吸血鬼のいる街

北岡元

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エデン

突入

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 シャッター街へと歩く5人は、誰も喋ろうとはしなかった。各々が、戦いへと向かう緊張を奮い立つテンションへと変換していた。
 視界の奥にチラリと見えたシャッター街の門が、不意に星子の胸を締め付けた。なんだか、もうこんなふうに皆で歩く事が永遠に出来なくなってしまうような、急激に運命の歯車を動かしてしまった感覚を味わった。

 門の前には、既にカルマと思われる黒マントの人影が佇んでいるのが確認出来た。これから戦いへと向かう。この男も、何分かしたら敵として立ちはだかる。だが、その前に見ておきたい事がコペルにはあった。
「ゴールデン・ブラッド……」
 瞳を閉じ、純白の一閃となってカルマへと駆け抜ける。一瞬の出来事に、その場の誰もが認識出来なかった。しかし、その一瞬でコペルは、カルマの心の中の世界へと潜り込んでいく。
 見ておきたいこと。それはこのカルマの想いだ。
 何者なのか。それは最も大切な事だ。それすらも見えていない相手をやっつける事など、コペルには出来ない。2人いるのかと結論づけたが、やはりありえない推測は腑に落ちない。となれば奥へと入り込み、探るしかない。このカルマという男の真実を。
 白い羽根をかき分けて、下へ下へと落ちていく。やがて、カルマの一番奥へとたどり着いた。
「ここは……」
 コペルがまぶたを上げると、そこは落ち葉の紅絨毯が広がる夜の公園だった。
 そして、目の前の光景を目撃して、コペルは驚愕した。そこには、大量のカルマの死体と思われる山があった。
「こ、これは…………!!」
 おぞましすぎる光景に、思わず後ずさりをした。
「なんだこれは……、一体カルマは何を秘めているんだ!」
「てめぇ誰だボケ」
「うわぁ!!」
 急に聞こえた声に、コペルは心臓が飛び出るかと思うほど驚愕した。声の方へとゆっくり目をやる。声の主は、死体の山の頂上に座り込んでいた。
「てめぇ、コペルじゃないか。何をどうやったらこんなとこまで来れるんだ?」
 カルマだ。山の頂上でキレキレに睨みつけてきている男は、それもまたカルマで間違いない。
「俺の能力だ……。ゼッターにもらった……」
 奇妙すぎる世界に降りたって混乱する頭で、違う、とコペルは思った。違う、そうじゃない。この風景の意味するものは一体何なのだと、そう問うのが先だ。
 気を取り直して、いや気をしっかりと持って、カルマへと問う。
「この死体の山は、一体なんなんだ」
 質問を受けて、カルマはむくりと立ち上がると、山をぐしゃぐしゃと踏みながら降りてきた。でも何故だろうか。グロテスクな光景にはとても見えなかった。それよりも、崩れ落ちる命の形を想い、瞳がきゅっと潤って、目頭に涙が溜まるような悲しみを覚えた。
「なんだと思う? こいつらは」
「いや、検討もつかない……」
 一番下のカルマの首をグシャリと曲げて、コペルと同じ地面の元へと降りてきた。コペルの顔をチラリと見ると、カルマは話し始めた。
「これは人形だ」
「人形……?」
「そうだ、人形だ。テラスが作った、な」
 カルマはベンチへと腰掛けた。それを見て、コペルも無意識に隣へ腰を降ろした。どんな状況に置かれていても、例え敵同士の関係であっても、相対すればトゲのない温もりを保っていて心が安心出来る男だとコペルは思った。
「俺はもう死んでいる。言葉のままな。理解しているのさ、200年前にはもう、俺は死んでしまった。だから俺の魂は人形に宿り、もといテラスに留めてもらってるのさ。俺自身は理解していない。だが、の俺は理解している。無意識でな」
「では、例えば武情と共に行動していた時のお前は……」
「覚えてない。今の俺は今の俺だ。もう何も覚えちゃいない。死人なんだ、当たり前の事、そうと決まっている事だ」
「馬鹿な……」
 そうと決まっている。そんな事でこの残酷な場所に、いつまでも留まっているのか。
「楽園の為、か?」
「まさかな」
 フン、と鼻を擦って、死体の山を見つめる。
「俺には1つだけしっかりと覚えている事がある。それは、生きてりゃ、それでいいんだって事だ。何度死んでも、その夢だけを燃やして動き続けた。テラス達に従って、残った仲間たちを生かす道を選んだ。操り人形としてな。ダメにしちまっているようだが、な……」
 そう言ってカルマは立ち上がる。そして、理解出来た。2人いるのでは無い。積み上げた命達の記憶が、無意識に多重的な人格へと昇華しつつあるのだ。そして彼は今、最後の理想すら消えていく様を、操られて見守っているに過ぎないのだ。
「カルマ……。俺は、俺はお前の家族を……!!」
 リズとゼッターの笑顔が脳裏をよぎる。甘かった。このカルマという男の人情に触れて、心の奥底を探ろうというのは、コペルにとってあまりにも苦しい決断なのだということを理解出来ていなかった。カルマがこうなってしまっているのは、家族を奪ったコペルの罪でもあるのだ。
 救わなければ。でもどうすれば。何をどうすればこの男は報われるというのか。この残酷な現実を暖かな温度で照らしてやれるだろうか。苦しい。苦しい。その時だった。
 途端に視界がぐらりと歪んで、バラバラに消えていく。心の世界にはもう居られない。引きずり出される!
「ま、待ってくれ! まだ聞きたいことがあるんだ……! 話したいことがあるんだ……!」
「今度にしな、コペル……。お前が良い奴と分かって良かったよ……。なんかそう実感できる。ここに来た事は許してやるよ」
   崩れていく風景の真ん中に、やがてカルマだけが残される。コペルは必死に手を伸ばすが、もう彼には届かない。この先はもう、戦うという手段でしか彼には触れられない。
「手加減はしないぜ、コペル……。楽園に行くんだ、俺は……」
 

