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最終章

【第七話】最下層へ

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 ニヤリと笑うリアンの顔を見て、焔の中でふと疑問が生まれた。疑問を疑問のままにしておくのは、よっぽどでない限りは我慢しておけない性分の焔が即座にその答えを求め口を開く。

「お前は最初からこうなると知っていて、それでも?」
 
 伏せ目がちになりながら声に出し、今更周囲の視線が全て自分達に集まっている事実を思い出し、慌てて自分の口を手で塞ぐ。だが当然そんな事をしても前言撤回なんぞ出来るはずがない。
 そんな焔の姿を可愛いなぁと思いつつ、リアンはクスッと嬉しそうに笑った。

「えぇ、当然です。この先どんな結末が待っていようが、それでも俺は貴方を心から愛していますよ」

 一切の淀みなくさらりと言った言葉が、再びケイト達三人の感情を逆撫でしてしまう。
 間髪入れずにケイトは大剣を焔に向かって一直線に投げたが、焔は難なくそれを躱し、グサリと床に刺さっただけに終わった。キーラとナーガも怒りをぶつけたい気持ちで表情が歪んでいるものの、魔法を封じられているせいで何も出来ず、怒りを発散する術が無い。ケイト並みには動けない身では殺気を帯びた視線を投げかけるのがやっとなのがとても悔しい。ナーガの長い体を生かして体当たりをしたとしても、どうしてもスピードが足りずあっさりと避けられて終わりだろう。
 何よりもリアンを巻き込みたくない。その場には居なかったおかげで『手を出すな』という命令を聞いていなかったケイトとは違う為、直接手出しをしづらいという縛りも二人の邪魔をする。

「こうなると決まっていたのなら、フラグの回収なんか必要だったのか?」

 この結果をみれば当然抱く疑問であるが、リアンは『そこに考えが至るとは』と少し驚いた顔をしている。焔の“召喚魔”として、“フラグ”とちゃんと発音出来た事を褒めたい気分にも。
「必要でしたよ。少なくとも、私にとっては」
「…… そう、なのか?」

「えぇ、とっても。だって…… 貴方との、沢山の思い出が得られたでしょう?」

 切なそうな表情を浮かべながらぽつりとリアンが言う。
 本当ならばこのままお互いが納得出来る最高のエンディングを迎えられるのに、元の世界へ戻ればどうせ焔は俺の事を捨てるんだと思うと、メリーバッドエンドへ繋がるルートしかリアンには選ぶ事が出来ない。
 何も知らぬままであれば、自分が管理者でなければ…… 魔王ですら、無ければ。事態はもっと穏便に済んだろうに。

「いずれ主人は俺の元を去り、帰ろうと試みる。そして…… 俺の知らない誰かの為に、愛し子の為に元の世界へ戻るのだろう?」

 胸元に置いたままになっていた手に力が入り、リアンが服を無造作に掴む。そのせいで長い爪が手の平に少し刺さり、服に血の染みが広がった。焔はただオウガノミコト育ての親と交わした約束の為に戻りたいだけだとは知らぬリアンの表情が嫉妬に歪む。
「何の話だ…… 」と口にはしたが、焔の顔色が途中で変わった。
 まさか“竜斗”の事か?と不安になる。どこまで知っているのか、何に気付いているのかわからず戸惑いが顔に出てしまい、そのせいでリアンの気持ちがより一層荒んでいった。

「アンタは渡さない、誰にも」

 そうリアンが言ったと同時に、彼らの足元にポッカリと穴が開き、底の見えぬ空洞が出現した。焔は下へ落ちないよう咄嗟に縁へ手を伸ばしたが、リアンの髪が体に絡みつき、その動きを阻まれる。

