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エデン
孤独な廻炎の中で(後編)
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テラスは重い脚を引きずりながら、よろよろと歩く。強敵だった。もしカルマに氷のスライムを作ってもらっていなかったらと思うとゾッとする。あのままクール・ブラストを受けて負けてしまう所だった。武情と龍一を飲み込んだ氷は、クール・ループドの炎で既に溶け始めている。致命傷を与えたとはいえ、依然、のんびりはしていられない。
黄金色の血については、斑木コペルのゴールデン・ブラッドを輸血されたのではないかと推測できる。全身にスーパー・アドレナリンを運び、生命の力を増幅させるあの能力をもらっているので、龍一は即死を免れたし、武情もまた今まで以上の火力を出せていたのだと、テラスは結論づける。
なればこそ、まだ安心できる段階ではない。この手でしっかりとトドメを刺し、息の根が止まった瞬間をこの目に焼き付けなくてはならない。
武情の元へとたどり着く。溶け始めた氷からじわじわとその姿を見せているが、そのダメージは致命的だ。口は半開きで、肘あたりまで氷が溶けてむき出しになった右腕は、天井を向いてはいるがだらりと力がない。瞳も光を失って、何も見えなくなってしまっているかのように洞穴の天井を眺めている。
まだだ。まだ反撃してこないとは限らない。この男は侮れない。もっと注意深く観察して、決定的にトドメを刺してしまわなければならないとテラスは思った。
「お前の次は、龍一だ……! あの忌まわしきウィリアム・プラチナの血を終わらせる……、この手で!!」
ふと、武情の右腕へ目がいく。二の腕辺りまで溶けている。テラスは当然、違和感を覚えた。目を離す前は肘あたりまでは氷が覆っていたはずだ。確かにこの目で見た。
そう思ったその時、上へと伸ばされていた右腕がガクンと崩れた。まさか、二の腕まで覆っていたはずの氷が、今度は脇辺りまで溶けている。一気に、テラスを焦燥感が支配した。予定していたよりよ明らかに溶けるスピードが短くなっている。
「こ、これは……、何かヤバい!」
用意したつららを右手に持つ。やはり一筋縄ではいかない相手だった。反撃を待たずして今息の根を止めなければ!
「何故だか分からないが……、終わりだ!」
振り下ろされるつららはシュパッと空気を切り裂きながら武情の腹部へと……。
「ま、だだ……」
「はっ!?」
到達することはなく、武情の右手のひらを貫通した。既に右腕に炎が纏い始めている。
ほぼ全身を覆っていたはずの氷は、この何十秒かで右腕を、いや上半身のほぼ全てを溶かされている。何故かは分からないが、発射されたクール・ループドの炎も見えないまま、どんどん氷が溶けてきている。
「感謝するぜ……、この俺を大量のつららでぶっ刺してくれてよお……。おかげでまた、貴様を処刑するチャンスが訪れたぜ……!」
痺れるほどに強烈な火力が右腕から噴きでる。追撃は不可能と悟ったテラスは、慌ててバックステップを取る。
「ヤバい! 少しでも距離を置かなければ……!」
「無駄だ……。行け、クール・ブラスト……」
螺旋を描く火炎が、逃げるテラスを巻き込んで飛んでいく。またしても地獄を見るような痛みがテラスを飲み込んでいく。
あっという間に、テラスの氷は溶けてしまっていた。武情はのろりと立ち上がると、限界を超えた身体を労って壁に寄りかかった。
さっさとこの吸血鬼を消し炭にしてやりたい気持ちは山々だが、もう息をするのも苦しくなってきている。全身から溢れ出す血が、武情の命を奪っていくように地面へと落ちていく。
「何故、だ……」
視線を、声のした前方へと向ける。そこには、氷の鎧を纏ったテラスがよろよろと立ち上がろうとしていた。
「なるほど……。氷の鎧を内側から生成して、炎に焼かれるのを防いだな……」
壁を肩で殴って姿勢を整える。武情の全身をまた炎が覆い始める。既に限界など超えているが、生命に刻まれた怒りと残酷な殺戮衝動が、彼の闘争心を刺激して燃え上がっていた。
「何故、私の氷はあっという間に溶けてしまっていたんだ……」
焼け焦げたマントがズルズルと崩れ落ちる。力を入れているはずなのに脚がフラフラする。視界もぼんやりとしてきた。テラスは今再び、自分に訪れた命の危機を味わった。
そんな彼女を見て、武情もまたうかうかしてはいられない。氷漬けにされた上にダメ押しのつららが投げ込まれた時、死を覚悟した。全身に穴が空いているのにまだ生きていられるのは、ゴールデン・ブラッドのおかげだ。これ以上のダメージはすなわち死を意味すると、武情は悟った。だが、強気でいなければ。戦いとは、死ぬと思ったら負けなのだ。死ぬ前に殺す。それが武情の流儀だ。
「クール・ブラストはどんなものでも燃やすことが出来る……。出血したこの血に炎を植え付けて、氷を溶かしたのさ……!」
武情にとっても賭けだった。咄嗟に撃ち出したクール・ループドで血を燃やす事が出来たのは、追撃を食らう前提での芸当だからだ。
睨み合う2人。実力は互角だ。なればこそ、精神力で上回った方こそが、この戦いを支配する勝者となる!
