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第六章
【第十四話】クエストの失敗・後編
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ナツメに続いて猫の姿をした獣人達も立ち去り、薪をたっぷりと焼べた暖炉のおかげで暖かな室内に二人と一冊だけになった。
「いやー、初めてクエスト失敗しちゃいましたねぇ」と、ピンと尖った耳がとても愛らしい獣人達が淹れてくれた熱いお茶を飲みながら五朗が焔に声をかける。
「別にいい。もう帰るんだ、功績を気にしても仕方ないだろ」
「まぁそうなんですけどね。んでも、ゲーマーとしては記録を伸ばしたかったかなぁと」
「お前ならそうだろうな」
「いやいや、リアンさんもきっとそうっすよ。だからこの一年間、何だかんだ言って、もう行けそうな気がするのに最終決戦を先延ばしにしてきたんでしょうし。でも良いんですか?相談もせずに、元の世界へ戻ると決めて。もうちょっとリアンさんにはやりたい事が他にもあるかもしれないのに。自分はもう長い事此処に居たんで帰るのは平気っすけども。前と違って今だったら、主人さん達のおかげで好条件で帰れるでしょうしね!」
「…… それなんだが、五朗」
「ん?なんすか?」
改まった顔を向けられ、五朗が少し戸惑った。バタついていたせいで目隠しを外したままでいる姿に見慣れていないせいか、知らない人みたいでちょっと緊張もしてしまう。目蓋が閉じられたままなおかげで鋭そうな視線を向けられていないのが唯一の救いだ。
「魔王を倒したら元の世界へ戻れるのは初日にリアンから聞いたから流石に知っている。だが、前にもお前が言っていたが、好条件がどうのっていうのは何の事なんだ?」
「あれ?到着直後の名前決定時にその情報もセットで教えてもらってないっすか?ってか、主人さんの案内役でもあるソフィアさんは知ってるんじゃ?」
『いいえ、私も知りません』と、ソフィアが首を横に振るみたいに体を動かす。
『私はあくまでも世話役や、召喚時などの魔導書としての役割の方が強い様でして』
「そっか、なるほどなるほど。んでも意外っすね。異世界からの冒険者の間では『お前コレ知ってる?』みたいに話題に出す必要も無いくらいなのでは?ってくらいの常識っすからねぇ。まぁ…… 自分、元々の職業柄長い事主人さん達以外の異世界冒険者達とも敵対していたんであんまし話した事ないし、多分そうじゃないかって思い込みの知識っすけど。いやでも、お二人も当然知っているものと思ってましたわ」
「いいや、知らん。俺は真っ当な方法で、しかも行きたいと望んで此処へ来た訳では無いからかもな」
「あぁそうか、なるほどねぇ」と頷き、五朗が眼鏡のフレームをくっと持ち上げた。今ここの居る中では自分しか知らない情報なので勿体ぶってしまいたい気持ちになったが、もし焦れた焔にどつかれたら骨の一・二本簡単に折れそうだと即座に判断し、さっさと話す事にする。
「魔王を倒すと、異世界転移者達は皆、『自分の帰りたい日時に、今の記憶を持ったまま戻れる』んっすよ。そこまでの過程で復活系の魔法も無しに死んだら、真っ当な時間軸に帰還する事になっちゃいますけどね」
「…… 自分の帰りたい、日時?そんなもの、選べてどうするんだ?」
焔が不思議そうに頭を傾ける。今この瞬間に一番戻るべき時間なんぞ、此処に居たことで経過した時間分を失った後の、元々居た場所だけだろうと彼は思う。それが当然の摂理であり、当たり前の事だ。
過ぎてしまった時は戻らない。だから大事なのだし、後悔無き様に生きねばならないのだ、とも。
