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第六章

【第十三話】クエストの失敗・前編

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「クエストお疲れ様でした。予想よりも遥かに早いお戻りでしたね。こちらでお茶を用意させますので、どうぞ奥までお入り下さい」
 状況を報告しようと、白虎の神殿から追い払われるように脱出させられた焔達が少しの小細工を済ませた後、街中にある冒険者ギルドに戻ると、入り口から入ってすぐ受付係であるナツメに声を掛けられた。

 ナツメは今一番の心配事案であったクエストの進行度などが気になって仕方なく、ソワソワとした様子でギルド内をウロウロしていたそうだ。何かと忙しい彼は歩きながらも仕事をしてはいたが、当然動きながらであったせいでいつもよりも消化出来ず、部下達が頭を抱えていた。猫型の獣人が書類の束を持って一緒に後から着いて回り、急かしたり、部屋に戻ってちゃんと働くように頼んだが聞いては貰えなかった。
 そんな中のお早いご帰還だったので、真っ先に声を掛けたナツメだけでなく、ギルドの職員全員が歓迎ムードだ。

「お疲れですよね!私はお菓子でも用意いたします」
「ここまで早く戻って頂けるとは!流石は一流の冒険者です、この事はしっかりと記録して王国の方へも報告しておきましょう」
「寒くはないですか?膝掛けをご用意致しますよ。今夜泊まる宿の手配はこちらで済ませておきますね」

 ——などと、皆が口々に声を掛けてくる。
「ありがとう」と目隠しをしていない焔が目蓋を閉じたまま素っ気なく答えた。腕にはソフィアを大事そう抱え、そんな彼の背後には気不味そうな顔をする五朗が続く。神殿から出された後も、魔力不足が祟ったのかリアンはまだ気を失ったままだったので今は帰還させており、表には出て来ていない。
 数人の者が「…… おい、神子は何処だ?あれは救出依頼じゃなかったか?」と訝しげな顔をしているがその声はナツメの耳には届いておらず、そのまま彼の案内で三人は応接間の様な部屋へと入って行った。


 二人掛けのソファーが対面状態で並び、それぞれが腰掛け、ナツメが改めて頭を深く下げた。
「クエストの終了報告ですよね?お疲れ様でした。お二人とも無事に帰還されてなによりです」
「頭をあげてくれ。礼を言われる様な事態じゃない。想定外の展開になったので、お前を信用して少し話がしたいんだ」
「…… 想定外、ですか」
 何だろうか?と不思議に思いながらナツメが顔を上げる。そして一呼吸し、神子が同行していない事に、今更気が付いた。
「先に一つお訊きしてよろしいですか?」
 焔は一応、「あぁ」と答えたが、何と言われるか大体の想像がついている。だからといって『みなまで言うな』と止めるよりは言わせておこうと待ち構えていると、予想通りの言葉を一言一句違える事無くナツメが口にした。

「麒麟の神子は何処ですか?」

 そりゃそうだよなと思いつつ、「此処にはいない。だが安否は確認済みだ」と焔が答える。
「では何処に⁉︎」
 前のめりになってナツメが訊く。クエストは“救出”依頼なのに神子を連れずに戻った事に驚きが隠せない。
「…… お前がこの街の神殿の関係者では無いのは認知済みなので、話しておきたい事がある」
 焔の目蓋が閉じているのに何故か彼から鋭い視線を感じ、ナツメが息をのんだ。額に小さな角がある以外はヤケに整った顔が無表情なまま見据えてくる雰囲気が少し怖い。だが不思議と動揺が収まっていき、普段の落ち着きを取りしたナツメはすっと背筋を伸ばした。

