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最終章
【最終話】先に繋がる希望
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「——…… おーい」
「ほむらぁー。起きて、起きて」
「…… 」
いくら名前を呼んで反応が返ってこない。息はしているが、様子的には死んでいてもおかしくないであろう見た目をしているので、少しの不安が胸によぎる。さてどうしたものか…… 。彼は悩むように首の後ろをさすり、少しだけは悩んだが、即座に妙案を思い付いた。
「そんなに無防備なままだと、お義父さんがお前のお口にちゅーしちゃうぞ?」
そう言ってツンッと唇とつついた瞬間、鳥居の上で寝転んだままになっていた焔の目蓋がクワッと一気に見開かれた。
そして、勢いよく上半身を起こし、慌てて周囲を見渡し状況を確認する。着ている紺色の着物は原型を留めていない程にボロボロで、雪のような素肌には火傷の跡や爪で切り裂かれた痕跡がまざまざと残っている。血で真っ赤に染まっていた腕はすっかり乾いてドス黒くなっており、少し洗った程度では落ちそうにない。黒い手枷と足枷による加重は消えていたが、はまっていた部分はくっきりとした痣が出来ていた。昨日からヒビがはいったままになっていた右手の指の数本がリアンとの交戦中に完全に折れたみたいでズキズキと激痛が走っているが、まだこのくらいなら我慢できそうな範囲だ。
「おかえり、焔」
陰陽師を連想させる衣装に身を包んだオウガノミコトが、焔の傍にしゃがんで顔を覗き込んできた。
本人が無意識で飛ばした分身体とは会ったばかりだが、本体との姿に相違があり過ぎたせいか、懐かしさを感じる。真っ白な髪、頭部に生える美しい形をした狐耳、巨大な七尾の尻尾、透き通る白い肌と優しい声。そして…… 竜斗の魂が眠るであろう、首に飾られた勾玉を見て、焔が口元を引き絞った。
(戻ったのか、元の世界に)
やり切ったという達成感は無く、寂しさだけが胸の奥からわいてくる。
「まさか君が、この時間に戻るとは思わなかったな」
ふうっと息を吐き出し、残念そうにオウガノミコトが呟いた。
「てっきり焔は、“竜斗”を殺す直前の時間に帰ると思っていたよ」
そう言って、オウガノミコトが焔の瞳を真っ直ぐ見詰める。彼の中で色々な感情や考えが綯い交ぜになっている事を感じ取り、焔は眉を顰めた。
「…… あの世界を創ったのは、オウガだよな?」
体勢を変え、焔がその場であぐらをかく。そして無遠慮にオウガノミコトの顔を指さすと、「説明しろ。何を望み、何を企んで俺をあの世界へ飛ばしたんだ?」と訊いた。
「説明責任ってやつか。んー…… まぁいいけど、長くなるよ?」
「構わん。時間なんか無限にあるんだしな」
「わかったよ。でも、その前にひとつ訊かせて」
「何だ?」
「私の“竜斗”は、元気にしていたかい?」
切なげな顔で微笑み、オウガノミコトがそう問い掛けたが、肝心の焔はキョトン顔だ。
『あれ?まさか一年以上向こうに居たのに、二人は逢っていないのかな?』と、不思議に思いながら首を傾げると、焔はオウガノミコの首を飾る勾玉を指差した。
「“竜斗”はその中だろう?」
「…… 」
「…… 」
二人とも黙り込んだが、しばらくして、状況を軽く察したオウガノミコトが先に口を開いた。
「あー…… うん、わかった」とオウガノミコトが言い、後頭部を軽くかく。
天然で鈍感な所があるうえに、途中まで、焔には過去の記憶が無かった事を思い出し、一から説明する必要性を改めて実感した。
「まずは先に君からの質問に答えようか。焔を飛ばした、あの異世界を創ったのは確かに私だよ。でも、あの世界の基礎となった企画書を作ったのは、竜斗だ」
「竜斗…… が?どうやって」
素でわかっていない焔の雰囲気がオウガノミコトにとって可愛くってしょうがないが、その感情を顔には出さず、話を続ける。
「私と君の約束は覚えているかな?『竜斗を助けて欲しい』っていうやつだ」
「あぁ、もちろん。だから何度も何度も、この八代神社に産まれる第一子と竜斗の魂を結びつけ、力の使い方を覚えつつ善行を積んで…… 」
途中で焔の言葉が途切れ、慌てて神社の神主一家が住む住宅部分に顔を向ける。今まで焔の中でバラバラだった情報が一気に組み上がり、やっと自分を取り囲んでいた状況を理解出来始めたみたいだ。
「竜斗が生きているのか⁉︎」
前のめりになりつつ、歓喜に満ちた顔で焔が叫んだ。
逢えるのか、やっと、やっと!