「坂上……、武情……!!」
「来やがれ、クソッタレ!! この炎で!! 今度こそ貴様をぶち殺す!!」
再び、戦闘の構えを取った、その時だった。
「うう……」
武情の背後からうめき声が響いた。それを聞いたテラスは更に焦りを増した。
「ヤバい……、龍一が目を覚まそうとしているわ……! 早く決着をつけなければ、かなりヤバい!」
身体中を駆け巡る殺意が、テラスの両手に2本のつららを作り出す。四肢にまた力を入れ、全速力で武情の元へと駆け抜けていく。
「うぉぉおおおおお!」
全力のパワーとスピードでつららを武情にぶち込む。凄まじいスピードの連突が、武情の全身を再び串刺しにしていく。
「ぐぉおおっ……!!」
だが、武情は引くことなくテラスを睨みつける。どす黒い魂が、刻まれた傷の数だけ膨大な炎へと昇華されていく。こんな小手先の攻撃だと? 今俺が相手している敵はもっと強かったはずだ。もっと燃え上がる戦闘をぶつけてこないのならば、このクール・ブラストに焼かれて死ぬのみだ!
「うぉぉおおおおお!! ぶっ殺す!!」
伸ばした両腕が、2本のつららをガッチリと掴む! テラスは引き戻そうと力を込めるがビクともしない。とんでもない力で握られていて、テラスの腕力では抜く事が出来ない。
「うぉらぁっ!」
武情の左脚がテラスのみぞおちを捉えた。ふっとテラスの力が弱まったのを実感して、そのまま上空へと蹴り上げる。
更に燃え盛る螺旋の火炎が武情を包み込んでいく。これは激情だ。追い込まれた武情に宿っていく怒りと苦しみの力が頂点へと達して、圧倒的に能力を強化した!
この圧倒的な火力。空中へと放り出されたテラスには、受け止める防御の手段がない。また灼熱に飲み込まれる。地獄のような痛みに悶えながら倒される。
「ヤバい……! こ、この火力は……! この火力で焼かれたなら……!」
「喰らえ、最大火力! クール・ブラストォォォオ!!」
その時だった。見据えた標的から投げ込まれた1本のつららが、肌を切り裂いて武情の頬を掠めた。
最初は悪あがきだと思った。少しでも致命傷を与え、せめて戦闘不能にしてしまおうと考えているのだと思った。しかし、それは間違いである事は、一瞬観察した後にすぐに気づいた!
狂気。死に直面した時、圧倒的な力を発揮する。この危機の中で極限まで達したテラスの闘争心は、一瞬のうちに何十本ものつららを生成していた。そして、そのつららの標的は武情ではない。
「龍一! 貴様だけでも地獄へと送り込む!」
標的は龍一だ。そう気づいた時、武情の身体は勝手に動き出した! なんてやつだ。この窮地で、ここまでの芸当が出来るというのか!
「貴様ァァアアア!」
「タダでは死なない! ウィリアムの血も道連れだぁ!」
白金龍一はどこかも分からない喫茶店で1人、席に座ってボーッとうたた寝をしていた。
何故だか、自分がここにいる理由を思い出せない。誰かを待っているのだろうか。それとも、ただ茶をシバきに来ただけなのだろうか。
ずっと長い間ここにいて、何も出来ないでいるのは、間違っているのだろうか。そう思いながら、外の景色を眺めていた時だった。
──何ボケっとしてんだこのタコ……
声がした方を振り返ると、穴だらけになった軍服風の長ランを着た長身の男がそこにいた。彼は何者なのか分からない。しかし、龍一は何故だか聞き返さずには居られなかった。
──なんで、ここにいるんだ?