「それは私を信頼しての話、と思ってよろしいですか?」
「その通りだ。——この部屋に、神殿関係者からの盗聴の恐れは?」

 周囲を見渡す焔に向かい、ナツメが「心配ありません」と答える。
「冒険者ギルドは国の直営団体なので、特定の勢力と繋がりのある者は入れません。魔族達と戦い、市民の問題を解決する冒険者達と接する為には公正・公平である事が我々の義務ですから、もし一部の勢力へ加担する様な事があれば厳罰ものとなります」
「そうか。それは助かる」
 深く頷き、焔が「ソフィア。さっきお前に渡した物を全て彼に譲渡してくれ」と声を掛ける。するとソフィアは焔の腕からふわりと浮き上がり、『了解です、我が主人』と返事をして、ナツメの前にオウガノミコトから預かった物の“模造品”を一式受け渡した。

『本物は渡しちゃダメっすよ!もし、もしですよ?オウガノミコトとかって人の調べが浅くって実は冒険者ギルドも神殿の勢力が侵食済みだった場合、本物の証拠を全て握りつぶされた挙句、こっちに全ての罪を着せて処分にかかる可能性すらあるんすから!』

 焔が五朗が合流し、全ての事情を説明した時に、彼が言っていた言葉だ。
 その言葉に従い、大慌てで預かった物の模造品を二人と一冊とで何とか造りあげた。こういった作業が得意なのは断然リアンなのだが、意識の戻らない彼には頼めなかったので荒削りな物になってしまっている。だが内容だけはちゃんと同じなので多分問題は無いはずだが、小心者の五朗はソワソワとしっぱなしだ。
「これは何でしょうか?」
 報告書の束を手に取り、ナツメが首を傾げる。

「四聖獣の神官達がいかにクズかをまとめた物だ」

「や!もっと違う言い方あるでしょ!」と五朗が即座にツッコミを入れた。
「ゴホンッ。——えっとですね、歴代の麒麟の神子だった者達が神官達から受けていた性的虐待についてまとめた報告書っす!音声データ、写真、家族からの証言。それ以外にも今現在、神子だった者達がどういった状況にあるのかも全てまとめてあるっす。残念ながら本人達からの証言は一切得られていませんが、それらは既に自殺していたり精神疾患により致し方ない事情でした。んなのはフィクションであって欲しかったんすけど、残念ながら相当信憑性のある内容っすよ。…… と、特に写真と、音声は…… ホントマジで殺意しかわきません」
 模造品を作るにあたって確認した内容の全てが頭の中で甦り、五朗の顔が青冷めていく。思い出しただけでも吐き気がし、そして不憫でならず、苛立ちも感じてしまう。伝説でしか無い四聖獣達の存在とは違って、麒麟の神子になった子供達の被害はこの世界で本当に起きた出来事だったからだ。
「待って下さい!神官達は聖職者で、神子は全て未成年ですよ?せ、性的虐待って…… そんな」と不審に思いながらも手に取った報告書を開き、中身を確認していく。パラパラとページをめくっていくにつれ、詳細且つ信用に値する情報に対し、ナツメの瞳が段々と冷ややかなものへと変わっていった。

