11 / 31
楽園
銀の弾丸とシルバー・ラーク(中編)
しおりを挟む
誰よりも先に目的地に到着していた龍一と武情は、ウェストの能力者の青年から取り上げた3枚のプリントを見ようとしたバッグを開けた時、携帯の着信に初めて気がついた。
「彼方から電話か……」
龍一は携帯を取り出して、電話に出た。
「もしもし」
「龍一、武情は! 武情はいるか!?」
龍一は武情の方を見る。武情は自分の携帯を見て、自分に彼方からの不在着信が来ていることに気づいた。
「俺に用らしい」
「ああ……、彼方、武情に変わるぞ」
龍一は武情に携帯を投げ渡した。
「もしもし……」
「武情、俺たちの所まで来てくれ、早く!」
武情は、彼方がひどく疲弊していることに気がついた。息が切れているし、かなり焦っている。
「どこにいる?」
「西側の岩場を抜けたとこにある山だ! 目的地からはすぐのところだ!」
武情は理解した。敵に遭遇したのだ。
「分かった……とりあえず龍一を向かわせる」
「待て、武情! お前が来い!」
「……?」
武情は龍一の方を見つめる。龍一は、なんて言ってんだ? と聞いてきた。
「俺に応援して欲しいらしい」
そう答えると、龍一はあらかた理解したようで、
「分かった、言ってきてくれ。俺はその間にこのプリントを解読するよ」
と言った。武情はそう聞くと、
「分かった。俺が向かう。10分ほど持ちこたえてくれ」
と返す。すると、
「分かった。もう切るぜ、武情!」
と言って通話は途絶えた。すぐに武情はタクシーを止め、現場に向かう準備を整える。
「じゃあな、龍一」
「ああ。死ぬなよ、武情」
そう交して、武情はタクシーに乗り込んだ。
所変わって、星子と彼方。彼らは吸血鬼の冷凍攻撃をかわしながら、南に下っていく形で逃げていた。
「どうする、彼方!? このまま逃げてても仕方ないわ!」
必死に木々や雑草をかき分けて、星子は彼方に言った。
「ああ、どうする……これからどうする……」
自然豊かなエリアに誘えたのはいい。さらに、味方勢力は最強の戦闘能力を持った星子である。しかし、敵は。全てのものを氷結させながら追ってくるのだ。そこまで考えた彼方は星子を脇に抱えて、樹木目掛けて大きく跳躍する。吸血鬼は目で追っていたが、無駄な抵抗の範疇と見なしアクションを取ることは無かった。
吸血鬼は、彼方たちのいる樹木の前で足を止める。初めての拮抗。星子はスターを構える。
「よくやったわ、彼方……。これで攻撃を仕掛けられる」
「ああ……、お前は上から、俺は生命をたどってアイツの懐へ潜り込む」
そう言って彼方は、自身の腕からさらに、もう1本の腕を出現させる。透けて見えるエメラルド・グリーンの腕。この腕で掴んだ生命の中に入り込むことが出来る。準備が整った彼方を見た星子は、樹木を強く蹴り飛ばして吸血鬼目掛けて突撃する!
