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エデン
孤独な廻炎の中で(前編)
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前方から迫り来るテラスをしり目に、坂上武情は中央で分けた前髪を揺らして考える。それはここに至るまでの道のりだ。まるでうずを巻いて立ちのぼる灼熱の炎の中心にいるかのように、孤独と窮地に立ち向かってきた人生だった。
クソッタレでクズな両親に人生を狂わされていた幼少期から、せめて妹だけでも平穏な日々を送って欲しいと願った。願いだけを胸に秘めて、戦ってきた数年間だった。
しかし、幸福というものは誰もに与えられた使命であり、権利なのだ。武情の戦いはその事に矛盾する。武情もまた誰かを幸福へ押し上げるべく、誰かを殺したり、誰かに殺されそうになったりしながら、この決定的な矛盾に気づき始めるようになる。
「クール・ブラスト!」
両腕に巻き付く炎が右後方の壁に激突する。 あらぬ方向へと炎を投げたのでは無い。大きな土や岩の塊が崩れ落ち、人1人が身を隠せるほどのバリケードを作り出したのだ。
「てめぇはそこで寝てろ!」
氷漬けにされた龍一をかかとで後方に蹴り飛ばして、バリケードの奥へと転がす。幸い、輸血されたゴールデン・ブラッドの生命増強能力によって即死は免れている。この戦いの終わり、ないし途中のどこかで彼を溶かす余裕が出来るかもしれないと考えての行動だ。
テラスはもう眼前まで迫ってきている。炎に溶かされないよう、至近距離で一瞬のうちに凍死させるつもりだ。
敵の思惑を理解して、次は地面へと炎を発射する。
「近づく訳にはいかねぇ! クール・ゲイザー!」
激突した地面が爆裂する。駆け抜けたテラスはそれでも手を伸ばし、何かを手で掴んだ。
「凍えて死せよ、坂上武情!」
強烈な冷気が炸裂し、テラスの立ち位置から半径2メートルが、吹き飛んだ地面を巻き込んで瞬く間に凍りついていく。
テラスはすぐに気づいた。感触が硬い。今掴んでいるものは人体ではない。
土埃が晴れると、彼女が掴んでいるものは大きな土の塊であった。
「……やるやつだ。炎を壁のように展開しても、また同じように突破されることを分かっていて、違う逃げ方をしたんだ……」
すぐに辺りを見渡す。姿が見えない。つまり、どこかに潜んでいる。テラスを近づかせない為に、隠れながら戦おうというのか。
「……ここからでは分からない」
テラスはそう悟った。その気になれば辺り一面を凍らせることも出来るが、力を溜めなければならない。炎の能力者相手では、無防備な状態を作り出すのは危険だ。また、天井に張り付いて上から探すとしよう。そう考えて、フワリと飛び上がった。
「クール・ブラストォォ!!」
「何!?」
突然前方の岩場が爆発して岩がテラスの元へと吹き飛んできた!
「か、かわせない! アーク・ロイヤル!」
咄嗟に氷の壁を作り、岩をガードする。しかし、次々に岩が激突しすぐに亀裂が入る。やはり、薄い氷壁で受け止めるには量が多すぎる。
すぐにくるりと回転して氷壁を蹴り地面へと急降下する。地面に不時着した後1拍置いて、氷壁が割れる音が聞こえた。
転がりながらも前方、岩が吹き飛んできた場所を見据える。黒焦げになってブスブスと燃焼音を立てているそこには、鬼気迫る表情でこちらを睨みつける武情、そして氷漬けから解放された龍一がいた。
「てめぇ龍一……、もう次は助けねぇぞ……」
龍一は寝転がったまま返事がない。ダメージが完全に回復していないからだ。後頭部から血が流れているのは、武情が蹴り飛ばした為だというのは秘密だ。
「そして、貴様がテラスってやつか。そうだよな、氷の能力だって聞いてるぜ、そのテラスって吸血鬼は」
テラスはゆっくりと立ち上がりながら、武情の瞳のどす黒さに恐怖を覚え冷や汗をかいた。なんて眼をする男なんだ。黒焦げになった地面よりももっと黒い。
「覚悟しろ。貴様は今からこのクール・ブラストで絶叫も蒸発する程に焼き払われ、処刑され160センチの炭になるぜ」
胸の前で交差させた両腕をうず巻く炎が龍のように登り、冷えきった空気が灼熱の紅蓮色に染め上げられていく。武情の能力。全てを焼き払うクール・ブラスト。
