吸血鬼のいる街

北岡元

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6分の1のサバイブ

松山玲奈のヴァージニア

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 シャッター街へと向かう道中、コペルは今の状況について考えていた。
 自分が吸血鬼かもしれないということ。吸血鬼の目的は未だ不透明であること。そして、新しい能力のこと。
「新しい能力って、どんな能力なの?」
 興味本意で星子は聞いてみた。コペルは少し難しい顔をした。
「まだ、分からないことだらけだ。人の心の中の世界に潜り込む事が出来るのがこの能力、だと思う。だけど、まだほとんど分からない」
「そう……」
 空を見つめる。昼過ぎですごく晴れているけれど、もう全く暑くない。もうすぐ年末がやってくる。また忙しい毎日を振り返りながら、吸血鬼退治部の皆も、これからの自分と向き合わなければならない。
「ねえ、コペルって何か夢あるの?」
「夢って?」
「何か、将来なりたい職業とか」
 星子は髪をなびかせる風に吹かれて、ふとそんな事を疑問に思った。
「夢か……。俺にはまだ無い。なりたいものも、やりたいことも無い。星子は?」
「私は、弁護士になりたい」
 そう聞いて、コペルは思わずうっ、と口を塞いだ。星子は過去に虐待を受けていた。嫌な話題だと分からずに、思わず話題を広げてしまった。
 と思ったのだが、星子はとても明るいまま、ニコニコ顔で続けた。
「すごいうっぷんの溜まる仕事らしいからさ、そういうのいつまでも無縁な私にぴったりかな、って」
「そっか……星子らしい選び方だと思うよ」
 コペルはふふ、と笑って星子にそう言った。そっか、そんな考え方もあるよな。やっぱり星子はすごい。とても暗い過去があるのは知ってる。それなのに、過去の事を引きずってたりなんかしない。誰にも出来ることなんかじゃない。暗い過去を引きずってるままの人なんか、大通りですれ違う人間なら100人はいると思う。それを盾にするのではなく、糧にして生きていける人間もいる。
「俺さ……、大学行きたいって、最近思う」
「へえ……。それはなんで?」
「ゼッターと話して、そう思うようになったんだ。もっと色んなことを学んだり経験したりして、命の事とか、自分の可能性とか、まだ知らないまま生きてる人に知ってもらいたい」
 星子は考えた。確かに、自分に自信あるって人は結構少ない。星子自身も、胸を張って言えない。コペルが本当にそんなことを出来るようになれば、とても心強いし、すごい人だと思う。
「いいと思う。見つかるといいね、そんな仕事……」
「うん」
 たらたらと歩いていると、シャッター街へ続く一本道まで来た。なんだか、変わったなあ、コペル。星子はそう思った。よく言い表せないけど、すごい良い人になった。ただのクラスの端のやつって感じでは無くなった気がする。それは特別な力とか、友だちとしての贔屓目とかではなくって、人として頼もしい感じがする。
 コペルもコペルで、星子の何かが変わっていることに気がついた。なんだか、前よりも悪どさがないというか。言葉に塗られてた毒がなくなってて、以前よりも自分らしくって事の意味を理解しているような気がする。
 お互いに変わってきている。色んなことを経験して、「良い人」になってきている。
 大事な事だと、2人は思う。もうすぐ、大人になる。そこでさらに色んなことを経験して、変な人間になっていくんなら、今のうちにどんな人が「良い人」なのかを、正しく知っていたい。
 例えば若いのに稼いでるモデルさんとか、ギラギラの装飾や金髪でヤクザにしか見えないのに年収が億を超えてる起業家の人とかみたいに、自分にはああなれなかったからって理由で、道行く大人から嫉妬されたり毛嫌いされたり、白い目で見られて陰口叩かれるくらい、正しい意味での「良い人」でありたい。
 高校生は皆そう思ってるわけではないけれど。今までの自分たちみたいに、ショボい事を大っぴらにやってワルぶってるやつとか、頭良さそうな皮肉ばっか言って世の中甘くないよとか言ってるやつなんかよりも。
 1番高い所を目指していたい。きっと挫折した人も、たくさんいる道だけど。
