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スピリット
菅 彼方のスピリット
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斑木星子は国語の授業が大の苦手である。もともとキャラクターの心情だとか作者の意図だとかよく分からないのに、小論文では興味も無いのにわけの分からないカタカナ語の意味を聞かれ、挙句の果てに大昔の人間が書いた古文など知るものか。なので彼女は国語の授業を受けている時は、私はもっとこう、体育ともちょっと違うけど、爆発したい! って感じなの、と思っている。
「それってなんのこと? 恋愛のことか?」
「ま、そーともゆー」
「いい男子いるのか?」
「ぜーんぜん」
食堂で昼飯を一緒に食べている白金龍一との出会いは高校に入ってすぐだった。自身の能力を目撃されたのだ。ヤバい、と思ったが、それ程ヤバくないかも知れない、とも思った。こいつには「見えている」と、なんとなく分かった。それからは行動を共にしている。白金龍一の発足した部活……その頃は同好会だったが……を手伝うことにもした。
「じゃ、俺は生徒会あるから」
「止めちまいなさいよ生徒会。1人の時間が多いと吸血鬼にぶち殺されるわよ」
「ぶち……」
この男……斑木コペルとの出会いは1週間前、急に白金龍一が部室に彼を連れてきたことだった。なんかクラスの隅に居そうだな、と思ったが、まあその通りである。根暗でないだけマシかなと思って接していたが、今では意外とクールでいいやつって感じである。さっきのいい男子いるの? って質問にちょっと期待してたのなんかなかなかにアホではあるけど。
午後は漢文かあ、漢文だけにちんぷんかんぷん、って感じかあ。やだなあ。そう思いながら、星子は教室へ戻った。
夏の午後の授業は本当にかったるい。しかも漢文。ああだるいことだるいこと。斑木コペルかあ。斑木って苗字、珍しいと思ってたけど、同じ苗字の人初めて見たなあ。家系が同じなのかな。全然顔似てないし、私より背低いし。ま、それにしても、まさか能力者がもう1人いるなんて……。あの能力、ちょっと羨ましいかも。私の能力、ちょっと使い勝手悪いからなあ……。
そういえば、龍一が言ってたこと、本当なのかな。もし本当なら、この前の吸血鬼にもう……。
「ねえ、この前言ってたことほんと?」
「ああ、この学校にはもう1人、超能力を持った男がいる」
部室の黒板に、龍一がでかでかと名前を書いた。菅彼方。読みはすが かなた。産校の1年生で、龍一のドローンには彼方が木の高い場所に引っかかった風船を、難なく取ってみせる姿が録画されている。
「ガタイがいいな。1年生とは思えねえ」
「ああ、コワモテだしな。だが録画されているものは人助けだな」
龍一はドローンを掌に収納し、黒板の名前を消して、次の目標。菅彼方を部に勧誘する。と書いた。
「菅くんは見た感じ能力を使いこなしてるから、おそらく吸血鬼に襲われて超能力が発現したパターンだな」
そこでコペルは、さっきの星子の疑問が引っかかった。この前言ってたことという疑問の真相が、まだ解明されていないように思えていた。そして、コペル自身、この1年間で少しずつ、無意識の自分に精神が干渉され続けていたのだ。
「龍一くん、この菅くんがもう洗脳されているという可能性はあるのか?」
龍一はコペルの疑問を待っていた。彼の察しの良さは本当に頼もしかった。
「あの吸血鬼、リズという名前だったらしいが、彼女の能力で窓の外から睡眠状態の脳を洗脳するには3年ほどかかるらしい。そして、この菅彼方くんは4年ほど前に母親が行方不明となっているのだ」
行方不明。これが吸血鬼の仕業なのではないかと、龍一から散々聞かされていたので、コペルにとってこの1週間で聞き慣れたワードである。
「彼は4年前、外出先で母親と襲われ、その中で能力を発現した。その後吸血鬼たちに戦闘での撃破が難しいと判断され、洗脳攻撃を受け立派に敗北したのだ」
この街に、まだ始末されていない能力者の人間は、この菅彼方あと1人ということ、彼の能力の詳細については不明だが、少なくとも龍一と星子の能力は相手に割れていること、彼を一刻も早く見つけて元の脳に戻してやらなければならないことを龍一は続けた。
「元に戻す……、どうやればいいのかしら」
「ゴールデン・ブラッドは人間を強化するエネルギー……。輸血によって傷が治る。その応用で洗脳も解けないか、という期待はある」
「どうせ手探りになるんだからな。今はコペルに賭けることにしよう。まずは菅彼方とコンタクトを取る!」
3人は互いを見合わせてから頷き、部室を後にした。とりあえずの目標は彼方の能力の謎を解き明かすことだ。
「探索は俺が1人で部室棟とグラウンド、星子とコペルは1年生の使っている教室と体育館、それから移動教室だ」
「1人でやるのか?」
「俺は1人と5機だからな」
「すごいでしょ、こいつ」