 崩れていく心の世界から吹き飛ばされるように、現実世界へと跳ね戻される。コペルは地面に降り立つと、膝からぐらりと崩れた。
「大丈夫か、コペル」
 彼方が手を差し出す。その手をそっと掴んで、また立ち上がる。
「どうかあるのか、コペル?」
「いや……、問題ないよ。ありがとう」
 視線の奥にいるカルマを見つめる。奥底の真実へはたどり着けなかった。だが、何となく彼とは分かり合えるような、そんな気がした。
「来たな、人間ども」
 5人を確認するなり、カルマはニヤリと口角を上げて、これから敵となる者達を睨みつけた。たった今、コペルと話した事はやはり
覚えていないようだった。
「ああ、案内するんだ、お前達のねぐらにな」
 今まで見たことない程にキレたテンションの龍一が、カルマに指をさして言った。その態度に、場の空気は一層混沌となった。
「いいだろう……。こっちだ」
 一瞥するなり、カルマはマントを翻して歩き始める。5人も、後を追ってまた歩き始めた。

 コペルは1人、俯いてネックレスを握りしめる。力をくれ。どんな状況に置かれたとしても、はねのけていけるような力を。

 しばらく南へと歩くと、山道に入った。夕暮れ時、既に薄暗い道をかき分けていく。運命が動き続けているのを感じる。この道の先に、何か特別な何かが待ち受けているのだと、その場の者達は実感した。
 やがて、カルマはその歩みを止め、振り返って5人を睨みつけた。
「ここだ」
 指さした先には、大きな洞穴が見える。
「俺はここまでだ。コペルを連れて来いって命令と、前の借りでお前達を案内した、ただそれだけだ。ここからは、お前達を皆殺しにする為に行動する。覚悟が決まったらこの洞穴に入ってくるんだな……」
 そう言い残し、コツコツと1人で洞穴の中へと入っていった。手を出す者はいなかった。彼は何か、普通の人間には無いような特殊な人情に溢れている。その人情が、例え命令の為であったとしても、ここまで自分達を連れてきた正直さに敬意を払わせた。
 沈黙する5人。ここから先は命の保証など無い。一度踏み込めばもう、後戻りなど出来ない。変な事なのかもしれないが、躊躇しているのだ。5人は今、「まだ後戻りできるんだ」と、心のどこかで考えているのだ。
 だが運命は止まらない。しばしの沈黙を破り、誰よりも先に1歩を踏み出したのは彼方だった。
「俺はもう行くぞ。覚悟は出来ている。」
 その一言に、皆の瞳に輝きが戻った。勇気。それは誰しもが持つダイヤモンドの輝き。彼方の言動は、皆を動かした。
「皆……、行くぞ」
     続けて龍一が足を踏み出した。それを追って、武情が黙ってのそのそと歩き始めた。
 その次にコペルが、胸のネックレスを握りしめて足を踏み出した。後悔はしない。この戦いに何が起きたとしても、絶対に迷ったりなんかしない。
 洞穴へと1歩踏み入れる。途端に空気がぐんと冷えて、背筋が震えて自然と拳に力を込めた。極限の感情が今、闘争心に火をつけたように思えた。
 