だが、その事はカルマから聞いている。強力な能力である分、エネルギーを溜めるまでに時間がかかる。確かに相性は悪いが、ノロマなやつには絶対に引けを取らない自信がテラスにはあった。
テラスは1歩踏み出し、両腕をぐわっと広げる。その軌道が壁を這うように凍っていき、1枚の壁が出来上がった。
「アーク・リフレクト!」
「クール・ブラスト!」
差し出された武情の両腕から炎が発射され、氷壁をあっという間に飲み込んでいく。圧倒的な熱量に耐えきれず、氷壁はたちまち溶かされていく。
炎が散ると、そこには何も無かった。氷壁も、黒焦げになったはずのテラスも。
「ち……、隠れて俺を狙おうって魂胆か……」
武情は未だ気を失っている龍一を足で壁際に転がすと、自身も壁を背にして龍一の前にたちはだかる。さらに、再び両腕に炎を纏い、万全な体勢を整える。
「あのテラスってやつ、一瞬眼が合ったがとんでもない眼だ……。なんて冷たい瞳だ……。まるで俺も氷漬けにされたみたいに、背すじが凍ったぜ……」
喉の奥に溜まった唾を飲み込み、冷や汗を拭う。
かなり焦った。普通、逆の立場になるはずだ。氷を操るテラスではなく、炎を操る武情が一方的に攻撃を浴びせ続けるような戦況である方が正しい。しかし、それを知っていてあの吸血鬼は突進戦法を取ってきたのだ。手始めに龍一を罠にハメて、心の余裕を急速に奪い去っていった。そして思惑通り、武情を防戦一方とする逆転現象を引き起こした。
ちらりと龍一を見ると、首をぐったりと落としてピクリとも動いた形跡はない。まだ気絶している。いつ起きるかは流石に検討もつかない。
孤独感が焦りを刺激して、武情はビビっと身震いをした。この先が読み切れない。テラスはどうやって身を隠していて、どの方角からどんな攻撃で襲いかかってくるのだろうか。心臓がバクバクと脈打ち、炎の螺旋がビリビリと地面を揺らす。
「関係ない……、俺の能力の方が有利な事には変わりないという事が証明された……、それだけだ」
そう言い聞かせる。次にやつが姿を見せた時、冷気が全てを凍てつかせるよりも先に、この灼熱をぶち込む、ただそれだけだ。
変えるのだ、今までの人生と、これからの未来を。全てはこの戦いが終わってからだ。この廻炎は、異常な日常と殺人の罪を招き込み、武情を孤独な人生へと誘ったのかもしれない。しかし、同時に何かを守り続けた力だ。最上級の誇りと勇気に満ち溢れた黄金の魂の具現なのだ。ふと、妹の顔が頭をよぎる。急に拳に力が入り、瞳孔がグンと絞られ、クール・ブラストは更なる火力で燃え上がる!
その時だった。一滴の雫が、前方右側の岩場の影から垂れ落ちたのを、武情は見逃さず捉えた。螺旋の灼熱が最大まで火力を上げる!
「そこだ! クール・ブラスト!!」
全力で腕を振りかぶり、纏っていた炎を目標へとぶち込む。そして、
「勝った……!」
鮮血が迸り、3本のつららが腹部へと撃ち込まれ、武情はその場に崩れ落ちた。
武情が力なく倒れ込んだのを確認して、フワリと天井からテラスが降りてくる。その右手には、1枚の氷の板が見える。そして武情はトリックを理解した。
「これは……、反射だ……! 氷の板が俺の炎の光を反射して、視界から消えていたのか……!」
「ご名答ね……」
繰り出された渾身のクール・ブラストは岩を飲み込んで彼方へと消えていった。充分な光源を失ったので、今の武情には認識出来たのだ。落ちていた水滴は、同じような板をセットしていたのが溶けたのだ。
もぞもぞと手を動かして、やっとの事で立ち上がろうとする武情を、テラスは足で踏みつけて押さえ込んだ。地面に叩きつけられて、口から血を吐き出した。
「貴様……」
「バカね……、もう決着はついたのよ……。ひっくり返すなんて、出来ない……」
目と目が合う。凍てつく瞳と、どす黒い瞳。
「……ッ」
テラスはまたも冷や汗をかく。それは武情の瞳のためだ。どす黒く光る瞳が、この圧倒的な戦況にありながらもなお、テラスの心を不安でえぐり立てた。何かがヤバい。この瞳にはとんでもない殺戮衝動がギラついていて、人の心をビビりあがらせるような恐怖がある。そうだ、早いところ始末して、残りの2人を同じように倒しにいかなければと思った。
「終わりよ。アーク・ロイヤ……」
「バカは、貴様だ……!」
そう聞こえた。瞬間、テラスの背後から燃えるような痛みと衝撃が走った。そう思った後に、確信した。ありえない。ありえないが今、燃えるような痛みを味わっているのは、本当に自分が引火しているからだ!