男はフンと鼻を鳴らすと、龍一の正面の席にドスンと座り込んだ。綺麗な瞳をした男だと思った。澄んだ瞳だ。なんだかこっちまで綺麗な気持ちになってしまうような、そんな眼差しをしている。
──貴様を連れ戻しに来たんだ。
龍一は何を言っているのかさっぱり分からなかったが、そんな事などどうでもいいとばかりに男は、人差し指を立てて窓の外を指さした。そこはY字に別れた道になっていて、彼が示しているのはその右側の道だった。
──出口ならあっちだ、ボケ野郎……
龍一は、何故だかこの道を行かなくてはならないのだと、男の顔を見て思ったので、席を立った。喫茶店を出る直前、礼を言うために振り返ろうとしたが、男は言った。
──振り返るな、行け……
その言葉に篭もる意味がどういうものなのか分からなかったが、龍一は言葉端から確かな温度を感じ取って、言われた通り振り向かなかった。
男は、道の先へと消えていく龍一の背中を見届けていた。男もまた、自分が何者であるかを思い出せなくなっていた。眠気で目がかすんでいるためか、景色は薄ぼんやりとしていた。喫茶店の席に座っている男を見つけた時、何故だかあの男を道案内してやる事が自分の使命だと感じた。
昼下がり。窓の外の景色は色鮮やかに照らされ、男はだんだんと眠たくなってきた。日差しが眩しくて、男の視界がホワイトアウトしていく。
──託したぜ、龍一……
目を閉じて、感じるものはゆっくりになっていく呼吸の音だけになる。なんだか、とてもいい気持ちだ。思えばいつからか、こんな気持ちを忘れていたような気がする。そして男は、自分もあの道に戻ろうと思ったのだが、もう決して戻れないという事を、悟った。
身体は動かない。しばらく、休もう。柔らかな日差しと温度に包まれながら、やがて静かに、眠りに落ちていくのだった。
テラスは、串刺しの死体のうなじへと唇を近づけと、鋭い牙でかぷりと噛み付いた。
喉を通る血液が、全身へと駆け巡って活力を取り戻していく。
テラスの放ったつららの連射は龍一を串刺しにして抹殺する予定だった。しかし、咄嗟の判断で武情が龍一へと覆いかぶさり、自らの身体を盾にして全てのつららを背中で受け止めた。
つららを受け止めた後、武情はもうピクリとも動かなかった。肌が冷たいのは血しぶきすらも氷漬けにされた為だけでは無い。もう永遠に、坂上武情に火が灯る事は、無い。
ある程度の血を搾り取ると、テラスは死体をゴミのように蹴り飛ばした。
「クク……、ククククク……!」
腹の底から笑いが込み上げてくる。完全決着。命を奪う感触が、このゴミにも劣るタンパク質の塊と化した男の血の味が、あまりにも滑稽なように感じた。あれほどまでに怒り狂って戦っていた男はもう死んだ。取り込んだ血液のおかげでみるみるダメージが回復していき、奪われた力が戻ってくる。気持ちがいい。ああ、私は勝ったのだ。
グン! と目を見開いて、残された龍一を睨みつける。
この男を始末して終了としよう。そうしたらこの先を行く彼方と星子を倒し、この戦いを終わらせる。
「後は楽園の扉を開くのみだ! 全ては、楽園が最後のページへと我々を導いてくれる!」
高揚する胸を抑えられずに大きな高笑いをしたり漆黒の冷気がテラスの周りを漂う。生み出されたつららを掴み、龍一へと狙いを定める。
「今度こそ終わりだ! 喰らえ、アーク・ロイ……」
「……ろう」
つららを突き刺そうとしたその時、焼けるような痛みがテラスの首筋を貫いた。
「な……!」
振り返るとそこには、サテライト・メビウスのドローンが1機、銃口をこちらに向けてホバリングしていた。
「なにぃぃい!?」
つららを振りかぶってドローンへと突き刺し、龍一から離れる。まさか、意識が完全に戻ったというのか。このギリギリのタイミングで!