興奮で顔が赤らみ、すぐにでも飛んで行きた気持ちになる。だがオウガノミコトは渋い顔をし、その場に正座をしてゆっくりと首を横に振った。
「竜斗は、また死んだよ」
ヒュッと焔の喉が鳴った。赤かった頬が途端に青ざめ、血の気の引いたさまは今の姿に相応しいものだが、ちくりとオウガノミコトの心に傷をつける。
「今までは、何度も何度も私達の目の前で“八代竜斗”が死んでもそんな反応は一切しなかったのに、やっぱり過去の記憶が戻ると、その報告を聞くのは気分のいいものじゃ無いよね」
「…… そう、だな」
目蓋を伏せ、神社に生まれた何世代にも渡る第一子達の死に様を見届けてきた記憶が、走馬灯でも見るかのように脳裏を駆け巡った。当時は『人がまた死んだか』とだけ思い、『また次の世代まで、この家には“縁結び”をする必要は無いのだな』くらいしか考えていなかったのに、あれらが全て“竜斗”の肉体が死ぬ瞬間だったのだと思うと、胸が引き裂かれる様な感情が急激に襲いかかってくる。
すぐには感情を処理しきれず、ぼたぼたと冷たい汗が流れ落ち、焔は胸を掻きむしった。
そんな彼の姿に心を痛めながらも、オウガノミコトは話を続ける。
「焔のおかげで、今回の“竜斗”はとても長生きでね、三十二歳までは健康体だったんだけど…… 」
「やっぱりまた、原因不明の死因で急死したのか?」
今にも泣き出しそうな顔をし、早口で問い掛けた。
歴代の“竜斗”達が、人間の肉体では彼の魂と上手く融合できず、耐えきれなくなって早死にしてきた事実が重くのしかかる。“鬼”という特性のせいで縁を切る能力に特化していた為、上手く縁を結んでやれなかった自分の責任だと己を責めた。
「あー…… いや」と言い、オウガノミコトが視線を逸らす。
(鳥居の上で昼寝をしていた焔の姿に見惚れて、階段から足を滑らせた落下死って、今のこの子には言いにくいなぁ!)
「…… 事故、だね」
神という立場的にも嘘は言いたく無いので、やんわりと情報を伏せた。詳しく訊かれたらどうしようか!と困っていたが、焔は苦しそうに顔を顰め、「そうか…… 」とだけ呟いてくれ、オウガノミコトがホッと安堵の息をつく。
「まぁそんな訳で、今回も次の世代が生まれるまで勾玉で眠っていてもらおうと思ったんだけどね、もう充分に魂が回復し過ぎてしまって、半神半人であるあの子の器にするには小さ過ぎたからさ、仕方なくあの異世界を創ろうと思ったんだ。そこで、どうせなら本人が望む世界にしてあげようと思ってね」
いつかこんなゲームを作りたいなと、隙間時間で書き上げていた設定や絵コンテをまとめた企画書をベースにしてオウガノミコトが異世界を創り、竜斗の魂を送り出した。
一人では寂しかろうと別の魂も送り込み、似たような価値観を持っていそうな者達や行き場を失っていた魂達も数多く向かい入れた。その結果『八代神社から異世界へ行けるらしい』と噂がたったのは予想外だったが…… 。
「あの異世界は、竜斗の為の揺り籠だったワケか」
「揺り籠か。うん、まさにそうだね。いい例えだ」
うんうんと頷き、話を続ける。
「だけど、アレだけの世界をただの揺り籠で終わらせるには、もったいないなぁと思ってね。ちょっとした妙案を思い付いたんだ」
にっと笑ったオウガノミコトの顔を見て、焔は渋い顔になっていく。どうせ碌なことじゃないに決まってると、経験則でどうしても思ってしまう。
「…… 今の時代ってさ、どんどん人々の信心や、見えない者への恐怖や畏れなどを持たなくなっていっているだろう?」
「あぁ、そうだな」
「そんなご時世のせいで弱体化している我々だけど、私はやっぱり、竜斗を自分の元に取り戻したいなと思ってね」
「…… す、すまない。それは——」
事情があったとはいえ、オウガノミコトの息子である竜斗を瀕死に追い込んだ張本人である焔が言葉を詰まらせた。きっと自分がした『元の時間に帰る』という選択はオウガノミコトの望んでいた結果じゃ無いのだと察してしまい、動揺する。
「まぁ、まずは話を聞いてよ。私は別に、この結果の責めている訳じゃないんだ」
オウガノミコトが目蓋を閉じ、首をゆっくりと横に振った。
「この、緩やかに神々が力を失っていっている世界では、いつまで経っても竜斗は人間として輪廻を繰り返すだけで、元通りにはなり得ない。ならば、時間を戻せばいいんじゃないかと考えたけど、そんな行為も今のままでは到底叶わぬ絵空事だ。それこそ、『世界を救う』くらいの善行をおこなわないと、絶対に、永遠に」
