吸血鬼のいる街

北岡元

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6分の1のサバイブ

白金龍一のサバイブ

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「もっと深く潜るんだ! サテライト・メビウス!」
 龍一はありったけのパワーをドローンに送り込み、水底へと潜っていく。考え無しにやる事ではない。龍一には策があった。テラスがこの池へと誘い込んだ理由は、池の水ごと龍一を凍らせてしまおうという半ば強引な、しかし確かにヤバそうな作戦を実行する為だろうと推測する。それに対抗して、メビウス・インパクト・ファイブを撃ち込んでカウンター勝ちに持ち込もうというのが龍一の作戦だ。
「成功したとしても、勝つことは難しい……、だが、もうそろそろ携帯のチャットを見たコペルたちが到着する頃だ」
 そうなれば龍一のすることはただ1つ、ひたすらに耐久し続けることであった。
 その事を見抜いていないテラスは、龍一が落ちた辺りに氷を張り、降り立って池一面を氷漬けにする準備を終わらせていた。
 テラスは深呼吸して、何となく今までの事を思い出す。なんだか長い戦いだったような気がする。しかしこれで終わる。後はこの物語のキャラクターとしての使命、つまりは楽園の完成を済ませて最後の1ページとするのみだ。
 そう思うと彼女の腕に一層力が入った。そしてターゲットをロックオンし、力強く腕を振るう
「アーク・ロイヤル! この池を凍結させろ!」
 爆発的に放たれた冷気が池へと浸透し、ビキビキと凄まじい音を立てて水が凍っていく。猛烈なスピードで池の水が氷へと変わっていくのを、テラスはただ見下すのみだった。
「うおおお! やってきたー!」
 水底に辿り着いた龍一は、思いのほか速い凍結のスピードに驚きながらも、5機のメビウスをスナイパー・ライフル型へと合体させる。もう何かを考える暇もない。咄嗟に銃口を差し向ける。
「サテライト・アイ! 機能しろ!」
 サテライト・アイ。片目を覆うように装着してあるこのデバイスは、メビウスのカメラレンズから覗く映像を見ることが出来る。様々な映像を見ることが出来るのだが、龍一は透視のように使うことの出来る、サーモグラフィーの映像で覗き込む。水面は一帯が青だが、温度を持った点があるのが分かる。これがテラスであると龍一は踏み、銃口がテラスへと向けられる。
 氷は侵食を続け、あっという間に龍一の自由を奪う。テラスが動かないでいるうちに一撃を叩き込まなければならない。
「ロックオン! 放て、メビウス・インパクト・ファイブ!!」
 放たれた光線は一直線に氷を貫き、何も知らないテラスへと直撃、鮮やかなカウンターが炸裂した……!
「と、そう思ったかしら……」
「!!」
 龍一は唖然とした。放たれた渾身の太陽光線の一撃は、特殊な構造をしたテラスの氷の屈折によりバラバラに反射していき、温度である程度の氷を溶かすことはできたものの、水面へと達することなく消滅した……。
「…………」
 全てを上回るテラスの策。龍一は言葉が出なかった。
「逆カウンター、ね……。これで、終わり……」
 テラスは再び圧倒的な冷気を身に纏い、更に氷を生成していく。あまりにもあり過ぎる差。龍一はもはや何もすることは出来なかった。
「うおぉぉおお!!」
 慌ててインパクト・ファイブを乱射する龍一。しかし、屈折現象を前に光の攻撃は通用しない。たちまち分散していき、どれもたどり着くことは無かった。
 

 これで、終わりだ。


 コペル達に残りの戦いを託し、潰れていく身体を動かす事も叶わず、息をすることすら出来ずに、誰にも見守られることなくその生涯を、閉じたのだった。
 
 呆気ない最後を見届けたテラスは、踵を返して歩き出す。残りの者たちはまた後日に始末するだろう。この傷を癒し、楽園の夢へとただ、歩き出したのだった。



「なんてストーリーはごめんだぜ、テラス……!!」



 一閃の衝撃。気づいた時にはもう、テラスの右腕は光弾に吹き飛ばされていた。焼ける痛みが身体に走る。朦朧となった意識に抗えずに、冷気は消え、凍った池の水が元に戻っていく。
 テラスは仰向けに倒れ、足場を失って池の中へと沈んでいく。その時、上空に1機のドローンを目撃した。何かアクションを取らなければともがいたが、完全にダウンしたために身体が言うことを聞かない。
 入れ替わるように龍一は水上へと飛び上がり、6機目のドローンにしがみついた。
「これが夢の跡……、サテライト・オリオンの最後の1機……」
 龍一はもううっすらとしか覚えていない夢を思い出す。ハッキリと覚えていたことは、机の引き出しに閉まった夢の続きだ。何かとても重要なこと。それを今、胸を張って誇れる日本人であること。そんなことを龍一は考えた。道半ばに力尽きようとした時、きっとまたこの夢を思い出すだろう。その時もう一度、自分に問うべきだ。夢の続きは見れたか、と。