「学校に居なければ通学路と、録画された公園だな。2人には公園の方に向かってもらう」
「じゃ、行くわよコペル」
「よし、出動だ!」
放課後の教室には一抹の寂しさがあるように思う。抜け殻みたいな教室の机の面を、夕陽がキラキラ光って、ホコリの些細な動きまで分かってしまう。なんとなく自分が場違いな存在に思えてしまうほどに、無機物の空間。窓の外からかすかに聞こえる部活動生たちの声が、この空間にかろうじて生命を吹き込んでいるようである。
「……誰もいないみたいだ」
階段を降りてから10数メートル、まだ2クラス分の教室しか見ていないコペルはなんとなくそう思った。
「そうみたいね」
そしてそれは、星子も同じことを感じとった。2人は奥まで見ることはせず、踵を返して下駄箱で靴を履き替え、正門を出て公園の方角へと歩き出した。夕陽は赤く燃える。そして影を生む。しかし夏の時期、人間は影を頼る。時として光というものは、溢れると熱を持ちすぎるのである。
「夏の次って秋じゃん」
「そうね」
「この時間帯、夏の次が秋の理由がわかる気がする」
「そうね。夕方って、次の季節を連れてくるわ……」
2人は大きな通りに出た。ここからは真っ直ぐ歩けば目的地の公園である。
「星子が戦うのは何故なんだ?」
「刺激があるのよ、私の能力、スターは。爆発したいだけ」
コペルはその解答に少し戸惑った。
「それだけで戦えるのか?」
「それだけ、か。そうね、動機の質では龍一やあんたに劣るわ。でも、覚悟がある。なんだって覚悟で突き動かしてきたわ」
星子は真っ直ぐな目つきでコペルを見つめた。コペルは帽子を深く被り、つばで目線を隠した。女の子にがっつり見つめられるのは気恥しい年頃である。
「龍一がスターに頼ろうとしないのは何故だ?」
「私のスターは真っ直ぐな能力で……、爽快な爆発力がある。でも、発動すると人格が相当凶暴になるわ。それが原因」
人格を変える能力……。詳細がよく分からないのでなんとも言えないが、女の子ならではって感じの能力である。
深い橙に照らされた大通りを進んでいると、目的地の公園へとたどり着いた。小さい規模の公園。夕焼けの魔法で遊具までもが寂しそうだ。
「誰もいないようだな。龍一にそう言っといてくれ」
コペルにそう言われて星子はスマホを取り出した。17時半。もうすぐ辺りが暗くなる。
「10分ほど待ち伏せしとけって。その後は日が落ちる前に真っ直ぐ帰るわ」
「了解」
その後は10分間、ただブランコに腰かけて通行人に気を配るのみで、変わったことは無かった。コペルとしては、公園でかわいい女の子と一緒にブランコに腰かけるなど、高校生までにそんなことができる低身長が何人いるだろうかと、ちょっとウキウキしていたが。
そして10分が過ぎ、2人がブランコを降りたその時だった。
「コペルくん、誰かが公園に入ってきたわ」
そう言われて出入口に目をやると、ガタイのいい男がこちらを向いて立っていた。しかも同じ産経高校の制服。肌はやや焼けていて、鋭い目付きと刈り上げた七三ヘアー。
「お前は、菅彼方!」
「俺を探しているんだろ、お前ら。だが辿り着けたのは不運なことだ。2人とも始末されるのだからな」
すかさずコペルは1歩踏み出した。この1歩に勝るものは、この世にはない。
「ゴールデン・ブラッド!」
超パワーの飛び回し蹴りが爆速で彼方を捕らえた。そう見えた。その通りになるはずだった。しかし、
「い、いない! どこにいったんだ……」
彼方は完全に消えて見せた。どこを探してもいない。思わずコペルは、彼方のいた場所で固まってしまった。するとどこからか拳が飛び出し、コペルのみぞおちをぶん殴った。
たまらずコペルは後ずさりし、その場にうずくまった。
「こ、これは……、一体……。痛った……」
「完全にやられたわね、コペル。これが彼方くんの戦闘スタイル……」
2人で身を固めるも、またしても何も無いところから拳が飛び出し、コペルを殴り飛ばした。
「ぐわっ、くそぉっ!」
そこら辺を無造作に殴るが攻撃は空を切り、コペルはそのまま倒れてしまった。次は地面から大きく蹴り上げられる。その次はまた殴られ、その次はまた蹴られ、殴られ……。
「ダメだ、どこに潜んでるのか検討もつかねえ!!」
「コペル、焦らないで! 恐怖したり、焦ってはならないわ!」
倒れる寸前でコペルは地面を蹴り、木に寄りかかった。落ち着いて、周りを目で見る。拳が見えた一瞬で、音速の一撃で逆にその拳をぶち折ってやる!
どこだ……。どこに潜んでいる……。澄ませ……。心を澄ますのだ……。心を……。
斑木星子はなんとなく気がついていた。かなりまずい状況に、コペルは置かれたのだと。いつだってそうだ。思いがけないところに驚きを覚えるのが超能力。彼女は自分の能力をよく知らない。人格が変わるので、大してよく覚えていないのである。だからこそ分かる。勝利も敗北も、思いがけないところに転がっていて、どちらを拾うのかは、それを早く見つけて1歩を踏み出した方にあると。
瞬間、コペルの視界に腕が見えた!