「世界をって、そんなのは——」と言い、焔がハッと目を見張った。
「だから、あの世界を利用したのか」
「異世界だろうが、『世界を救う』という事実は変わらないからね。功績への対価として、『時間を戻す』事も充分可能だ」
「…… 」
口元を引き絞り、焔が黙る。
また自分が壊してしまったのかと思うと、言葉なんか紡げるはずがなかった。
「ところで、焔」
「…… なんだ?」
「本当に、竜斗とは逢わなかった?」
「逢っていない」
「んー…… 。じゃあ、好きな人はできた?」
その問いで思い浮かぶのはリアンただ一人だ。だが、その事を素直には話しづらい。竜斗を瀕死に追い込む直前まで、ほぼ恋仲に近い関係にあった事をきっとオウガノミコトは知っている。そんな彼に、好きな奴が向こうでもできたと事は、二人に対する裏切りだとしか思えないからだ。
だが、オウガノミコトは焔の無言を肯定だと受け取った。
「それ、竜斗だったんじゃないかな?」
「え…… 」とこぼし、焔の赤い瞳が大きく見開かれる。彼にとっては予想外の事で、同一人物であると結び付けられない。
「別人だろう?だってリアンは、二面性があって、高身長で優しく、独占欲が強くって嫉妬深くて、肉欲の塊で、やたらと俺に貢ぎたがるし、すぐに口吸いをしてくるし——」
言っていて恥ずかしくなり、ぴたりと止まった。
「…… 竜斗だ」
「うん、間違いなく竜斗だね」
顔立ち以外は完全に一致しており、急にすとんと腑に落ちる。むしろ何故記憶が戻った時点でその可能性に至らなかったのかと、不思議に思うレベルでだ。
「じゃあ、リアンは——」
“リアン”と言っても通じぬと思い、「竜斗は、いつの時代に戻ったんだ?」と言い直す。
「こちらの世界へは戻っていないよ。帰る器が無いからね」
「だから俺が、竜斗の肉体の死を迎える前に戻るべきだったのか」
焔がそう言って、苦々しい顔になる。
リアンが竜斗であると異世界にいる時点で気が付いていれば、あの時代にもど…… た、のか?
いや、それでも自分は今と同じ選択をしたはずだ。時間を遥か昔に戻せば、確かに“竜斗”を取り戻す事が出来る。だがその結果、異世界で共に過ごした“リアン”である彼との思い出は全て真っ黒に塗り潰して無かった事になってしまう。たとえ自分の中ではその記憶が残っていても、共有出来る思い出にはなり得ない。そんなものは無かったのと同じだ。
欲張りかもしれないが、自分は竜斗と経験した事は全てちゃんとした、あるべき姿で覚えていたい。
いつか懐かしさを感じながら、共に語り合いたい。
覚えていない事をうっかり口にして、『何の事だ?』と嫉妬させたくなんかないんだ。
「今の竜斗には、私の息子である“竜斗”だった時の記憶が一切無いからね。焔頼りだったんだ」
「…… すまない、何と言って…… 」まで言って、口籠ってしまった焔に対し、オウガノミコトはニコッと穏やかな笑みを向けた。
「大丈夫。息子達がどんな道を選ぼうと、私はそれを受け入れると決めているからね。“見守る”のは私達神々の十八番だから、気にしなくていいんだよ」
まだ少し申し訳なさそうな顔をしつつ、「…… そういえば」と焔がこぼし、顔を上げる。
「今回の件は理解出来たが、リアンを魔王に据えたのはかなり悪趣味じゃないか?」
「…… ん?」
笑顔のまま、オウガノミコトが首を大きく傾げる。
「『魔王を倒せば世界を救える』何て目標を掲げておきながら、その倒す相手が“リアン”でなければならなかった理由が、此処まで聞いた今でも全くわからないんだが…… 」
「待って!…… 何の事?それ」
「は?」
お互いに絶句し、顔を見合ってしまう。
オウガノミコトにとっても想定外の部分だったらしく、困惑気味だ。
「…… 間違いなく、“リアン”が魔王だったぞ?」
「…… よ、よりにもよって、竜斗が魔王って」と言い、オウガノミコトが頭を抱える。
「“鬼”である焔に惚れたくらいだ、ワルい奴が好みだったのかな…… 。そのせいで自分までそっちに?いや…… 殺されかけたせいで闇堕ちしたとか?」
口元に手を当て、ブツブツと呟く。いくら考えても何故竜斗が魔王になってしまった経緯が想像出来ない。世界のベースだけ創り、自主性に任せて放置せず、もっとちゃんとギリギリまで管理しておけばよかったと激しく後悔した。