 テラスはゆっくりと意識を取り戻しながら、水中を漂っていた。自分の思うことは、勝ち負けの話ではなくて、マリアがいた頃だった。
 時々あの女性のことを思い出す。それは、実に奇妙な人生を歩んできたテラスにとって、本当に印象的な出会いであったからだ。


 ある時、物置小屋でテラスは急にうまれた。何故急にうまれたと表現するのかというと、このテラスが物語のいちキャラクターでしかなく、歩む道や記憶の内容は全て用意されたデータでしかないからだ。
 物置小屋を出ると、とても眩しい太陽に身体を焼かれた。灰になった左腕が、キャラクターを理解させた。
 足元を見れば黒いマントがあった。それを被ると、太陽のもとにいても行動が出来た。
 しばらく歩いていると、彼女は1冊の本を見つけた。
 テラスは本の内容をあらかた理解していて、中身を確認しようと1人の少女から奪い取った。
 カルマ。テラス。マクスウェル。そしてマリア。彼らは人類に迫害されながらも、吸血鬼として生きていく。その本の名を『楽園』という。
 テラスは考えた。死に行くのみのキャラクターでしかない自分のことを。少し考えて、少女からこの本を盗んで走り去った。
 物置小屋には何人かの仲間がいた。彼らは知らない。我々がこの『楽園』のいちキャラクターでしかなく、ただ破滅の道を行くのみの人生にあることを。
 小屋を出ると、そこに居たのは1人の女性だった。彼女は名前がなく、この本の登場人物でもない。黒いマントを被った吸血鬼なのにだ。
 テラスは何となく、彼女にこの本を渡した。女性は内容を読み、あることを発見した。
「この本の結末は、まだ書かれてないわ」
 テラスはその言葉に答えた。
「どんな結末になると思う?」
 女性は笑って答えた。
「決まってる。皆で楽園に行く」
 それ以来長い間、走ってきた。楽園の夢を果たすためだった。全ては幸福な人生をくれなかったこの本の作者のせいだと決めつけて、ただのキャラクターが幸福を掴むためだった。
 テラスはフロートという男に出会った。人間の血を頂かないという条件で、仲間の吸血鬼を殺さないという約束を交わした。だが、フロートは裏切った。だから殺した。
 白金龍一。夢野健志郎。あの2人も、我々の夢を邪魔したから、始末した。


 気づけば水面にいた。テラスは精一杯を振り絞って、氷の足場を作り上げた。
 足場に登ると目の前に、3人の人影があった。
 白金龍也。斑木コペル。斑木星子。その顔を見て彼女は遂に、物語の終わりを悟った。
 結局、楽園は叶わなかった。ここで始末されて、物語は終わる。テラスは痛みと絶望に崩れ落ちた。その時だった。
 目の前が突然ホワイトアウトして、テラスはある場所へとワープした。
 ここは花畑だ。そうテラスが思うと、目の前には斑木コペルがいた。
 瞳と瞳が合う。発言はコペルからだった。
「戦う気は無い。それと、ここがどこなのかはまだ分からない」
 テラスは瞳を見つめる。コペルの言葉の続きを待つ。
「楽園のことや、この能力……。俺たちも分からないことだらけだ。だから、襲い来るお前たちと戦ってきた」
 コペルは花畑にしゃがみこんで、蝶々を目で追う。
「今日はもう帰る。お前と戦う気は無い」
 テラスはコペルの背中をただ見つめるのみだった。
「じゃあな」



 気づけばテラスは元の場所にいた。そして、見つめる先にはもう、彼らの姿はなかった。
 よろよろと立ち上がり、テラスは歩き出す。今日もまた、楽園への手がかりなし。
 今日もまた、進捗なし。
 ただ、孤独に暗闇を行く戦士として、1ページを刻むのみ。


「いててて…………」
 一方の龍一といえば、星子とコペルに肩を担がれていた。
「すごいじゃない、テラス相手にあそこまで善戦するなんて」
 星子は労いの言葉をかけながらノシノシと歩く。龍一はニヤリと口角を上げて応じた。
 いい所までいきはしたが、氷に潰されて、骨が折れてしまって歩けない。何となく敗北に近いが、まあ生きてるだけマシかと龍一は思った。
 ふと、コペルと目が合う。
「なあ、コペル」
「なんだ?」
「夢って、追った方がいいのかな……」
 龍一の言葉に、コペルは。
「胸張ってられる生き方を探したい。今はそう、思うよ……」
 そう答えた。ゼッターの分まで。本当にそう思う。
「彼方の家に着いたら、皆で作戦会議ね。かなりいい感じの進捗があるんでしょ、コペル?」
「ああ……。これからもよろしくな、龍一、星子」
「なんだよ、改まって。当たり前だろ、コペル」
「もちろんイエスよ、なんだって来なさいって感じだわ」
 日曜日の昼下がり。物語の1ページがまた、刻まれていく。
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