「え!めっちゃすごくないっすか?だって、今の知識を持ったまま、『あれが人生の分岐点だったな』と思っている時間から、自分の人生をやり直せるんっすよ?好きなように軌道修正出来るかもだし、もしかしたら死んだ人を死なせないようにしたりも出来るかもだし、将来なりたかった仕事に今度こそ就けるかも?とか、あの楽しかった時間をもっかい経験出来るぞ!とか、夢満載な報酬だと思うんっすけどねぇ。あ、でもこっちの世界で基盤とか恋人作っちゃってて帰りたくない勢はどういう扱いになんだろ…… そこまでは、よく考えたら知らんっすわ。もしかして今まで全然クリアした奴だ出てこないのってまさか、勇者が育っていない以外にも、異世界から帰りたくないでござる勢が実は多いんじゃ⁉︎」
「ほぉ」
「うわ、全然ピンときてないって感じっすな。アレかなぁ、主人さんガチもんの鬼だから、そういった人間的感覚が無いのかなぁ。んでも、明日討伐するならもう今から悩んでおいた方が良いっすよ、帰る時間軸。多分討伐直後には戻されると思うんで」
「…… そうか」と答え、「わかった」と焔が頷く。
そして窓の外へ視線的なものをやり、『…… リアンはどの時間に戻りたいんだろうか?』と不思議に思った。
出来れば彼と共に戻りたい。
幸いにしてリアンも自分達と同じく異世界転移者だ。ならば共に帰れる。帰って、この世界の決まり事という縛りなく、奴の想いを確認したい——
その気持ちや考えはずっと変わっていない。困った事に、“竜斗”の存在を思い出した今でもなお。だが、戻りたい時間を自分に合わせて欲しいとは思わない。かと言って合わせたいとも思わない。自分の進んできた道が変わる事でオウガノミコトの元で眠ったままでいる“竜斗”の存在に影響があってはならないという考えを持っているからだ。
もちろん今でも竜斗には逢いたいが、同じくらいリアンの傍にもいたい。
その為には一体どうするべきなんだ…… 。
“リアン”と“竜斗”の繋がりにまだ気が付いていない焔の胸の奥が、ちりっと焼けるように痛んだ。
今自分が抱えている想いが二人に対してとても不誠実なものの様に感じられる。だが実際には、“彼”がどんな姿や性格になろうとも、それでも焔は同じ魂に惹かれる事を実証した深い愛を抱けているのに、その事を知らないというだけで全てを違った視点でしか見る事が出来ない。
しかも“転生者”であるリアンを、異世界への“転移者”であるという思い違いもしたままだ。
「雪、降ってきましたね」
『風が無いのでしょうね。ゆっくりと落ちる様子がとても綺麗です。街明かりが反射していて、キラキラと宝石の様に輝いて見えますね』
「んんーっ。ソフィアさんったら詩人っすね!今夜は是非二人で一夜をベッドの中で明かしましょう!ほらほらぁ、このパーティーで過ごす最後の夜ですし!」
『…… はっきり言って、今の貴方はとても気持ち悪いですよ?』
「そんなふうに思うソフィアさんもまた可愛いっす!」
しんみりとしていた気分を、五朗が木っ端微塵に空気も読まず打ち砕いた。
普段ならイラッとして『黙れクソ餓鬼が』くらい言ったかもしれないが、落ちそうになっていた気持ちを立て直すには丁度良かったかもしれないな、と焔が好意的に受け止める。
「どの時期に戻るか、何となくでも思い付きましたか?主人さん」
「いや、全然だな」
「欲が無いんっすねぇ」
「強欲だから、逆に決まらないんだよ」
「なるほど!なんかストンと腑に落ちましたわ」
「鬼なんてモノは元来欲望がそのまま歩いている様なバケモノだからな。どれか一瞬だけを選べという方に無理がある」
「納得しか出来ませんわ」と言い、五朗が深く頷いた。
明日までまだ時間はある。
一人になった時にでも改めて考えるか…… 。そう思いながら焔は再び窓の外に顔を向け、深々と雪降る様子を目蓋を閉じたまま楽しんだ。
◇
焔とリアンの“いつか”が、とうとう明日へと迫った。
二人の想いがどういった結果を孕んでいるのかは、一足先に本来の世界へと戻って行った創造主の欠片ですらも確信を持てないでいる。竜斗の実父として、焔の育ての親として…… こうなって欲しいという思う結果が彼の中にも一つあるが、それを強制するつもりは毛頭無い。結果を選び取るのはあくまでも当人である二人の息子達がするべき事だ。
彼らが幸せであれば、それで——
そう願いながら彼は、雲一つない真っ黒な空に浮かぶ月を一人見上げる。月明かりが強過ぎて星は全く見えず、まるで闇夜が大きな口を開けているみたいだ。