「——んな⁉︎」
「帰さない。絶対に、絶対に!」

 黒髪の絡む焔の体を引き寄せて自らの腕に抱くと、そのまま二人は穴の底へと落下していってしまった。

「リアンッ!」 

 ケイトが即座に二人を追おうと立ち上がったが、目の前がまだ少しフラつき遅れをとってしまう。すると、ぽっかりと床に開いていた穴が一瞬でリアンの手により修復され、元通りの様子になってしまった。同じルートで彼らを追いかける手段を消され、ケイトは激しく動揺した。
 バッとキーラ達の方へ顔を向け、「この下に行くルートは何か無いのか⁉︎」とケイトが叫んだ。
「えっと…… 今調べるけど…… 」
「待ってよ。この下層階なんか、そもそも本来なら存在しないわよ?…… 魔王ちゃんが勝手に造っていたのなら、話は別だけど」
「いや。ボクの検知能力だったら事前に勝手に地下へのルートを造っていようが地図には記載出来る。情報収集と分析くらいしか得意じゃないみたいなもんだし、特化してそっちの能力を伸ばしたからね」
 キーラが渋い顔をしながら空中に浮かぶ半透明のパネルを操作し、城内やその周辺の地図を解析していく。どんなに探しても、やはり望むようなルートは一切なかった。
「あー…… 無理、だね。今この瞬間にルートを創造しつつ落下していってる感じだ。しかもご丁寧に、既に通過した部分は鉱石でばっちりと堅めて行ってるから、地面を爆破した程度じゃ追いつけないかも」
「意地でもアレと、二人きりになりたい…… のねぇ」
 赤や黄色の宝石を散りばめた綺麗な親指の爪をガリッと噛むナーガの目に怒りが滲む。

「土竜達に掘らせてはみるけど、期待はしないで。ボクらが追いつく前に…… 決着が着くかもしれないから」

 自分達の魔王がした選択を簡単には受け入れられず、王座の間に居た全ての魔族達が苦々しい思いを抱え、黙り込んでしまった。
 せめてリアンが勝てばまだいいが、もし焔が勝利すればどうなるのかを知らぬ彼らは、自分達は敬愛する魔王を永遠に失う事になるのだと考えただけで、計り知れない喪失感を胸の奥に感じた。

 このままでは結果を見届けられず、加勢もさせてもらえぬ事実も皆の心を深く抉ったのだった。


       ◇


 リアンはどこまで落ちる気なんだ?

 大人しく髪の毛に包まれたままになっている焔が不思議に思っていると、ストンッとリアンが即席で造った地面に着地した。彼の靴底が触れた位置を中心として、岩をくり抜いた様な雰囲気のあるただの空洞だった空間に雷のような光が走り、部屋として造り替えられていく。ただ空間を広げているでは無く、ヤケに物騒な品々が次々と並び始めた。

「…… 悪趣味だな」

 地面に降ろされ、髪の拘束を解かれた焔が周囲を見渡す。
 薄暗い室内には様々な拘束具ばかりが点在し、牢屋とも鳥籠とも取れる巨大な檻まで姿を表していた。

「元の世界へは帰さないと言ったでしょう?」

 傍まで近づき、焔の頬をそっと撫でてリアンがその鼻先に軽い口付けをする。爪で傷ついた箇所を癒していないせいで、白い肌にリアンの血がベットリと残った。

「集めた条件的には、ハッピーエンドに辿り着けるはずだったんだけどな」

 全くそのルートへは進む気のないリアンが溜め息混じりにそう呟き、焔の細い腰に腕を回す。
「でも焔は発言をミスったから、ね…… 」
 俯き気味に言うリアンの顔には憂いがある。
「フラグの回収とやらに、失敗したのか?」
「よく言えました!」と言って焔の髪をガシガシと撫でた。子供扱いされた事で不満気な表情をする焔の、感情豊かな瞳込みで見られてとても嬉しくなる。
「本当は、手足を引きちぎって此処へ連れて来ようかとも思っていたんだが、やっぱり愛するなら五体満足のままがいいかなと思ってね」
 はっ!と鼻で笑い、「この程度で俺を監禁出来たつもりか?」と言って、焔がリアンの胸を押して腕を突っ張らせた。

「やっぱり無理かな」
「あぁ、無理だな」

 ふっと互いに笑みをこぼし、バッと二人が同時に距離と取った。
 互いの首元の一部が少し裂け、血がたらりと滲んでいる。少しでも反応が遅れていたらどちらかの首があっさりと飛んでいた事が安易に想像出来たが、結果はわからない。だが、リアンを殺して元の世界へ帰りたい焔の方が躊躇なく動けるだろう事を考えると、命拾いしたのはきっとリアンの方だったのだろう。

「お前も随分と早く動けるんだな。動きが全く見えなかったぞ」
「そっちこそ。こうなると、強化しておくのは体力だけにしておくべきだったと後悔したくなるよ。ちょっとやそっとの攻撃じゃ死なないでいてくれないと、動きを奪いにくいからな」

 また二人が笑みを浮かべあい、焔が手をバキバキッと鳴らす。
 リアンは自分の周囲に多数の雷を出現させると、それらを全て鎖状に編み上げていく。少し触れただけでも感電し、動きを封じるのだろう事が容易に想像出来る。

(あぁ。その鎖で拘束し、自由を奪ってこの部屋に閉じ込める気か)

 焔は瞬時にそう察したが、ただ目を細めただけで、先に仕掛ける気配が無い。リアンが先に仕掛けても、対処出来ると踏んでの選択だった。

「俺の魔力を奪う様な真似はしないんだな」

 リアンの問い掛けに対し、トントンッと目の横を軽くつつき、「コレか」と焔が言う。
「まぁ確かに。魔眼コレを使ってお前とその力を結ぶ縁を切れば、確かにすぐ済む話だな」
「…… (あぁ、そういう仕組みか)」
 ナーガとキーラが魔法を使えなくなった理由がわかりはしたが、だからといって、使われては避けられそうに無い。『目を見るな』とナーガが言ってはいたが、果たしてその程度で回避出来るのだろうか?と不思議に思っていると、焔が見下した様な目をリアンに向けた。

「だが、枷は必要だろう?俺が絶対に勝てる勝負なんぞつまらん。そんなのはただの苛めでしかないからな」

 仄暗く、且つ嘲る様な笑みを浮かべる焔を見て、リアンの背にゾクッと悪寒が走ったのは確実なのに顔は何故か恍惚としている。それはまるで愛撫でもされたかの様な表情で、焔がどう捉えていいのか迷った。

「じゃあ、焔の瞳に見惚れていてもいいワケだ」
「そんな余裕があるなら、な」

 そう言葉を交わした次の瞬間、リアンが雷から編み出した無数の鎖が焔に向かって襲いかかる。並行して足元を凍りつかせて回避行為を出来ないよう動きを奪った。
「なるほど、ね」
 なかなかやるなと思いつつ、焔は体を隠す為にとリアンが貸してくれていたマントを翻し、それを使って全ての鎖を叩き落とす。足元にかかっていた氷属性の魔法は魔眼の力を使って一部だけ無効状態にすると、その場から飛び退き、少し離れた位置で地面に片手と片膝をついて着地した。一度は凍った状態にあった着物の裾の一部が砕けてボロボロと落ちる。細いふくらはぎは幸いにして無傷だったが、着物までは守りきれなかったみたいだ。
「そっちは色仕掛け、か?」
 額に手を当て、はぁとリアンが溜め息をこぼす。当然の様に引っ掛かりそうな自分に対して情けない気持ちに。
「マントは邪魔で仕方ないんだ、しょうがないだろう?それに今はお前しか居ない。俺がどんな痴態を晒そうが、問題無いと思うがな」
「それもそうだな。じゃあ遠慮なしに、もっともっと剥ぎ取っていこうか」
 と、言うが早いかリアンの周囲に今度は氷で作られたナイフが無数に舞う。『行け』と命令を下す仕草をすると、それらは一斉に焔の手足目掛けて飛んでいった。
 今回はもうマントは使えない。面倒ではあるが、全て自力でどうにかするしか術がなく、仕方ないか、と諦めつつ焔は素早く動き氷のナイフを叩き落とし始めた。躱しきれぬ氷のナイフが着物を遠慮なしに切り裂いていく。細く長い太腿が徐々に見えていき、胸元のはだけ具合も段々とアップしていった。