「じゃ、じゃあ…… 此処に今焔が居るって事は——」
声が震え、焔を指さす手には力が入っていない。
「…… リアンを殺して、帰って来た」
その言葉を聞いた瞬間、オウガノミコトは両手で顔を覆うと、「わぁぁぁぁ」と叫び、泣き出してしまった。
「まさか、二度もそんな…… 」
「す、すまない、本当に、えっと…… どう詫びていいのか…… 」
「違う!今回は、申し訳ない気持ちの方が圧倒的に大きいから!」
顔を隠し、俯いたままオウガノミコトが焔の着物っぽい布をギュッと掴む。
「悔やんでいる君に、竜斗を殺させるとか…… 悪趣味過ぎる」
「それは俺も同意する。…… だけど、本人はその…… 気持ちよさそうだったというか、恍惚としていたというか…… 。絶対に避けないとマズイ一撃は、避けられたのに避けなかったんだ」
「…… そう、なんだね」
顔から手を離し、焔の顔をじっと見る。
竜斗は今回も避けなかったと聞き、“竜斗の最初の死”の瞬間を思い出し、オウガノミコトは『あの子らしいな…… 』と思った。
(きっと記憶には無いだけで、初めて受けた焔からの激情を魂が覚えていて、ついそれを土壇場でまた欲してしまったんだろうな)
二度も愛し子を殺す羽目になった焔には悪いが、息子の心情をなんとなく理解出来てしまい、オウガノミコトはちょっとだけスッキリした気持ちになった。
「——…… オウガに、一つ頼みがあるんだが」
真っ直ぐに目を見据え、正座へと座り直して焔が言った。
「…… なんだい?」と返事をしたが、続く言葉は想像出来る。だが本人の口から聞きたくて、オウガノミコトは続きを待った。
「もう一度俺を、異世界へ飛ばしてもらえないか?」
「ゲームでいう所の、二周目ってやつだね?」
「あぁ。…… 今回は、リアンが竜斗だとわかっているから、もっと違う選択が出来ると思うんだ」
ニコリと笑い、「もちろんだよ」とオウガノミコトが快く返事をする。
「二度も世界を救えば、こっちの世界へ半神半人である竜斗自身を転生させる事だって可能かもしれないしね!」
「だろう?」
そう言って、微笑みあった二人の笑顔は今までで一番輝いていた。
◇
真っ暗な視界をどうにかしようと、重い目蓋をこじ開ける。どうやら俺は、いつの間にか眠っていたみたいだ——と、リアンは思った。
此処まで深い深い眠りは初めてだったせいか、まだ目の前が少しかすみ、頭がぼぉっとしている。それでも無理に周囲を見渡して何処で眠ってしまったのか彼が確認すると、絢爛豪華な室内が青い瞳に映った。
(…… 王座に座ったまま、寝落ちしていたのか)
額を軽くおさえ、リアンは数回瞬きをした。
感覚で『コレは二周目だ』と急に悟り、一気に頭の中が覚醒していく。間違いなく、彼が管理者ゆえに知り得た情報だろう。
何があった?どういう経緯で俺は死んだんだ?
——誰に、殺されたんだ。
魔族達の有能さのせいで勇者が全く育たないこの世界で、一体誰が魔王であるリアンを倒したのか不思議でならない。
「魔王様ぁ、本日のご報告に伺いましたぁ」
入り口付近からキーラの声が聞こえてきた。
もうそんな時間なのか、と思いながら「そうか」とそっけなくリアンが答える。
そんな態度にはすっかり慣れているキーラが側まで近づき、一礼した後、昨日と同じような内容の報告を始めた。
そんな彼の声が、どこか遠くで聞こえる気がする。だけど、今までずっと抱えてきた虚無感や寂しさ、退屈でならないといった感情が胸の中には不思議と無い。そんな感覚は随分と久方ぶりなはずなのに、なぜか昨日の事の様にも思えた。
(コレが、二周目ってやつなのか)
慣れぬ感覚にリアンが戸惑っていると、急になんの前触れもなく彼の足元に激しい光源が出現した。
「——んな⁉︎」
報告書を読み上げていたキーラが驚き、「魔王様こちらへ!」と言って、リアンの腕を引っ張る。が、リアンは咄嗟にその手を振り払ってしまった。
「召喚陣?——という事は、俺を殺したのは召喚士か!」
「…… 一体何をおっしゃって?」
この瞬間が二周目だという事を知り得ないキーラは戸惑いを隠せない。振り払われてしまった手が行き場を失い困っていると、ピタッと体の自由が奪われ始める。
足元に出現した光源は段々と大きくなっていき、光を中心として風が巻き上がっていく。それに呼応するようにリアンの胸は期待で高鳴り、もっと早く早く早く!と強く願った。
この先に、俺がこれから愛する事になる者が待っている!
