敵ねぇ」
「……そんな所です」
俺は煮物の蓮根を口に入れ舌鼓を打った。「レシピを習いたい。紺さんの好物を聞いて全部習いたい」と言うと母上は鼻血を出しながら席を立ち、暫くして戻ると数冊のノートを俺に渡してくれた。風早のお嫁さんになる人にあげるつもりで書き留めたレシピ本。こんなお宝を惜しげもなく、俺なんかに。メソメソ嬉し泣きする俺の目尻の涙をすいとる風早はご両親の前なのに爆発寸前で。チュウチュウしながら「部屋行こ? 部屋」と俺を連れ出そうとするも「我慢しなさいっ」とご両親に怒られる始末。それを見て俺は笑った。沢山笑った。
「――尊い。尊すぎるわ。紺君、グッジョブね。さすがパパとママの息子ね」
まさかこんなに打ち解けられるなんて思ってなかった。
「風早。ありがとう」
風早が運命の番で本当に良かった。
「ただいまーー」
俺が幸せ空間に浸っていると、玄関の方から声が聞こえた。
「私達のもう一人の宝物の帰宅よ」
誰だろうと皆を見れば、チャーミングなウィンクをした母上。
「俺の宝物だしぃ」
風早は口を尖らせて抗議する。
宝物?
「――お兄ちゃんの彼氏さんまだいる?」
扉を開けてヒョコっと現れたのは大きな瞳の可愛らしい男の子だった。
「うわぁ。凄くかっこいい」
俺を見て目を丸くする男の子は可愛い以外の言葉が見つからないほど愛らしい風貌をしていた。
「はじめまして。僕、弟の藍です。ふつつかな兄ですがどうぞよろしくお願いします」
学生服姿の弟の藍君は礼儀正しくお辞儀をしてくれた。
「ふつつか者ですがよろしくお願いします」
つられてバカ丁寧にお辞儀をする風早。
「こっ、こちらこそよろしくお願いします」
俺は席を立つと藍君に深々と頭を下げた。
それにして可愛すぎる。制服を着ていなかったら女の子でも通用しそうだ。おおっ。頬が赤く染まってきたぞ。瞳も潤んでこれはまた可愛いな。
「――っす」
俺がマジマジと藍君を見ていると大きな壁に阻まれる。
「あら。陽平君。今日も送ってくれてありがとう。今日ね、紺君の彼氏さんが来てくれてるのよ」
「藍に聞いてたので知ってるっす。夕飯いただきます」
ジロリと俺を睨み付けながら母上に返事をする陽平君はデカい。俺よりもデカい。筋骨粒々だ。
「こんにちは。私は紺さんとお付き合いさせて貰っている山田紫貴です。君は――」
「――藍の運命の番で彼氏だけど。あんたが紺の彼氏とか何の冗談? 人のいい家族騙して面白いわけ?」
陽平君がガルルと牙を向くとブワッと風が駆け抜けた。
「人の彼氏になにしてんだっ。ぶっ殺すっ」
その風を切って風早が飛び出すと陽平君は頬を打たれて文字通りぶっ飛んだ。
「くっ。ぺっ。冗談みたいなデンジャラス彼氏連れてきやがって。また藍を俺から奪うつもりだろう。絶対させねぇ。馬鹿兄貴が。いい加減諦めろっ。」
ガッシャーンッ。
今度は風早が腹を蹴られてぶっ飛んできた。あーあー。夕飯が目茶目茶になってしまった。
「きゃーーっ。またなのっ? 1年前の最終決戦で終わったんじゃなかったのっ。止めなさいっ。止めてーーっ。家が壊れちゃうでしょっ」
――ツンツン。
俺が呆然と立ち尽くしていると袖を引かれた。
「僕の部屋へ来ませんか?」
えっ、それこそ阿鼻叫喚のこの現場は大丈夫なのか?