「いい眺めだな、もっともっと脱がせてやろうか?」
「だからお前は悪趣味だと言ってんだ!」

 ニッと笑うリアンに向かい焔が一足飛びに距離を詰めた。あまりの速さで防御壁を展開する間も無く、仕方なしに素手で応戦する。だが接近戦ではリアンには分が悪い。重たい一撃一撃を受けつつ強化魔法を自身へ重ね掛けし、何とか応戦出来てはいるが、どうしたって焔の攻撃は徐々にリアンの体力を削っていった。

「接近戦は苦手かと思っていたが、なかなかやるな」
「流石に焔ほどじゃないがね」

 焔からの蹴りや爪での攻撃を時折回避しそこねてしまい、リアンの着ている服も少しづつボロボロになっていく。だが表情は、どちらもなんだかちょっと楽しそうだ。

「やれば出来る子ってヤツか」

 焔の飛び蹴りを躱す事を諦め、両腕を交差してそれを盾がわりにし攻撃を受け止めた。ピシリと骨にヒビが入った気がしたが、痛みよりも焔と交戦する事で得られる興奮や快楽が優ってしまう。もっともっともっと!と、リアンのテンションは上がりっぱなしだ。

「えぇ、なんだってやりますよ。アンタの為ならな、な!」

 ガード一辺倒だったリアンが今度は腕に炎を纏わせ、焔に対して振り上げた。彼の黒い髪に火が少し擦って燃え落ち、焦げた匂いがする。なのに本気での殴り合いが楽しくって堪らず、炎があろうがなんだろうが、構わず焔も反撃を続けた。
 肌が焼けようが、笑いながらリアンの打撃を素手で受け止め、即座にやり返す。瞳孔が開き気味になり少し不気味なのに、そんな焔からリアンは目が離せない。どんな姿であろうが、リアンの瞳には焔が可愛く映ってしまう様だ。

「なら死ぬのだって構わないんじゃ無いのか?」
「元の世界へ帰すことだけは、させない!」

 リアンが真っ黒い枷を一瞬で空中に造り出し、焔の両手両足首をがっしりと嵌った。
 急に体が重くなった事で「うぐっ」と声をこぼし、焔の体が下へ向かって少し沈む。石造の床に出来上がったヒビ割れた様なへこみが枷の重さを物語っている。普通の者ならばとっくに床へ伏せって動けなくなっているところだろう。
「流石だな、微動だにも出来なくなると思ったんだが」
「この程度の重さなら舞いだって踊れるさ」
「じゃあ、宣言通り踊ってもらおうか!」とリアンが言い、笑みを浮かべて「ベッドの上でならどうだ?」と言葉を続けた。
「悪い提案じゃないが、ソレはまた今度にしておこうか」
 多少動きは鈍くなっているものの、両足首に重量のある枷を着けたまま胸に目掛けて手刀を真っ直ぐと振り下ろしていく。

 この一撃を躱されたら、少しはリアンの戯言に付き合ってやるか。

 そうは思いながらも、渾身の一撃と言うに相応しい殺気だ。赤い瞳にもそれが滲み出ており、リアンの全身がビクッと跳ねる。
『恐怖』とはまさにこの事か、と頭の隅によぎった。

 早く防がねば。

 そう思考しているのに何故か体が動かない。目前に存在する鬼の放つ殺気が怖いからだなんて単純な理由では無く、もっと別の考えがリアンの思考を支配した。その考えが何をしても拭えない、平伏して従わねばならない気さえしてくる。まるでこの先に待つ結果により得られるモノが、何物にも変え難い程の興奮を自分に与えてくれると既に知っているみたいに——