「もうずぐだ、もうすぐ…… 」
勾玉の首飾りをキュッと握り締め、オウガノミコトがぽつりと呟いた。
「いやー、初めてクエスト失敗しちゃいましたねぇ」と、ピンと尖った耳がとても愛らしい獣人達が淹れてくれた熱いお茶を飲みながら五朗が焔に声をかける。
「別にいい。もう帰るんだ、功績を気にしても仕方ないだろ」
「まぁそうなんですけどね。んでも、ゲーマーとしては記録を伸ばしたかったかなぁと」
「お前ならそうだろうな」
「いやいや、リアンさんもきっとそうっすよ。だからこの一年間、何だかんだ言って、もう行けそうな気がするのに最終決戦を先延ばしにしてきたんでしょうし。でも良いんですか?相談もせずに、元の世界へ戻ると決めて。もうちょっとリアンさんにはやりたい事が他にもあるかもしれないのに。自分はもう長い事此処に居たんで帰るのは平気っすけども。前と違って今だったら、主人さん達のおかげで好条件で帰れるでしょうしね!」
「…… それなんだが、五朗」
「ん?なんすか?」
改まった顔を向けられ、五朗が少し戸惑った。バタついていたせいで目隠しを外したままでいる姿に見慣れていないせいか、知らない人みたいでちょっと緊張もしてしまう。目蓋が閉じられたままなおかげで鋭そうな視線を向けられていないのが唯一の救いだ。
「魔王を倒したら元の世界へ戻れるのは初日にリアンから聞いたから流石に知っている。だが、前にもお前が言っていたが、好条件がどうのっていうのは何の事なんだ?」
「あれ?到着直後の名前決定時にその情報もセットで教えてもらってないっすか?ってか、主人さんの案内役でもあるソフィアさんは知ってるんじゃ?」
『いいえ、私も知りません』と、ソフィアが首を横に振るみたいに体を動かす。
『私はあくまでも世話役や、召喚時などの魔導書としての役割の方が強い様でして』
「そっか、なるほどなるほど。んでも意外っすね。異世界からの冒険者の間では『お前コレ知ってる?』みたいに話題に出す必要も無いくらいなのでは?ってくらいの常識っすからねぇ。まぁ…… 自分、元々の職業柄長い事主人さん達以外の異世界冒険者達とも敵対していたんであんまし話した事ないし、多分そうじゃないかって思い込みの知識っすけど。いやでも、お二人も当然知っているものと思ってましたわ」
「いいや、知らん。俺は真っ当な方法で、しかも行きたいと望んで此処へ来た訳では無いからかもな」
「あぁそうか、なるほどねぇ」と頷き、五朗が眼鏡のフレームをくっと持ち上げた。今ここの居る中では自分しか知らない情報なので勿体ぶってしまいたい気持ちになったが、もし焦れた焔にどつかれたら骨の一・二本簡単に折れそうだと即座に判断し、さっさと話す事にする。
「魔王を倒すと、異世界転移者達は皆、『自分の帰りたい日時に、今の記憶を持ったまま戻れる』んっすよ。そこまでの過程で復活系の魔法も無しに死んだら、真っ当な時間軸に帰還する事になっちゃいますけどね」
「…… 自分の帰りたい、日時?そんなもの、選べてどうするんだ?」
焔が不思議そうに頭を傾ける。今この瞬間に一番戻るべき時間なんぞ、此処に居たことで経過した時間分を失った後の、元々居た場所だけだろうと彼は思う。それが当然の摂理であり、当たり前の事だ。
過ぎてしまった時は戻らない。だから大事なのだし、後悔無き様に生きねばならないのだ、とも。
「え!めっちゃすごくないっすか?だって、今の知識を持ったまま、『あれが人生の分岐点だったな』と思っている時間から、自分の人生をやり直せるんっすよ?好きなように軌道修正出来るかもだし、もしかしたら死んだ人を死なせないようにしたりも出来るかもだし、将来なりたかった仕事に今度こそ就けるかも?とか、あの楽しかった時間をもっかい経験出来るぞ!とか、夢満載な報酬だと思うんっすけどねぇ。あ、でもこっちの世界で基盤とか恋人作っちゃってて帰りたくない勢はどういう扱いになんだろ…… そこまでは、よく考えたら知らんっすわ。もしかして今まで全然クリアした奴だ出てこないのってまさか、勇者が育っていない以外にも、異世界から帰りたくないでござる勢が実は多いんじゃ⁉︎」