「うおぉぉおおお!」
全速全開でそれをぶん殴る!手応えは……
「こ、これは……」
「コペル、それは上着だわ、制服の上着!!」
コペルの拳に手応えはなく、制服が風圧で吹き飛んだ。コペルは反射的に上を向いた。それがガラガラの隙を生むこととなった。そう、驚きとは、思いがけないところに文字通り潜んでいるのである!
コペルが寄りかかっていたその木から、彼方の両拳が出現し、インファイトスタイルのように懐を狙って連打をかまし、コペルをぶっ飛ばした!
「ぐはぁ! なにぃっ!?」
コペルは地面を転がりながら、敗北を予想した。このまま何も出来ずに敗北する自分が想像出来た。そして、先ほどのように迎え撃つためではなく、ただの恐怖心から、コペルは滑り台に背を向けて寄りかかった。
目の前には、自分の拳の届かないところ、5メートルほどの間隔をもって、彼方が姿を現した。彼方は自分の制服を拾うと、土を落として羽織って見せた。余裕である。
「お前には俺を捕えられない。俺のスピリットの前には、お前は無力なのだからな」
「やばいな……」
「本当にお手上げかも知れないわね……、何も分からなかったわ」
「龍一からは……、何も来ないのか?」
「もう帰りついたみたいね。向かってるみたいだけど、龍一が来るまではまだあと10分ほどかかるわ」
「どうする……?」
「ヤバくなったら私のスターを使うわ。ただ、あいつがどうやって消えてるか分からないと、戦況が傾くかは分からない」
「そのことだが……」
コペルは恐怖を覚えるほどの能力、スピリットを前に、急に変なくらいに冷静な精神状態になった。何故なら、我々の前に彼方が姿を現したという疑問があったからである。制服を羽織るためか? そんなはずは無い。
「星子……、なんとなくだが分かってきた。次がその証明の段階だ。頼んだぜ! ゴールデン・ブラッド!」
「ちょ、どういうことよ!?」
コペルは力を振り絞って前進した。しかし、
「無駄なことを。スピリット!」
その瞬間、彼方はまたしても虚空に消えていく。さっきと同じ展開に彼方はにやりと口角を上げた。
コペルはあらゆるものを手当り次第に攻撃し始めた。落ちる木の葉、飛んでいる虫、蟻の行列、ブランコ、滑り台、鉄棒、とにかく目に入ったものは全て殴りつけた。
「無駄だっ!」
隙だらけとなったコペルを、見えるのに見えない拳が殴り飛ばす。よろめきながらもコペルは、辺り一面を手当り次第に殴り続けた。
「コペル!そのまま行けば拳が割れるわ! あんたの能力でも、治すのには時間がかかる!」
「だからこそお前に任せるんだ! 俺にだって、恐怖に打ち勝つ覚悟はある!」
コペルは考えていた。人生を賭けるべきは何か。それは今この時なのだ。見えない攻撃に、敗北を恐れはしない。決定と実行を繰り返して人は初めて、前にすすんでいけるのだ!
「相当やっつけられたいようだな……」
この事態を好機と捉えた彼方は、ここぞとばかりにコペルへ攻撃する。顎、みぞおち、スネ。ボコボコに殴られて、コペルは少しずつ意識が薄れていく。
13発殴られたところで、コペルはぐらりと大きくよろめいた。いつの間にか、コペルの拳は黄金の鮮血にまみれていた。夕陽も傾き始めている。限界を越えても、精神の炎は燃え尽きない! そしてついに、舞った木の葉から14発目の拳が繰り出されるのをコペルは目撃した!
「分かったぜ、星子! 生物だ! うげぇ!」
「え!?」
「こいつは生物の体内に潜んでいるんだ! だから消えたように見えたんだ!」
コペルはよろめきながらも倒れる寸前で踏ん張り、すぐに木の葉を殴って吹き飛ばした。風圧にヒラリと舞って、コペルの拳は空を切ったが、木の葉にかかった風圧に耐えきれず、そこから彼方が飛び出してきた。
「きさま……、斑木コペル……」
「あとは頼んだぜ……、星子……」
それだけ言い残してコペルは倒れた。星子は思った。この爆発力。この精神力。自分に足りないものを持ち併せるこの男から託されたものは確かに、自分のスターに受け継がれた!