「うぁぁぁああ……! こ、これは……!」
武情の極限の闘争心は、この瞬間を見過ごしはしなかった。バリケードの残りカスの岩を拾うと、全力でテラスを殴り飛ばす。
「ぐはぁ……!」
2メートルは吹き飛んで行って、地面を転がりながら焼けていく痛みを存分に味わった。
「な、何故、何故だ……!」
テラスは慌てて全身から冷気を噴出させ、焼ける背中を猫のように地面へなすり付ける。
「うあああ……、熱い……!」
ずりずりと地面になすりつけて、なんとか火を消す事が出来た。しかし、あまりの大ダメージに立ち上がる事も出来ず、息を切らせて意識を保つので精一杯だ。
「ぶっ飛ばした炎が戻ってきたのさ、ブーメランみたいにな。名付けてクール・ループド、って所か……。チャージに時間がかかったぜ……」
腹部を押さえて武情が不敵に笑う。テラスは、隠れていたのは間違いだったと気づく。先の見えない恐怖は極限の精神状態をさらに上の段階へと引き上げて、かえってあの男の殺戮衝動を駆り立ててしまっていた。
「これで、形成逆転だぜ……!」
奮い立つ闘争心で炎を纏う。テラスはもう起き上がる事も出来なくなっている。完全にひっくり返して見せた。昂る本能と腹に空いた4つの穴が、武情の精神テンションをさらに燃え上がらせていく。
「行くぜ! クール・ブラストォォオオ!」
強烈な火力を宿した腕を振り上げる。そして勝利を確信した、その時だった。
武情の鼻先に何か冷たいものがまとわりついた。それはスライムのような感覚で、鼻先から首筋にかけてをドロドロと這い降りていく。
「発射だぁぁああ!」
武情は気にも止めなかった。振り上げたままの勢いで、テラスに向けてクール・ブラストを解き放った。解き放ってしまった。
「バカね……、言ったはず……。ひっくり返すなんて、出来ないのよ、もう……、あなたの負けは……」
一瞬。スライムはとんでもない速度で武情を氷で侵食していった。
「な、なんだと……!」
爪を立てて氷をはぎとろうとする。しかし、あまりの硬さに爪はボロボロにめくれて、逆に指の1本1本を凍らせていく。
天井だ。そう気づいた時には遅かった。天井にこびりついていた大量の氷のスライムは、武情と龍一の立ち位置へと次から次に垂れ落ちてきていた。
「く、くそぉ!」
すぐに両腕に炎を纏わせるが、充分なチャージには時間がかかりすぎる。武情はギリギリのダメージで助かったとしても、気を失ったままの龍一は氷に飲み込まれて凍死する。
「うぉぉおおおおお! 龍一ぃぃいい!!」
よろめきながら、テラスは立ち上がる。このスライムは、事前にカルマの能力で溶かされた氷だ。頼んでおいて本当に良かった。アーク・ロイヤルの力では流石に勝ち目はなかった。全ては、このテラスの戦略が勝利を呼び寄せた。
「クール・ループドォォ!」
凍りゆく武情から火柱が上がるのを、凍てつく瞳が見届ける。たとえ助かったとしても、ダメージは相当なものとなったはずだ。
