いつか殺し合う君と紡ぐ恋物語

月咲やまな

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最終章

【第三話】到着

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 極寒の地にある城塞都市“ウルル・カストラ”を出立し、時刻はもう深夜となった。正確な時間を知ろうと、焔が着物の懐から取り出した銀時計を確認してみると、針は一時を指している。冒険者ギルドを出てから二、三度休憩を取りはしたが、ほとんどが白狼の背に乗っての移動だったせいか、五朗の顔には明らかな疲労が滲み出ていた。まるで栄養ドリンクを飲みつつ連日休み無しで残業を続ける社会人みたいな顔だ。回復薬を飲み水代わりにしてなんとか凌いきたが、倒れるのは時間の問題だろう。晴れていようが夜にもなるとマイナス三十度近くと寒さが厳しく、ナツメが別れ際にくれた防寒用のマントがなければ五朗はとっくに凍死していたかもしれない。

『ガウッ』

 短くて小さな声をあげ、焔を運ぶ白狼が木の影に入り込み、ぴたりと止まった。敵か?と焔達は警戒心を抱いたが、白狼の視線と同じ方向へ顔をやると、真っ黒い影が視界を支配し、否応無しに肩が軽く震える。

「…… でかっ」

 ぽつりと五朗が呟き、真っ黒に染まる巨大な影を見上げた。
 星空の下で見ているせいか、不自然な程に大きな月を背にしているせいなのか、黒さが際立っている。風景に溶け込むことすら出来ぬ程の巨大な漆黒を前にして、五朗の心が怖気づく。

「あれが魔王の城か」

 白い息を吐き出し、鼻先までかぶっているフードを少し脱ぎながら焔が言った。
 西洋の古城を黒く染め上げたような見た目をした城だが、暗いせいか細部が何もわからない。そのせいで、まるで影絵を見た時のような印象を観る者に与える。昼間ならばあるいはと思いもしたが、こうも寒そうな土地だと、昼でも日光はあまり期待できそうには無いだろう。
「ソフィア、地図を見せてくれるか?」
『はい、只今』
 毎度の如く焔の装備の中に隠れていたソフィアが姿を現し、洋書の体をパッと開く。一瞬スチル回収済みのページが焔にだけ見えて、少し顔が赤くなった。

(…… 全部回収出来ていたのだな)

 リアンの希望が叶っていた事を図らずも知る事となり、こっそり安堵の息をつく。悔恨のないまま戻れるのなら、リアンが『もっと異世界に居たかったのに!』と騒ぐ心配はなさそうだ——と、彼の真意を察していない焔は一人思った。

「城にはこっそり入らないといけないんだったよな。そうなると裏側からとか、今は使っていない通路とか、その類を探さないとならんのか」と言いつつ、白狼から焔が降りる。五朗もそれに続くと、一礼して白狼が早々に去って行ってしった。どうやら同行してくれるのは此処までの様だ。
「ありがとっすねー」
 手をメガホンみたいにして口元に当て、小声で五朗が言った。一瞬だけ振り返り、白狼が軽く頭を持ち上げる。彼の声はきちんと聞こえたみたいだ。

「さてと。侵入経路っすよね。ゲームあるあるだと、何でかご丁寧に人が通れる裏道や古い水路なんかがあってそこから内部に侵入出来るけど、今回はどうっすかねぇ」
 ぽりぽりと後頭部をかくような仕草を、マントに付属しているフードを被ったまま五朗がやった。眼鏡は吐き出す息のせいで真っ白になっていて前が見えていそうに無い。
「無くても別に、壁を壊して進めば——」と言う焔の声を、「さて!地図でそれっぽい窪みある所を片っ端から見ていきますか!」と五朗が打ち消す。加勢が来ない事が確定なのに、とてもじゃないが無茶な事なんかしたくない。
「んでも外周だけでもめちゃくちゃ広そうだし、目立つ行動は控えないとだし、こりゃ相当時間かかりそうっすね。長期戦でいかないと、倒れそうっすわ」
「深雪の中を進まないといけないから、余計に時間がかかるな。休ませてもやりたいが、その為にもせめて城内に侵入はしておきたい所だ」
「そっすね。テントあるけど、所詮はテントだし。何よりこんな敵の本拠地の側でキャンプとか、ガチのゲームじゃないと無理っすわ」
「じゃあ、早く休憩する為にもコツコツ行くか」
「せめて通気口だけでもサクッと見付かれば正面切って侵入出来る手段はあるけど、ファンタジーじゃ期待薄そうっすよねぇ」
「言えてるな」
 木の影に隠れつつ、二人が額を寄せ合っていると、『では私が様子を見てきましょうか』とソフィアが言った。