「ぶっ倒す! スター・ストーム!」
右腕に構えた全長1.5メートルの大きな槍は、猛烈なスピードで撃ち出さる。そして、
「うっ…………」
星子はあっという間に腕を凍らされ、そのまま凍りついた地面へと激突した。
「な、何故……」
星子は地面から吸血鬼を見つめた。青く光る冷徹な瞳が見下ろしている。信じられない。星子はそうとしか考えられなかった。
スターの一撃目を見切ってかわした吸血鬼は、そのまま2撃目をぶち込む瞬間に槍へ触り、一瞬で星子の右腕を凍りつかせてしまった。
見つめ合う2人。あまりにも隙が無かった。星子は、腕の痛みがなくなっていくのを感じた。そのまま遠のいていく意識に任せるしか無かった。
吸血鬼は足元の雑草に手をやる。指先からの冷気で一瞬でのうちに凍結させ、そのままバリッ、とむしり取った。
「ぐおおおっ……!」
すると、彼方が生命を失くした草から飛び出した。なぜ分かったのかは、すぐに理解出来た。吸血鬼には、スピリットの腕が足元の雑草へと伸びた一瞬が見えていたので、身を隠した雑草以外を凍らせたのだった。
しかし、驚愕している暇などない。星子が倒れた今、自分がやるしかない。彼方は羽虫へと手を伸ばす。もっとも、無意味な行為ではあるのだが。
吸血鬼はすぐに右脚を掴み、凍結させ砕き割った。彼方は深すぎる絶望を実感した。恐ろしく強力な吸血鬼。まざまざと見せつけられる戦闘経験と直感の差。勝てる気がしなかった。彼方はそれだけを理解した。
吸血鬼は彼方が地面に転がるのを見届けた後、ついに口を開く。
「私はテラス……。能力はアーク・ロイヤル、氷を司る力……」
テラス。そう名乗った吸血鬼は、踵を返し、2人に背を向けて歩き始めた。
「私の目的は斑木コペルの捕縛……、そしてマクスウェルの望みを叶えること。しばらくそこで寝ていなさい……」
星子はもちろん、辛うじて意識がある彼方にももう反撃の気力が失せていた。直に武情が来る。だから逃げているに過ぎないのだ。我々は命が助かっただけ幸運なのだ。
細い呼吸音。木々のざわめきや溶けていく雑草たち。消えていく意識の中、彼方は絶望すらもまどろみに溶かされ、2人は敗北していったのだった。
一方、斑木コペルはこの世界のマックスを追いかけて、街のはずれの小屋まで来ていた。ここは1800年代のイギリス。吸血鬼、ゼッターの頼み事で、楽園を止める術を探しに精神をここまで飛ばされて来たのだが、やはりすぐ見つかるようなものでは無い。今は、とにかくマックスの動向を追うことしかできない。
マックスはというと、今日はカルマと2人でいた。昨晩カルマが狩ってきた野生動物がかなり余っているので今日狩ってきた分は日が暮れてから知り合いの同胞に差し入れに行こう、ということでここまで来ていたのだった。そして今、小屋にたどり着いたところである。
「元気にしてるかな、クリスタのお母さん」
カルマは呟いた。マックスは、ああ、と相づちをうってから、担いでいた野生動物の死骸をくるんだ布をどさりと地面に落として、扉をゴンゴンとノックする。しかし、返答が無い。
「おかしいな……まだ起きてないのか?」
カルマとマックスは顔を見合わせる。カルマは首をかしげて扉を引いてみる。すると、
「あ、開いてるぞ……」
マックスは勝手に扉を開けてしまったカルマを注意しようと思ったが、不意に小屋の中が見えてしまった。その光景にマックスは絶句した。
そこには灰が積もっていた。何の変哲もない小屋。争った形跡は無い。陽を通す窓は全て家具に隠されている。読みかけの本。灰を被った椅子。この閉ざされた部屋で、ただ灰だけが積もっていた。
「ば、馬鹿な……! そんな馬鹿な!」
2人は目の前の出来事を理解するよりも先に灰のもとに駆け寄った。
「こ……、こんなことが……」
マックスは灰の前に崩れ落ちた。カルマは呆然と立ち尽くした。何も言葉が出ない。
しかしその時間も束の間、2人はすぐに我に返る。扉をノックする音が小屋に響いたので、2人はそれを聞いて我に返ったのだった。
「どうする、マックス……」
「カルマ……構えるんだ」
マックスは怒りに支配されていた。扉の先にいる人物が犯人ならば、ここで同じ目にあわせてやると決意した。
扉が少しずつ解放されていく。それと同時に、マックスとカルマの怒りは臨界点をむかえていた。そして、扉の先に人影が見えた!