 しかし。入るのを躊躇っている者がいた。覚悟が決めきれずに、膝に手を置いて大きく呼吸を乱している。
「星子……」
「ご、ごめん……。何度も戦ってきたはずなのに、足が……、足が動かないの」
 その告白を咎めようとする者はいない。龍一は振り返って、星子を見つめる。
「誰も止めはしないし、笑いもしない……。引き返すかどうかは星子、お前が選ぶんだ」
 大きな深呼吸を何度か繰り返して、肩をふるふると震わせる。そして、ちらりと龍一へと顔を見せた。
「何ですって……?」
「は……?」
「あったまきた! 私がしっぽ巻いて逃げるとでも!? 龍一、あんた後で覚えときなさいよ!」
「な、何を怒ってるんだ星子、落ち着け」
「落ち着かない! 行くわよコペル、彼方!」
 そう吐き捨てて星子は、唖然とする龍一をよそ目に全速力で洞穴の奥へと駆け抜けて言った。
「あ……、はい!」
 1拍おいて名前を呼ばれた事に気づいた2人も、穴の奥へと駆け込んでいく。その様子を龍一は、ポカンとした表情でただ見送るのみだった。
「龍一、俺達も行くぞ」
 耳をほじりながら武情が歩き出す。龍一は思った。なんなんだこいつらは。意味がわからない。でも、場の空気が少し変わったのは確かな事だ。
「まあ、いいか……。ああ、先を急ごう」
 返事をして、1歩踏み出す。その時だった。
 地面に少し足がくい込んだような感覚を覚えた。同時に、足先にひんやりとした物体があるような気がした。
「な、なんだ……?」
 ふと足を上げると、半透明なスライムのようなものが、靴底に粘着して地面から伸びていた。
「こ、これは……」
 ベットリとまとわりついていて、足を振っても離れない。山というところにあまり来たことがない龍一は、ヒルか何かの生物と思い引き剥がそうとスライムに触れてしまった。その三秒後、彼は思い出すことになる。ここは、この洞穴は吸血鬼達の住処であるということを。
「し、しまった! これは……!!」
 一瞬。龍一が手を引っこめるより速く、スライムは固まって氷となり、地面から足と腕を完全に固定した! さらに、ビキビキと音を立てて氷が足を登ってくる!
「ヤ、ヤバい! サテライト・メビウス!! 」
 展開されたドローンが、ホバリングしながら氷へと射撃を開始する。その音に気づいて、先を歩いていた武情がようやく振り返った。
「龍一、どうした!?」
「罠だ! アーク・ロイヤルの罠にハマっちまった! くそぉ!」
 この時、2人は氷の罠に気を取られて気づかなかった。吸血鬼が1人、彼らの頭上から降りてきているのを。
「アーク・ロイヤル!」
 龍一は完全に不覚をとった。頭上から放たれる冷気に、瞬く間に凍らされてしまった。
「う、うぉぉぉおおおお……!!」
 咄嗟に武情は龍一を担いで大きくバックステップを取ると、一瞬遅れて、前方の地面が爆裂する。
「クール・ブラスト! 氷を溶かせ!」
 武情の腕を炎がうずまき始める。
「させない!」
 しかし、爆裂した前方から投げ込まれたつららが、武情の腹部に突き刺さった。
「ぐおっ!」
 武情はよろめきながら、炎の壁を前方へと展開して次々投げ込まれるつららを溶かしていく。
「くそ、龍一を溶かしている暇がない!」
 焦燥に叫んだその瞬間、炎の壁をくぐり抜けて1人の女と目が合った。
 テラスだ。氷を操る吸血鬼は、冷気を身にまとって、熱を相殺しながら炎の壁を突破してきた。
 龍一を担いでまたも後退する。そして、目と目が合った。
 始まった戦いはもう止まらない。このままでは2人揃って氷漬けだ。悟った武情は、再び全身してくるテラスを確認し、凍った龍一を投げ捨て、雄叫びをあげながら腕に炎をうずまかせた。
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