その事をずっと前から知っているリアンは、状況が理解出来ずに困惑するキーラに向かい、ニッと笑ってみせた。
「ちょっと出かけて来るが、心配するな。死にたくなったら、ちゃんと此処へ戻って来るから」
「——は⁉︎ちょ?ま、まお…… リアン様⁉︎」
驚き過ぎ、キーラはリアンの名前を叫んだ。
「ははは!一周目もそう呼んでくれていたら、ちょっとは俺も嬉しかったんだけどな」
覚えてはいないが、何故かそうであったと確信出来る。この奇妙な感覚はしばらく慣れそうにないなと思ったが、幸い不快ではなかった。
「な、何の話ですか⁉︎リアン様!リアン様ぁぁぁぁぁ」
徐々に風の音の方が強くなってしまい、必死にリアンを呼ぶキーラの声がかき消されていく。緊急事態であると察した警備の者達も王座の間に集まって来たが、なす術が無くただ呆然としている。
そんな魔物達の元から強制的に連れ去られて行くリアンは、最後に、これまで彼らに一度も見せた事のない笑顔を浮かべていたのだった。
◇
「——迎えに来たぞ、竜斗」
逢った事も無い相手のはずなのに、手を差し出しながらそう言われたリアンは、満面の笑みで召喚士に向かい、「はい!」と返事をした。
【終わり】
「ほむらぁー。起きて、起きて」
「…… 」
いくら名前を呼んで反応が返ってこない。息はしているが、様子的には死んでいてもおかしくないであろう見た目をしているので、少しの不安が胸によぎる。さてどうしたものか…… 。彼は悩むように首の後ろをさすり、少しだけは悩んだが、即座に妙案を思い付いた。
「そんなに無防備なままだと、お義父さんがお前のお口にちゅーしちゃうぞ?」
そう言ってツンッと唇とつついた瞬間、鳥居の上で寝転んだままになっていた焔の目蓋がクワッと一気に見開かれた。
そして、勢いよく上半身を起こし、慌てて周囲を見渡し状況を確認する。着ている紺色の着物は原型を留めていない程にボロボロで、雪のような素肌には火傷の跡や爪で切り裂かれた痕跡がまざまざと残っている。血で真っ赤に染まっていた腕はすっかり乾いてドス黒くなっており、少し洗った程度では落ちそうにない。黒い手枷と足枷による加重は消えていたが、はまっていた部分はくっきりとした痣が出来ていた。昨日からヒビがはいったままになっていた右手の指の数本がリアンとの交戦中に完全に折れたみたいでズキズキと激痛が走っているが、まだこのくらいなら我慢できそうな範囲だ。
「おかえり、焔」
陰陽師を連想させる衣装に身を包んだオウガノミコトが、焔の傍にしゃがんで顔を覗き込んできた。
本人が無意識で飛ばした分身体とは会ったばかりだが、本体との姿に相違があり過ぎたせいか、懐かしさを感じる。真っ白な髪、頭部に生える美しい形をした狐耳、巨大な七尾の尻尾、透き通る白い肌と優しい声。そして…… 竜斗の魂が眠るであろう、首に飾られた勾玉を見て、焔が口元を引き絞った。
(戻ったのか、元の世界に)
やり切ったという達成感は無く、寂しさだけが胸の奥からわいてくる。
「まさか君が、この時間に戻るとは思わなかったな」
ふうっと息を吐き出し、残念そうにオウガノミコトが呟いた。
「てっきり焔は、“竜斗”を殺す直前の時間に帰ると思っていたよ」
そう言って、オウガノミコトが焔の瞳を真っ直ぐ見詰める。彼の中で色々な感情や考えが綯い交ぜになっている事を感じ取り、焔は眉を顰めた。
「…… あの世界を創ったのは、オウガだよな?」
体勢を変え、焔がその場であぐらをかく。そして無遠慮にオウガノミコトの顔を指さすと、「説明しろ。何を望み、何を企んで俺をあの世界へ飛ばしたんだ?」と訊いた。
「説明責任ってやつか。んー…… まぁいいけど、長くなるよ?」
「構わん。時間なんか無限にあるんだしな」
「わかったよ。でも、その前にひとつ訊かせて」
「何だ?」
「私の“竜斗”は、元気にしていたかい?」
切なげな顔で微笑み、オウガノミコトがそう問い掛けたが、肝心の焔はキョトン顔だ。
『あれ?まさか一年以上向こうに居たのに、二人は逢っていないのかな?』と、不思議に思いながら首を傾げると、焔はオウガノミコの首を飾る勾玉を指差した。
「“竜斗”はその中だろう?」
「…… 」
「…… 」
二人とも黙り込んだが、しばらくして、状況を軽く察したオウガノミコトが先に口を開いた。
「あー…… うん、わかった」とオウガノミコトが言い、後頭部を軽くかく。
天然で鈍感な所があるうえに、途中まで、焔には過去の記憶が無かった事を思い出し、一から説明する必要性を改めて実感した。
「まずは先に君からの質問に答えようか。焔を飛ばした、あの異世界を創ったのは確かに私だよ。でも、あの世界の基礎となった企画書を作ったのは、竜斗だ」
「竜斗…… が?どうやって」
素でわかっていない焔の雰囲気がオウガノミコトにとって可愛くってしょうがないが、その感情を顔には出さず、話を続ける。
「私と君の約束は覚えているかな?『竜斗を助けて欲しい』っていうやつだ」
「あぁ、もちろん。だから何度も何度も、この八代神社に産まれる第一子と竜斗の魂を結びつけ、力の使い方を覚えつつ善行を積んで…… 」
途中で焔の言葉が途切れ、慌てて神社の神主一家が住む住宅部分に顔を向ける。今まで焔の中でバラバラだった情報が一気に組み上がり、やっと自分を取り囲んでいた状況を理解出来始めたみたいだ。
「竜斗が生きているのか⁉︎」
前のめりになりつつ、歓喜に満ちた顔で焔が叫んだ。
逢えるのか、やっと、やっと!