「……私です。カルマ、マクスウェル……」
「お、お前は……」
「テラスじゃないか……」
現れたのは女の吸血鬼、テラスであった。彼女は人類と徹底抗戦を宣言した吸血鬼であり、今も吸血鬼の居場所を求めて戦っている。
テラスは小屋の中に侵入するとすぐに灰の山を見つけ、歩み寄る。
「ここで同胞が襲撃されたと聞き、やってきた……。その灰がそうね……」
マックスは涙が込み上げてきて、椅子に寄りかかった。もう何度、死に直面してきただろう。怒り疲れた。そう思った。
テラスは少し考えて、
「あなたたちの家は大丈夫なの……?」
そう言った。マックスとカルマは、一瞬言葉を飲み込むのに時間を要した後、大きく動揺する。
「そうだ……、家には今、マリアと子供たちしかいないぞ、マックス!」
マックスはよろめきながら立ち上がった。頭が回らない。それでも、マリアたちを守らなければならないという強い意志の元、ゆっくりと歩き始めた。カルマはマックスの意志を心に受けて、マックスの後に続いた。
「待って……」
歩き始めた2人をテラスが止める。そして、2人に血液が入った瓶を渡した。
「本当に守りたいのなら、持って行って……」
テラスはそう言い残して、小屋を後にした。続いて、マックスとカルマは小屋を飛び出した。
一部始終を見届けたコペルも、後を追おうとしたが、その前に気になることがあった。灰の中に、キラキラと光るものがある。コペルは2人の動向を追う前に、それを調べることにした。
「これは……弾丸?」
コペルが見た限りではそう見えた。それも、銀の弾丸。見ただけでは、それが何を意味するのかが分からなかった。振り向くと、小屋から離れていく2人の背中。今、コペルは何も触ったり、動かしたりすることが出来ない。とりあえずの疑問は解明出来ないまま、2人の後を追跡し始めたのだった。
全力で小屋へ走っていく2人。しかし、あるものを目撃したマックスは足を止めた。公園。そのベンチにはウィリアムが座っている。
「カルマ……先に行っていてくれ」
「分かった」
走り去るカルマを視界の端に、マックスはウィリアムの元へと歩み寄る。
「ウィリアム……」
「マックス……」
ウィリアムの顔は青ざめていた。マックスを見て震えているように見えた。
「どうかしたのか、ウィリアム」
マックスは一緒に小屋に向かうように頼もうとしたのだが、ウィリアムのことが気になった。明らかにいつものウィリアムではない。
「マックス、ぼくは……」
ウィリアムはマックスを見つめる。青い瞳がゆらゆらと揺れている。
「ぼくは、君を信じたい……」
予期せぬ言葉にマックスは思考が追いつかなかった。何のことを言われているのか、さっぱり分からなかった。
ウィリアムは悲しんでいた。それはついさっきのことだった。ウィリアムが小屋の襲撃を拒否しようとした時だった。フロートと共にテラスが現れて、こう言った。
「マックスは……、人間を殺りくすることが目的……、楽園を作り出して……」
その鍵となるもの。それは人間の血液であることを、ウィリアムは知らされる。不完全な吸血鬼のDNAに、人間のDNAが加わることで強力な生物へと昇華することをウィリアムは教わった。そのために、ウィリアムに近づいているのだと。そのために、マリアを嫁がせたのだと。
ウィリアムは1人の人間の遺体の元へ案内された。そこに横たわっているのは、マリアの交際相手の男だった。ウィリアムは涙を流した。これをマックスがやったのだと理解したからだ。
「君は吸血鬼について何も知らない……。テラスはじきにこのフロートが処刑する。お前は小屋の住人だ」
そこからの記憶は曖昧だった。覚えているのは、銀の弾丸が吸血鬼に対抗できる手段だと理解したことだけだった。
目の前のマックスを見つめると、何が正しいのか分からなくなった。ウィリアムはやっとのことで声を発した。
「今は1人にしてくれ、マックス……」
マックスはそう言われると、頼み事をすることが出来なかった。何も言わずにただ、その場を立ち去った。これが、ウィリアムとマックスの、最後の会話となるのだが、そのことはコペルも、2人もまだ知らない事実である。
「アリスさん、吸血鬼に両親を殺されたんですよね」
「はい、あなたと同じ、です」
雪山のふもとの小屋。ロイとアリスの2人は、この小屋の吸血鬼たちをせん滅するように命令され、ここに来た。
「絶対に許せない。その思いだけでここにいます」
小屋の扉の前で立ち尽くす2人。この扉の先にいる者たちを銀の弾丸で撃ち抜き、去る。それだけの話である。そこには、吸血鬼に家族を殺された人類の怒りの全てが詰まっていた。