「…… これは素晴らしい」

 ニヤリと笑ったナツメに対し、五朗が「は?」と驚いた声をあげた。
「あ、すみません。言い方が不謹慎でしたね。この内容は証拠として完璧だといった意味です。音声データを聞かずとも…… 聞きたくも無いというのが本音ですが。今目を通した部分だけでも神勢力の力を削ぎ落とすのに、充分な報告書です。早速首都に遠征しているギルド長へと報告し、国王陛下にもこの情報をお伝え致しましょう。異世界から来た冒険者からの報告書なので最優先で確認して頂けるはずです」
 オウガノミコトの言った通りの展開となり、焔がそっと息を吐いた。内容のせいで少し気が張っていたせいか肩の荷が下りた様な気分だ。
「しかし、よくこれだけの情報をこの短時間で調べあげましたね。全国に下部組織のある我々の耳にすら一切入って来ていなかった出来事ばかりですよ?」
「神官達の行為を不審に思っていた者に会えてな。協力し合った結果だ」
 あながち間違いでも無い事を言って焔が誤魔化す。
「そうでしたか、それでここまでの報告書を。流石ですね。…… 正直この報告書は国王にとって、魔王討伐並の朗報ですよ。私の出世も間違い無しと断言できるレベルです」
「そ、それほどっすか」と言いつつ、この人全面的に信頼できる!と五朗は勝手に確信した。証拠は無いが、絶対に神官達とは繋がっていないと言い切れる自信がある。
「此処は辺境の街ではありつつも、魔王側の勢力との前線基地でもありますからね。そんな街の神官ともなると無下にはし難いのです。最初は、神お告げだと言われれば王国側も喜んで聞き入れていたのですが、最近では無理難題や、我儘としか思えない発言、予算の増加要請、果ては国政にまで口出ししてくる者まで現れ始め、扱いづらくてほとほと困り果てていたのですよ」
「うわぁ…… めっちゃ想像つきますわ」
「何処の世界も、似たようなものなんだな」
「これだけの証拠を提示すれば、奴らの鼻っ柱をへし折るどころか神官としての地位を剥奪し、性犯罪者という最悪のレッテルを貼った上で牢獄に収監できます。クズ共の処分以外にも、神子だった者達へのケアにも着手すると約束致しましょう」
 最後の言葉を聞き、焔達は深く安堵し、揃って穏やかな笑みを浮かべた。

「ところで、誘拐の件の詳細はお聞かせ頂けますか?」

 突如訊かれた事で、うぐっと五朗が呟き焔に助けを求めた。状況を透明な壁越しに見てはいたが、会話が一切聞こえていなかったのでその件に関しては全く説明出来ないからだ。
「ギルドからの情報を元に白虎の神殿へ出向き、誘拐犯だと目される者にも会ったが…… 」とまで言って、焔が突然黙った。育った環境のせいで、鬼なのに馬鹿正直に成長してから嘘は得意では無い為、何と言葉を続けていいのか思考停止しているみたいだ。

「——が?」

 話が急に途切れてしまった事で、ナツメが首を傾げる。
「神殿に残っていた四聖獣の力の残滓が、麒麟の神子を救っただけだったぞ」
「…… 」
 目を見開き、ナツメが黙ってしまう。その様子を見て焔は『嘘ではないが、省き過ぎて話が通じなかったか?』と不安になった。だがしかし、次の瞬間にはナツメの中性的な顔が真っ赤に染まり、ぼろぼろと滝の様に涙を流し始めた。

「え」
「ナツメさん⁉︎ど、ど、どうしたんっすか?」

 泣くような要素があったか?と焔と五朗が困惑していると、ナツメが「ずびばせん…… ちょっと感極まってしまいまじた」と泣き声で呟く。ずずっと鼻をすすり、ポケットの中からハンカチまで取り出したので、どうやら演技では無さそうだ。

「四聖獣達の神子に対する深い愛情が、この時代の神子までをも助けに入った事実に感動してしまいました…… 」

 何やら勝手に勘違いしたっぽいが、『そう取ったか!そのエピソードに乗った!』と、同じ事を焔と五朗が同時に考えた。黙ったままでいるソフィアも心の中でガッツポーズを取りたい気分に。
「眠っていたはずの白虎の神殿が突然稼働したのもコレで全て説明がつきますね!」
「目撃された白衣の者は結局、四聖獣の四体が合わさったキメラみたいな外見をしていたが、それも全て神子を思う気持ちの複合体だったからだな」
 うんうんと頷きながら、二人が一応報告も兼ねた発言をする。オウガノミコトの存在は隠す方向で二人と一冊は既に一致している。
「もしかして、この報告書の内容は四聖獣様達から提供されたものですか?」
「全てを察知してはいながらも、遥か昔に肉体を失った身。残滓の様な思念であり、基本的には仲の悪い者同士。長年個々では力及ばず助けられずにいたんでしょうね!それがまた、新たな被害者が生まれとようとしてしまった事で堪忍袋の緒が切れたと。四体が協力し合う事で救出に成功したとなると、きっと初代・麒麟の神子だった少年の魂も今頃大歓喜で舞っているに違いないっすよ!」
「何と素晴らしい!」
 手を祈るように重ね、ナツメが叫ぶ。五朗の語ったそれっぽい話を完全に信じた様だ。
「また新しい伝説が生まれたのですね…… その瞬間に私も立ちあったのだと思うと感無量です」
 ぽろりと溢れる涙をハンカチで拭き取り、何度も頷く。この件も添えて報告せねばとナツメは深く思った。

