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クール・ブラスト
吸血鬼を倒せ!
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夕暮れ時の大通りは、帰宅ラッシュで若者からおっちゃんまで、様々な人々がこの道を歩く。そんな道を、龍一と星子は一直線に走っていた。彼らは人混みと、流れる汗をかき分けて、仲間の元へとひた走った。
「持ちこたえろよコペル! 彼方!」
「シャッター街まで15分……、死ぬんじゃないわよ、まじで!」
夕暮れ時のシャッター街は、いつになく混沌な空気を内包して、溶けるような橙の夕陽に照らされていた。静かに寝そべるようにコンクリートに積もっているはずのホコリは舞い上がって、真っ黒に焦げてしまっている。
睨み合う彼方は、コペルと目で合図し合う。コペルが首を右に振る。彼方は首を左に振る。その方向に攻撃をかわす、という合図だ。
菅彼方は幼い頃に父親を亡くし、母親と2人で暮らしてきた。母親は誰に対しても明るく振舞い、裏表もない素直な性格で、亡き夫と息子の彼方を世界中の誰よりも愛していた。そんな母親と、貧困と片親の苦労にもまれながらも笑顔に包まれた家庭を過ごしてきた彼方は、実に誠実で努力家、誰にでも優しく逞しい男に育った。
そんな彼方に悲劇が訪れたのは中学生になってすぐのことだった。職場へ傘を忘れて出勤した母親の元へ、傘を届けに行った。母親は、たまには外食でもと思い、彼方を連れて回転寿司屋に向かった。その道中、人通りのない小道での出来事であった。すれ違った黒ずくめの通行人は母親の腕を掴んだ。彼方は恐怖に立ちすくんだ。母親は息子の名を呼んだ。逃げるように叫んだ。触れたものを銀と化する腕を持った男は、彼方の腕を掴もうと歩き出した。その時、彼方はスピリット……、自分の腕とは別の腕が、自分の腕から伸びているのを目撃した。その夜から、彼方は孤独に吸血鬼から逃げ続ける日々が始まった。彼方は気づけばかなりスレた性格になっていた。吸血鬼を許せない。それだけが彼方を動かしてきた。だが、ある日不意に母親とのツーショット写真を見つけた。その写真は母親を鮮明に、彼方の脳裏に映した。母親は言っていた。優しさこそ、人生において最も大事なことだよと。
彼方は以降、恨むことをやめた。いかにして母親を取り返すか。そして、吸血鬼を許すことが出来るか。彼方の新しい戦いが始まろうとした時、既に吸血鬼、リズによる洗脳は終了していた。
カルマの溶解液をひらりとかわして、コペルと彼方は2手に分かれて身を隠した。
「ちっ、真っ向勝負じゃなかったのか?」
「カルマ、そっちは任せたぞ」
武情は炎を、彼方が隠れた方向へと噴射しながら、その方向へと走っていった。
「なるほどな」
カルマも武情に倣い、コペルが身を隠した家屋へと溶解液を噴射する。
思ったより強力な能力だと理解したコペルだが、この先のプランが思い浮かばない。どうする。どうする……。
「俺以外の人間のことは耳に入っているぞ。お前だな。生命の精神へ侵入する能力の持ち主は……」
かろうじて生きていた1輪の花の中で身を潜めていた彼方は、コペルと同じく突破口を探っていた。
「今からここ一帯の生命という生命を焼き尽くす……俺のクール・ブラストで」
彼方は地中の根っこのことを思い出していた。あの根っこを遡っていくしかない。今はそれに賭けるしかない。
「クール・ブラスト!!」
大きな炎の渦が家屋へ直撃し、木材やそこに住まう虫、1輪だけ咲いていた花、その全てを飲み込んだ。しかし、そこに彼方の姿は無かった。
「木の根か。だがそれで何が出来る。もう同じ手は食わないぜ」
再び大きな炎の渦が、今度は武情の身体中を、特大の渦を巻いて包み込んだ!
「クール・ブラスト! 焼き尽くせー!」
「俺の腕の借りは返す! やれ、レッド・キャビン!」
カルマのスライム液は今、コペルの潜む最後の瓦礫を溶かすべく、最大量で噴射され、圧倒的な質量で撃ち込まれた! そして、
「俺も……、真似してやったぜ……」
溶解し液状になった瓦礫から飛び出してきたコペルが、カルマの腹へと潜り込んだ!
「な、なにぃ!」
カルマは驚愕と共に理解した。コペルの両腕が黄金色に輝く物質に覆われている。これはカサブタか! 瓦礫で両腕を切り裂き、出血した血液を何か(黄金に輝くコペルの能力)によって急速にカサブタとさせたのだ。コペルはこのカサブタの武装を、武情が炎を腕に纏わせる様から思いつき、溶解液をガードすることに応用したのだ!
「お前を倒す! ゴールデン・ブラッド!」
武情の烈火はコンクリートを突き抜け、直接木の根のみを焼き尽くした。これこそが武情のクール・ブラストの真髄。武情の炎は、思い通りの場所を点火できるという特徴があった。これで王手だ。武情はそう確信した。
その時だった!