「ウィリアムさんは、上手くいったんでしょうか」
「ロイ、目の前のことに集中するべきです。彼は大丈夫でしょう、もう幾度となく吸血鬼を倒してきた猛者です」
ロイはうん、と頷く。この小屋には何人の吸血鬼がいるのか、この襲撃で何が変わるのか分からない。それでも、自分たちのできることをするだけなのだ。2人は大きく深呼吸をして、目の前の扉に指を置いた。顔を見合わせる。この使命感、この殺気。準備は整った、そう2人は確信する。
「行きますよ!」
扉が鈍い音を立てて開いた。マリアとクリスタだけがそのことに気づいた。弾丸は一直線にアルトを撃ち抜いた。リズは壁を蹴破って外へと逃げる。ロイはそれを見逃さなかった。
咄嗟にマヤが庇う。弾丸が身体を貫いて、マヤは灰になった。マリアはクリスタを窓から外に逃がした。轟く発砲音。振り返るとルーはもう灰になっていた。アリスは窓の外に目をやる。遠い場所に、十字架の形をした処刑台が見えた。それを目撃してから、アリスはロイと協力してマリアを拘束する。マリアは抵抗しなかった。ただ、涙が止まらなかった。
夜の色。カルマとマックスは闇に飲まれるように、立ち尽くす。生き残ったリズの泣き声も、涙の雫の温度も感じることが出来ない。処刑台を見つめる。真っ白なドレスが風に吹かれる。風になびいた布から、灰がふらふらと飛ばされていく。
カルマは崩れ落ちて、叫び声を上げるのみだった。それ以外に出来ることなど無かった。リズを抱いて2人で泣くことしか出来なかった。
マックスは歩き始める。公園へと、足を踏み出す。瓶の蓋を開けて、飲み干す。分かっていた。人間の血だ。投げ捨てた瓶が雪に刺さる。ウィリアムをこの手で。それが叶うのならそれでいい。
「マリア……私は楽園を作るぞ……」
降り積もった雪は溶けていくことはなく、この地にただ積もりゆくばかりだった。
「彼方から電話か……」
龍一は携帯を取り出して、電話に出た。
「もしもし」
「龍一、武情は! 武情はいるか!?」
龍一は武情の方を見る。武情は自分の携帯を見て、自分に彼方からの不在着信が来ていることに気づいた。
「俺に用らしい」
「ああ……、彼方、武情に変わるぞ」
龍一は武情に携帯を投げ渡した。
「もしもし……」
「武情、俺たちの所まで来てくれ、早く!」
武情は、彼方がひどく疲弊していることに気がついた。息が切れているし、かなり焦っている。
「どこにいる?」
「西側の岩場を抜けたとこにある山だ! 目的地からはすぐのところだ!」
武情は理解した。敵に遭遇したのだ。
「分かった……とりあえず龍一を向かわせる」
「待て、武情! お前が来い!」
「……?」
武情は龍一の方を見つめる。龍一は、なんて言ってんだ? と聞いてきた。
「俺に応援して欲しいらしい」
そう答えると、龍一はあらかた理解したようで、
「分かった、言ってきてくれ。俺はその間にこのプリントを解読するよ」
と言った。武情はそう聞くと、
「分かった。俺が向かう。10分ほど持ちこたえてくれ」
と返す。すると、
「分かった。もう切るぜ、武情!」
と言って通話は途絶えた。すぐに武情はタクシーを止め、現場に向かう準備を整える。
「じゃあな、龍一」
「ああ。死ぬなよ、武情」
そう交して、武情はタクシーに乗り込んだ。
所変わって、星子と彼方。彼らは吸血鬼の冷凍攻撃をかわしながら、南に下っていく形で逃げていた。
「どうする、彼方!? このまま逃げてても仕方ないわ!」
必死に木々や雑草をかき分けて、星子は彼方に言った。
「ああ、どうする……これからどうする……」
自然豊かなエリアに誘えたのはいい。さらに、味方勢力は最強の戦闘能力を持った星子である。しかし、敵は。全てのものを氷結させながら追ってくるのだ。そこまで考えた彼方は星子を脇に抱えて、樹木目掛けて大きく跳躍する。吸血鬼は目で追っていたが、無駄な抵抗の範疇と見なしアクションを取ることは無かった。
吸血鬼は、彼方たちのいる樹木の前で足を止める。初めての拮抗。星子はスターを構える。
「よくやったわ、彼方……。これで攻撃を仕掛けられる」
「ああ……、お前は上から、俺は生命をたどってアイツの懐へ潜り込む」
そう言って彼方は、自身の腕からさらに、もう1本の腕を出現させる。透けて見えるエメラルド・グリーンの腕。この腕で掴んだ生命の中に入り込むことが出来る。準備が整った彼方を見た星子は、樹木を強く蹴り飛ばして吸血鬼目掛けて突撃する!