興奮で顔が赤らみ、すぐにでも飛んで行きた気持ちになる。だがオウガノミコトは渋い顔をし、その場に正座をしてゆっくりと首を横に振った。
「竜斗は、また死んだよ」
ヒュッと焔の喉が鳴った。赤かった頬が途端に青ざめ、血の気の引いたさまは今の姿に相応しいものだが、ちくりとオウガノミコトの心に傷をつける。
「今までは、何度も何度も私達の目の前で“八代竜斗”が死んでもそんな反応は一切しなかったのに、やっぱり過去の記憶が戻ると、その報告を聞くのは気分のいいものじゃ無いよね」
「…… そう、だな」
目蓋を伏せ、神社に生まれた何世代にも渡る第一子達の死に様を見届けてきた記憶が、走馬灯でも見るかのように脳裏を駆け巡った。当時は『人がまた死んだか』とだけ思い、『また次の世代まで、この家には“縁結び”をする必要は無いのだな』くらいしか考えていなかったのに、あれらが全て“竜斗”の肉体が死ぬ瞬間だったのだと思うと、胸が引き裂かれる様な感情が急激に襲いかかってくる。
すぐには感情を処理しきれず、ぼたぼたと冷たい汗が流れ落ち、焔は胸を掻きむしった。
そんな彼の姿に心を痛めながらも、オウガノミコトは話を続ける。
「焔のおかげで、今回の“竜斗”はとても長生きでね、三十二歳までは健康体だったんだけど…… 」
「やっぱりまた、原因不明の死因で急死したのか?」
今にも泣き出しそうな顔をし、早口で問い掛けた。
歴代の“竜斗”達が、人間の肉体では彼の魂と上手く融合できず、耐えきれなくなって早死にしてきた事実が重くのしかかる。“鬼”という特性のせいで縁を切る能力に特化していた為、上手く縁を結んでやれなかった自分の責任だと己を責めた。
「あー…… いや」と言い、オウガノミコトが視線を逸らす。
(鳥居の上で昼寝をしていた焔の姿に見惚れて、階段から足を滑らせた落下死って、今のこの子には言いにくいなぁ!)
「…… 事故、だね」
神という立場的にも嘘は言いたく無いので、やんわりと情報を伏せた。詳しく訊かれたらどうしようか!と困っていたが、焔は苦しそうに顔を顰め、「そうか…… 」とだけ呟いてくれ、オウガノミコトがホッと安堵の息をつく。
「まぁそんな訳で、今回も次の世代が生まれるまで勾玉で眠っていてもらおうと思ったんだけどね、もう充分に魂が回復し過ぎてしまって、半神半人であるあの子の器にするには小さ過ぎたからさ、仕方なくあの異世界を創ろうと思ったんだ。そこで、どうせなら本人が望む世界にしてあげようと思ってね」
いつかこんなゲームを作りたいなと、隙間時間で書き上げていた設定や絵コンテをまとめた企画書をベースにしてオウガノミコトが異世界を創り、竜斗の魂を送り出した。
一人では寂しかろうと別の魂も送り込み、似たような価値観を持っていそうな者達や行き場を失っていた魂達も数多く向かい入れた。その結果『八代神社から異世界へ行けるらしい』と噂がたったのは予想外だったが…… 。
「あの異世界は、竜斗の為の揺り籠だったワケか」
「揺り籠か。うん、まさにそうだね。いい例えだ」
うんうんと頷き、話を続ける。
「だけど、アレだけの世界をただの揺り籠で終わらせるには、もったいないなぁと思ってね。ちょっとした妙案を思い付いたんだ」
にっと笑ったオウガノミコトの顔を見て、焔は渋い顔になっていく。どうせ碌なことじゃないに決まってると、経験則でどうしても思ってしまう。
「…… 今の時代ってさ、どんどん人々の信心や、見えない者への恐怖や畏れなどを持たなくなっていっているだろう?」
「あぁ、そうだな」
「そんなご時世のせいで弱体化している我々だけど、私はやっぱり、竜斗を自分の元に取り戻したいなと思ってね」
「…… す、すまない。それは——」
事情があったとはいえ、オウガノミコトの息子である竜斗を瀕死に追い込んだ張本人である焔が言葉を詰まらせた。きっと自分がした『元の時間に帰る』という選択はオウガノミコトの望んでいた結果じゃ無いのだと察してしまい、動揺する。
「まぁ、まずは話を聞いてよ。私は別に、この結果の責めている訳じゃないんだ」
オウガノミコトが目蓋を閉じ、首をゆっくりと横に振った。
「この、緩やかに神々が力を失っていっている世界では、いつまで経っても竜斗は人間として輪廻を繰り返すだけで、元通りにはなり得ない。ならば、時間を戻せばいいんじゃないかと考えたけど、そんな行為も今のままでは到底叶わぬ絵空事だ。それこそ、『世界を救う』くらいの善行をおこなわないと、絶対に、永遠に」
「世界をって、そんなのは——」と言い、焔がハッと目を見張った。
「だから、あの世界を利用したのか」
「異世界だろうが、『世界を救う』という事実は変わらないからね。功績への対価として、『時間を戻す』事も充分可能だ」
「…… 」
口元を引き絞り、焔が黙る。
また自分が壊してしまったのかと思うと、言葉なんか紡げるはずがなかった。