「食らえ、スピリットーー!」
「な、何!?」
武情は、彼方は地中に潜んでいるとばかり考えていた。だが違った。彼方は木の根から付近の樹木まで遡っていき、樹木にとまっていた小鳥の中へと侵入した。そのまま、シャッター街の武情のいるエリアまで小鳥に乗ってやって来ることに成功したのである。
不敵な笑み。コペルはそういう印象を持った。カルマが、吸血鬼が笑っている。余裕ぶっこいてノーガードでいる。そう思った時、既にコペルは腹へと膝蹴りを撃ち込んでいた。途端、コペルは膝に猛烈に焼けるような痛みを覚えた。
「こ、これは……っ!」
カルマは膝蹴りの一撃を受けてなお、口角をにやりと上げた。そして今度は、コペルが驚愕した。カルマの胴体には、真っ赤なスライム状の溶解液が覆われていた。
「同じ手は二度と食わねぇ!」
武情は頭上の彼方を認識すると間髪入れずに振り返った。この場合、またしても彼方が窮地へと落とされた図となってしまった。
「空中でかわしたり、ガードを取ったりできるか? この生命が燃やし尽くされた空間で、俺のクール・ブラストを突破できるか?」
武情はこの四方八方、ありえない場所から攻撃を繰り出してくるこの能力を、最後まで警戒し続けていた。彼方はもう、突っ込むしかなかった。
そして、逃げ場がないのは彼方のみでなく、コペルも同じであった。無理やりにでもダメージを与えるか、身ぐるみを引っぺがすことでしか、この場を乗り切ることは出来ない!
コペルは地面に右腕を叩いてカサブタを割り、そのままカルマの右腕の破れ目から、さらに衣類を引きはがそうと腕を伸ばした。
カルマは衣類を掴まれた瞬間、逆にその腕を掴み、溶解液を噴射した。右腕がドロドロに溶かされていく。コペルは苦悶の表情を浮かべながらも、腕は離さない。そんな反撃の機を伺うコペルの抜け目なさを一瞬恐れたカルマは、シャッター街の家屋へとコペルを蹴り飛ばした。
「ぐあっ!」
ぶっ飛んだ家屋の中に転がり込んだコペル。そこには、同じく吹き飛ばされ半身が焼けただれた彼方が居た。満身創痍の中コペルは、彼方の元へと這い寄った。
「だ、大丈夫かよ、お前……」
「ああ……。だが、ここからどうするか……、逃げるにも、ルートがどこにもないし、戦うにはあまりにも無謀だ……」
「お前は地中を行って逃げればいいだろ……」
コペルは、出会ってまだ1週間ほどしか経っていない彼方という男のことについて考えた。誰に対しても優しく、勇敢で逞しい。そして、生きてるかも分からない母を日々想い、生きている。
コペルは母親も父親も知らない。物心ついた頃から、祖母と2人で、ひっそりと佇む洋館で暮らしてきた。
「俺の両親はどんな人だったんだ?」
コペルはそう祖母に問いかけたことがある。祖母は呪いのせいで今でも19歳から成長しない。祖母は長いまつ毛をパチパチと動かして、珍しいわね、こいつがこんなこと聞くなんてと思った。
「父親はかなりアホなやつだったわね。よく家事をミスってあんたのお母さんから叱られてたわ。でも、骨が粉々に砕かれるまであなたを放さずに守ってくれていたそうよ。んで、母親は相当しっかり屋さんだったわ。本当に美人だったわ。私にコペルを預けに来た時も、最後まで勇敢にお前を守っていたわ。何より、いかなる時もお前のことを案じ、愛し、過ごしていたわ」
コペルは母親の愛というものを感じることに憧れを持った。父親の背中というものを夢見た。これからの自分、人生を賭けてやりたいこと。コペルはもうそんなことを考える年頃である。俺は人生を賭けてもいい。彼方をここから逃がしてやりたい。こんな男が目標にたどりつけないなど、母親と再会出来ずに死んでしまうようなことなど、あってはならない。俺が命を賭けて、ここから脱出させてやる!
「彼方、お前に俺のゴールデン・ブラッドを輸血する。そして逃げるんだ」
「あんたは……、どうするんだ」
「俺は……お前を母親に会わせてやりたい」
コペルはどろどろにただれた右腕に瓦礫を突き立てた。黄金の鮮血が溢れてくる。
「これをもう一度お前の血液に注入する。そのままお前は逃げるんだ」
「出来るか! もう敵はすぐそこまで来ている!」
「俺は……、お前のようなやつの手助けが出来れば……、それでいいんだ、そう気づいた」
武情とカルマは最後のけりをつけるべく、2人をぶち込んだ家屋の前に立った。
「カルマ……、約束だ。この戦いが終わればお前たちは、俺の妹に手を出すな」
「ああ。俺たちは人類の敵であって敵ではない。約束は守る、心配するな」
「……そうか」
武情は両腕に炎を纏わせる。この家屋を潰せば、これで10人の能力者と4人の一般人を葬ったことになる。
カルマは何となく、武情という男に同情していた。妹のため「悪の手先」を演じるこの男に、情が移っていた。
「これで終わりにしてやるぜ……」
「右腕の借りだ……」
2人の攻撃は家屋をいとも容易くぶっ飛ばした。とんでもない大きさの黒煙が昇り、武情とカルマの目をかすった。
「俺は帰るぞ……、さよならだ武情」
「好きにしろ……」
カルマは踵を返して、シャッター街を出た。右腕のダメージがじわじわと身体を蝕み足がおぼつかないが、じきに陽も暮れる。月光のエネルギーは吸血鬼を再生させる。その時までの辛抱と思うと、まだ気楽でいられた。
「とんでもないやつらがいたもんだ……、俺と武情が揃って痛手を負うとは……」
「ほーお、そりゃ多分俺たちの仲間かもな」
「なに……?」
カルマは2人の男女が自分に向かって歩いてくるのを目撃した。そういえば、彼方とかいう人間が仲間を呼んでいた……。完全に失念していた。
そうか、こいつらも能力者か。そう気づいた時には、既に5機のドローンがカルマをロックオンしていた。
「サテライト・メビウス! ぶちかませーー!」
「ちくしょぉーーっ!!」
武情はタバコに火をつけ、黒煙をずっと覗いていた。14人。これらの殺人は事件にはならないだろう。今回に関しても全く証拠がないので、ただの放火として処理され、今後も犯人にたどり着くことは無いだろう。ただ1人、孤独にこの罪を背負って生きていくのだ。
「いいんだ。終わったことなのだ……」
ゆらゆらと上がる黒煙を目で追うことしか出来なかった。逃げ道が欲しかった。ただひたすらに、今は何も考えずにいたかった。そうやって眺めていたからこそ、武情は視界に捉えた。
黒煙が立ち昇る奥に何かが見える。キラキラと何かが光り輝いている。徐々に黒煙が薄くなってきた。何かとても大きな物体がある。これはまさか、
「まさか……」
突然、家屋の瓦礫がぶっ飛んで、黒煙を払った。武情は瓦礫を避けるように後ろによろめいた。黒煙が晴れるとそこには黄金のカサブタを盾のように纏ったコペルが、満身創痍で立ち尽くしていた。
「まさか……、まさか!」
コペルは血液を流しすぎて貧血を起こし、そのまま体内のゴールデン・ブラッドは消滅して倒れ込んだ。
「コペル……。俺に任せてくれ」
その奥から現れたのは、完全に回復しているばかりか、スーパー・アドレナリンの作用で右腕を黄金に輝かせた彼方が立っていた。
コペルは逃げるべきだと言っていたが、やはり……。お前のような男は置いて行けない。彼方はそう思った。彼方のスピリットは生命力を分け与えることが出来る。この能力でコペルを助ければいい。この、炎を操る能力者を撃破した後に!
武情は一瞬、クール・ブラストのチャージを遅らせた。予想外な出来事に、完全に焦って我を忘れた。
「覚悟を受けろ! 俺たちの勇気ある覚悟を!」
彼方の剛拳の連打は完璧に武情を捕え、ノーガードの武情をぶっ飛ばした。武情はすぐに立ち上がろうとしたが、意識を失い倒れた。
「あ、あの吸血鬼は……!?」
彼方はシャッター街を見渡した。どこに隠れたんだ!?
サテライト・メビウスの弾丸をすんでのところで、溶解液でガードしたカルマはそのまま地中へと姿をくらましていた。
「くそ、逃げやがった……」
龍一はドローンを1機、地中に送り込んだが暗くて何も見ることが出来ず、やむなく引き戻した。
「ねえ、あの吸血鬼、右腕が無くなってた。引きちぎられたって感じの破かれ方だったわ。」
星子はカルマを観察していた。そして右腕が無くなっているのを目撃し、コペル、彼方組との戦いで負傷したのだと推測した。
「ああ。あの2人を探し出すんだ。コペル、彼方ーーっ!」
その後、負傷して意識を失ったコペルを担ぐ彼方、そして軍服のようなデザインの黒い長ランを羽織ったセンター・パートの男を1人発見した龍一と星子は、全員を連れてシャッター街を後にした。自分たちが到着するまでに起こった出来事は、彼方から聞くこととなった。
意識を失った武情は何となく昔のことを頭に思い描いていた。坂上武情は遊び人の母親と、酒癖の悪い父親の間に産まれた。幼い頃から自分のことは自分でするようになり、妹、坂上うららの面倒を見ることが彼の仕事であった。武情が小学校を卒業しようかという時期の頃、両親が出て行ったきり帰ってこなくなった。飲酒運転が原因の交通事故。両親は即死だった。
武情は少額の遺産を受け取ると、両親の借金の連帯保証人であった母の叔父の元で暮らすこととなった。叔父は借金を持ってきたこの兄妹のことを目の敵にし、教育費を遺産からむしり取っている割に何かと厳しく教育しては、みすぼらしい残飯を食わせて生活させた。武情は少ない小遣いと残飯をほとんどうららへと与え、自分で万引きしたり強盗したりして手に入れた金や食料で生活した。
武情はある日、自分の腕から炎が出せることに気がついた。それから叔父の家を燃やしてしまうまで、3日と経たない決断であった。その後兄妹は、ただの火事として処理されたこの火災のおかげで多額の保険金等を受け取った叔父の姉の元で生活するようになった。しかし、2年後に姉は亡くなり、ついにたった2人で生きていくこととなった。
いつものように路地裏でタバコを吸っている時、武情は吸血鬼と出会った。ボコボコに倒された武情は、妹、うららも同じように能力を持っていることを悟られた。妹はゆくゆくは標的とされ、吸血鬼たちによって撃破されるか、雇った能力者に殺害されるだろうと告げられた武情は、妹の絶対の安全を報酬として、能力者狩りを請け負い、後に何人もの殺人を犯すこととなる……。
武情が目を覚ますともうとっくに陽は暮れていた。自分が眠っていたそこは、シャッター街の付近の公園のベンチの上だった。先程まで戦っていたコペルと彼方を視界に入れるなり、能力を行使すべく立ち上がった。
「貴様ら……」
星子は即座にスターを召喚した。
「相手したいならしてあげるわ。ただ、それよりも先に話し合うべきだわ」
コペルたちの素性は龍一の口から明かされた。つまるところ、忌まわしき吸血鬼から人類を守るヒーローが自分たちであると。
「君は……、何故吸血鬼に手を貸していたんだ。それが俺たちからの質問だ」
「答える必要はない……」
武情は依然、戦闘態勢を解かなかった。その姿に感銘を受けたものがいた。
「俺は、母親を銀像に変えられている」
武情は彼方を見つめた。
「母親を元の姿へ戻す。それが俺の戦いの動機だ。だから俺には分かる。失いたくないことの気持ちが……」
そう言うと彼方は戦闘態勢を解いた。
「なんのつもりだ……」
「ここでまだ眠っているコペルは、俺のために命を賭けた。俺の命も、誰かのために使いたい」
龍一と星子は、彼方の発言に戸惑いを隠せなかった。
「お、おい彼方!」
「いいんだ、止めないでくれ。ここで死んだって、運命だ」
彼方は真っ直ぐな目線で、武情を見つめた。武情は目を合わせなかった。向こうの木を見ていた。その視線に気づいた龍一は激怒した。
「おい、てめぇ! まさか彼方があの木に乗り移ってカウンター喰らわそうとか思ってんじゃないだろうな!」
「待て、そんなつもりはない」
武情が見つめた木。武情は気配を感じたのみだったが、そこにいたのは、2人の吸血鬼だった。彼らは隠れて能力者たちの動向を監視していた。
「やつらがリズを……」
片方の吸血鬼は木の幹を握り締めて怒りを押し沈めた。幹はたちまち銀へと変化した。
「許さん……、ここでまとめてぶっ殺す……」
抑えきれぬ怒りのあまり、今にも飛び出していきそうな片割れを、カルマは制止した。
「もういいだろ、マックス……。武情はノルマを達成している。契約を裏切る気か」
カルマはコペル、彼方組と戦う前に人間を2人殺害した。これで12人……。坂上武情は契約をすでに果たしたことになっている。
「なあ、マックス……。もういいだろ。俺たちが罪を犯し続けてどうする」
カルマは故郷のヨーロッパを思い出していた。自分たちの同胞が殺され、積もった灰を見た時の絶望は、今でも鮮明に思い出せる。
「帰るぞ、カルマ……」
マックスと呼ばれた男は公園を後にした。それに続く前に、カルマにはやるべきことがあった。
「カルマだ……」
武情の言葉に全員が振り向いた。そこには右腕を含めた、先程の傷を完治させたカルマの姿があった。
「てめぇ!」
「さっきの吸血鬼!?」
「待て、俺は戦いに来たんじゃねえ!」
カルマは皆を制止した後に両手を上げた。
「何の用だ……」
「もういいってよ、武情。お前の妹はもう自由だ」
カルマはゆっくりと背中を向けた。
「教えておいてやるよ。俺たちの目的を」
その言葉に龍一たちは吸血鬼に注目するり
「マックスの目的は楽園を作ることだ。俺たち吸血鬼が、昔のようにひっそりと暮らせる楽園をな……」
カルマは大きなコウモリの翼を展開した。この言葉の意味を、4人は推し量れずにいた。
「俺たちはそのために戦っている。もう既に、何人かの能力者をリズの洗脳なり、金で雇うなりして仲間につけている。お前たちも変わらず狙う。それだけだ。じゃあな」
そう言い残して、カルマは羽ばたいていった。
その後、スピリットの能力のおかげでコペルは軽傷程度で済まされた。シャッター街は原因不明の火災としてニュースとなった。龍一たちはカルマの言葉の意味を研究すべく、パトロールを熱心に行うとだけ、グループチャットに送った。
坂上兄妹は共に高校生ということで、比較的安全な産高へと編入することになった。武情曰く、「好きにしろ」とのことだったので、吸血鬼退治部にも、「妹を絶対に勧誘しない」という条件つきで入部してくれる運びとなった。
コペルは最近、朝の通学バスで妄想することと言えば、ヒロイックに誰かを助ける自分のことである。今日も誰も知らない吸血鬼の存在を追う冒険が始まる。吸血鬼退治部はきっと皆、自分にとってかけがえのない仲間たちになる気がする。そんなことを思いながら、バスを降りて正門へと向かっていくのだった。
「持ちこたえろよコペル! 彼方!」
「シャッター街まで15分……、死ぬんじゃないわよ、まじで!」
夕暮れ時のシャッター街は、いつになく混沌な空気を内包して、溶けるような橙の夕陽に照らされていた。静かに寝そべるようにコンクリートに積もっているはずのホコリは舞い上がって、真っ黒に焦げてしまっている。
睨み合う彼方は、コペルと目で合図し合う。コペルが首を右に振る。彼方は首を左に振る。その方向に攻撃をかわす、という合図だ。
菅彼方は幼い頃に父親を亡くし、母親と2人で暮らしてきた。母親は誰に対しても明るく振舞い、裏表もない素直な性格で、亡き夫と息子の彼方を世界中の誰よりも愛していた。そんな母親と、貧困と片親の苦労にもまれながらも笑顔に包まれた家庭を過ごしてきた彼方は、実に誠実で努力家、誰にでも優しく逞しい男に育った。
そんな彼方に悲劇が訪れたのは中学生になってすぐのことだった。職場へ傘を忘れて出勤した母親の元へ、傘を届けに行った。母親は、たまには外食でもと思い、彼方を連れて回転寿司屋に向かった。その道中、人通りのない小道での出来事であった。すれ違った黒ずくめの通行人は母親の腕を掴んだ。彼方は恐怖に立ちすくんだ。母親は息子の名を呼んだ。逃げるように叫んだ。触れたものを銀と化する腕を持った男は、彼方の腕を掴もうと歩き出した。その時、彼方はスピリット……、自分の腕とは別の腕が、自分の腕から伸びているのを目撃した。その夜から、彼方は孤独に吸血鬼から逃げ続ける日々が始まった。彼方は気づけばかなりスレた性格になっていた。吸血鬼を許せない。それだけが彼方を動かしてきた。だが、ある日不意に母親とのツーショット写真を見つけた。その写真は母親を鮮明に、彼方の脳裏に映した。母親は言っていた。優しさこそ、人生において最も大事なことだよと。
彼方は以降、恨むことをやめた。いかにして母親を取り返すか。そして、吸血鬼を許すことが出来るか。彼方の新しい戦いが始まろうとした時、既に吸血鬼、リズによる洗脳は終了していた。
カルマの溶解液をひらりとかわして、コペルと彼方は2手に分かれて身を隠した。
「ちっ、真っ向勝負じゃなかったのか?」
「カルマ、そっちは任せたぞ」
武情は炎を、彼方が隠れた方向へと噴射しながら、その方向へと走っていった。
「なるほどな」
カルマも武情に倣い、コペルが身を隠した家屋へと溶解液を噴射する。
思ったより強力な能力だと理解したコペルだが、この先のプランが思い浮かばない。どうする。どうする……。
「俺以外の人間のことは耳に入っているぞ。お前だな。生命の精神へ侵入する能力の持ち主は……」
かろうじて生きていた1輪の花の中で身を潜めていた彼方は、コペルと同じく突破口を探っていた。
「今からここ一帯の生命という生命を焼き尽くす……俺のクール・ブラストで」
彼方は地中の根っこのことを思い出していた。あの根っこを遡っていくしかない。今はそれに賭けるしかない。
「クール・ブラスト!!」
大きな炎の渦が家屋へ直撃し、木材やそこに住まう虫、1輪だけ咲いていた花、その全てを飲み込んだ。しかし、そこに彼方の姿は無かった。
「木の根か。だがそれで何が出来る。もう同じ手は食わないぜ」
再び大きな炎の渦が、今度は武情の身体中を、特大の渦を巻いて包み込んだ!
「クール・ブラスト! 焼き尽くせー!」
「俺の腕の借りは返す! やれ、レッド・キャビン!」
カルマのスライム液は今、コペルの潜む最後の瓦礫を溶かすべく、最大量で噴射され、圧倒的な質量で撃ち込まれた! そして、
「俺も……、真似してやったぜ……」
溶解し液状になった瓦礫から飛び出してきたコペルが、カルマの腹へと潜り込んだ!
「な、なにぃ!」
カルマは驚愕と共に理解した。コペルの両腕が黄金色に輝く物質に覆われている。これはカサブタか! 瓦礫で両腕を切り裂き、出血した血液を何か(黄金に輝くコペルの能力)によって急速にカサブタとさせたのだ。コペルはこのカサブタの武装を、武情が炎を腕に纏わせる様から思いつき、溶解液をガードすることに応用したのだ!
「お前を倒す! ゴールデン・ブラッド!」
武情の烈火はコンクリートを突き抜け、直接木の根のみを焼き尽くした。これこそが武情のクール・ブラストの真髄。武情の炎は、思い通りの場所を点火できるという特徴があった。これで王手だ。武情はそう確信した。
その時だった!