「ぶっ倒す! スター・ストーム!」
右腕に構えた全長1.5メートルの大きな槍は、猛烈なスピードで撃ち出さる。そして、
「うっ…………」
星子はあっという間に腕を凍らされ、そのまま凍りついた地面へと激突した。
「な、何故……」
星子は地面から吸血鬼を見つめた。青く光る冷徹な瞳が見下ろしている。信じられない。星子はそうとしか考えられなかった。
スターの一撃目を見切ってかわした吸血鬼は、そのまま2撃目をぶち込む瞬間に槍へ触り、一瞬で星子の右腕を凍りつかせてしまった。
見つめ合う2人。あまりにも隙が無かった。星子は、腕の痛みがなくなっていくのを感じた。そのまま遠のいていく意識に任せるしか無かった。
吸血鬼は足元の雑草に手をやる。指先からの冷気で一瞬でのうちに凍結させ、そのままバリッ、とむしり取った。
「ぐおおおっ……!」
すると、彼方が生命を失くした草から飛び出した。なぜ分かったのかは、すぐに理解出来た。吸血鬼には、スピリットの腕が足元の雑草へと伸びた一瞬が見えていたので、身を隠した雑草以外を凍らせたのだった。
しかし、驚愕している暇などない。星子が倒れた今、自分がやるしかない。彼方は羽虫へと手を伸ばす。もっとも、無意味な行為ではあるのだが。
吸血鬼はすぐに右脚を掴み、凍結させ砕き割った。彼方は深すぎる絶望を実感した。恐ろしく強力な吸血鬼。まざまざと見せつけられる戦闘経験と直感の差。勝てる気がしなかった。彼方はそれだけを理解した。
吸血鬼は彼方が地面に転がるのを見届けた後、ついに口を開く。
「私はテラス……。能力はアーク・ロイヤル、氷を司る力……」
テラス。そう名乗った吸血鬼は、踵を返し、2人に背を向けて歩き始めた。
「私の目的は斑木コペルの捕縛……、そしてマクスウェルの望みを叶えること。しばらくそこで寝ていなさい……」
星子はもちろん、辛うじて意識がある彼方にももう反撃の気力が失せていた。直に武情が来る。だから逃げているに過ぎないのだ。我々は命が助かっただけ幸運なのだ。
細い呼吸音。木々のざわめきや溶けていく雑草たち。消えていく意識の中、彼方は絶望すらもまどろみに溶かされ、2人は敗北していったのだった。
一方、斑木コペルはこの世界のマックスを追いかけて、街のはずれの小屋まで来ていた。ここは1800年代のイギリス。吸血鬼、ゼッターの頼み事で、楽園を止める術を探しに精神をここまで飛ばされて来たのだが、やはりすぐ見つかるようなものでは無い。今は、とにかくマックスの動向を追うことしかできない。
マックスはというと、今日はカルマと2人でいた。昨晩カルマが狩ってきた野生動物がかなり余っているので今日狩ってきた分は日が暮れてから知り合いの同胞に差し入れに行こう、ということでここまで来ていたのだった。そして今、小屋にたどり着いたところである。
「元気にしてるかな、クリスタのお母さん」
カルマは呟いた。マックスは、ああ、と相づちをうってから、担いでいた野生動物の死骸をくるんだ布をどさりと地面に落として、扉をゴンゴンとノックする。しかし、返答が無い。
「おかしいな……まだ起きてないのか?」
カルマとマックスは顔を見合わせる。カルマは首をかしげて扉を引いてみる。すると、
「あ、開いてるぞ……」
マックスは勝手に扉を開けてしまったカルマを注意しようと思ったが、不意に小屋の中が見えてしまった。その光景にマックスは絶句した。
そこには灰が積もっていた。何の変哲もない小屋。争った形跡は無い。陽を通す窓は全て家具に隠されている。読みかけの本。灰を被った椅子。この閉ざされた部屋で、ただ灰だけが積もっていた。
「ば、馬鹿な……! そんな馬鹿な!」