「覚悟しなさい菅彼方! あんたは今から地獄に落とされるわ、私の能力、スターによって!」
星子はなんだか勇敢なふうに振る舞うことが出来た。心臓の奥からパワーがみなぎってくる実感があった。
「見せてみろ、俺のスピリットは無敵だ」
彼方は再び、この公園の中に生息する無数の生物のうちのいずれかへと、姿を潜めた。
星子は深く深呼吸して、ゆっくりと手をかざす。雷のようなフラッシュが起こり、その場に1本の大槍が突き刺さる。この槍を見ると思い出すわ、昔のこと……。
斑木星子が中学生の頃、両親は再婚した。再婚相手の男は最初のうちは優しかったが、すぐに仕事を辞めて酒に浸り始めた。そんな新しい父親に星子は戸惑い続けた。しかし、その期間は思っていたよりも短かった。
もともと内気な性格だった星子を、父親は酒の「あて」にすることにした。気分が悪いと星子に暴力を振るった。罪悪感はすぐに消えた。内気な娘は、決して自分に歯向かうことは無かった。そう思っていた。
星子は爆発したかった。クラスメイトに脅されている間、父親に殴られている間、きっと自分には未知なる能力が眠っていると信じた。爆発させることで、全てが変わると信じていた。その時は、すぐに訪れることとなる。
父親に殴られている途中、星子はリビングに槍が突き刺さっているのを見つけた。父親に聞いても何も見えないと言われて殴られた。いつも以上にもぞもぞしている娘に気が立った父親はいつもより苛烈で、星子は蹴り上げられてぶっ飛ばされた。命の危険を感じた星子は、無意識に床に突き刺さった槍を掴んでいた。その時、星子の心に凶暴な何かが生まれた。それからの5秒間を未だに彼女は思い出せない。思い出せるのは、父親が離婚の話を母親としている姿からだった。
今日はいつもより爽快になれるかもしれない、と星子は感じた。いつもよりフルスロットルに爆発出来ると思った。スターと名付けた能力。この槍が全てを変えるのだ。コペルも、私も、菅彼方も、全員助かって家に帰る!!
「槍を……、握った……」
滑り台に血まみれでぶっ倒れているコペルは、かろうじて意識を繋いでいた。初めて目撃する星子の能力。
「ぶっ殺す!」
星子が繰り出した刺突の連撃はエネルギー波となり、スピリットやゴールデン・ブラッド、いや、龍一のサテライト・メビウスの弾速ですら話にならない光速で、公園中の生物という生物を貫いた。
「死ねぇぇぇええ!!」
最初のうちこそ木の葉に潜んでいた彼方だったが、有り得ないほどの刺突の雨にたまらず地面の蟻へと移った。
「見えてんだよウスノロがぁ!!」
すかさず照準を地面に移す。両脚で大空へとぶっ飛んで、公園の地面全てに。
コペルは驚愕して滑り台の下へ身を移した。何もかもが規格外過ぎるぞ、こいつ!
「あ、ありえねぇ……」
「ぐぉぉおおお!」
彼方は蟻から蟻へと伝い、木の中へと身を潜める。無論、この姿も星子にはばっちり見えている。
「そこだぁぁ!!」
放たれるれる無数の刺突はたちまち4メートルはおろうかという木を粉砕し、公園の一角から10数メートル四方に木片がぶっ飛んだ。
「今だ!」
しかし、彼方は手負いながらもかろうじて生きていた。そして木片の束が宙に浮く星子のところまでぶっ飛ぶのを予測した。この木片はまだ生きている。彼女のところまでは、この木片が運んでくれる。
コペルはそのことに気づき、足に力を入れようとするが、ほんの少しの身動きしあ取れない。ズリ……、と何ミリか前に進んだだけで、星子の窮地に乱入できない。
「やばい、星子がやられる……」
「俺の勝ちだ、くらえーー!」
繰り出した拳は星子を目掛けて一直線に伸びていく。そして、
「お前の拳はここまでは届かねえみたいだな、菅くん!」
頭上からの声に思わず彼方は拳を引っ込めた。はるか上空から言葉を投げたのは、ドローンに掴まってやってきた龍一だった。
「よく持ち堪えたな、コペル、星子!」
間髪入れずに急降下し、サテライト・メビウスを展開する。
「サテライト・メビウス! ぶっぱなせー!」
頭上を見上げた星子はニヤリと口角を上げ、グリップを強く握りしめる。
「射止めろ! スター・ストーム!」
槍と太陽弾の総攻撃が彼方を、いや、全ての木片を粉砕する。もう逃げ場はどこにも無くなった!