冷酷に笑う。楽園にまた1歩近づけたと、喜びがテラスを冷気で覆っていく。さあ、総仕上げだ。ズルズルと足を引きずりながら、2人の敵の元へと歩き始める。この男は何としてでも、この自分の手で仕留めなくてはならない。強くなっていく信念が、鋭く尖ったつららを何本も創り出していく。
「アーク・ロイヤル! トドメを、刺せ!!」
再び武情の元へと火柱が落ちていくよりも速いスピードで、つららの束が撃ち込まれる。そして、黄金色の血が武情の身体中から噴き出すのを見届けて、テラスはどす黒い笑みを浮かべるのだった。
クソッタレでクズな両親に人生を狂わされていた幼少期から、せめて妹だけでも平穏な日々を送って欲しいと願った。願いだけを胸に秘めて、戦ってきた数年間だった。
しかし、幸福というものは誰もに与えられた使命であり、権利なのだ。武情の戦いはその事に矛盾する。武情もまた誰かを幸福へ押し上げるべく、誰かを殺したり、誰かに殺されそうになったりしながら、この決定的な矛盾に気づき始めるようになる。
「クール・ブラスト!」
両腕に巻き付く炎が右後方の壁に激突する。 あらぬ方向へと炎を投げたのでは無い。大きな土や岩の塊が崩れ落ち、人1人が身を隠せるほどのバリケードを作り出したのだ。
「てめぇはそこで寝てろ!」
氷漬けにされた龍一をかかとで後方に蹴り飛ばして、バリケードの奥へと転がす。幸い、輸血されたゴールデン・ブラッドの生命増強能力によって即死は免れている。この戦いの終わり、ないし途中のどこかで彼を溶かす余裕が出来るかもしれないと考えての行動だ。
テラスはもう眼前まで迫ってきている。炎に溶かされないよう、至近距離で一瞬のうちに凍死させるつもりだ。
敵の思惑を理解して、次は地面へと炎を発射する。
「近づく訳にはいかねぇ! クール・ゲイザー!」
激突した地面が爆裂する。駆け抜けたテラスはそれでも手を伸ばし、何かを手で掴んだ。
「凍えて死せよ、坂上武情!」
強烈な冷気が炸裂し、テラスの立ち位置から半径2メートルが、吹き飛んだ地面を巻き込んで瞬く間に凍りついていく。
テラスはすぐに気づいた。感触が硬い。今掴んでいるものは人体ではない。
土埃が晴れると、彼女が掴んでいるものは大きな土の塊であった。
「……やるやつだ。炎を壁のように展開しても、また同じように突破されることを分かっていて、違う逃げ方をしたんだ……」
すぐに辺りを見渡す。姿が見えない。つまり、どこかに潜んでいる。テラスを近づかせない為に、隠れながら戦おうというのか。
「……ここからでは分からない」
テラスはそう悟った。その気になれば辺り一面を凍らせることも出来るが、力を溜めなければならない。炎の能力者相手では、無防備な状態を作り出すのは危険だ。また、天井に張り付いて上から探すとしよう。そう考えて、フワリと飛び上がった。
「クール・ブラストォォ!!」
「何!?」
突然前方の岩場が爆発して岩がテラスの元へと吹き飛んできた!