 未来の自分に、託したいことが今、2人には見え始めていた。
 シャッター街は傾き始めた陽を受けて、茜色に染っている。シャッターや金属が光を反射して、夕暮れ時の落ち着いた雰囲気を醸し出す。コペルと星子は、カルマを探して焦げ付いたタイルの上を歩いた。
「カルマー! どこにいるんだー!」
 周りをキョロキョロと見渡すが、カルマの姿は無い。建物のどれかへと隠れているようだ。
「さっさと見つけだしましょ、コペル」
 走って建物を覗く星子を見て、コペルは何となく不安になった。
 リズにゼッター。カルマの家族であった2人を、コペルは倒したり、死を止められずにいた。2人は死を意にも介さないようだったけど、カルマに何と言えばいいのか、分からなかった。
 ふと、前を見ると、星子の背後に見知らぬ人影があった。自分の身体よりも大きな右腕で、星子を押し潰そうと腕をかざした。
「な、なに!?」
 急な戦闘にコペルは驚愕しながらも、
「ゴールデン・ブラッド!」
 能力を瞬時に起動する。黄金色に輝く身体。
 コペルの能力、「ゴールデン・ブラッド」は血液中に、黄金に輝くエネルギー「スーパーアドレナリン」を分泌する。身体能力や生命力が飛躍的に向上し、身体中が黄金に輝く。
 大きく跳躍し、星子の背後の人影に近づいて蹴りを叩き込む。ガクン、と衝撃を受けた人影は真横の建物へと吹き飛んだ。
「星子、敵だ!」
「来たわね! スター!!」
 星子が叫ぶと、目の前に1本の槍が召喚される。そして何も考えずにその槍を掴んだ。
「うわぁぁ! 待ってくれ星子!」
 コペルはびっくりして後ろに飛び退いた。
 星子の能力、「スター」は槍を召喚する能力なのだが、槍を握ると星子の性格が凶暴化するという欠点がある。しかし。
「コペル、大丈夫よ、ちゃんと私のまま」
「えっ……、ほ、ほんとだ」
 以前、彼方と共にテラスに挑んだ時に心境の変化があり、星子の凶暴化は発動しなくなった。ステップアップした新しいスターである。
「す、すごいぞ星子! 克服したんだな」
「まあね。チャチャッとやっつけて、カルまに出てきてもらいましょ」
 2人は、敵が吹き飛んだ家屋を見つめる。やがて瓦礫を振り払って、1人の女性が現れた。
「こいつが敵か! 黄金武そ……」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
 星子が目を丸くして、現れた女性を見つめる。ショートボブの高校生くらいの出で立ち、吊り目に見覚えのある白黒のワンピース。
「れ、玲奈!!」
 間違いない。この人は玲奈だ。そう思った。
「え、星子の知り合い?」
「知り合いって、私の後ろの席の子よ。あんた1年の時クラス同じだったでしょ」
 コペルも女性の顔を凝視する。確かに、見た事ある風な見た目だ。少し、頭の中で名前を探して、すぐにたどり着く。
「ま、松山さんだ……」
 なぜ彼女がここにいるのかは分からない。だが、目を見れば分かる。明らかに敵としてここに立っている!
「斑木ちゃん……。死んで」
 玲奈の右腕が邪悪なエネルギーに包まれていく。出来上がったのは、やたらでかい右腕だった。指が12本も生えていて、掌には目がついている。
「な、なんじゃこりゃ……」
「コペル、避けるのよ!」
 そのまま腕を振り抜き、重い一撃を惜しげも無く2人に浴びせる。コペルは右に、星子は左に跳んで回避する。
「こ、これは……」
「なんで玲奈が能力を……」
 驚きを隠せない2人。玲奈はなぜ能力を入手したのか。今まで能力を持っているような素振りは無かった。龍一や星子の目にも、見分けることは出来ていなかった。
 コペルはすぐにネックレスを握りしめ、目を瞑る。
 考えはこうだ。恐らく何らかの力で操られている彼女を救うために、新しい能力によって心の中へと侵入し、説得する。それさえ出来れば、戦わなくても、きっと何とかなる。
 瞼をギュッと閉める。暗い視界の中心に何かが見える。ホワイトアウトするまで待つ。何かを感じるような気がする。いや、分からない。上手くいってる。きっと上手くいってる。いいぞ、来い、来い、来い!
「ぐわあっ!」
 目を瞑って無防備なコペルは、思い切り殴られて、吹き飛んで行った。
「ちょ、何してんのよー!」
 掌の目が星子を見据える。そのまま思い切り殴りにかかる!