「ぐぉぉぉおおっ……!」
彼方は成すすべなく地面へと突き落とされる。意識が飛びそうになるが、すぐに上空へと意識を繋げる。腕に力を入れてぐっと身体を押し上げた。
彼方が地面から起き上がると、そこには槍を構えた星子がいた。
「おい、ありゃやりすぎだぞ龍一」
「槍だけにか?」
「ちげぇよバカ。死んじまうぞ」
「そうならないようにお前をお供につけてたんだぜ、コペル。菅くんが大量出血で死ぬ前にゴールデン・ブラッドを注入してやれ。スターの人格がは、完全に決着が着くまで止まらないぜ」
「嘘だろ」
「うらぁぁあああああ!!!」
菅彼方が目を覚ますと、そこには3人の男女がいた。なんとなく、 朧気だが覚えている。自分は彼らに敗北したのだ。
「俺は……」
「戻ってるみたいだな、菅くん」
「ああ、ゴールデン・ブラッドにこんな使い道があるとは」
「あ、あなたたちは……」
「俺たちは吸血鬼退治部だ、新入部員よ」
3人はこれまでのことを話した。吸血鬼のことと、能力のことを。
彼方はしばらくうーんと考え込んでいたが、
「そうか……。君たちが俺を助けてくれたのか。もちろん、君たちが言いたいことは分かっている。俺もその部活で戦わせてもらおう。同じく吸血鬼を追うものとして目的が一致してるみたいだからな」
冷静に話を受け止めた。
「頼もしいな、菅くん。しかし目的が一致してるとは、どういうことだ?」
「俺の母親を拉致したのはマクスウェル……、やつらのリーダーなんだからな……」
「それってなんのこと? 恋愛のことか?」
「ま、そーともゆー」
「いい男子いるのか?」
「ぜーんぜん」
食堂で昼飯を一緒に食べている白金龍一との出会いは高校に入ってすぐだった。自身の能力を目撃されたのだ。ヤバい、と思ったが、それ程ヤバくないかも知れない、とも思った。こいつには「見えている」と、なんとなく分かった。それからは行動を共にしている。白金龍一の発足した部活……その頃は同好会だったが……を手伝うことにもした。
「じゃ、俺は生徒会あるから」
「止めちまいなさいよ生徒会。1人の時間が多いと吸血鬼にぶち殺されるわよ」
「ぶち……」
この男……斑木コペルとの出会いは1週間前、急に白金龍一が部室に彼を連れてきたことだった。なんかクラスの隅に居そうだな、と思ったが、まあその通りである。根暗でないだけマシかなと思って接していたが、今では意外とクールでいいやつって感じである。さっきのいい男子いるの? って質問にちょっと期待してたのなんかなかなかにアホではあるけど。
午後は漢文かあ、漢文だけにちんぷんかんぷん、って感じかあ。やだなあ。そう思いながら、星子は教室へ戻った。
夏の午後の授業は本当にかったるい。しかも漢文。ああだるいことだるいこと。斑木コペルかあ。斑木って苗字、珍しいと思ってたけど、同じ苗字の人初めて見たなあ。家系が同じなのかな。全然顔似てないし、私より背低いし。ま、それにしても、まさか能力者がもう1人いるなんて……。あの能力、ちょっと羨ましいかも。私の能力、ちょっと使い勝手悪いからなあ……。
そういえば、龍一が言ってたこと、本当なのかな。もし本当なら、この前の吸血鬼にもう……。
「ねえ、この前言ってたことほんと?」
「ああ、この学校にはもう1人、超能力を持った男がいる」
部室の黒板に、龍一がでかでかと名前を書いた。菅彼方。読みはすが かなた。産校の1年生で、龍一のドローンには彼方が木の高い場所に引っかかった風船を、難なく取ってみせる姿が録画されている。
「ガタイがいいな。1年生とは思えねえ」
「ああ、コワモテだしな。だが録画されているものは人助けだな」
龍一はドローンを掌に収納し、黒板の名前を消して、次の目標。菅彼方を部に勧誘する。と書いた。
「菅くんは見た感じ能力を使いこなしてるから、おそらく吸血鬼に襲われて超能力が発現したパターンだな」
そこでコペルは、さっきの星子の疑問が引っかかった。この前言ってたことという疑問の真相が、まだ解明されていないように思えていた。そして、コペル自身、この1年間で少しずつ、無意識の自分に精神が干渉され続けていたのだ。
「龍一くん、この菅くんがもう洗脳されているという可能性はあるのか?」
龍一はコペルの疑問を待っていた。彼の察しの良さは本当に頼もしかった。
「あの吸血鬼、リズという名前だったらしいが、彼女の能力で窓の外から睡眠状態の脳を洗脳するには3年ほどかかるらしい。そして、この菅彼方くんは4年ほど前に母親が行方不明となっているのだ」
行方不明。これが吸血鬼の仕業なのではないかと、龍一から散々聞かされていたので、コペルにとってこの1週間で聞き慣れたワードである。
「彼は4年前、外出先で母親と襲われ、その中で能力を発現した。その後吸血鬼たちに戦闘での撃破が難しいと判断され、洗脳攻撃を受け立派に敗北したのだ」
この街に、まだ始末されていない能力者の人間は、この菅彼方あと1人ということ、彼の能力の詳細については不明だが、少なくとも龍一と星子の能力は相手に割れていること、彼を一刻も早く見つけて元の脳に戻してやらなければならないことを龍一は続けた。
「元に戻す……、どうやればいいのかしら」
「ゴールデン・ブラッドは人間を強化するエネルギー……。輸血によって傷が治る。その応用で洗脳も解けないか、という期待はある」
「どうせ手探りになるんだからな。今はコペルに賭けることにしよう。まずは菅彼方とコンタクトを取る!」
3人は互いを見合わせてから頷き、部室を後にした。とりあえずの目標は彼方の能力の謎を解き明かすことだ。
「探索は俺が1人で部室棟とグラウンド、星子とコペルは1年生の使っている教室と体育館、それから移動教室だ」
「1人でやるのか?」
「俺は1人と5機だからな」
「すごいでしょ、こいつ」
「学校に居なければ通学路と、録画された公園だな。2人には公園の方に向かってもらう」
「じゃ、行くわよコペル」
「よし、出動だ!」
放課後の教室には一抹の寂しさがあるように思う。抜け殻みたいな教室の机の面を、夕陽がキラキラ光って、ホコリの些細な動きまで分かってしまう。なんとなく自分が場違いな存在に思えてしまうほどに、無機物の空間。窓の外からかすかに聞こえる部活動生たちの声が、この空間にかろうじて生命を吹き込んでいるようである。
「……誰もいないみたいだ」
階段を降りてから10数メートル、まだ2クラス分の教室しか見ていないコペルはなんとなくそう思った。
「そうみたいね」
そしてそれは、星子も同じことを感じとった。2人は奥まで見ることはせず、踵を返して下駄箱で靴を履き替え、正門を出て公園の方角へと歩き出した。夕陽は赤く燃える。そして影を生む。しかし夏の時期、人間は影を頼る。時として光というものは、溢れると熱を持ちすぎるのである。
「夏の次って秋じゃん」
「そうね」
「この時間帯、夏の次が秋の理由がわかる気がする」
「そうね。夕方って、次の季節を連れてくるわ……」
2人は大きな通りに出た。ここからは真っ直ぐ歩けば目的地の公園である。
「星子が戦うのは何故なんだ?」
「刺激があるのよ、私の能力、スターは。爆発したいだけ」
コペルはその解答に少し戸惑った。
「それだけで戦えるのか?」
「それだけ、か。そうね、動機の質では龍一やあんたに劣るわ。でも、覚悟がある。なんだって覚悟で突き動かしてきたわ」
星子は真っ直ぐな目つきでコペルを見つめた。コペルは帽子を深く被り、つばで目線を隠した。女の子にがっつり見つめられるのは気恥しい年頃である。
「龍一がスターに頼ろうとしないのは何故だ?」
「私のスターは真っ直ぐな能力で……、爽快な爆発力がある。でも、発動すると人格が相当凶暴になるわ。それが原因」
人格を変える能力……。詳細がよく分からないのでなんとも言えないが、女の子ならではって感じの能力である。
深い橙に照らされた大通りを進んでいると、目的地の公園へとたどり着いた。小さい規模の公園。夕焼けの魔法で遊具までもが寂しそうだ。
「誰もいないようだな。龍一にそう言っといてくれ」
コペルにそう言われて星子はスマホを取り出した。17時半。もうすぐ辺りが暗くなる。
「10分ほど待ち伏せしとけって。その後は日が落ちる前に真っ直ぐ帰るわ」
「了解」
その後は10分間、ただブランコに腰かけて通行人に気を配るのみで、変わったことは無かった。コペルとしては、公園でかわいい女の子と一緒にブランコに腰かけるなど、高校生までにそんなことができる低身長が何人いるだろうかと、ちょっとウキウキしていたが。
そして10分が過ぎ、2人がブランコを降りたその時だった。
「コペルくん、誰かが公園に入ってきたわ」
そう言われて出入口に目をやると、ガタイのいい男がこちらを向いて立っていた。しかも同じ産経高校の制服。肌はやや焼けていて、鋭い目付きと刈り上げた七三ヘアー。
「お前は、菅彼方!」
「俺を探しているんだろ、お前ら。だが辿り着けたのは不運なことだ。2人とも始末されるのだからな」
すかさずコペルは1歩踏み出した。この1歩に勝るものは、この世にはない。
「ゴールデン・ブラッド!」
超パワーの飛び回し蹴りが爆速で彼方を捕らえた。そう見えた。その通りになるはずだった。しかし、
「い、いない! どこにいったんだ……」
彼方は完全に消えて見せた。どこを探してもいない。思わずコペルは、彼方のいた場所で固まってしまった。するとどこからか拳が飛び出し、コペルのみぞおちをぶん殴った。
たまらずコペルは後ずさりし、その場にうずくまった。
「こ、これは……、一体……。痛った……」
「完全にやられたわね、コペル。これが彼方くんの戦闘スタイル……」
2人で身を固めるも、またしても何も無いところから拳が飛び出し、コペルを殴り飛ばした。
「ぐわっ、くそぉっ!」
そこら辺を無造作に殴るが攻撃は空を切り、コペルはそのまま倒れてしまった。次は地面から大きく蹴り上げられる。その次はまた殴られ、その次はまた蹴られ、殴られ……。
「ダメだ、どこに潜んでるのか検討もつかねえ!!」
「コペル、焦らないで! 恐怖したり、焦ってはならないわ!」
倒れる寸前でコペルは地面を蹴り、木に寄りかかった。落ち着いて、周りを目で見る。拳が見えた一瞬で、音速の一撃で逆にその拳をぶち折ってやる!
どこだ……。どこに潜んでいる……。澄ませ……。心を澄ますのだ……。心を……。
斑木星子はなんとなく気がついていた。かなりまずい状況に、コペルは置かれたのだと。いつだってそうだ。思いがけないところに驚きを覚えるのが超能力。彼女は自分の能力をよく知らない。人格が変わるので、大してよく覚えていないのである。だからこそ分かる。勝利も敗北も、思いがけないところに転がっていて、どちらを拾うのかは、それを早く見つけて1歩を踏み出した方にあると。
瞬間、コペルの視界に腕が見えた!
「うおぉぉおおお!」
全速全開でそれをぶん殴る!手応えは……
「こ、これは……」
「コペル、それは上着だわ、制服の上着!!」
コペルの拳に手応えはなく、制服が風圧で吹き飛んだ。コペルは反射的に上を向いた。それがガラガラの隙を生むこととなった。そう、驚きとは、思いがけないところに文字通り潜んでいるのである!
コペルが寄りかかっていたその木から、彼方の両拳が出現し、インファイトスタイルのように懐を狙って連打をかまし、コペルをぶっ飛ばした!
「ぐはぁ! なにぃっ!?」
コペルは地面を転がりながら、敗北を予想した。このまま何も出来ずに敗北する自分が想像出来た。そして、先ほどのように迎え撃つためではなく、ただの恐怖心から、コペルは滑り台に背を向けて寄りかかった。
目の前には、自分の拳の届かないところ、5メートルほどの間隔をもって、彼方が姿を現した。彼方は自分の制服を拾うと、土を落として羽織って見せた。余裕である。
「お前には俺を捕えられない。俺のスピリットの前には、お前は無力なのだからな」
「やばいな……」
「本当にお手上げかも知れないわね……、何も分からなかったわ」
「龍一からは……、何も来ないのか?」
「もう帰りついたみたいね。向かってるみたいだけど、龍一が来るまではまだあと10分ほどかかるわ」
「どうする……?」
「ヤバくなったら私のスターを使うわ。ただ、あいつがどうやって消えてるか分からないと、戦況が傾くかは分からない」
「そのことだが……」
コペルは恐怖を覚えるほどの能力、スピリットを前に、急に変なくらいに冷静な精神状態になった。何故なら、我々の前に彼方が姿を現したという疑問があったからである。制服を羽織るためか? そんなはずは無い。
「星子……、なんとなくだが分かってきた。次がその証明の段階だ。頼んだぜ! ゴールデン・ブラッド!」
「ちょ、どういうことよ!?」
コペルは力を振り絞って前進した。しかし、
「無駄なことを。スピリット!」
その瞬間、彼方はまたしても虚空に消えていく。さっきと同じ展開に彼方はにやりと口角を上げた。
コペルはあらゆるものを手当り次第に攻撃し始めた。落ちる木の葉、飛んでいる虫、蟻の行列、ブランコ、滑り台、鉄棒、とにかく目に入ったものは全て殴りつけた。
「無駄だっ!」
隙だらけとなったコペルを、見えるのに見えない拳が殴り飛ばす。よろめきながらもコペルは、辺り一面を手当り次第に殴り続けた。
「コペル!そのまま行けば拳が割れるわ! あんたの能力でも、治すのには時間がかかる!」
「だからこそお前に任せるんだ! 俺にだって、恐怖に打ち勝つ覚悟はある!」
コペルは考えていた。人生を賭けるべきは何か。それは今この時なのだ。見えない攻撃に、敗北を恐れはしない。決定と実行を繰り返して人は初めて、前にすすんでいけるのだ!
「相当やっつけられたいようだな……」
この事態を好機と捉えた彼方は、ここぞとばかりにコペルへ攻撃する。顎、みぞおち、スネ。ボコボコに殴られて、コペルは少しずつ意識が薄れていく。
13発殴られたところで、コペルはぐらりと大きくよろめいた。いつの間にか、コペルの拳は黄金の鮮血にまみれていた。夕陽も傾き始めている。限界を越えても、精神の炎は燃え尽きない! そしてついに、舞った木の葉から14発目の拳が繰り出されるのをコペルは目撃した!
「分かったぜ、星子! 生物だ! うげぇ!」
「え!?」
「こいつは生物の体内に潜んでいるんだ! だから消えたように見えたんだ!」
コペルはよろめきながらも倒れる寸前で踏ん張り、すぐに木の葉を殴って吹き飛ばした。風圧にヒラリと舞って、コペルの拳は空を切ったが、木の葉にかかった風圧に耐えきれず、そこから彼方が飛び出してきた。
「きさま……、斑木コペル……」
「あとは頼んだぜ……、星子……」
それだけ言い残してコペルは倒れた。星子は思った。この爆発力。この精神力。自分に足りないものを持ち併せるこの男から託されたものは確かに、自分のスターに受け継がれた!