「いつもの事なのでお構い無く。あれがあの人達のコミュニケーションなんです」
妬けちゃいますよね。と肩をすくめ舌を出す藍君はそこら辺のアイドルより可愛い。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お口に合うか分かりませんがどうぞ」
つぶつぶオレンジのジュースを缶ごと貰い途方に暮れる。
しかし藍君の開け方を見てからその通りにすると何とか開けることができてホッとした。
「……え。本当に何でうちの兄なんかと? いえ。決して兄を卑下する訳ではないんですが……それにしても――」
やはりジュースの缶を開けた事も飲んだ事もないデカい図体の俺なんか……いや、自分を卑下するのは止めよう。俺が自分を卑下する事すなわち、Ωの男を卑下する事になる。Ωの男――
「――分かってらっしゃると思いますが、僕はΩです。小さい頃は男のΩだと言うだけで沢山虐められました。その度にお兄ちゃんが守ってくれました」
「風早が……」
「はい。「俺が藍を守る」がお兄ちゃんの口癖で、実際僕の隣にはいつもかっこよくて人気者の兄が居てくれた。兄は今ではあんなだけど昔は末は博士か大臣かというこの町では知らない人がいない期待の星だったんです」
「こ、紺さんは今でも人気者だよ」
くす。藍君は誇らしそうに笑った。
「仰る通りです。僕は今の兄が本当の兄だと思っています。僕を守っていた兄は無理してた。兄がαらしく立派に振る舞う事で弟の僕を悪意から守ろうとしてたんです。」
「悪意?」
俺は嫌な予感がしてジュースの缶を握り締めた。
「はい。物心ついた時から男のΩというだけで蔑まれてきました。「地下室に隠って暮らせ」とか。「男のお尻が濡れるのはお漏らしと何が違うんだ」とか。」
のどかカラカラだった。それなのに俺はこの缶ジュースの飲み方すら知らない。
蔑まれるべきなのはどちらだ。
「――1年前に僕に運命の番が現れました。陽平です。転校して来たその日にお互いが理解しました。僕にヒートが起きたら番の契約を結ぶ約束をしています。どちらの親も喜んでくれました。けれど、兄が。兄だけが許してくれなかった」
「それは君が大切だから――」
「――それも勿論あったと思います。けれど、大切なら運命の番と出会った僕達を許してくれるはずなんです。兄は許さないどころか僕を監禁した。閉じ込めて決して許さなかった。僕はそのまわたでくるまれているような空間にいる間泣いて喚いてそしてようやく理解しました。――僕が悪意に晒されている長い間1番傷付いていたのは兄だったんだと。」
――だから僕は死ぬ事にしました。
ドクンッ。嫌だ。聞きたくない。いや、駄目だ俺が聞かないと。俺が。
「食べなくなって弱っていく僕を見て兄は泣きました。そして自分で陽平に連絡した。そこからは駆け付けた陽平と殴り合いの罵り合い。最後は兄が倒れました。わざと負けたなんて思いません。けれど、それから兄は憑き物が落ちたように変わりました。貼り付いたような笑みから本当の笑顔を見せてくれるようになった。そして――」
――愛する人を作った。
「こんなに嬉しい事はありません」
そう言って彼は俺に笑顔を向けた。
――美しい。心からそう思った。俺が蔑んできたΩの男である彼は家族に愛され、兄に愛され、番に愛される愛しい存在だった。
「――お邪魔しました」
俺は深々と頭を下げ風早家を逃げるように後にした。
風早は陽平君との喧嘩で気を失っていたから都合が良かった。
ごめんっ。ごめんなさいっ。
俺は暗い闇の中を闇雲に走った。
アパートに着くと俺は扉を背にズルズルと床に尻餅をついた。
「――ごめんなさい」
俺の謝罪はあの家族に届く事はなくても思わずにはいられなかった。
泣いて泣いて泣きつかれても泣いて。薄いカーテンから外が白んできたのを感じた頃、俺は心を決めた。
風早と別れる事を。
「ありがとうございます」
俺はあの震えの中溢す事なく俺の前にティーセットを置けた母上に称賛を送りたい。
「い、いえ」
ぽぅっとしながらお盆を胸にしまう母上は恋する乙女の様だ。
「ゴホンッ。それであの。山田君は本当にうちの紺と付き合っているのかい?」
「はい」
爛れたお付き合いをさせていただいております。
俺は笑顔を張り付け父上に向き合った。
「ママ。見とれてないで座りなさい」
まだぽぅっと立ち尽くしていた母上に父上が声をかける。
「そ、そうね。でも貴方みたいな人がうちの紺となんて、不釣り合いじゃないかしら?」
チラッと俺をうかがい見る母上。
確かにαの風早と男のΩである俺とでは釣り合いなんてとれない。けれど――
「確かに紺さんは会社のエースで皆から慕われています。友達も多く何処へ行っても人気者です。私がいきすぎた指導を受けている時もさりげなく助けてくれました。そんな紺さんが私はどうしようもなく好きなんです」
「紺が、好き?」
今度は体ごと母上に向き合うと俺はしっかりと目を見た。
「はい。彼は私の運命の人です。人は運命には逆らえません。今日、お許しいただけなくても何度でもお願いに伺います」
暫く沈黙して見つめ合った後、母上がため息をついた。
「紫貴さん。紺はね。あんなだけど家族思いの優しい子なの。私達みたいな平凡な夫婦にあんなキラキラした子が生まれてくるなんて奇跡。本当に神様に感謝したいくらい」