「ほぉ」
「うわ、全然ピンときてないって感じっすな。アレかなぁ、主人さんガチもんの鬼だから、そういった人間的感覚が無いのかなぁ。んでも、明日討伐するならもう今から悩んでおいた方が良いっすよ、帰る時間軸。多分討伐直後には戻されると思うんで」
「…… そうか」と答え、「わかった」と焔が頷く。
そして窓の外へ視線的なものをやり、『…… リアンはどの時間に戻りたいんだろうか?』と不思議に思った。
出来れば彼と共に戻りたい。
幸いにしてリアンも自分達と同じく異世界転移者だ。ならば共に帰れる。帰って、この世界の決まり事という縛りなく、奴の想いを確認したい——
その気持ちや考えはずっと変わっていない。困った事に、“竜斗”の存在を思い出した今でもなお。だが、戻りたい時間を自分に合わせて欲しいとは思わない。かと言って合わせたいとも思わない。自分の進んできた道が変わる事でオウガノミコトの元で眠ったままでいる“竜斗”の存在に影響があってはならないという考えを持っているからだ。
もちろん今でも竜斗には逢いたいが、同じくらいリアンの傍にもいたい。
その為には一体どうするべきなんだ…… 。
“リアン”と“竜斗”の繋がりにまだ気が付いていない焔の胸の奥が、ちりっと焼けるように痛んだ。
今自分が抱えている想いが二人に対してとても不誠実なものの様に感じられる。だが実際には、“彼”がどんな姿や性格になろうとも、それでも焔は同じ魂に惹かれる事を実証した深い愛を抱けているのに、その事を知らないというだけで全てを違った視点でしか見る事が出来ない。
しかも“転生者”であるリアンを、異世界への“転移者”であるという思い違いもしたままだ。
「雪、降ってきましたね」
『風が無いのでしょうね。ゆっくりと落ちる様子がとても綺麗です。街明かりが反射していて、キラキラと宝石の様に輝いて見えますね』
「んんーっ。ソフィアさんったら詩人っすね!今夜は是非二人で一夜をベッドの中で明かしましょう!ほらほらぁ、このパーティーで過ごす最後の夜ですし!」
『…… はっきり言って、今の貴方はとても気持ち悪いですよ?』
「そんなふうに思うソフィアさんもまた可愛いっす!」
しんみりとしていた気分を、五朗が木っ端微塵に空気も読まず打ち砕いた。
普段ならイラッとして『黙れクソ餓鬼が』くらい言ったかもしれないが、落ちそうになっていた気持ちを立て直すには丁度良かったかもしれないな、と焔が好意的に受け止める。
「どの時期に戻るか、何となくでも思い付きましたか?主人さん」
「いや、全然だな」
「欲が無いんっすねぇ」
「強欲だから、逆に決まらないんだよ」
「なるほど!なんかストンと腑に落ちましたわ」
「鬼なんてモノは元来欲望がそのまま歩いている様なバケモノだからな。どれか一瞬だけを選べという方に無理がある」
「納得しか出来ませんわ」と言い、五朗が深く頷いた。
明日までまだ時間はある。
一人になった時にでも改めて考えるか…… 。そう思いながら焔は再び窓の外に顔を向け、深々と雪降る様子を目蓋を閉じたまま楽しんだ。
◇
焔とリアンの“いつか”が、とうとう明日へと迫った。
二人の想いがどういった結果を孕んでいるのかは、一足先に本来の世界へと戻って行った創造主の欠片ですらも確信を持てないでいる。竜斗の実父として、焔の育ての親として…… こうなって欲しいという思う結果が彼の中にも一つあるが、それを強制するつもりは毛頭無い。結果を選び取るのはあくまでも当人である二人の息子達がするべき事だ。
彼らが幸せであれば、それで——
そう願いながら彼は、雲一つない真っ黒な空に浮かぶ月を一人見上げる。月明かりが強過ぎて星は全く見えず、まるで闇夜が大きな口を開けているみたいだ。
「もうずぐだ、もうすぐ…… 」
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