ドローンが砕けたのを確認して視線を龍一の元へと戻すと、彼は既にゆっくりと立ち上がり始めていた。倍加していく闘争心が無意識につららを生成していく。
「馬鹿野郎……、馬鹿野郎が…………!!!」
そう呟いた。それしか、言葉が見つからなかった。武情はこの俺の命を守って、目の前の吸血鬼に……。
「うぉぉおおおおおおお!!」
湧き上がる怒りを抑えることなど、龍一には出来なかった。怒りのままに、吸血鬼を睨みつける。武情の無念を晴らすことが出来るのは俺しかいない。瞳にどす黒い光を煌めかせて、溜まっていた涙を吹き飛ばす勢いで龍一は叫んだ。
「このゴミ野郎……!! この俺が直々に地獄へ落としてやる!!」
黄金色の血については、斑木コペルのゴールデン・ブラッドを輸血されたのではないかと推測できる。全身にスーパー・アドレナリンを運び、生命の力を増幅させるあの能力をもらっているので、龍一は即死を免れたし、武情もまた今まで以上の火力を出せていたのだと、テラスは結論づける。
なればこそ、まだ安心できる段階ではない。この手でしっかりとトドメを刺し、息の根が止まった瞬間をこの目に焼き付けなくてはならない。
武情の元へとたどり着く。溶け始めた氷からじわじわとその姿を見せているが、そのダメージは致命的だ。口は半開きで、肘あたりまで氷が溶けてむき出しになった右腕は、天井を向いてはいるがだらりと力がない。瞳も光を失って、何も見えなくなってしまっているかのように洞穴の天井を眺めている。
まだだ。まだ反撃してこないとは限らない。この男は侮れない。もっと注意深く観察して、決定的にトドメを刺してしまわなければならないとテラスは思った。
「お前の次は、龍一だ……! あの忌まわしきウィリアム・プラチナの血を終わらせる……、この手で!!」
ふと、武情の右腕へ目がいく。二の腕辺りまで溶けている。テラスは当然、違和感を覚えた。目を離す前は肘あたりまでは氷が覆っていたはずだ。確かにこの目で見た。
そう思ったその時、上へと伸ばされていた右腕がガクンと崩れた。まさか、二の腕まで覆っていたはずの氷が、今度は脇辺りまで溶けている。一気に、テラスを焦燥感が支配した。予定していたよりよ明らかに溶けるスピードが短くなっている。
「こ、これは……、何かヤバい!」
用意したつららを右手に持つ。やはり一筋縄ではいかない相手だった。反撃を待たずして今息の根を止めなければ!
「何故だか分からないが……、終わりだ!」
振り下ろされるつららはシュパッと空気を切り裂きながら武情の腹部へと……。
「ま、だだ……」
「はっ!?」
到達することはなく、武情の右手のひらを貫通した。既に右腕に炎が纏い始めている。
ほぼ全身を覆っていたはずの氷は、この何十秒かで右腕を、いや上半身のほぼ全てを溶かされている。何故かは分からないが、発射されたクール・ループドの炎も見えないまま、どんどん氷が溶けてきている。
「感謝するぜ……、この俺を大量のつららでぶっ刺してくれてよお……。おかげでまた、貴様を処刑するチャンスが訪れたぜ……!」
痺れるほどに強烈な火力が右腕から噴きでる。追撃は不可能と悟ったテラスは、慌ててバックステップを取る。
「ヤバい! 少しでも距離を置かなければ……!」
「無駄だ……。行け、クール・ブラスト……」
螺旋を描く火炎が、逃げるテラスを巻き込んで飛んでいく。またしても地獄を見るような痛みがテラスを飲み込んでいく。
あっという間に、テラスの氷は溶けてしまっていた。武情はのろりと立ち上がると、限界を超えた身体を労って壁に寄りかかった。
さっさとこの吸血鬼を消し炭にしてやりたい気持ちは山々だが、もう息をするのも苦しくなってきている。全身から溢れ出す血が、武情の命を奪っていくように地面へと落ちていく。
「何故、だ……」
視線を、声のした前方へと向ける。そこには、氷の鎧を纏ったテラスがよろよろと立ち上がろうとしていた。
「なるほど……。氷の鎧を内側から生成して、炎に焼かれるのを防いだな……」
壁を肩で殴って姿勢を整える。武情の全身をまた炎が覆い始める。既に限界など超えているが、生命に刻まれた怒りと残酷な殺戮衝動が、彼の闘争心を刺激して燃え上がっていた。
「何故、私の氷はあっという間に溶けてしまっていたんだ……」
焼け焦げたマントがズルズルと崩れ落ちる。力を入れているはずなのに脚がフラフラする。視界もぼんやりとしてきた。テラスは今再び、自分に訪れた命の危機を味わった。
そんな彼女を見て、武情もまたうかうかしてはいられない。氷漬けにされた上にダメ押しのつららが投げ込まれた時、死を覚悟した。全身に穴が空いているのにまだ生きていられるのは、ゴールデン・ブラッドのおかげだ。これ以上のダメージはすなわち死を意味すると、武情は悟った。だが、強気でいなければ。戦いとは、死ぬと思ったら負けなのだ。死ぬ前に殺す。それが武情の流儀だ。
「クール・ブラストはどんなものでも燃やすことが出来る……。出血したこの血に炎を植え付けて、氷を溶かしたのさ……!」
武情にとっても賭けだった。咄嗟に撃ち出したクール・ループドで血を燃やす事が出来たのは、追撃を食らう前提での芸当だからだ。
睨み合う2人。実力は互角だ。なればこそ、精神力で上回った方こそが、この戦いを支配する勝者となる!