「はい」
私達の大切な息子だから諦めて下さい。男のΩというだけでも有り得ないのに、そのデカい図体でうちの宝物の息子と付き合おうなんてよくも言えたわね。そう言われるのだと思った。
「――どうか紺をよろしくお願いします」
けれど、夫婦揃って頭を下げられる。
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ」
深く頭を下げれば瞳に涙の膜が張っていく。世の中には男のΩにも優しい人がいる。自分がΩにならなきゃ知らなかった。暖かい人達。
この時俺は、初めて過去の自分の言動を心から恥じた。
「――何してんの?」
冷たい声質に風早だと気付かなかった。
「ちょ、紺っ、威圧を止めなさいっ」
ユラユラと怒りのオーラを纏わせながら俺の元へ進む風早。手には羊羮とケーキの箱。
「俺の紫貴泣かせたの?」
ソファに座る俺の前に立ちはだかる威圧感満載の風早。
「ちがっ、違うんだ。交際を許していただいて嬉しくて。幸せで」
嬉し涙です。
「はぁっ!? 許す許さないなんてないからっ。交際してますっ。報告なのっ。紫貴と俺が許されないわけないでしょっ」
こんなにラブラブなのにっ。
怒った風早は俺にチュウをした。
「……紫貴ちゃん。ヒートいつくるの?」
おでこをくっつけて上目遣いに見つめ合う俺達。この時、世界には俺達しかいないと思った。
「ゴホンッ。ウオッホン」
秒でじゃないって気付いたけど。
「や、やだ。尊い」
母上は体をくねくねさせて悶えている。
「ご飯食べて行くでしょう?」
「え、いえ。そんなご迷惑では――」
「はっ? 帰るし。イチャイチャしたいし」
真顔で風早が言えば強制的に夕食をご相伴にあずかることになった。
「――まぁ、ご両親は山口に? まぁまぁ、古民家を0円で? 凄いのねぇ」
「はい。再出発だと張り切っているようです」
「? 定年後の再出発かしら? 素敵ねぇ」
「……そんな所です」
俺は煮物の蓮根を口に入れ舌鼓を打った。「レシピを習いたい。紺さんの好物を聞いて全部習いたい」と言うと母上は鼻血を出しながら席を立ち、暫くして戻ると数冊のノートを俺に渡してくれた。風早のお嫁さんになる人にあげるつもりで書き留めたレシピ本。こんなお宝を惜しげもなく、俺なんかに。メソメソ嬉し泣きする俺の目尻の涙をすいとる風早はご両親の前なのに爆発寸前で。チュウチュウしながら「部屋行こ? 部屋」と俺を連れ出そうとするも「我慢しなさいっ」とご両親に怒られる始末。それを見て俺は笑った。沢山笑った。
「――尊い。尊すぎるわ。紺君、グッジョブね。さすがパパとママの息子ね」
まさかこんなに打ち解けられるなんて思ってなかった。
「風早。ありがとう」
風早が運命の番で本当に良かった。
「ただいまーー」
俺が幸せ空間に浸っていると、玄関の方から声が聞こえた。
「私達のもう一人の宝物の帰宅よ」
誰だろうと皆を見れば、チャーミングなウィンクをした母上。
「俺の宝物だしぃ」
風早は口を尖らせて抗議する。
宝物?
「――お兄ちゃんの彼氏さんまだいる?」
扉を開けてヒョコっと現れたのは大きな瞳の可愛らしい男の子だった。
「うわぁ。凄くかっこいい」
俺を見て目を丸くする男の子は可愛い以外の言葉が見つからないほど愛らしい風貌をしていた。
「はじめまして。僕、弟の藍です。ふつつかな兄ですがどうぞよろしくお願いします」
学生服姿の弟の藍君は礼儀正しくお辞儀をしてくれた。
「ふつつか者ですがよろしくお願いします」
つられてバカ丁寧にお辞儀をする風早。
「こっ、こちらこそよろしくお願いします」
俺は席を立つと藍君に深々と頭を下げた。
それにして可愛すぎる。制服を着ていなかったら女の子でも通用しそうだ。おおっ。頬が赤く染まってきたぞ。瞳も潤んでこれはまた可愛いな。
「――っす」
俺がマジマジと藍君を見ていると大きな壁に阻まれる。
「あら。陽平君。今日も送ってくれてありがとう。今日ね、紺君の彼氏さんが来てくれてるのよ」
「藍に聞いてたので知ってるっす。夕飯いただきます」
ジロリと俺を睨み付けながら母上に返事をする陽平君はデカい。俺よりもデカい。筋骨粒々だ。
「こんにちは。私は紺さんとお付き合いさせて貰っている山田紫貴です。君は――」
「――藍の運命の番で彼氏だけど。あんたが紺の彼氏とか何の冗談? 人のいい家族騙して面白いわけ?」
陽平君がガルルと牙を向くとブワッと風が駆け抜けた。
「人の彼氏になにしてんだっ。ぶっ殺すっ」
その風を切って風早が飛び出すと陽平君は頬を打たれて文字通りぶっ飛んだ。
「くっ。ぺっ。冗談みたいなデンジャラス彼氏連れてきやがって。また藍を俺から奪うつもりだろう。絶対させねぇ。馬鹿兄貴が。いい加減諦めろっ。」
ガッシャーンッ。
今度は風早が腹を蹴られてぶっ飛んできた。あーあー。夕飯が目茶目茶になってしまった。
「きゃーーっ。またなのっ? 1年前の最終決戦で終わったんじゃなかったのっ。止めなさいっ。止めてーーっ。家が壊れちゃうでしょっ」
――ツンツン。
俺が呆然と立ち尽くしていると袖を引かれた。
「僕の部屋へ来ませんか?」
えっ、それこそ阿鼻叫喚のこの現場は大丈夫なのか?