「食らえ、スピリットーー!」
「な、何!?」
武情は、彼方は地中に潜んでいるとばかり考えていた。だが違った。彼方は木の根から付近の樹木まで遡っていき、樹木にとまっていた小鳥の中へと侵入した。そのまま、シャッター街の武情のいるエリアまで小鳥に乗ってやって来ることに成功したのである。
不敵な笑み。コペルはそういう印象を持った。カルマが、吸血鬼が笑っている。余裕ぶっこいてノーガードでいる。そう思った時、既にコペルは腹へと膝蹴りを撃ち込んでいた。途端、コペルは膝に猛烈に焼けるような痛みを覚えた。
「こ、これは……っ!」
カルマは膝蹴りの一撃を受けてなお、口角をにやりと上げた。そして今度は、コペルが驚愕した。カルマの胴体には、真っ赤なスライム状の溶解液が覆われていた。
「同じ手は二度と食わねぇ!」
武情は頭上の彼方を認識すると間髪入れずに振り返った。この場合、またしても彼方が窮地へと落とされた図となってしまった。
「空中でかわしたり、ガードを取ったりできるか? この生命が燃やし尽くされた空間で、俺のクール・ブラストを突破できるか?」
武情はこの四方八方、ありえない場所から攻撃を繰り出してくるこの能力を、最後まで警戒し続けていた。彼方はもう、突っ込むしかなかった。
そして、逃げ場がないのは彼方のみでなく、コペルも同じであった。無理やりにでもダメージを与えるか、身ぐるみを引っぺがすことでしか、この場を乗り切ることは出来ない!
コペルは地面に右腕を叩いてカサブタを割り、そのままカルマの右腕の破れ目から、さらに衣類を引きはがそうと腕を伸ばした。
カルマは衣類を掴まれた瞬間、逆にその腕を掴み、溶解液を噴射した。右腕がドロドロに溶かされていく。コペルは苦悶の表情を浮かべながらも、腕は離さない。そんな反撃の機を伺うコペルの抜け目なさを一瞬恐れたカルマは、シャッター街の家屋へとコペルを蹴り飛ばした。
「ぐあっ!」
ぶっ飛んだ家屋の中に転がり込んだコペル。そこには、同じく吹き飛ばされ半身が焼けただれた彼方が居た。満身創痍の中コペルは、彼方の元へと這い寄った。
「だ、大丈夫かよ、お前……」
「ああ……。だが、ここからどうするか……、逃げるにも、ルートがどこにもないし、戦うにはあまりにも無謀だ……」
「お前は地中を行って逃げればいいだろ……」
コペルは、出会ってまだ1週間ほどしか経っていない彼方という男のことについて考えた。誰に対しても優しく、勇敢で逞しい。そして、生きてるかも分からない母を日々想い、生きている。
コペルは母親も父親も知らない。物心ついた頃から、祖母と2人で、ひっそりと佇む洋館で暮らしてきた。
「俺の両親はどんな人だったんだ?」
コペルはそう祖母に問いかけたことがある。祖母は呪いのせいで今でも19歳から成長しない。祖母は長いまつ毛をパチパチと動かして、珍しいわね、こいつがこんなこと聞くなんてと思った。
「父親はかなりアホなやつだったわね。よく家事をミスってあんたのお母さんから叱られてたわ。でも、骨が粉々に砕かれるまであなたを放さずに守ってくれていたそうよ。んで、母親は相当しっかり屋さんだったわ。本当に美人だったわ。私にコペルを預けに来た時も、最後まで勇敢にお前を守っていたわ。何より、いかなる時もお前のことを案じ、愛し、過ごしていたわ」
コペルは母親の愛というものを感じることに憧れを持った。父親の背中というものを夢見た。これからの自分、人生を賭けてやりたいこと。コペルはもうそんなことを考える年頃である。俺は人生を賭けてもいい。彼方をここから逃がしてやりたい。こんな男が目標にたどりつけないなど、母親と再会出来ずに死んでしまうようなことなど、あってはならない。俺が命を賭けて、ここから脱出させてやる!