『お二人は深雪のせいで進行速度が相当ダウンしていますが、私は浮いているので速度が落ちる事なく周囲の確認程度なら出来ますよ』

「おぉ!お願いします!」
「それは是非頼みたい」
 五朗と焔の返答のタイミングが綺麗に重なった。

『お任せ下さい!』と、ソフィアが誇らしそうな声で言う。このくらいしか今回は役に立てそうに無かった自覚があるのか、とても嬉しそうだ。
『では、黒い布を一枚お借りしますね』
 荷物の中から布を取り出し洋書の体にふさっとかける。闇夜の中に溶け込み、彼の姿が目立たなくなった。月明かりの下ではどうかは何とも言えないが、少なくとも遠くからなら見付かれないだろう。
「目立たない様にっすね!」と言い、流石はソフィアさん!と騒ぎ出しそうな顔で五朗が目をキラキラと輝かせた。
『では、発見しましたらチャットで連絡しますので』
「ういっす!通知待ってます」


 寒空の下、じっと木の影に隠れて報告を待つ。防寒装備のおかげで随分と寒さは防げるが、風が吹くとどうしたって顔面が凍える。五朗は焔とは違って相当体力が落ちているので、余計にキツそうだ。
「まだっすかねぇ…… まだっすよねぇ。ソフィアさんに高速移動系のバフをかけるとか出来たら良かったんっすけど」
「そうだな。リアンが居たら出来たんだろうけどな」
「主人さんが他の召喚魔を呼び出して、バフ系のかけられる奴に補助頼むとか」
「召喚魔は無作為らしいからな、そういった事が出来る奴が呼べるかはわからんし、そもそもリアンを呼び出したままだから他のは呼べんぞ?維持コストがどうとか何とか。それ以前に、ソフィアがいないと何も出来んしな」
「そもそも何でリアンさんを宿屋に放置して来たんっすか?眠ったままなら、一旦戻して、別の呼んだ方が良かったんじゃ?」

「…… 」
 焔が黙ってしまった。『その手があったな』と言いたそうな顔をしているが、再度された目隠しのせいでわかりにくい。だが、五朗には十分伝わったみたいだ。
「呼出っぱなしに慣れちゃってて、しまい忘れたんですねぇ」と呆れ顔で言われ、素直に焔が頷く。
 白虎の神殿を出た直後に一度還した時は五朗とソフィアからの指示だったので、焔自身にはリアンを還すという発想がそもそも無かった。自らの拳で勝負するタイプなので召喚士としての自覚が薄いせいもあるだろうが、そもそも好意を持つ相手を世界から消す様な行為をしたいはずがない。
「ソフィアさんも今は居ないし、別の召喚魔を呼び出すのは戻ってからかぁ」
「いや、必要無い」
「へ?」

「リアン以外の召喚魔は必要無い、と言ったんだ。後にも先にも、俺の召喚魔はリアンただ一人だ」

 魔王の城をじっと見上げるようにしながら、焔が断言する。あんな魔力の供給方法をリアン以外の者とするのだけは絶対に嫌だと思っている。だが、そもそもあんな方法で魔力を補充出来るのは魔王であるリアンだけなので不要な心配だなのだが、それを知らない者としては絶対に譲れない点となろう。

(本当に好きなんっすねぇ、うんうん。わかるっすよぉ)

 真相を知らぬ五朗が「そうっすね。わかったっす。二人で何とか攻略しましょう!」と決意を新たにした。


 ポンッと通知音が鳴り、五朗の元にソフィアから連絡が入った。早速操作パネルを開き、ボイスチャットモードに切り替える。これでお互いの会話が聞こえる様になった。
「キターッ!ソフィアさんっすよ!何か見付けたんっすね。——はいはい、こちら貴方の五朗っすよ!」

