びいどろ綺談

紫蓮

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幕前

静かにしめやかに縁は結ぶ 弐

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畳に両拳を付け、ずりっと半歩程座る位置をずらすと橘はゆっくりと頭を下げた。

「ご挨拶が遅れました、自分は橘左京と申します、谷中大佐配下で中尉を拝命しております」

男の探る様な目線は変わらない
下げた時と同じ様に、橘はゆっくり頭を上げると男の口元に集中した。

「おにいさん、お若いのにすごいですねぇ」

身を寄せ、酌を進めてくる芸妓の白粉の匂いに、やはり橘は慣れず、さりとて露骨に手で覆う事も失礼になるとして、軽く手を上げ距離をとる。
彼女等も芸妓としての矜持があるのだから、あからさまに態度に出すなど野暮なのだろう。

「いや、別に」

会話を広げず、またもや身を引き気味の橘に、芸妓は微笑むと心得たとばかりに、一歩下がり踊る芸妓仲間に手囃子を送り始めた。
お客様が望む空間を提供するのが、一流の芸妓だからこその行動である。

ほっと、橘は無意識に襟元を引っ張って寛げていると集中して見ていた男の口元が弧を描いた。

「慣れて無いんだろう?」

こういう酒の席は

言葉を続け、やんわり笑みを浮かべる男に声を掛けられたのである。
橘は、意を決して視線を合わせる事にした。

男の、探る視線が和らいでいるのを橘は感じた。

(何を確認された?)
(何が決めてだった?切掛がわからない) 

混乱する橘を他所に、男は其れすら好ましく思うかの様に、ふふふと笑い声をあげた。

「決めたよ、谷中」

豪快に笑いながら、谷中大佐は芸妓と戯れをやめちらりと橘を見遣る。

(珍しいもんだな、今日のこいつはくるくる表情が変わりやがる。良い兆候だ)

「だから心配いらねぇっつたろう?俺の秘蔵なんだからよ」

したり顔で頷くと、芸妓に懐から出した包みを持たせ、何事かを囁いた。
艶やかな笑みを見せ、芸妓衆が部屋を後にする。

着物の擦れる音と、人の気配がしなくなった静かな廊下を確かめると、正体を知らず席を共にしていたの男が自己紹介をし爆弾を落としたのである。


「騙した様で、すまなかったね」
「私の名は、久門寺。久門寺 晴政クモンジ ハルマサ。直系当主をしている」

「君には我が娘、美夜子との婚約を受けて貰いたい」

は?突然の情報に口が渇き、頭の中が混乱している。
久門寺といえば、表では無く裏で国の政権を支えている一族であるのは軍に居れば周知の事実。

しかも子爵家である。

そこの令嬢と一軍人で、庶民の自分が婚約とは達の悪い冗談としか橘には思えない。

「といっても、晴政が決めた時点でなんだ、諦めて腹ぁ括れ、橘よ」

揶揄するような愉悦と真剣な眼差しで谷中大佐は続けた

「因みに、ご令嬢はおん年12歳だ」

橘は低く唸りを上げていた。
眉間に深く皺が刻まれ、谷中大佐を不快そうに見遣ると、やれやれとわざとらしくため息を谷中は吐く。

晴政にあたっては、想定内の様で何故か愉しげに粗相を崩し、胡座をかいている。

彼の上官である谷中は知っている。
生真面目なこの橘という男は、質の悪い冗談を良しとしない。
上官が悪ふざけをしていると、生真面目な自分を揶揄っているのだと思っているのだろう。

もしこれがであれば、苦手な書類仕事の手伝いを今後してくれないつもりである意思を彼は眉間の皺の深さで上官の自分に伝えているのだと。

悪いが、のだから、谷中はわざとらしくため息をついたのだ。

「ワリィが橘よ、冗談じゃない。全て本気で本当だ」

語尾を谷中は強くし、真剣な目で橘を話かけながら晴政へと続きを促した。
小さく、それに晴政は頷くと

「橘君、美夜子は12歳だが婚姻は16をもって行って貰う事になる。今は早急に婚約だけ結ばせて欲しい」

橘には、晴政の表情と声色の真剣差に口を開けた。

「何故、自分なのでしょう?」
「自分に久門寺の御前様は何を求めてらっしゃるのでしょう」

「君の事は谷中から聞いたし、我が家の影にも悪いが調べさせて貰ったよ、女関係、家族関係、友人や趣味嗜好迄ね?」

素行調査は合格だ、だから、最後に自分の目で確かめてみたかったのだと、申し訳なさげに苦笑し、言葉を続ける晴政は寂しげに哀しげに瞳を揺らし始める

「君に望むのは、美夜子と婚約期間内に心を通わせて欲しい、それだけだよ。あの子の心を君との愛で満たして欲しいんだ、但し期間を此れは絶対事項だ」

あの子はちょっとだけ特殊でね?

晴政の小さな呟きは、橘にいやに大きく聴こえていた。
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