「ところで、焔」
「…… なんだ?」
「本当に、竜斗とは逢わなかった?」
「逢っていない」
「んー…… 。じゃあ、好きな人はできた?」
その問いで思い浮かぶのはリアンただ一人だ。だが、その事を素直には話しづらい。竜斗を瀕死に追い込む直前まで、ほぼ恋仲に近い関係にあった事をきっとオウガノミコトは知っている。そんな彼に、好きな奴が向こうでもできたと事は、二人に対する裏切りだとしか思えないからだ。
だが、オウガノミコトは焔の無言を肯定だと受け取った。
「それ、竜斗だったんじゃないかな?」
「え…… 」とこぼし、焔の赤い瞳が大きく見開かれる。彼にとっては予想外の事で、同一人物であると結び付けられない。
「別人だろう?だってリアンは、二面性があって、高身長で優しく、独占欲が強くって嫉妬深くて、肉欲の塊で、やたらと俺に貢ぎたがるし、すぐに口吸いをしてくるし——」
言っていて恥ずかしくなり、ぴたりと止まった。
「…… 竜斗だ」
「うん、間違いなく竜斗だね」
顔立ち以外は完全に一致しており、急にすとんと腑に落ちる。むしろ何故記憶が戻った時点でその可能性に至らなかったのかと、不思議に思うレベルでだ。
「じゃあ、リアンは——」
“リアン”と言っても通じぬと思い、「竜斗は、いつの時代に戻ったんだ?」と言い直す。
「こちらの世界へは戻っていないよ。帰る器が無いからね」
「だから俺が、竜斗の肉体の死を迎える前に戻るべきだったのか」
焔がそう言って、苦々しい顔になる。
リアンが竜斗であると異世界にいる時点で気が付いていれば、あの時代にもど…… た、のか?
いや、それでも自分は今と同じ選択をしたはずだ。時間を遥か昔に戻せば、確かに“竜斗”を取り戻す事が出来る。だがその結果、異世界で共に過ごした“リアン”である彼との思い出は全て真っ黒に塗り潰して無かった事になってしまう。たとえ自分の中ではその記憶が残っていても、共有出来る思い出にはなり得ない。そんなものは無かったのと同じだ。
欲張りかもしれないが、自分は竜斗と経験した事は全てちゃんとした、あるべき姿で覚えていたい。
いつか懐かしさを感じながら、共に語り合いたい。
覚えていない事をうっかり口にして、『何の事だ?』と嫉妬させたくなんかないんだ。
「今の竜斗には、私の息子である“竜斗”だった時の記憶が一切無いからね。焔頼りだったんだ」
「…… すまない、何と言って…… 」まで言って、口籠ってしまった焔に対し、オウガノミコトはニコッと穏やかな笑みを向けた。
「大丈夫。息子達がどんな道を選ぼうと、私はそれを受け入れると決めているからね。“見守る”のは私達神々の十八番だから、気にしなくていいんだよ」
まだ少し申し訳なさそうな顔をしつつ、「…… そういえば」と焔がこぼし、顔を上げる。
「今回の件は理解出来たが、リアンを魔王に据えたのはかなり悪趣味じゃないか?」
「…… ん?」
笑顔のまま、オウガノミコトが首を大きく傾げる。
「『魔王を倒せば世界を救える』何て目標を掲げておきながら、その倒す相手が“リアン”でなければならなかった理由が、此処まで聞いた今でも全くわからないんだが…… 」
「待って!…… 何の事?それ」
「は?」
お互いに絶句し、顔を見合ってしまう。
オウガノミコトにとっても想定外の部分だったらしく、困惑気味だ。
「…… 間違いなく、“リアン”が魔王だったぞ?」
「…… よ、よりにもよって、竜斗が魔王って」と言い、オウガノミコトが頭を抱える。
「“鬼”である焔に惚れたくらいだ、ワルい奴が好みだったのかな…… 。そのせいで自分までそっちに?いや…… 殺されかけたせいで闇堕ちしたとか?」
口元に手を当て、ブツブツと呟く。いくら考えても何故竜斗が魔王になってしまった経緯が想像出来ない。世界のベースだけ創り、自主性に任せて放置せず、もっとちゃんとギリギリまで管理しておけばよかったと激しく後悔した。
「じゃ、じゃあ…… 此処に今焔が居るって事は——」
声が震え、焔を指さす手には力が入っていない。
「…… リアンを殺して、帰って来た」
その言葉を聞いた瞬間、オウガノミコトは両手で顔を覆うと、「わぁぁぁぁ」と叫び、泣き出してしまった。
「まさか、二度もそんな…… 」
「す、すまない、本当に、えっと…… どう詫びていいのか…… 」
「違う!今回は、申し訳ない気持ちの方が圧倒的に大きいから!」
顔を隠し、俯いたままオウガノミコトが焔の着物っぽい布をギュッと掴む。
「悔やんでいる君に、竜斗を殺させるとか…… 悪趣味過ぎる」
「それは俺も同意する。…… だけど、本人はその…… 気持ちよさそうだったというか、恍惚としていたというか…… 。絶対に避けないとマズイ一撃は、避けられたのに避けなかったんだ」
「…… そう、なんだね」
顔から手を離し、焔の顔をじっと見る。
竜斗は今回も避けなかったと聞き、“竜斗の最初の死”の瞬間を思い出し、オウガノミコトは『あの子らしいな…… 』と思った。
(きっと記憶には無いだけで、初めて受けた焔からの激情を魂が覚えていて、ついそれを土壇場でまた欲してしまったんだろうな)
二度も愛し子を殺す羽目になった焔には悪いが、息子の心情をなんとなく理解出来てしまい、オウガノミコトはちょっとだけスッキリした気持ちになった。
「——…… オウガに、一つ頼みがあるんだが」
真っ直ぐに目を見据え、正座へと座り直して焔が言った。
「…… なんだい?」と返事をしたが、続く言葉は想像出来る。だが本人の口から聞きたくて、オウガノミコトは続きを待った。
「もう一度俺を、異世界へ飛ばしてもらえないか?」
「ゲームでいう所の、二周目ってやつだね?」
「あぁ。…… 今回は、リアンが竜斗だとわかっているから、もっと違う選択が出来ると思うんだ」
ニコリと笑い、「もちろんだよ」とオウガノミコトが快く返事をする。
「二度も世界を救えば、こっちの世界へ半神半人である竜斗自身を転生させる事だって可能かもしれないしね!」
「だろう?」
そう言って、微笑みあった二人の笑顔は今までで一番輝いていた。
◇
真っ暗な視界をどうにかしようと、重い目蓋をこじ開ける。どうやら俺は、いつの間にか眠っていたみたいだ——と、リアンは思った。
此処まで深い深い眠りは初めてだったせいか、まだ目の前が少しかすみ、頭がぼぉっとしている。それでも無理に周囲を見渡して何処で眠ってしまったのか彼が確認すると、絢爛豪華な室内が青い瞳に映った。
(…… 王座に座ったまま、寝落ちしていたのか)
額を軽くおさえ、リアンは数回瞬きをした。
感覚で『コレは二周目だ』と急に悟り、一気に頭の中が覚醒していく。間違いなく、彼が管理者ゆえに知り得た情報だろう。
何があった?どういう経緯で俺は死んだんだ?
——誰に、殺されたんだ。
魔族達の有能さのせいで勇者が全く育たないこの世界で、一体誰が魔王であるリアンを倒したのか不思議でならない。
「魔王様ぁ、本日のご報告に伺いましたぁ」
入り口付近からキーラの声が聞こえてきた。
もうそんな時間なのか、と思いながら「そうか」とそっけなくリアンが答える。
そんな態度にはすっかり慣れているキーラが側まで近づき、一礼した後、昨日と同じような内容の報告を始めた。
そんな彼の声が、どこか遠くで聞こえる気がする。だけど、今までずっと抱えてきた虚無感や寂しさ、退屈でならないといった感情が胸の中には不思議と無い。そんな感覚は随分と久方ぶりなはずなのに、なぜか昨日の事の様にも思えた。
(コレが、二周目ってやつなのか)
慣れぬ感覚にリアンが戸惑っていると、急になんの前触れもなく彼の足元に激しい光源が出現した。
「——んな⁉︎」
報告書を読み上げていたキーラが驚き、「魔王様こちらへ!」と言って、リアンの腕を引っ張る。が、リアンは咄嗟にその手を振り払ってしまった。
「召喚陣?——という事は、俺を殺したのは召喚士か!」
「…… 一体何をおっしゃって?」
この瞬間が二周目だという事を知り得ないキーラは戸惑いを隠せない。振り払われてしまった手が行き場を失い困っていると、ピタッと体の自由が奪われ始める。
足元に出現した光源は段々と大きくなっていき、光を中心として風が巻き上がっていく。それに呼応するようにリアンの胸は期待で高鳴り、もっと早く早く早く!と強く願った。
この先に、俺がこれから愛する事になる者が待っている!
その事をずっと前から知っているリアンは、状況が理解出来ずに困惑するキーラに向かい、ニッと笑ってみせた。
「ちょっと出かけて来るが、心配するな。死にたくなったら、ちゃんと此処へ戻って来るから」
「——は⁉︎ちょ?ま、まお…… リアン様⁉︎」
驚き過ぎ、キーラはリアンの名前を叫んだ。
「ははは!一周目もそう呼んでくれていたら、ちょっとは俺も嬉しかったんだけどな」
覚えてはいないが、何故かそうであったと確信出来る。この奇妙な感覚はしばらく慣れそうにないなと思ったが、幸い不快ではなかった。
「な、何の話ですか⁉︎リアン様!リアン様ぁぁぁぁぁ」
徐々に風の音の方が強くなってしまい、必死にリアンを呼ぶキーラの声がかき消されていく。緊急事態であると察した警備の者達も王座の間に集まって来たが、なす術が無くただ呆然としている。
そんな魔物達の元から強制的に連れ去られて行くリアンは、最後に、これまで彼らに一度も見せた事のない笑顔を浮かべていたのだった。
◇
「——迎えに来たぞ、竜斗」
逢った事も無い相手のはずなのに、手を差し出しながらそう言われたリアンは、満面の笑みで召喚士に向かい、「はい!」と返事をした。
【終わり】
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