「か、かわせない! アーク・ロイヤル!」
咄嗟に氷の壁を作り、岩をガードする。しかし、次々に岩が激突しすぐに亀裂が入る。やはり、薄い氷壁で受け止めるには量が多すぎる。
すぐにくるりと回転して氷壁を蹴り地面へと急降下する。地面に不時着した後1拍置いて、氷壁が割れる音が聞こえた。
転がりながらも前方、岩が吹き飛んできた場所を見据える。黒焦げになってブスブスと燃焼音を立てているそこには、鬼気迫る表情でこちらを睨みつける武情、そして氷漬けから解放された龍一がいた。
「てめぇ龍一……、もう次は助けねぇぞ……」
龍一は寝転がったまま返事がない。ダメージが完全に回復していないからだ。後頭部から血が流れているのは、武情が蹴り飛ばした為だというのは秘密だ。
「そして、貴様がテラスってやつか。そうだよな、氷の能力だって聞いてるぜ、そのテラスって吸血鬼は」
テラスはゆっくりと立ち上がりながら、武情の瞳のどす黒さに恐怖を覚え冷や汗をかいた。なんて眼をする男なんだ。黒焦げになった地面よりももっと黒い。
「覚悟しろ。貴様は今からこのクール・ブラストで絶叫も蒸発する程に焼き払われ、処刑され160センチの炭になるぜ」
胸の前で交差させた両腕をうず巻く炎が龍のように登り、冷えきった空気が灼熱の紅蓮色に染め上げられていく。武情の能力。全てを焼き払うクール・ブラスト。
だが、その事はカルマから聞いている。強力な能力である分、エネルギーを溜めるまでに時間がかかる。確かに相性は悪いが、ノロマなやつには絶対に引けを取らない自信がテラスにはあった。
テラスは1歩踏み出し、両腕をぐわっと広げる。その軌道が壁を這うように凍っていき、1枚の壁が出来上がった。
「アーク・リフレクト!」
「クール・ブラスト!」
差し出された武情の両腕から炎が発射され、氷壁をあっという間に飲み込んでいく。圧倒的な熱量に耐えきれず、氷壁はたちまち溶かされていく。
炎が散ると、そこには何も無かった。氷壁も、黒焦げになったはずのテラスも。
「ち……、隠れて俺を狙おうって魂胆か……」
武情は未だ気を失っている龍一を足で壁際に転がすと、自身も壁を背にして龍一の前にたちはだかる。さらに、再び両腕に炎を纏い、万全な体勢を整える。
「あのテラスってやつ、一瞬眼が合ったがとんでもない眼だ……。なんて冷たい瞳だ……。まるで俺も氷漬けにされたみたいに、背すじが凍ったぜ……」
喉の奥に溜まった唾を飲み込み、冷や汗を拭う。
かなり焦った。普通、逆の立場になるはずだ。氷を操るテラスではなく、炎を操る武情が一方的に攻撃を浴びせ続けるような戦況である方が正しい。しかし、それを知っていてあの吸血鬼は突進戦法を取ってきたのだ。手始めに龍一を罠にハメて、心の余裕を急速に奪い去っていった。そして思惑通り、武情を防戦一方とする逆転現象を引き起こした。
ちらりと龍一を見ると、首をぐったりと落としてピクリとも動いた形跡はない。まだ気絶している。いつ起きるかは流石に検討もつかない。
孤独感が焦りを刺激して、武情はビビっと身震いをした。この先が読み切れない。テラスはどうやって身を隠していて、どの方角からどんな攻撃で襲いかかってくるのだろうか。心臓がバクバクと脈打ち、炎の螺旋がビリビリと地面を揺らす。
「関係ない……、俺の能力の方が有利な事には変わりないという事が証明された……、それだけだ」
そう言い聞かせる。次にやつが姿を見せた時、冷気が全てを凍てつかせるよりも先に、この灼熱をぶち込む、ただそれだけだ。
変えるのだ、今までの人生と、これからの未来を。全てはこの戦いが終わってからだ。この廻炎は、異常な日常と殺人の罪を招き込み、武情を孤独な人生へと誘ったのかもしれない。しかし、同時に何かを守り続けた力だ。最上級の誇りと勇気に満ち溢れた黄金の魂の具現なのだ。ふと、妹の顔が頭をよぎる。急に拳に力が入り、瞳孔がグンと絞られ、クール・ブラストは更なる火力で燃え上がる!
その時だった。一滴の雫が、前方右側の岩場の影から垂れ落ちたのを、武情は見逃さず捉えた。螺旋の灼熱が最大まで火力を上げる!