「や、やばっ!」
 瞬時に槍を地面に刺し、グリップを脚で蹴って空を舞う。拳を避けながらバックフリップして、拳の上へと着地した。
 瞬間、目と目が合う。星子の目と、本当の玲奈の目。何を考えているの。一体どうしてあんたが襲ってくるの。
 しかし、問うことは出来なかった。思い切り腕を振るって星子を落とすと、勢いのまま星子へと一撃をお見舞いする。
 星子は手を出せずにいた。槍を突き立ててはいけない。もし玲奈が怪我してはいけないからだ。何も策が思い浮かばない。そのまま拳に弾き飛ばされ、タイルの上を転がった。
「玲奈……。なんでよ……」
「斑木ちゃん、あなたには分からない。なぜ私があなたを憎んでいるのか……」
「に、憎む……?」
 玲奈は間髪入れず追撃を仕掛ける。自身よりも大きな腕の上に飛び乗ると、12本の指でカサカサと地面を走り、吹き飛んで行った星子のところまでやってくる!
「うわあ! 何なのよこの能力!?」
「星子、大丈夫か!?」
 コペルが駆け寄る。得体の知れない敵に、得体の知れない能力。コペルはしっかりと、目を見る事だけを意識する。
「どうすんのよ、コペル!」
「心を……、彼女の心を読むんだ!」
 右腕が飛び上がる! そして腕を振りかぶったその時、コペルと玲奈の目が合った!
 途端、コペルの視界がホワイトアウトする。そして、そこに現れた世界に足を踏み入れる。
 真っ白な部屋に、飾られた数々の絵。棚に置かれた様々なCD。そんな小さな世界にコペルはいた。
「ここが……」
 瞬間、身体が吹き飛び現実へと引き戻される。目を開けば、拳はすぐそこまで来ていた!
「うおぉぉお!!」
 慌てて両腕で受け止める。それでも勢いは殺せずに、またしても吹き飛ばされた。
「コペル!」
 コペルが一瞬受け止めてくれたおかげで間一髪回避した星子は、再び玲奈と目を合わせた。初めて星子が、彼女に向けて言葉を発する。
「ねえ、憎いってどういうこと? 私、あんたになんかした?」
「…………」
「答えなさいよ! コペル傷つけたのは許さないわよ!」
 大声を上げて玲奈へと問う。大声にビクッと肩を揺らした玲奈だったが、すぐにギロリと星子を見つめる。
「ずっと思ってた……。あなたは友だちも多いし、誰からも慕われてる……。なのに、私ちあいな人には友だちにはなってくれない。私が好きだった人とも付き合って、すぐ別れて……。あなたなんか、この世にもう要らない」
「は、はあ?」
 疑問はまだ埋まらないまま、星子へとまた一撃を振りかざす。
 もう何も考えずに飛び退いて、コペルの元へと向かう。
「コペル、大丈夫?」
「う、うん……大丈夫だ」
 立ち上がって、2人で玲奈の方を向く。おぞましいエネルギーを感じる。
「もう少し頑張れば、心が見えると思うんだ……。もう少しで」
 あくまで戦闘態勢は取らないコペル。そんなコペルに対して、星子の怒りのボルテージはどんどん上がっていく。
「もういいわよ、コペル」
「え?」
 星子はただ怒りのみを抱えて、玲奈を睨みつける。
「頭にきたわ。あいつ、昔からあんなんだったのよ。目立たない立場でこっちのことジロジロ見てさ、何かあったら裏切る気マンマンの女よ」
「おい、そう言うなよ……」
「いいや! この私がじきじきにやっつけてやるわ。あいつの膨らみ飛ばした被害妄想とか全部正す」
「な、なんか怖いぞ、星子……」
 星子はスターを握りしめて、玲奈の方へとズカズカと歩いていく。
「玲奈……。あんたの事はまあ助けてやらんでも無いけど。コペル痛めつけた罪は晴らさせて貰うわよ」
「なんか理由あるんだろ、松山さん……。平和に行こうよ、平和に……」
 玲奈は再び腕に身を隠し、12本の指で歩み寄って来る。
「だ、ダメだ、応答しなくなった」
「任せなさい、コペル。かかってこい、玲奈! ぶっ倒してやるわ!」
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