びいどろ綺談

紫蓮

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幕前

静かにしめやかに縁は結ぶ

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此処は皆様が知るとは異なる世界。

似てはおりますが、似ては非なる世界。

古くから伝わる八百神がおわし、魑魅魍魎がひっそりと生きていた時代。

自国の誇る厳かなる和文化と外国ソトクニからもたらされた西洋文化が混ざり合い、華やかなまるで、大正、そう人はその一時代を大正とし生きている。



一見お断りの花街の中でも、格式が最も高く大臣等も秘密裏の会談をすることがあると噂の料亭の一室。

そこに、厳しい顔をして居住まいを崩さない男が鎮座増していた。

名は、橘 左京タチバナ サキョウ
歳は数えで27を過ぎた。
職業は軍人で、今は中尉を務めている。


爵位も持たない、ただの土地転がしの家に三男として産まれた橘にとって、場違い感は否めなく詰襟に指を差し入れ緩んだ首元に、何度目かのため息が漏れた。


(自分は、何かしでかしただろうか?)


外から遠くに漏れ聞こえるお囃子の音と、内庭の鹿威しの音がシンとした室内に響いて何やら落ちつかない。

呼び出した相手が上官だけに、出されている座布団に座る事も出来ず、取り敢えず畳に正座し畳の目を数えたり、膝に置いた握り拳を指を擦らせ鳴らしていた。

「お連れ様が、おつきになりました」
艶やかな声に続き、2人の男性が室内に入ってきた。

「よっ、待たせたか?橘」

さっと立ち上がって礼を行う、待ったと言えば嫌味と失礼に当たるだろう。
だが今着いたといえば、約束の時間前に行動して無いとして此方も失礼となる。

言葉を探している橘の視界に入ったのは、着崩した軍服姿の上官と、高級そうな背広の男性だった。

上官は面倒くさそうに笑いながら礼を解く様に、手を振ると、ドカリと主賓の座に胡座をかいた。

その横、自分と対面する様に連れの男も着席する、綺麗な正座である。

谷中ヤナカ大佐、お疲れ様です」
無言では有るが、連れの男にも会釈し、名乗るか迷うが上官の指示を仰ぐべく谷中大佐を見遣ると、目線で座れと合図され改めて座布団へ正座し向き合う形となった。

このふざけた様な態度の上官は、いつもこうなのだ。
規律は戦場や演習中でなければ、必要でない、

『減り張りは必要だろう?いつも張ってばかりじゃ気疲れしていざって時役にたたん』

硬いらしい自分は兼ねてから、やれ可愛げがないやら肩の力を抜け等と絡まれているのだ。


障子がすぅっと開き、白粉の匂いと酒精の匂いが橘の鼻腔を擽った。
咽せる匂いに、眉間に皺が寄り視線を外してしまう。

芸妓だろう、地方と伴って挨拶をすると慣れた様子で上官が仲居に合図を送り酌を断わると、踊りを披露し始めた。

「手酌で良いだろう?」
自分からの酌も断わるとばかりに、主賓の2人が自ら酒を注ぎ始めた為、仕方なく少しだけ自分の杯に酒を注いだ。

恐らく、上官の用ではなく上官はあくまでも仲人扱いなのであろう、むしろ便乗して芸妓と遊びたかっただけとしか見れない。
自分の役目は終わったとばかりの体である。
事実、手酌後は芸妓の一人を呼び寄せ酌をさせているのだから。

然しながら、正面の男からはあいも変わらず、橘自身を見定めるかの様な厳しい視線を感じていた。

最低限でも、紹介と説明位してくれと心の中で谷中大佐へ悪態を吐くも顔に出さず、酒をちびりと舐める様に口にするが

(集中出来ない、視線が余りにもあからさまだ)

さりとて踊りに眼を向ける訳にもいかず、芸妓に一献と酌を進められるも

「・・いや、自分は結構」

断り小さく息を吐いた、すっと身を引いて距離を取っていたのは無意識なのだろう。

「・・・橘左京君だったかな?」

涼しげな声、だが威厳を感じる声で名を呼ばれ橘は居住まいを正し頭を下げる、探る視線の真実を知りたいのだ。
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