「そこだ! クール・ブラスト!!」
全力で腕を振りかぶり、纏っていた炎を目標へとぶち込む。そして、
「勝った……!」
鮮血が迸り、3本のつららが腹部へと撃ち込まれ、武情はその場に崩れ落ちた。
武情が力なく倒れ込んだのを確認して、フワリと天井からテラスが降りてくる。その右手には、1枚の氷の板が見える。そして武情はトリックを理解した。
「これは……、反射だ……! 氷の板が俺の炎の光を反射して、視界から消えていたのか……!」
「ご名答ね……」
繰り出された渾身のクール・ブラストは岩を飲み込んで彼方へと消えていった。充分な光源を失ったので、今の武情には認識出来たのだ。落ちていた水滴は、同じような板をセットしていたのが溶けたのだ。
もぞもぞと手を動かして、やっとの事で立ち上がろうとする武情を、テラスは足で踏みつけて押さえ込んだ。地面に叩きつけられて、口から血を吐き出した。
「貴様……」
「バカね……、もう決着はついたのよ……。ひっくり返すなんて、出来ない……」
目と目が合う。凍てつく瞳と、どす黒い瞳。
「……ッ」
テラスはまたも冷や汗をかく。それは武情の瞳のためだ。どす黒く光る瞳が、この圧倒的な戦況にありながらもなお、テラスの心を不安でえぐり立てた。何かがヤバい。この瞳にはとんでもない殺戮衝動がギラついていて、人の心をビビりあがらせるような恐怖がある。そうだ、早いところ始末して、残りの2人を同じように倒しにいかなければと思った。
「終わりよ。アーク・ロイヤ……」
「バカは、貴様だ……!」
そう聞こえた。瞬間、テラスの背後から燃えるような痛みと衝撃が走った。そう思った後に、確信した。ありえない。ありえないが今、燃えるような痛みを味わっているのは、本当に自分が引火しているからだ!
「うぁぁぁああ……! こ、これは……!」
武情の極限の闘争心は、この瞬間を見過ごしはしなかった。バリケードの残りカスの岩を拾うと、全力でテラスを殴り飛ばす。
「ぐはぁ……!」
2メートルは吹き飛んで行って、地面を転がりながら焼けていく痛みを存分に味わった。
「な、何故、何故だ……!」
テラスは慌てて全身から冷気を噴出させ、焼ける背中を猫のように地面へなすり付ける。
「うあああ……、熱い……!」
ずりずりと地面になすりつけて、なんとか火を消す事が出来た。しかし、あまりの大ダメージに立ち上がる事も出来ず、息を切らせて意識を保つので精一杯だ。
「ぶっ飛ばした炎が戻ってきたのさ、ブーメランみたいにな。名付けてクール・ループド、って所か……。チャージに時間がかかったぜ……」
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「これで、形成逆転だぜ……!」
奮い立つ闘争心で炎を纏う。テラスはもう起き上がる事も出来なくなっている。完全にひっくり返して見せた。昂る本能と腹に空いた4つの穴が、武情の精神テンションをさらに燃え上がらせていく。
「行くぜ! クール・ブラストォォオオ!」
強烈な火力を宿した腕を振り上げる。そして勝利を確信した、その時だった。
武情の鼻先に何か冷たいものがまとわりついた。それはスライムのような感覚で、鼻先から首筋にかけてをドロドロと這い降りていく。
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武情は気にも止めなかった。振り上げたままの勢いで、テラスに向けてクール・ブラストを解き放った。解き放ってしまった。
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爪を立てて氷をはぎとろうとする。しかし、あまりの硬さに爪はボロボロにめくれて、逆に指の1本1本を凍らせていく。
天井だ。そう気づいた時には遅かった。天井にこびりついていた大量の氷のスライムは、武情と龍一の立ち位置へと次から次に垂れ落ちてきていた。
「く、くそぉ!」
すぐに両腕に炎を纏わせるが、充分なチャージには時間がかかりすぎる。武情はギリギリのダメージで助かったとしても、気を失ったままの龍一は氷に飲み込まれて凍死する。
「うぉぉおおおおお! 龍一ぃぃいい!!」
よろめきながら、テラスは立ち上がる。このスライムは、事前にカルマの能力で溶かされた氷だ。頼んでおいて本当に良かった。アーク・ロイヤルの力では流石に勝ち目はなかった。全ては、このテラスの戦略が勝利を呼び寄せた。
「クール・ループドォォ!」
凍りゆく武情から火柱が上がるのを、凍てつく瞳が見届ける。たとえ助かったとしても、ダメージは相当なものとなったはずだ。
冷酷に笑う。楽園にまた1歩近づけたと、喜びがテラスを冷気で覆っていく。さあ、総仕上げだ。ズルズルと足を引きずりながら、2人の敵の元へと歩き始める。この男は何としてでも、この自分の手で仕留めなくてはならない。強くなっていく信念が、鋭く尖ったつららを何本も創り出していく。
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楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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