2人は目の前の出来事を理解するよりも先に灰のもとに駆け寄った。
「こ……、こんなことが……」
マックスは灰の前に崩れ落ちた。カルマは呆然と立ち尽くした。何も言葉が出ない。
しかしその時間も束の間、2人はすぐに我に返る。扉をノックする音が小屋に響いたので、2人はそれを聞いて我に返ったのだった。
「どうする、マックス……」
「カルマ……構えるんだ」
マックスは怒りに支配されていた。扉の先にいる人物が犯人ならば、ここで同じ目にあわせてやると決意した。
扉が少しずつ解放されていく。それと同時に、マックスとカルマの怒りは臨界点をむかえていた。そして、扉の先に人影が見えた!
「……私です。カルマ、マクスウェル……」
「お、お前は……」
「テラスじゃないか……」
現れたのは女の吸血鬼、テラスであった。彼女は人類と徹底抗戦を宣言した吸血鬼であり、今も吸血鬼の居場所を求めて戦っている。
テラスは小屋の中に侵入するとすぐに灰の山を見つけ、歩み寄る。
「ここで同胞が襲撃されたと聞き、やってきた……。その灰がそうね……」
マックスは涙が込み上げてきて、椅子に寄りかかった。もう何度、死に直面してきただろう。怒り疲れた。そう思った。
テラスは少し考えて、
「あなたたちの家は大丈夫なの……?」
そう言った。マックスとカルマは、一瞬言葉を飲み込むのに時間を要した後、大きく動揺する。
「そうだ……、家には今、マリアと子供たちしかいないぞ、マックス!」
マックスはよろめきながら立ち上がった。頭が回らない。それでも、マリアたちを守らなければならないという強い意志の元、ゆっくりと歩き始めた。カルマはマックスの意志を心に受けて、マックスの後に続いた。
「待って……」
歩き始めた2人をテラスが止める。そして、2人に血液が入った瓶を渡した。
「本当に守りたいのなら、持って行って……」
テラスはそう言い残して、小屋を後にした。続いて、マックスとカルマは小屋を飛び出した。
一部始終を見届けたコペルも、後を追おうとしたが、その前に気になることがあった。灰の中に、キラキラと光るものがある。コペルは2人の動向を追う前に、それを調べることにした。
「これは……弾丸?」
コペルが見た限りではそう見えた。それも、銀の弾丸。見ただけでは、それが何を意味するのかが分からなかった。振り向くと、小屋から離れていく2人の背中。今、コペルは何も触ったり、動かしたりすることが出来ない。とりあえずの疑問は解明出来ないまま、2人の後を追跡し始めたのだった。
全力で小屋へ走っていく2人。しかし、あるものを目撃したマックスは足を止めた。公園。そのベンチにはウィリアムが座っている。
「カルマ……先に行っていてくれ」
「分かった」
走り去るカルマを視界の端に、マックスはウィリアムの元へと歩み寄る。
「ウィリアム……」
「マックス……」
ウィリアムの顔は青ざめていた。マックスを見て震えているように見えた。
「どうかしたのか、ウィリアム」
マックスは一緒に小屋に向かうように頼もうとしたのだが、ウィリアムのことが気になった。明らかにいつものウィリアムではない。
「マックス、ぼくは……」
ウィリアムはマックスを見つめる。青い瞳がゆらゆらと揺れている。
「ぼくは、君を信じたい……」
予期せぬ言葉にマックスは思考が追いつかなかった。何のことを言われているのか、さっぱり分からなかった。
ウィリアムは悲しんでいた。それはついさっきのことだった。ウィリアムが小屋の襲撃を拒否しようとした時だった。フロートと共にテラスが現れて、こう言った。
「マックスは……、人間を殺りくすることが目的……、楽園を作り出して……」
