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長屋の朝
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「おはよう!」
おヒサ姉さんの元気な声が朝からオレの耳に飛び込んで来る。オレの部屋の外からでも聞こえてくるんだから凄い声量だ。目覚ましなんか必要ない。
「おーはーよー」オレは、寝ぼけた状態で答える。
部屋の外にいるおヒサ姉さんに聞こえたかどうか心配だ。
昨日の夜は、なんか、姉さんばかり出て来る夢だったらしい。
結局熟睡出来た気がしない……それとも、今日の件で気持ちが高ぶっていたのかもだ……何れにしても、顔を洗ってスッキリとした気持ちで八丁堀の旦那に合わないと、筋が通せないだろう。オレは、無理矢理体を起こして部屋の外に出て、長屋の共同井戸の冷たい水で顔を洗った。
バシャバシャ!
バシャバシャ!
ふうー、やっと目が覚めたかな?
「ところでおヒサさん、どうしたんだよ? 朝から元気だなー」
濡れた顔を手拭いでゴシゴシ擦すってから、おヒサ姉さんの方を見る。
「何言ってんの、もう、だいぶ日が登ってるんだから、早く行かないと昼になっちまうよ。八丁堀の旦那だって暇じゃ無いんだろうから、サッサと行って要件済ませちゃいましょ!」
既に元気バリバリのおヒサ姉さん。
「えー、オレまだ飯も食ってないんだけど?」
腹の辺りを手でさすりながら答える。
「分かってるわよ、だから声をかけたんじゃない。ウチで朝ご飯食べましょ!」
オレの顔を見てニコリと笑いながら、待ってましたとばかりに言う。
「お、やったー! おヒサさんの朝ごはんが食べられる。これでオレたちも夫婦だな。おヒサさーん」スリ、スリ
まるで太鼓持ちの様に、腰を引いて両手を擦りながら、おヒサ姉さんの方に向かって歩き始めると。
「甘いね、時ちゃん! 今日は、おタマちゃんも一緒なんだよっ! 三人で朝ごはんなのさ!」
指を3本立てて、オレに向ける。
「うわぁー! やられた!」オレは思いっきりズッコケるフリをする。
「おヒサさんと二人だけで、イチャイチャ朝ごはんの予定が。おヒサさんの弟子のおタマちゃんと三人でご飯か――」
思わず片手で顔を撫でて、無念さをおヒサ姉さんにアピールする。
「あのーっ、師匠――。ワタスがジャマなら、言ってくだされば、用事が済むまで外で待ってまスけど……」
部屋の奥から、申し訳なさそうに、弟子の女の子の声が聞こえて来る。
「イイのよ!おタマちゃん。おタマちゃんがいた方が、ご飯が美味しいの。こんな唐変木と二人でご飯なんか食べたら、これから何言われるかわからないからね!」
奥にいるであろう弟子の女の子に向かって明るく言い放つ。
「えー! オレってそんなに嫌われてるのか?」
まあ、昨日はいじりすぎたかも、だな。それに弟子の女の子には挨拶もしたいしな。
「おタマちゃん。初めまして、かな……オレはお隣さんの時次郎って言うんだ。まあ、しがない鍛冶屋をやってるから、包丁がすり減って来たら、打ち直してやるぜ」
真面目な職人である事を必死に印象付ける。
人間最初が肝心さ。
「あ、おヒサさんの弟子なら、特別料金で無料にしてやるから、お金の心配はいらないぜ」
「時ちゃん、タダは駄目だよー。こういうのはケジメをつけなきゃあ。後で、ズルズル行っちゃうから。最低のお金はもらうか、出世払いにするのさ!」おヒサ姉さんはひとし指をオレに向かって左右に振りながら告げる。
「おヒサさん、そこは真面目なんだね」
「世の中には、嫌な奴が居るんだよ! お金は要らないから、カラダで払えとかね。時ちゃんみたいな、善人ばかりじゃないのさ。悲しいけどね」
おヒサ姉さん、両手のひらを上に向けて、ため息混じりにチョット肩を落として言う。
「あー、そうか。そうかもな……世知辛い世の中だよな。分かった! じゃあおタマちゃんの場合は、一銭で良いからな。金物なら、何でも打ち直してやるから、持っておいで」
オレは弟子の女の子に優しく言葉をかける。将来のお客様だよ。
「時次郎さん。ありがとうございまス。このご恩は一生忘れません」
おタマちゃんは、時次郎に向かって深々と頭を下げた。
「オイオイ。オレは、まだ仕事をもらってないから、そこまで頭を下げる必要は無いよ」
おタマちゃんの対応に、チョット居心地が悪い時次郎。
「そうよ、おタマちゃん。時ちゃんにそこまで恩義なんか感じる必要は無いわよ! 師匠であるアタシをいじる、悪い奴なんだから!」
少し笑いながら、冗談ぎみに答えるおヒサ姉さん。
「ヘイヘイ、どうせオレは悪い奴ですよ。まあ、それはそれとして。早く飯を食べようぜ、味噌汁が冷めちまうぜ」
そうこうしながら、おヒサ姉さんが用意してくれた朝ごはんを、三人で食べ始めた。
「お、このお新香上手いなあ。こっちの漬物も、魂こもってるじゃん。これは全部おヒサ姉さんお手製かな?」
オレは、漬け物のうまさを必死にアピールしてポイントを稼ごうとする。
「そんな訳無いじゃない。髪結いの手は、仕事人の手なんだから、漬物くさいとお客さん寄り付かないわよ。これは向かいの、おトラばあちゃんのお手製よ」
全然ポイント稼ぎになっていなかった。
「うへ! おトラばあさんか。オレ、あのばあさん苦手なんだよな。鍛冶の仕事で井戸から沢山水を汲むと、必ずやって来て、水をこぼすな、ってグチグチ言われるんだ」
婆さんの顔を思い浮かべて、茶碗を持ったまま、ちょいと肩を落とす。
「なんだ、時ちゃんだったの? 時々井戸の周りがベチャベチャで、長屋の人みんなで文句を言ってたのに。でも、おトラばあさん、犯人が時ちゃんだと知ってても、アタシ達には一言も言わないわよ。きっと、時ちゃんの事、かばってるのよ」
おヒサ姉は、犯人が分かってホッとした様な顔を時次郎に向ける。そして我が意を得たり、と言う顔で時次郎に話し続ける。「なんだー、おトラ婆さん、ヤッパリ良い人じゃない」
オレは長屋でそんな事になっていたのを知らなかった。
「へー、そんなに話題になってたのか。次からは、水を汲むときは、もう少し注意するよ……」
チョットしょげて見せる。
「ほらほら、おタマちゃんも。もっとご飯を食べて、味噌汁をお飲み。ちゃんと栄養を付けて、アタシぐらいの乳房になりな!そうすれば、お客さんも沢山付くから」
おヒサ姉さんは、オレの事は放っておいて、弟子の女の子にハッパをかけ始める。
「お姉さん、さっきは『カラダを売るな』みたいな話をしてなかったかい? なんか、言ってる事違うくないか?」
「良いのよ、カラダを売るのでは無くて、売るのは髪結いの技術だけ。カラダは、客寄せの道具なの」
「はいはい、分かりました」なんとなく腑に落ちないが、まあいいか。
パクパク
モグモグ
…
「あー、でも美味しかった。ご馳走様でしたー。ヤッパリご飯は沢山の人と食べると美味しいなあ、これで、今日は朝から元気ビンビンだー!」
朝メシを食って元気が出て来たオレは、早速シモの話をする。
「もう、時ちゃんたら、朝から恥ずかしいんだから。おタマちゃんがいるんだから、あまり下品な事は言わないでね」
おヒサ姉さんに注意されて、とし若い女の子がいたのを思い出す。
「お、そうか、おタマちゃんがいたんだっけ。ゴメンよ、おタマちゃん。朝から下の話で」
「ウフフ、大丈夫でス。時次郎さん。ワタスだって、もう子供じゃありませんから。男の人の行動は気にしません」
おタマちゃん、少しはにかみながら時次郎に答える。
「おお、そういえば、今日はおタマちゃんも一緒に八丁堀に行くのかい?」
「ええ、今日は奥様の髪結いがあるので、おタマちゃんも連れて行くわ。だから、例の話は、八丁堀の旦那と二人だけでしてくれる?」
「おお良いよ」(良かった、おヒサ姉さんに聞かせたく無い話もあるから、これは好都合だ。)
「じゃあ、オレも用意があるから自分の部屋に戻ってらあ。姉さんとタマちゃんの支度が出来たら、声をかけてくれ!」
そういうと、オレは姉さんとタマちゃんを残して、自分の部屋に戻って行った。
おヒサ姉さんの元気な声が朝からオレの耳に飛び込んで来る。オレの部屋の外からでも聞こえてくるんだから凄い声量だ。目覚ましなんか必要ない。
「おーはーよー」オレは、寝ぼけた状態で答える。
部屋の外にいるおヒサ姉さんに聞こえたかどうか心配だ。
昨日の夜は、なんか、姉さんばかり出て来る夢だったらしい。
結局熟睡出来た気がしない……それとも、今日の件で気持ちが高ぶっていたのかもだ……何れにしても、顔を洗ってスッキリとした気持ちで八丁堀の旦那に合わないと、筋が通せないだろう。オレは、無理矢理体を起こして部屋の外に出て、長屋の共同井戸の冷たい水で顔を洗った。
バシャバシャ!
バシャバシャ!
ふうー、やっと目が覚めたかな?
「ところでおヒサさん、どうしたんだよ? 朝から元気だなー」
濡れた顔を手拭いでゴシゴシ擦すってから、おヒサ姉さんの方を見る。
「何言ってんの、もう、だいぶ日が登ってるんだから、早く行かないと昼になっちまうよ。八丁堀の旦那だって暇じゃ無いんだろうから、サッサと行って要件済ませちゃいましょ!」
既に元気バリバリのおヒサ姉さん。
「えー、オレまだ飯も食ってないんだけど?」
腹の辺りを手でさすりながら答える。
「分かってるわよ、だから声をかけたんじゃない。ウチで朝ご飯食べましょ!」
オレの顔を見てニコリと笑いながら、待ってましたとばかりに言う。
「お、やったー! おヒサさんの朝ごはんが食べられる。これでオレたちも夫婦だな。おヒサさーん」スリ、スリ
まるで太鼓持ちの様に、腰を引いて両手を擦りながら、おヒサ姉さんの方に向かって歩き始めると。
「甘いね、時ちゃん! 今日は、おタマちゃんも一緒なんだよっ! 三人で朝ごはんなのさ!」
指を3本立てて、オレに向ける。
「うわぁー! やられた!」オレは思いっきりズッコケるフリをする。
「おヒサさんと二人だけで、イチャイチャ朝ごはんの予定が。おヒサさんの弟子のおタマちゃんと三人でご飯か――」
思わず片手で顔を撫でて、無念さをおヒサ姉さんにアピールする。
「あのーっ、師匠――。ワタスがジャマなら、言ってくだされば、用事が済むまで外で待ってまスけど……」
部屋の奥から、申し訳なさそうに、弟子の女の子の声が聞こえて来る。
「イイのよ!おタマちゃん。おタマちゃんがいた方が、ご飯が美味しいの。こんな唐変木と二人でご飯なんか食べたら、これから何言われるかわからないからね!」
奥にいるであろう弟子の女の子に向かって明るく言い放つ。
「えー! オレってそんなに嫌われてるのか?」
まあ、昨日はいじりすぎたかも、だな。それに弟子の女の子には挨拶もしたいしな。
「おタマちゃん。初めまして、かな……オレはお隣さんの時次郎って言うんだ。まあ、しがない鍛冶屋をやってるから、包丁がすり減って来たら、打ち直してやるぜ」
真面目な職人である事を必死に印象付ける。
人間最初が肝心さ。
「あ、おヒサさんの弟子なら、特別料金で無料にしてやるから、お金の心配はいらないぜ」
「時ちゃん、タダは駄目だよー。こういうのはケジメをつけなきゃあ。後で、ズルズル行っちゃうから。最低のお金はもらうか、出世払いにするのさ!」おヒサ姉さんはひとし指をオレに向かって左右に振りながら告げる。
「おヒサさん、そこは真面目なんだね」
「世の中には、嫌な奴が居るんだよ! お金は要らないから、カラダで払えとかね。時ちゃんみたいな、善人ばかりじゃないのさ。悲しいけどね」
おヒサ姉さん、両手のひらを上に向けて、ため息混じりにチョット肩を落として言う。
「あー、そうか。そうかもな……世知辛い世の中だよな。分かった! じゃあおタマちゃんの場合は、一銭で良いからな。金物なら、何でも打ち直してやるから、持っておいで」
オレは弟子の女の子に優しく言葉をかける。将来のお客様だよ。
「時次郎さん。ありがとうございまス。このご恩は一生忘れません」
おタマちゃんは、時次郎に向かって深々と頭を下げた。
「オイオイ。オレは、まだ仕事をもらってないから、そこまで頭を下げる必要は無いよ」
おタマちゃんの対応に、チョット居心地が悪い時次郎。
「そうよ、おタマちゃん。時ちゃんにそこまで恩義なんか感じる必要は無いわよ! 師匠であるアタシをいじる、悪い奴なんだから!」