「覚悟しなさい菅彼方! あんたは今から地獄に落とされるわ、私の能力、スターによって!」
星子はなんだか勇敢なふうに振る舞うことが出来た。心臓の奥からパワーがみなぎってくる実感があった。
「見せてみろ、俺のスピリットは無敵だ」
彼方は再び、この公園の中に生息する無数の生物のうちのいずれかへと、姿を潜めた。
星子は深く深呼吸して、ゆっくりと手をかざす。雷のようなフラッシュが起こり、その場に1本の大槍が突き刺さる。この槍を見ると思い出すわ、昔のこと……。
斑木星子が中学生の頃、両親は再婚した。再婚相手の男は最初のうちは優しかったが、すぐに仕事を辞めて酒に浸り始めた。そんな新しい父親に星子は戸惑い続けた。しかし、その期間は思っていたよりも短かった。
もともと内気な性格だった星子を、父親は酒の「あて」にすることにした。気分が悪いと星子に暴力を振るった。罪悪感はすぐに消えた。内気な娘は、決して自分に歯向かうことは無かった。そう思っていた。
星子は爆発したかった。クラスメイトに脅されている間、父親に殴られている間、きっと自分には未知なる能力が眠っていると信じた。爆発させることで、全てが変わると信じていた。その時は、すぐに訪れることとなる。
父親に殴られている途中、星子はリビングに槍が突き刺さっているのを見つけた。父親に聞いても何も見えないと言われて殴られた。いつも以上にもぞもぞしている娘に気が立った父親はいつもより苛烈で、星子は蹴り上げられてぶっ飛ばされた。命の危険を感じた星子は、無意識に床に突き刺さった槍を掴んでいた。その時、星子の心に凶暴な何かが生まれた。それからの5秒間を未だに彼女は思い出せない。思い出せるのは、父親が離婚の話を母親としている姿からだった。
今日はいつもより爽快になれるかもしれない、と星子は感じた。いつもよりフルスロットルに爆発出来ると思った。スターと名付けた能力。この槍が全てを変えるのだ。コペルも、私も、菅彼方も、全員助かって家に帰る!!
「槍を……、握った……」
滑り台に血まみれでぶっ倒れているコペルは、かろうじて意識を繋いでいた。初めて目撃する星子の能力。
「ぶっ殺す!」
星子が繰り出した刺突の連撃はエネルギー波となり、スピリットやゴールデン・ブラッド、いや、龍一のサテライト・メビウスの弾速ですら話にならない光速で、公園中の生物という生物を貫いた。
「死ねぇぇぇええ!!」
最初のうちこそ木の葉に潜んでいた彼方だったが、有り得ないほどの刺突の雨にたまらず地面の蟻へと移った。
「見えてんだよウスノロがぁ!!」
すかさず照準を地面に移す。両脚で大空へとぶっ飛んで、公園の地面全てに。
コペルは驚愕して滑り台の下へ身を移した。何もかもが規格外過ぎるぞ、こいつ!
「あ、ありえねぇ……」
「ぐぉぉおおお!」
彼方は蟻から蟻へと伝い、木の中へと身を潜める。無論、この姿も星子にはばっちり見えている。
「そこだぁぁ!!」
放たれるれる無数の刺突はたちまち4メートルはおろうかという木を粉砕し、公園の一角から10数メートル四方に木片がぶっ飛んだ。
「今だ!」
しかし、彼方は手負いながらもかろうじて生きていた。そして木片の束が宙に浮く星子のところまでぶっ飛ぶのを予測した。この木片はまだ生きている。彼女のところまでは、この木片が運んでくれる。
コペルはそのことに気づき、足に力を入れようとするが、ほんの少しの身動きしあ取れない。ズリ……、と何ミリか前に進んだだけで、星子の窮地に乱入できない。
「やばい、星子がやられる……」
「俺の勝ちだ、くらえーー!」
繰り出した拳は星子を目掛けて一直線に伸びていく。そして、
「お前の拳はここまでは届かねえみたいだな、菅くん!」
頭上からの声に思わず彼方は拳を引っ込めた。はるか上空から言葉を投げたのは、ドローンに掴まってやってきた龍一だった。
「よく持ち堪えたな、コペル、星子!」
間髪入れずに急降下し、サテライト・メビウスを展開する。
「サテライト・メビウス! ぶっぱなせー!」
頭上を見上げた星子はニヤリと口角を上げ、グリップを強く握りしめる。
「射止めろ! スター・ストーム!」
槍と太陽弾の総攻撃が彼方を、いや、全ての木片を粉砕する。もう逃げ場はどこにも無くなった!
「ぐぉぉぉおおっ……!」
彼方は成すすべなく地面へと突き落とされる。意識が飛びそうになるが、すぐに上空へと意識を繋げる。腕に力を入れてぐっと身体を押し上げた。
彼方が地面から起き上がると、そこには槍を構えた星子がいた。
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「嘘だろ」
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「俺は……」
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3人はこれまでのことを話した。吸血鬼のことと、能力のことを。
彼方はしばらくうーんと考え込んでいたが、
「そうか……。君たちが俺を助けてくれたのか。もちろん、君たちが言いたいことは分かっている。俺もその部活で戦わせてもらおう。同じく吸血鬼を追うものとして目的が一致してるみたいだからな」
冷静に話を受け止めた。
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