 ぐしゃり——…… ブシュッ、ずくっ…… 

 肉を貫き、骨を砕き、内部を抉る音が二人の耳に届く。
「あぁ…… んっ」
 嬌声にも似た声をリアンがこぼす。口の端からはつつっと血が流れ落ちたのに、ふふっと彼は楽しそうに笑った。
「…… 避けれた、だろう?」
「そう、だな…… 。あぁ、うん、多分そうだな。枷のせいで、動きが少し遅かった、しな」
 焔は酷く驚いた顔をしながら慌ててリアンの体を難無く貫いてしまった腕を引き抜こうとした。だがその行為はリアン自身の手によって阻まれてしまう。二の腕をがっしりと掴まれ、引き抜く方向へは動かせない。
「は、離せリアン!」

「駄目ですよ。抜いちゃ…… もっと深く、もっと奥まで挿れてくれてもいいんですよ?」

 焔の耳元に顔を寄せ、場違いな甘い声で囁いた。
 それを無視して腕を抜こうと焔はもがくが、その度に体内をかき混ぜられた様な激痛がリアンの全身に走る。あまりの痛みで気を失いそうになるが、例えようのない満足感と充足感だけでなく快楽をも同時に感じた。
 今、この体の中に焔がいるのだと思うと、性交にも似た興奮を抱いてしまう。

「んっ…… あぁ!」

 快楽に浸っている様な顔をされ、焔が困惑した。だが、血の気の引いた青い顔をしているくせに何故か高揚した様子のリアンを見ているうちに、彼も変な気分になってくる。
「リアン…… 」と、低い声で名前を呼びつつ、焔がリアンの唇を奪う。彼の望み通りに腕を更に奥へ貫通させると、「んぐっ!」とリアンが叫んだが、まるでイキそうなのを堪えているみたいな反応だ。
 血溜まりになっている口内で舌を絡めあい、互いにリアンの鮮血をごくごくと飲み込んでいく。人ではないが故にすぐには死ねず苦しいだろうに、リアンは焔の着物の中へ手を入れ、胸の先を愛撫しだした。

「んな⁉︎ば、馬鹿かお前は!」
「んー…… でも、ずっと美味しそうだなと思ってた、から、つい」

 明らかにそれどころではないのに、リアンがニコッと笑った。楽しそうに笑いつつ、頭の中では、どうして自分は『この一撃を避けちゃいけない』だなんて思ったんだろうか?と当然すごく気になった。だがすぐに目の前にいる美味しそうな体から目が離せなくなり、どうでもよくなっていく。
 焔を喰べるみたいに首元へ噛みつきたいが、力が入らない。

(…… あぁ、もう時間が来たのか)

 目蓋を閉じ、胸元に触れていた腕を焔の背中側に回す。そして我が身に取り込むくらいの勢いで抱きしめようとしたが…… もうそれも叶わない様だ。
 あと少し、もう少しだけでも長く隣に居たかった。

(最後の夜くらい、ちゃんと傍にいれば良かったな)

 素知らぬ顔で共に城まで行き、いきなり目の前で裏切るのも今更気が引け、どういったタイミングで何をどうするか考えあぐねた結果、瓜二つの体を即席で造りあげ召喚時にそれに応じさせた事を今更後悔してももう遅い。

「…… ずっと一緒に、居たかったんだが」

 ぽすんと焔の肩に頭を預け、リアンがぽつりと呟く。
 もうこれで焔とは二度と逢えないのだと思うと胸が苦しくって仕方がないのに、あの攻撃を回避しなかった事に対して不思議と後悔の念がわいてこないのは、懐かしさすら感じられるこの痛みのおかげだろう。

「焔は…… 違ったんだな」

 切なそうな顔でそう言った瞬間——
 リアンの体が一斉に塵と化し、焔の前から消えていった。

「…… 終わった、のか?」

 血だらけになった腕にゆっくりと視線を落とす。内臓に触れていた生温かい感覚がゆるりと消えていくにつれ、帰る為にはやむを得ない行為なのだからどうせ感じぬと思っていた罪悪感が、胸の奥でじわりと生まれた。

 ぽつり、ぽつり、ぽつり…… 。
 赤い瞳から涙が零れでて、真っ赤な手の平の上に落ちていく。徐々に目の前が霞んでいき、数十秒後には焔の瞳に映る全てのものが真っ黒く塗り潰されていった。
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