「彼方、お前に俺のゴールデン・ブラッドを輸血する。そして逃げるんだ」
「あんたは……、どうするんだ」
「俺は……お前を母親に会わせてやりたい」
コペルはどろどろにただれた右腕に瓦礫を突き立てた。黄金の鮮血が溢れてくる。
「これをもう一度お前の血液に注入する。そのままお前は逃げるんだ」
「出来るか! もう敵はすぐそこまで来ている!」
「俺は……、お前のようなやつの手助けが出来れば……、それでいいんだ、そう気づいた」
武情とカルマは最後のけりをつけるべく、2人をぶち込んだ家屋の前に立った。
「カルマ……、約束だ。この戦いが終わればお前たちは、俺の妹に手を出すな」
「ああ。俺たちは人類の敵であって敵ではない。約束は守る、心配するな」
「……そうか」
武情は両腕に炎を纏わせる。この家屋を潰せば、これで10人の能力者と4人の一般人を葬ったことになる。
カルマは何となく、武情という男に同情していた。妹のため「悪の手先」を演じるこの男に、情が移っていた。
「これで終わりにしてやるぜ……」
「右腕の借りだ……」
2人の攻撃は家屋をいとも容易くぶっ飛ばした。とんでもない大きさの黒煙が昇り、武情とカルマの目をかすった。
「俺は帰るぞ……、さよならだ武情」
「好きにしろ……」
カルマは踵を返して、シャッター街を出た。右腕のダメージがじわじわと身体を蝕み足がおぼつかないが、じきに陽も暮れる。月光のエネルギーは吸血鬼を再生させる。その時までの辛抱と思うと、まだ気楽でいられた。
「とんでもないやつらがいたもんだ……、俺と武情が揃って痛手を負うとは……」
「ほーお、そりゃ多分俺たちの仲間かもな」
「なに……?」
カルマは2人の男女が自分に向かって歩いてくるのを目撃した。そういえば、彼方とかいう人間が仲間を呼んでいた……。完全に失念していた。
そうか、こいつらも能力者か。そう気づいた時には、既に5機のドローンがカルマをロックオンしていた。
「サテライト・メビウス! ぶちかませーー!」
「ちくしょぉーーっ!!」
武情はタバコに火をつけ、黒煙をずっと覗いていた。14人。これらの殺人は事件にはならないだろう。今回に関しても全く証拠がないので、ただの放火として処理され、今後も犯人にたどり着くことは無いだろう。ただ1人、孤独にこの罪を背負って生きていくのだ。
「いいんだ。終わったことなのだ……」
ゆらゆらと上がる黒煙を目で追うことしか出来なかった。逃げ道が欲しかった。ただひたすらに、今は何も考えずにいたかった。そうやって眺めていたからこそ、武情は視界に捉えた。
黒煙が立ち昇る奥に何かが見える。キラキラと何かが光り輝いている。徐々に黒煙が薄くなってきた。何かとても大きな物体がある。これはまさか、
「まさか……」
突然、家屋の瓦礫がぶっ飛んで、黒煙を払った。武情は瓦礫を避けるように後ろによろめいた。黒煙が晴れるとそこには黄金のカサブタを盾のように纏ったコペルが、満身創痍で立ち尽くしていた。
「まさか……、まさか!」
コペルは血液を流しすぎて貧血を起こし、そのまま体内のゴールデン・ブラッドは消滅して倒れ込んだ。
「コペル……。俺に任せてくれ」
その奥から現れたのは、完全に回復しているばかりか、スーパー・アドレナリンの作用で右腕を黄金に輝かせた彼方が立っていた。
コペルは逃げるべきだと言っていたが、やはり……。お前のような男は置いて行けない。彼方はそう思った。彼方のスピリットは生命力を分け与えることが出来る。この能力でコペルを助ければいい。この、炎を操る能力者を撃破した後に!
武情は一瞬、クール・ブラストのチャージを遅らせた。予想外な出来事に、完全に焦って我を忘れた。
「覚悟を受けろ! 俺たちの勇気ある覚悟を!」
彼方の剛拳の連打は完璧に武情を捕え、ノーガードの武情をぶっ飛ばした。武情はすぐに立ち上がろうとしたが、意識を失い倒れた。
「あ、あの吸血鬼は……!?」
彼方はシャッター街を見渡した。どこに隠れたんだ!?
サテライト・メビウスの弾丸をすんでのところで、溶解液でガードしたカルマはそのまま地中へと姿をくらましていた。
「くそ、逃げやがった……」
龍一はドローンを1機、地中に送り込んだが暗くて何も見ることが出来ず、やむなく引き戻した。
「ねえ、あの吸血鬼、右腕が無くなってた。引きちぎられたって感じの破かれ方だったわ。」
星子はカルマを観察していた。そして右腕が無くなっているのを目撃し、コペル、彼方組との戦いで負傷したのだと推測した。
「ああ。あの2人を探し出すんだ。コペル、彼方ーーっ!」
その後、負傷して意識を失ったコペルを担ぐ彼方、そして軍服のようなデザインの黒い長ランを羽織ったセンター・パートの男を1人発見した龍一と星子は、全員を連れてシャッター街を後にした。自分たちが到着するまでに起こった出来事は、彼方から聞くこととなった。
意識を失った武情は何となく昔のことを頭に思い描いていた。坂上武情は遊び人の母親と、酒癖の悪い父親の間に産まれた。幼い頃から自分のことは自分でするようになり、妹、坂上うららの面倒を見ることが彼の仕事であった。武情が小学校を卒業しようかという時期の頃、両親が出て行ったきり帰ってこなくなった。飲酒運転が原因の交通事故。両親は即死だった。
武情は少額の遺産を受け取ると、両親の借金の連帯保証人であった母の叔父の元で暮らすこととなった。叔父は借金を持ってきたこの兄妹のことを目の敵にし、教育費を遺産からむしり取っている割に何かと厳しく教育しては、みすぼらしい残飯を食わせて生活させた。武情は少ない小遣いと残飯をほとんどうららへと与え、自分で万引きしたり強盗したりして手に入れた金や食料で生活した。
武情はある日、自分の腕から炎が出せることに気がついた。それから叔父の家を燃やしてしまうまで、3日と経たない決断であった。その後兄妹は、ただの火事として処理されたこの火災のおかげで多額の保険金等を受け取った叔父の姉の元で生活するようになった。しかし、2年後に姉は亡くなり、ついにたった2人で生きていくこととなった。
いつものように路地裏でタバコを吸っている時、武情は吸血鬼と出会った。ボコボコに倒された武情は、妹、うららも同じように能力を持っていることを悟られた。妹はゆくゆくは標的とされ、吸血鬼たちによって撃破されるか、雇った能力者に殺害されるだろうと告げられた武情は、妹の絶対の安全を報酬として、能力者狩りを請け負い、後に何人もの殺人を犯すこととなる……。
武情が目を覚ますともうとっくに陽は暮れていた。自分が眠っていたそこは、シャッター街の付近の公園のベンチの上だった。先程まで戦っていたコペルと彼方を視界に入れるなり、能力を行使すべく立ち上がった。
「貴様ら……」
星子は即座にスターを召喚した。
「相手したいならしてあげるわ。ただ、それよりも先に話し合うべきだわ」
コペルたちの素性は龍一の口から明かされた。つまるところ、忌まわしき吸血鬼から人類を守るヒーローが自分たちであると。
「君は……、何故吸血鬼に手を貸していたんだ。それが俺たちからの質問だ」
「答える必要はない……」
武情は依然、戦闘態勢を解かなかった。その姿に感銘を受けたものがいた。
「俺は、母親を銀像に変えられている」
武情は彼方を見つめた。
「母親を元の姿へ戻す。それが俺の戦いの動機だ。だから俺には分かる。失いたくないことの気持ちが……」
そう言うと彼方は戦闘態勢を解いた。
「なんのつもりだ……」
「ここでまだ眠っているコペルは、俺のために命を賭けた。俺の命も、誰かのために使いたい」
龍一と星子は、彼方の発言に戸惑いを隠せなかった。
「お、おい彼方!」
「いいんだ、止めないでくれ。ここで死んだって、運命だ」
彼方は真っ直ぐな目線で、武情を見つめた。武情は目を合わせなかった。向こうの木を見ていた。その視線に気づいた龍一は激怒した。
「おい、てめぇ! まさか彼方があの木に乗り移ってカウンター喰らわそうとか思ってんじゃないだろうな!」
「待て、そんなつもりはない」
武情が見つめた木。武情は気配を感じたのみだったが、そこにいたのは、2人の吸血鬼だった。彼らは隠れて能力者たちの動向を監視していた。
「やつらがリズを……」
片方の吸血鬼は木の幹を握り締めて怒りを押し沈めた。幹はたちまち銀へと変化した。
「許さん……、ここでまとめてぶっ殺す……」
抑えきれぬ怒りのあまり、今にも飛び出していきそうな片割れを、カルマは制止した。
「もういいだろ、マックス……。武情はノルマを達成している。契約を裏切る気か」
カルマはコペル、彼方組と戦う前に人間を2人殺害した。これで12人……。坂上武情は契約をすでに果たしたことになっている。
「なあ、マックス……。もういいだろ。俺たちが罪を犯し続けてどうする」
カルマは故郷のヨーロッパを思い出していた。自分たちの同胞が殺され、積もった灰を見た時の絶望は、今でも鮮明に思い出せる。
「帰るぞ、カルマ……」
マックスと呼ばれた男は公園を後にした。それに続く前に、カルマにはやるべきことがあった。
「カルマだ……」
武情の言葉に全員が振り向いた。そこには右腕を含めた、先程の傷を完治させたカルマの姿があった。
「てめぇ!」
「さっきの吸血鬼!?」
「待て、俺は戦いに来たんじゃねえ!」
カルマは皆を制止した後に両手を上げた。
「何の用だ……」
「もういいってよ、武情。お前の妹はもう自由だ」
カルマはゆっくりと背中を向けた。
「教えておいてやるよ。俺たちの目的を」
その言葉に龍一たちは吸血鬼に注目するり
「マックスの目的は楽園を作ることだ。俺たち吸血鬼が、昔のようにひっそりと暮らせる楽園をな……」
カルマは大きなコウモリの翼を展開した。この言葉の意味を、4人は推し量れずにいた。
「俺たちはそのために戦っている。もう既に、何人かの能力者をリズの洗脳なり、金で雇うなりして仲間につけている。お前たちも変わらず狙う。それだけだ。じゃあな」
そう言い残して、カルマは羽ばたいていった。
その後、スピリットの能力のおかげでコペルは軽傷程度で済まされた。シャッター街は原因不明の火災としてニュースとなった。龍一たちはカルマの言葉の意味を研究すべく、パトロールを熱心に行うとだけ、グループチャットに送った。
坂上兄妹は共に高校生ということで、比較的安全な産高へと編入することになった。武情曰く、「好きにしろ」とのことだったので、吸血鬼退治部にも、「妹を絶対に勧誘しない」という条件つきで入部してくれる運びとなった。
コペルは最近、朝の通学バスで妄想することと言えば、ヒロイックに誰かを助ける自分のことである。今日も誰も知らない吸血鬼の存在を追う冒険が始まる。吸血鬼退治部はきっと皆、自分にとってかけがえのない仲間たちになる気がする。そんなことを思いながら、バスを降りて正門へと向かっていくのだった。
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