「坂上……、武情……!!」
「来やがれ、クソッタレ!! この炎で!! 今度こそ貴様をぶち殺す!!」
再び、戦闘の構えを取った、その時だった。
「うう……」
武情の背後からうめき声が響いた。それを聞いたテラスは更に焦りを増した。
「ヤバい……、龍一が目を覚まそうとしているわ……! 早く決着をつけなければ、かなりヤバい!」
身体中を駆け巡る殺意が、テラスの両手に2本のつららを作り出す。四肢にまた力を入れ、全速力で武情の元へと駆け抜けていく。
「うぉぉおおおおお!」
全力のパワーとスピードでつららを武情にぶち込む。凄まじいスピードの連突が、武情の全身を再び串刺しにしていく。
「ぐぉおおっ……!!」
だが、武情は引くことなくテラスを睨みつける。どす黒い魂が、刻まれた傷の数だけ膨大な炎へと昇華されていく。こんな小手先の攻撃だと? 今俺が相手している敵はもっと強かったはずだ。もっと燃え上がる戦闘をぶつけてこないのならば、このクール・ブラストに焼かれて死ぬのみだ!
「うぉぉおおおおお!! ぶっ殺す!!」
伸ばした両腕が、2本のつららをガッチリと掴む! テラスは引き戻そうと力を込めるがビクともしない。とんでもない力で握られていて、テラスの腕力では抜く事が出来ない。
「うぉらぁっ!」
武情の左脚がテラスのみぞおちを捉えた。ふっとテラスの力が弱まったのを実感して、そのまま上空へと蹴り上げる。
更に燃え盛る螺旋の火炎が武情を包み込んでいく。これは激情だ。追い込まれた武情に宿っていく怒りと苦しみの力が頂点へと達して、圧倒的に能力を強化した!
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「ヤバい……! こ、この火力は……! この火力で焼かれたなら……!」
「喰らえ、最大火力! クール・ブラストォォォオ!!」
その時だった。見据えた標的から投げ込まれた1本のつららが、肌を切り裂いて武情の頬を掠めた。
最初は悪あがきだと思った。少しでも致命傷を与え、せめて戦闘不能にしてしまおうと考えているのだと思った。しかし、それは間違いである事は、一瞬観察した後にすぐに気づいた!
狂気。死に直面した時、圧倒的な力を発揮する。この危機の中で極限まで達したテラスの闘争心は、一瞬のうちに何十本ものつららを生成していた。そして、そのつららの標的は武情ではない。
「龍一! 貴様だけでも地獄へと送り込む!」
標的は龍一だ。そう気づいた時、武情の身体は勝手に動き出した! なんてやつだ。この窮地で、ここまでの芸当が出来るというのか!
「貴様ァァアアア!」
「タダでは死なない! ウィリアムの血も道連れだぁ!」
白金龍一はどこかも分からない喫茶店で1人、席に座ってボーッとうたた寝をしていた。
何故だか、自分がここにいる理由を思い出せない。誰かを待っているのだろうか。それとも、ただ茶をシバきに来ただけなのだろうか。
ずっと長い間ここにいて、何も出来ないでいるのは、間違っているのだろうか。そう思いながら、外の景色を眺めていた時だった。
──何ボケっとしてんだこのタコ……
声がした方を振り返ると、穴だらけになった軍服風の長ランを着た長身の男がそこにいた。彼は何者なのか分からない。しかし、龍一は何故だか聞き返さずには居られなかった。
──なんで、ここにいるんだ?