その鍵となるもの。それは人間の血液であることを、ウィリアムは知らされる。不完全な吸血鬼のDNAに、人間のDNAが加わることで強力な生物へと昇華することをウィリアムは教わった。そのために、ウィリアムに近づいているのだと。そのために、マリアを嫁がせたのだと。
ウィリアムは1人の人間の遺体の元へ案内された。そこに横たわっているのは、マリアの交際相手の男だった。ウィリアムは涙を流した。これをマックスがやったのだと理解したからだ。
「君は吸血鬼について何も知らない……。テラスはじきにこのフロートが処刑する。お前は小屋の住人だ」
そこからの記憶は曖昧だった。覚えているのは、銀の弾丸が吸血鬼に対抗できる手段だと理解したことだけだった。
目の前のマックスを見つめると、何が正しいのか分からなくなった。ウィリアムはやっとのことで声を発した。
「今は1人にしてくれ、マックス……」
マックスはそう言われると、頼み事をすることが出来なかった。何も言わずにただ、その場を立ち去った。これが、ウィリアムとマックスの、最後の会話となるのだが、そのことはコペルも、2人もまだ知らない事実である。
「アリスさん、吸血鬼に両親を殺されたんですよね」
「はい、あなたと同じ、です」
雪山のふもとの小屋。ロイとアリスの2人は、この小屋の吸血鬼たちをせん滅するように命令され、ここに来た。
「絶対に許せない。その思いだけでここにいます」
小屋の扉の前で立ち尽くす2人。この扉の先にいる者たちを銀の弾丸で撃ち抜き、去る。それだけの話である。そこには、吸血鬼に家族を殺された人類の怒りの全てが詰まっていた。
「ウィリアムさんは、上手くいったんでしょうか」
「ロイ、目の前のことに集中するべきです。彼は大丈夫でしょう、もう幾度となく吸血鬼を倒してきた猛者です」
ロイはうん、と頷く。この小屋には何人の吸血鬼がいるのか、この襲撃で何が変わるのか分からない。それでも、自分たちのできることをするだけなのだ。2人は大きく深呼吸をして、目の前の扉に指を置いた。顔を見合わせる。この使命感、この殺気。準備は整った、そう2人は確信する。
「行きますよ!」
扉が鈍い音を立てて開いた。マリアとクリスタだけがそのことに気づいた。弾丸は一直線にアルトを撃ち抜いた。リズは壁を蹴破って外へと逃げる。ロイはそれを見逃さなかった。
咄嗟にマヤが庇う。弾丸が身体を貫いて、マヤは灰になった。マリアはクリスタを窓から外に逃がした。轟く発砲音。振り返るとルーはもう灰になっていた。アリスは窓の外に目をやる。遠い場所に、十字架の形をした処刑台が見えた。それを目撃してから、アリスはロイと協力してマリアを拘束する。マリアは抵抗しなかった。ただ、涙が止まらなかった。
夜の色。カルマとマックスは闇に飲まれるように、立ち尽くす。生き残ったリズの泣き声も、涙の雫の温度も感じることが出来ない。処刑台を見つめる。真っ白なドレスが風に吹かれる。風になびいた布から、灰がふらふらと飛ばされていく。
カルマは崩れ落ちて、叫び声を上げるのみだった。それ以外に出来ることなど無かった。リズを抱いて2人で泣くことしか出来なかった。
マックスは歩き始める。公園へと、足を踏み出す。瓶の蓋を開けて、飲み干す。分かっていた。人間の血だ。投げ捨てた瓶が雪に刺さる。ウィリアムをこの手で。それが叶うのならそれでいい。
「マリア……私は楽園を作るぞ……」
降り積もった雪は溶けていくことはなく、この地にただ積もりゆくばかりだった。
0
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる