吸血鬼のいる街

北岡元

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6分の1のサバイブ

ダイブ・イン・ザ・ドリーム

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「絶対勝ったらァ!」
 龍一の放った5機のドローンはテラスをロックオンし、一斉射撃を開始する。
 テラスはまたしても氷の壁を張り、龍一に背を向けて走り出した。
 龍一はひびの入った氷壁を蹴り破るが、そこにはもうテラスの姿はない。少し先まで走って探索したが、テラスはどこにも見当たらない。
「くそっ、サテライト・メビウス! やつを探せ!」
 4機のドローンはそれぞれの方向へ飛んでいき、龍一は残りの1機と走り出す。ここで引いたら意味は無い。この戦いの先の答えを見つけださなければならない。
 一方テラスは 小柄な体躯を活かして塀と塀の隙間に身を潜め、龍一を迎え撃つ準備をしていた。冷静になるとまた痛み出す左腕を押さえる。よく自分の青い瞳を、冷徹な瞳と表現される。だがそんなものは全然違う。痛いものは痛い。感情もなく真に冷徹ならば200年前のあの時、フロートは殺さなかった。真に冷徹ならば、マクスウェルの夢など追ってはいなかった。
 1人ため息を吐く。いつまで経っても終わらない物語。その最後の1ページはどこにあるのか。
 鍵は斑木コペルだ。彼を使えば、もしかするとこの物語は終わるのかもしれない。そのためにも、目の前の者から1人ずつ……。他の始末は人間の能力者に任せるとしても、斑木コペルと白金龍一だけは、自分の手で始末してみせる。
 テラスはそう心に誓い、ヨタヨタと立ち上がる。アーク・ロイヤルの冷気が全身を覆い、冷却された衣類を硬質化させていく。これで少しくらい太陽弾を受けても、服が焼けて穴が空くことは無い。
 勝たなければならない。負けては幸福は無い。幸福へと歩んでいく権利がある。絶対に勝つ!
 足に力を込め、ぐっと地面を押し込んで駆け出す。龍一の気配はもうすぐそこにある。塀の隙間で鉢合わせて、アーク・ロイヤルの冷気で全身を氷漬けにしてやる!

「やっぱり、ここにいたか!」

 瞬間、重なる瞳。突然塀の影から飛び出してきたテラスを、龍一はしっかりとロックオンしていた。
 驚愕しながらも瞬時に目の前の現実を処理したテラスは、マントからつららを1本出してすかさず龍一へとぶん投げた。
 計11発を射撃した所でつららが龍一の腹部へと到達する。痛みで足をぐらつかせたが、すんでのところで踏みとどまって、めいいっぱい後ろに飛んでテラスと距離を取る。
 しかし、太陽弾もまたテラスの腹部1点を寸分違わず射抜き、マントを破くことは出来なかったもののテラスを後退させた。
 じりじりと距離を取りながらも、龍一はテラスの焦りを全く感じないその瞳の輝きに疑問を持った。まさか。咄嗟に龍一は上を向く。
 瞬間、頭上から降り注いだつららの雨が龍一を襲う! 
 さらに、テラスは両腕にアーク・ロイヤルの冷気を纏わせて龍一に迫る!
 またしても同じ状況。龍一は横にかわそうとしたが、身体に蓄積されたつららのダメージで思ったように身体が動かない。つららもテラスももうすぐそこまで迫っている。
 龍一はとにかく身体を横へ動かそうとするが、どうしても動かない。やはりダメージか。そう思って足元を見て、驚愕した。
 足が凍っている。地面にしっかりと固定されて、少しの力では動かせない。
「な、なにぃぃい!?」
 驚愕したのも束の間、反射的に前を向く。そして龍一はさらに驚愕する。龍一の目の前、30センチほどの超近距離にテラスの両の瞳が見えた。
「嘘だろ……」
 そして、ついにテラスの右腕が龍一の胸ぐらを掴んだ。
「アーク・ロイヤル……! トドメを……!」
 テラスの腕に力が加わり、掴まれた衣服がビキビキと音を立てて凍りついていく。つららはもうすぐそこまで落ちて来ている。確実なる勝利。そう実感した。その時だった。
 強烈なフラッシュがテラスを襲う。一瞬遅れて、凄まじい圧がテラスを吹き飛ばした。
 何も分からずに地面を転がっていく。有り得ない。この男、さっきから自分の隠れている場所を見抜き、能力対決でも毎回1枚上手をいく。何故……。
 すぐに立ち上がり、体勢を立て直すが視界がおかしい。気がつくと、右眼がボロボロに崩れていた。
 残った左眼で龍一を睨む。そしてまた、龍一も立ったままテラスを見据えていた。
「くっ……」
 テラスは唇を噛む。龍一が放ったのは先ほどの、スナイパー・ライフルによるエネルギー砲だった。またやられた。
 一瞬考えた後、テラスは氷壁を張り、またしても後方へと走り出した。あの場所なら。あの場所ならこの男を倒せる。テラスはそう思った。
「また逃げ出したか……」
 ライフルを分解し、龍一も後を追う。自分もかなりダメージを負っているが、戦況で言えばこちらが押しているようにも感じる。ここで逃しはしない。
 テラスは別になんの考えもなくこの道端で勝負を仕掛けた訳ではなかった。ここから150メートル先、あの場所に辿り着けたら、勝てる。まずはこのT字路を右に……。
「……!?」
 曲がった先には既にドローンが先回りしていた。すぐに背後を振り返る。その先にもドローンが1機。左に曲がっていたとしても待ち伏せされていたことを知る。そして自分が今走ってきた1本道を振り返ると……
「逃がさねえぞ、テラスーーーっ!!」
 全速力で追跡する龍一の姿が。しかし瞬時に判断したテラスは、太陽弾を発射される前に目の前のドローンを氷漬けにし、逃走を続けていく。
「くそっ、そんなあっさりは行かないか」
 龍一もまた猛ダッシュで右に曲がり、
「うぉぉぉぉお!!」
 驚愕して絶叫する。1台の車が凍りついた地面を滑りながら龍一の方へと迫ってくる!
「まじかよーーっ!?」
 慌てて頭上を飛んでいるドローンにしがみつき、テイクオフ。そして精いっぱい股を開く。氷に足を取られた車は龍一の股間をがっちりかすめた後、アーク・ロイヤルの凍結能力が及んでいないT字路の真ん中で停止した。
 ひとまずの危機は免れたが……、股間に与えられた強烈な摩擦熱のおかげでかなり深刻な表情である。
「い……痛てぇよお……」
 今、龍一の股間には常人には計り知れないほど衝撃的な痛みが迸っているのだが、こんな痛みに屈している場合では無いと自分自身を鼓舞し、前を向く。そこにあったものは。
「い、池……」
 T字路先は行き止まり。そして行き止まりのフェンスの先には、池が広がっていた。
 それを認識したと同時に、ドローンを掴んでいた右手に鋭い痛みが走る。つららのダーツがまたしても龍一を射止めたのだ。しかも、完全に不意を付かれ、思わず右手を離してしまった。
「あ……」
 池へと飛び込んで行く龍一が目撃したのは、フェンスの上に直立しているテラスの姿だった。それだけを認識して、池の中へと落ちていった。
 水草の緑に汚れた水面にざぶんと頭から突っ込んだ。
 龍一は思った。アーク・ロイヤルの能力で池ごと氷漬けにしてしまう……というのは可能なのだろうか。もし可能ならば敗北……、いや、死んでしまうレベルの窮地である。
 焦りは無かった。こういう、絶対の窮地に陥った時こそ龍一は、頑張った、もう未練はない、という諦めの考えを持つ癖があった。そう思うと、ゆっくりと水中を沈んでいく自分の身体のように、思考もおっとりと、冷静になることが出来た。
 ふと思い出す。自分の夢って、何だろう。
 何故か最後にそれだけ思って、龍一は自然と目を瞑った。ああ、殺されるんだな、俺。真っ暗な世界に思うことなど、無かった。

 そのはずだった。

 不意にチカチカと、白い光を瞼の裏に見た。その先にある世界は、自分の見知った場所へと繋がっていた。
 7畳の部屋に、ぎっしりと並ぶ本棚。もう何冊あるのか数えることも出来ない、龍一を魅了してきた本の数々。気がつけば、龍一はその場所に立っていた。
「ここは……。俺の部屋だ」
 何故ここにいるのか。その答えは分からない。
 少々考える。池に落ちて、目を瞑ったら現れた、この世界。龍一は、何となくこういうシチュエーションを知っているような気がした。つまりは、死後の世界、というやつなのだろうか。実体の無い魂となって、最後にこの場所にやってきたのだろうか。さらに龍一は考える。
 もしそうだとすれば。何故だろう。何故、最後にこの場所を選んだのだろう。
 何の変哲もないこの部屋。何が悲しくて、この部屋を選ぶのか。
 例えば、好きな子のいる場所とか、仲間たちのいる彼方の家とか……。向かいたい場所は思いつくのに、龍一はこの場所にいる。
 辺りを見渡しても、何となくぼやけた思考では何も分からない。
 あー、もういいや。分からないものは、分からないのだ。投げやりに頭をかいて、座り込んだ。その時だった。
「これは……」
 頭上に何かがあった。龍一は気づいて、天井を向く。そこにあったのは1機のドローン。サテライト・メビウスが、龍一の頭上をホバリングしていた。
 なんだか、この空間に今、いることに何かとても重大な意味があるのではないかと思い始めた。こんな体験はしたことが無い。そして、またしても考え込む。この場所が選ばれた、その意味を。


 自分の夢って、なんだろう。


 ふと、思い出す。さっきも、同じことを考えたような気がした。そして、龍一の中で1つの答えが見つかった。立ち上がり、どの本棚でもなく、机の引き出しの中にしまい込んでいた1冊の本を、手に取った。
「これだ……、Dream……」
 Dream。龍一が初めて読んだ小説の名前だ。この小説に感銘を受けて、彼は中学を卒業するまでずっと読書に耽っていた。
 色褪せてボロボロになった表紙になんとなく懐かしさを感じて、ページを開こうとした。
 そして彼は知ることになる。ここは夢の中。1ページめくれば、次の展開が訪れる物語の中だということを。
 龍一がページを開いたその時、挟まれた1枚の紙がはらりと地面に落ちた。その瞬間、龍一の意識とは無関係にサテライト・メビウスが動き出し、搭載されたカメラレンズから、壁に向かって眩い光を放った。驚いて、光の先へと目線をやる。
 プロジェクターのように、映し出された光は映像となる。
 映し出されたのは男性の姿だった。どことなく風貌が龍一と似ていて、年齢は40ほどのようだ。思わず、龍一は声をかけた。
「あ、あんた誰だ……」
 そう口走って、これは映像じゃないかと再認識した。しかし、思いがけないことに、映像の中の人物は返答した。その現象と返ってきた答えに、龍一はダブルで衝撃を受けた。


「俺は白金龍也。そしてこのドローンはサテライト・オリオン、俺の能力だ」
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