少し笑いながら、冗談ぎみに答えるおヒサ姉さん。
「ヘイヘイ、どうせオレは悪い奴ですよ。まあ、それはそれとして。早く飯を食べようぜ、味噌汁が冷めちまうぜ」
そうこうしながら、おヒサ姉さんが用意してくれた朝ごはんを、三人で食べ始めた。
「お、このお新香上手いなあ。こっちの漬物も、魂こもってるじゃん。これは全部おヒサ姉さんお手製かな?」
オレは、漬け物のうまさを必死にアピールしてポイントを稼ごうとする。
「そんな訳無いじゃない。髪結いの手は、仕事人の手なんだから、漬物くさいとお客さん寄り付かないわよ。これは向かいの、おトラばあちゃんのお手製よ」
全然ポイント稼ぎになっていなかった。
「うへ! おトラばあさんか。オレ、あのばあさん苦手なんだよな。鍛冶の仕事で井戸から沢山水を汲むと、必ずやって来て、水をこぼすな、ってグチグチ言われるんだ」
婆さんの顔を思い浮かべて、茶碗を持ったまま、ちょいと肩を落とす。
「なんだ、時ちゃんだったの? 時々井戸の周りがベチャベチャで、長屋の人みんなで文句を言ってたのに。でも、おトラばあさん、犯人が時ちゃんだと知ってても、アタシ達には一言も言わないわよ。きっと、時ちゃんの事、かばってるのよ」
おヒサ姉は、犯人が分かってホッとした様な顔を時次郎に向ける。そして我が意を得たり、と言う顔で時次郎に話し続ける。「なんだー、おトラ婆さん、ヤッパリ良い人じゃない」
オレは長屋でそんな事になっていたのを知らなかった。
「へー、そんなに話題になってたのか。次からは、水を汲むときは、もう少し注意するよ……」
チョットしょげて見せる。
「ほらほら、おタマちゃんも。もっとご飯を食べて、味噌汁をお飲み。ちゃんと栄養を付けて、アタシぐらいの乳房になりな!そうすれば、お客さんも沢山付くから」
おヒサ姉さんは、オレの事は放っておいて、弟子の女の子にハッパをかけ始める。
「お姉さん、さっきは『カラダを売るな』みたいな話をしてなかったかい? なんか、言ってる事違うくないか?」
「良いのよ、カラダを売るのでは無くて、売るのは髪結いの技術だけ。カラダは、客寄せの道具なの」
「はいはい、分かりました」なんとなく腑に落ちないが、まあいいか。
パクパク
モグモグ
…
「あー、でも美味しかった。ご馳走様でしたー。ヤッパリご飯は沢山の人と食べると美味しいなあ、これで、今日は朝から元気ビンビンだー!」
朝メシを食って元気が出て来たオレは、早速シモの話をする。
「もう、時ちゃんたら、朝から恥ずかしいんだから。おタマちゃんがいるんだから、あまり下品な事は言わないでね」
おヒサ姉さんに注意されて、とし若い女の子がいたのを思い出す。
「お、そうか、おタマちゃんがいたんだっけ。ゴメンよ、おタマちゃん。朝から下の話で」
「ウフフ、大丈夫でス。時次郎さん。ワタスだって、もう子供じゃありませんから。男の人の行動は気にしません」
おタマちゃん、少しはにかみながら時次郎に答える。
「おお、そういえば、今日はおタマちゃんも一緒に八丁堀に行くのかい?」
「ええ、今日は奥様の髪結いがあるので、おタマちゃんも連れて行くわ。だから、例の話は、八丁堀の旦那と二人だけでしてくれる?」
「おお良いよ」(良かった、おヒサ姉さんに聞かせたく無い話もあるから、これは好都合だ。)
「じゃあ、オレも用意があるから自分の部屋に戻ってらあ。姉さんとタマちゃんの支度が出来たら、声をかけてくれ!」
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