「いつもの事なのでお構い無く。あれがあの人達のコミュニケーションなんです」
妬けちゃいますよね。と肩をすくめ舌を出す藍君はそこら辺のアイドルより可愛い。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お口に合うか分かりませんがどうぞ」
つぶつぶオレンジのジュースを缶ごと貰い途方に暮れる。
しかし藍君の開け方を見てからその通りにすると何とか開けることができてホッとした。
「……え。本当に何でうちの兄なんかと? いえ。決して兄を卑下する訳ではないんですが……それにしても――」
やはりジュースの缶を開けた事も飲んだ事もないデカい図体の俺なんか……いや、自分を卑下するのは止めよう。俺が自分を卑下する事すなわち、Ωの男を卑下する事になる。Ωの男――
「――分かってらっしゃると思いますが、僕はΩです。小さい頃は男のΩだと言うだけで沢山虐められました。その度にお兄ちゃんが守ってくれました」
「風早が……」
「はい。「俺が藍を守る」がお兄ちゃんの口癖で、実際僕の隣にはいつもかっこよくて人気者の兄が居てくれた。兄は今ではあんなだけど昔は末は博士か大臣かというこの町では知らない人がいない期待の星だったんです」
「こ、紺さんは今でも人気者だよ」
くす。藍君は誇らしそうに笑った。
「仰る通りです。僕は今の兄が本当の兄だと思っています。僕を守っていた兄は無理してた。兄がαらしく立派に振る舞う事で弟の僕を悪意から守ろうとしてたんです。」
「悪意?」
俺は嫌な予感がしてジュースの缶を握り締めた。
「はい。物心ついた時から男のΩというだけで蔑まれてきました。「地下室に隠って暮らせ」とか。「男のお尻が濡れるのはお漏らしと何が違うんだ」とか。」
のどかカラカラだった。それなのに俺はこの缶ジュースの飲み方すら知らない。
蔑まれるべきなのはどちらだ。
「――1年前に僕に運命の番が現れました。陽平です。転校して来たその日にお互いが理解しました。僕にヒートが起きたら番の契約を結ぶ約束をしています。どちらの親も喜んでくれました。けれど、兄が。兄だけが許してくれなかった」
「それは君が大切だから――」
「――それも勿論あったと思います。けれど、大切なら運命の番と出会った僕達を許してくれるはずなんです。兄は許さないどころか僕を監禁した。閉じ込めて決して許さなかった。僕はそのまわたでくるまれているような空間にいる間泣いて喚いてそしてようやく理解しました。――僕が悪意に晒されている長い間1番傷付いていたのは兄だったんだと。」
――だから僕は死ぬ事にしました。
ドクンッ。嫌だ。聞きたくない。いや、駄目だ俺が聞かないと。俺が。
「食べなくなって弱っていく僕を見て兄は泣きました。そして自分で陽平に連絡した。そこからは駆け付けた陽平と殴り合いの罵り合い。最後は兄が倒れました。わざと負けたなんて思いません。けれど、それから兄は憑き物が落ちたように変わりました。貼り付いたような笑みから本当の笑顔を見せてくれるようになった。そして――」
――愛する人を作った。
「こんなに嬉しい事はありません」
そう言って彼は俺に笑顔を向けた。
――美しい。心からそう思った。俺が蔑んできたΩの男である彼は家族に愛され、兄に愛され、番に愛される愛しい存在だった。
「――お邪魔しました」
俺は深々と頭を下げ風早家を逃げるように後にした。
風早は陽平君との喧嘩で気を失っていたから都合が良かった。
ごめんっ。ごめんなさいっ。
俺は暗い闇の中を闇雲に走った。
アパートに着くと俺は扉を背にズルズルと床に尻餅をついた。
「――ごめんなさい」
俺の謝罪はあの家族に届く事はなくても思わずにはいられなかった。
泣いて泣いて泣きつかれても泣いて。薄いカーテンから外が白んできたのを感じた頃、俺は心を決めた。
風早と別れる事を。
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