男はフンと鼻を鳴らすと、龍一の正面の席にドスンと座り込んだ。綺麗な瞳をした男だと思った。澄んだ瞳だ。なんだかこっちまで綺麗な気持ちになってしまうような、そんな眼差しをしている。
──貴様を連れ戻しに来たんだ。
龍一は何を言っているのかさっぱり分からなかったが、そんな事などどうでもいいとばかりに男は、人差し指を立てて窓の外を指さした。そこはY字に別れた道になっていて、彼が示しているのはその右側の道だった。
──出口ならあっちだ、ボケ野郎……
龍一は、何故だかこの道を行かなくてはならないのだと、男の顔を見て思ったので、席を立った。喫茶店を出る直前、礼を言うために振り返ろうとしたが、男は言った。
──振り返るな、行け……
その言葉に篭もる意味がどういうものなのか分からなかったが、龍一は言葉端から確かな温度を感じ取って、言われた通り振り向かなかった。
男は、道の先へと消えていく龍一の背中を見届けていた。男もまた、自分が何者であるかを思い出せなくなっていた。眠気で目がかすんでいるためか、景色は薄ぼんやりとしていた。喫茶店の席に座っている男を見つけた時、何故だかあの男を道案内してやる事が自分の使命だと感じた。
昼下がり。窓の外の景色は色鮮やかに照らされ、男はだんだんと眠たくなってきた。日差しが眩しくて、男の視界がホワイトアウトしていく。
──託したぜ、龍一……
目を閉じて、感じるものはゆっくりになっていく呼吸の音だけになる。なんだか、とてもいい気持ちだ。思えばいつからか、こんな気持ちを忘れていたような気がする。そして男は、自分もあの道に戻ろうと思ったのだが、もう決して戻れないという事を、悟った。
身体は動かない。しばらく、休もう。柔らかな日差しと温度に包まれながら、やがて静かに、眠りに落ちていくのだった。
テラスは、串刺しの死体のうなじへと唇を近づけと、鋭い牙でかぷりと噛み付いた。
喉を通る血液が、全身へと駆け巡って活力を取り戻していく。
テラスの放ったつららの連射は龍一を串刺しにして抹殺する予定だった。しかし、咄嗟の判断で武情が龍一へと覆いかぶさり、自らの身体を盾にして全てのつららを背中で受け止めた。
つららを受け止めた後、武情はもうピクリとも動かなかった。肌が冷たいのは血しぶきすらも氷漬けにされた為だけでは無い。もう永遠に、坂上武情に火が灯る事は、無い。
ある程度の血を搾り取ると、テラスは死体をゴミのように蹴り飛ばした。
「クク……、ククククク……!」
腹の底から笑いが込み上げてくる。完全決着。命を奪う感触が、このゴミにも劣るタンパク質の塊と化した男の血の味が、あまりにも滑稽なように感じた。あれほどまでに怒り狂って戦っていた男はもう死んだ。取り込んだ血液のおかげでみるみるダメージが回復していき、奪われた力が戻ってくる。気持ちがいい。ああ、私は勝ったのだ。
グン! と目を見開いて、残された龍一を睨みつける。
この男を始末して終了としよう。そうしたらこの先を行く彼方と星子を倒し、この戦いを終わらせる。
「後は楽園の扉を開くのみだ! 全ては、楽園が最後のページへと我々を導いてくれる!」
高揚する胸を抑えられずに大きな高笑いをしたり漆黒の冷気がテラスの周りを漂う。生み出されたつららを掴み、龍一へと狙いを定める。
「今度こそ終わりだ! 喰らえ、アーク・ロイ……」
「……ろう」
つららを突き刺そうとしたその時、焼けるような痛みがテラスの首筋を貫いた。
「な……!」
振り返るとそこには、サテライト・メビウスのドローンが1機、銃口をこちらに向けてホバリングしていた。
「なにぃぃい!?」
つららを振りかぶってドローンへと突き刺し、龍一から離れる。まさか、意識が完全に戻ったというのか。このギリギリのタイミングで!
ドローンが砕けたのを確認して視線を龍一の元へと戻すと、彼は既にゆっくりと立ち上がり始めていた。倍加していく闘争心が無意識につららを生成していく。
「馬鹿野郎……、馬鹿野郎が…………!!!」
そう呟いた。それしか、言葉が見つからなかった。武情はこの俺の命を守って、目の前の吸血鬼に……。
「うぉぉおおおおおおお!!」
湧き上がる怒りを抑えることなど、龍一には出来なかった。怒りのままに、吸血鬼を睨みつける。武情の無念を晴らすことが出来るのは俺しかいない。瞳にどす黒い光を煌めかせて、溜まっていた涙を吹き飛ばす勢いで龍一は叫んだ。
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※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
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ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
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