「…… ですが、この度のクエストは失敗という事にはなってしまいますね」
 残念そうにナツメが告げる。誘拐犯よりも、より面倒な巨悪を一掃できる証拠を掴んでくれた事は感謝してもしきれないが、だからといってクエストの目的自体は達成した訳では無いので、失敗扱いとしてしか処理できない。
「それは仕方ないっすねぇ。事情が事情でしたし」
 移動や宿代などで出費はあったが、神殿の深部まで行く道中で数多くのアイテムを回収したので結果的には黒字である為、焔達がクエストの失敗自体を気にした様子は無い。最大の懸念材料であった『証拠は模造品でも受け取ってもらえるか』という点も乗り切ったので、やっと五朗も一息つけそうだ。
「クエストの達成報酬はお出しできませんが、今夜の宿代などといったものは全てこちらの経費でまかないます。今後の活動の支援なども冒険者ギルド全体が全面的に協力する様に手配もしておきましょう」

「それはありがたい。だが俺はもう、明日にでも魔王討伐に出発する」

「——へっ⁉︎」
『何と…… 』
 初耳だった五朗とソフィアが驚き、声をあげた。
「本気ですか?」
 ナツメも目を見開き、とても驚いた様子だ。だが『勇者ではない貴方では無理だ』と止める気配は無い。
 焔の詳細がわからないので彼の実力は測れ無いが、レベル的にはもうこれ以上の伸び代の無い存在だ、きっと何とかしてくるのだろうと考えた。

「本気だ。もう俺は、元の世界へ戻らなければいけないからな」

 スッと伸びた焔の背に覚悟を感じ取り、五朗が「了解っす。主人さんがそう決めたのなら、自分もやるだけですわ」と言った。

(オウガノミコト様の片鱗も現れましたし、流れ的にそうなりますよね。ですが…… リアン様のご意見は聞かなくてもいいのでしょうか)
 ソフィアは一人心配にはなったが、焔の決めた事に口出しはしなかった。

「そうですか、わかりました。ではその件に関しても上に報告し、協力出来る事がないか相談しておきます」
 深く頷いたタイミングで、コンコンッと扉をノックする音が部屋に響いた。ナツメが「どうぞ」と返すと、猫の姿をした獣人達がお茶やお菓子、ブランケット、薪を積んだカートなどを押して室内に入ってくる。
「お待たせいたしましたニャ」
 一列に並んで一斉に一礼し、それぞれが茶を並べたり、暖炉に薪を追加して部屋を温めたりなどの仕事を始めた。
「さてと、私は報告作業をしに行きますのでこれで失礼いたしますが、お二人はこのままここでお休み下さい。宿屋などの手配が終わりましたら、改めて声をかけさせますので」
 報告書などを一つにまとめ、大事そうにそれを腕に抱えると、ナツメが焔達へそう告げた。

「今夜は徹夜になりそうですよ、ははは」

 その言葉を聞いた獣人達の動きが、時間停止の魔法でもかかったみたいにピタリと止まる。ダラダラと冷や汗を流しながらまた作業を始めてはくれたが、今夜は寝られないのだなという悲しみが大きな瞳に滲んでいた。
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