『チッ』

 不快感のたっぷりこもった舌打ちの音が聞こえた。明らかにソフィアからのものだ。ボイスチャットだったせいで全てが丸聞こえだが、五朗は気にする事なく話を続けようとする。
「ありましたか?侵入経路は」
『はい。あったにはあったのですが…… 。これでもかと言う程にあからさまな罠が大量にあって、絶対に通さんと言う強い意志を感じる経路でした』
「わーお。前途多難!」
『ですが他に、堅牢そうな建物には不釣り合いな通気口は見付けました』
「よっしゃぁぁぁぁ!流石ソフィアさんっ。もういつでも自分達は最高のコンビになれますね!」
『…… は?』
 冷たい声が寒空のせいで余計に冷酷さを増す。ここまで冷たい『は?』を聞いたのは初めての事で、これには流石の五朗も少し凹んだ様だ。
「わかった。ではそちらに向かうから、待機していてくれ。五朗の地図で位置を確認する」
『了解です、主人』


       ◇


「お疲れ様っす、ソフィアさん。ありがとうございます、自分の為に通気口を見付けてくれて!」
 今にも抱き着きそうな勢いで、ソフィアの方へ手を伸ばす。だがそれと連動するみたいにソフィアが五朗から離れ、最終的には焔の背後にサッと隠れた。
『貴方の為じゃないですし!全ては主人の為ですから!ほら、さっさと作業をして下さい。何か侵入する為のアイディアがあるから探させたのでしょう?通気口を』
「はいはい!任せて下さいませ」
「そういえば、どうする気なんだ?通気口なんて」
「ふっふっふ。白狼の上で練りに練った手法で、いざ魔毒士の“城塞落とし”って異名を発揮する時っすよ!——それにしても」と言って、五朗が城の外壁を見上げる。そこには古城には似つかわしくない通気口がドンッと存在していた。

「…… 絶対にこの城を造った奴、異世界転生者っすよ。めっちゃ見覚えしか無いっすもんこれ!」

 通気口を指差し、語気強めに五朗が断言した。その先には民家などの外壁にありそうなカバー付きの穴がある。大きな城に設置するには似合わぬデザインで、やけに目立って見えた。魔王城を建造したリアンが無意識に現実的な部分を取り入れてしまい、こういった仕様になってしまったのだろう。

「で?どうするんだ?」
 そんな事はどうでもいいいと言わんばかりにさらっと流し、焔が再度訊く。
「上手くいくかは神のみぞ知るって感じっすけどね、この通気口から煙を流し入れるっす。んで、その煙に睡眠効果のある薬を忍ばせてみようかと」
「悪どいな」
「こっちは二人っすよ⁉︎これくらいは当然の戦略っす!ちなみに睡眠耐性が強い敵もいるでしょうから、麻痺の効果も加算して、毒も盛っちゃいますよ!」
 そう言って五朗がぐっと拳を作る。その姿には罪悪感なんか微塵も無く、この手段を思い付いた自分を絶賛したい気持ちが溢れ出ていた。
「…… まぁいいか。任せたぞ」
「ういっす!お任せ下さい」
 胸を張り、そして五朗が早速用意を始めた。ベルトに装着してある薬瓶を数本取り出し、魔毒士特有の力を使って空っぽの瓶の中へ希望通りの調合品を創り出していく。それらは全て宙に浮いたまま合成されていき、魔法と呼ぶに相応しい作業だった。
「あとはコレの蓋を通気口の側で開ければ、煙が城内に侵入していってくれるっす。どんだけ城内が広いかはわからんけど、煙が入る隙間さえあれば全域に届く様に大量にどんどん創っていくっすよ」

「眠らなくても麻痺で起きられず、その上毒で体力はどんどん減っていく訳か。残忍だな、お前は」
『確かに』

 頷き合う二人に対し、文句の一つも言えない。全くもってその通りだが、これ以外で穏便に侵入する手立てがあるなら提案してみろゴラッと叫びたい気分だった。
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