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第六章

【第十二話】永遠の別れ

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「——オウガ様、オウガ様」
 オウガノミコトの腕に抱きかかえられ、神殿の出口を目指すサランが声を掛けた。
 焔達が通った道とは別のルートなのでお化け屋敷感のあるものではなく、いかにもな和風造りの神殿内といった雰囲気の道だ。地下のはずなのに格子状の天窓からは日光の様な優しい光が降り注ぎ、道幅もゆったりとしていて余裕がある。幼いサランを無駄に怯えさせない為に、オウガノミコトがわざわざ即席で創った新しい通路だ。
「何だい?サラン」
「さっきのホムラ様は、ボクに何をしたんですか?ただ目が合っただけで、別に何も起きなかったけど…… 」
 目隠しで隠されていた綺麗な瞳の色を見られただけでも良かったかもとは思ったが、ただそれだけだったので、彼が本当はあの時何をしていたのか不思議でならない。だけど耳の奥で少しだけ『ブツンッ』と何かが切れる様な音を聞いた気がする。『気のせいだよ』と言われたら『そうかもな』と思う程度の音だったので、幻聴かもしれないが。
「そっか。じゃあとても丁寧に、優しくしてやってくれたんだねぇあの子は。もしかしたら、を本来の用途で使うのは久しぶりだったからかなぁ」
 あはは、と嬉しそうにオウガノミコトが笑ったが、問いへの答えにはなっていない。だがサランにきちんと話して理解出来る話でもない気がして、どう説明しておこうかと少し思案する。

「そうだなぁ…… サランの運命が、焔のおかげで今は、真っ白なものになったんだよ、とだけ言っておこうかな」

「…… じゃあボク、パン屋さんになりたい。お隣に住むミユ君がパン好きだから、美味しいの沢山作ってあげるんです」
「いいねいいね。そうやって、もう君の未来は全部自分で決めていいんだよ」
 猫可愛がりするみたいにサランの頭を撫で、オウガノミコトがにこりと笑う。小さい頃の息子と彼の姿が被り、懐かしさで少し泣きそうにもなってきた。


 雑談を交わしながら歩き、二人は地上への出口に到着した。
 目の前にある、白虎の描かれた朱色の扉を開ければサランは地下に埋まっている神殿から出る事が出来る。焔達が予想よりも早めに到着した為彼らが一緒に居た期間はとても短いものだったが、随分色々と話せた気がした。互い、多少の離れ難さを感じてしまうくらいに。
「さてと。——サラン、君とは此処でお別れだ」と言い、彼を石床の上にそっと下ろす。そしてその場にしゃがんで視線の高さを合わせると、真っ赤に燃える瞳を優しそうに細めた。
「この扉を開ければ雪原が広がっているが小さな案内役として雪リスを用意しておいたから、その子について行って、家に帰るんだ」
「…… もう、会えないんですよね?」
「何故そう思う?」
「だって、さっきホムラ様に向かって『帰って来い。私も戻る』みたいな事言ってたから…… 」
「あぁ…… 」


 ——サランと神官達との間にある“縁”に対しての処置を焔がひっそりと終えた後。
 報告書一式を右腕に抱える焔を、リアンや五朗達と共に解放して地上へと一瞬で送り出す直前に、オウガノミコトは彼に向かって言葉をかけた。

『此処へ来てもう一年だ。そろそろ本来の世界へ帰っておいで、焔』

 顎に軽く触れ、『そうか、もう一年になるのか。元々時間感覚があまりないせいか気にしていなかったな』と焔が言う。
『“私”もこんな姿のままでは色々とやりにくいし、お前達の安否確認も出来たから、そろそろ本体に戻りたいんだよね』
 確かにこのまま惰性で此処に居る意味は無い。今までは決定打が無くてリアンの言う通りにしてきたが、オウガノミコトからの早期帰還要請ならば従わねばならない。賭けに勝った彼は焔を送り出す時に、『帰っておいで』と言っていたからだ。

『あぁ、わかった』

 短く答えてゆっくりと頷く。魔王を倒す為には条件がどうだとか、エンディングがどうこうと言っていたリアンの言葉が一瞬頭をよぎったが、まぁどんな結末になろうが結果的に元の世界へ戻れればいいかと楽観視した。
『私は先に戻っているけど、平気だよね?』
『戦力的には出来れば一員として一緒に来て欲しいが、オウガは四聖獣の縛りのせいでこの街を出られないんだったよな』
『うん。だからこの先の手助けは出来ない。まぁもし出られたとしても、そもそも私は神様だし。神様ってのは基本的に見守るのが仕事だから、直接手伝いはしないかなぁ』と言い、ニカッと歯を見せてオウガノミコトが笑った。
『あぁ、うん。そうだな』
 赤い瞳を冷ややかな色に変え、焔がさらっと流した。
 自分は見守り、その代わりに俺を手足の様に使って神社に来る人間達に干渉しまくっていたよなといったツッコミは当然入れない。

『じゃあ、先に戻って待っているね。…… 結果を、向こうで楽しみに待っているよ』

 オウガノミコトが意味深な笑みを浮かべると、次の瞬間にはもう、彼らの前から焔達一行が消えていなくなった。ゲームではお決まりの、“ダンジョンのボスを倒したら地上へ最短ルートで戻れる”を、オウガノミコトが実行してあげたからだ。実際には倒してはいないが、此処で出来る事はもう何も無いので、一応は“ダンジョンクリア”という事で問題は無いだろう。


「——…… オウガ様?」
 サランに呼ばれ、オウガノミコトがはっと我に返る。
「あぁごめんね、ちょっとぼぉっとしていたみたいだ。えっと…… もう会えないのかって話だったか」
「うん」
「そうだね、私達はもう会えない。そもそも、本来君と私は会える存在ではないんだ。住む世界が根本的違うんだよ」
「えっと、それはオウガ様が神様だから?」
「うん。サラン達が“異世界”と呼んでいる世界の、ね」
 この世界をも創った主である事は流石に黙っておく。元々“神子”として祀られる予定だった子供だ。その子がもし『ボクは神様に助けてもらった』だの『創造主に会った』だなんてこぼしては、元の木阿弥になってしまう可能性がある。

(せっかく今の神官達との縁を切ったのに、また変な奴らに目を付けられかねないからね。だけどまぁ…… その心配は不要なんだけど、念のために一応、ね)

「ボク忘れないよ。ありがとうございます、オウガ様。正直何が起きているのかちゃんとは分かっていないけど、少なくともやりたくもなかった“神子”なんかにはならずに済んで、本当に感謝してます」
 頭をしっかり下げて、サランが礼を言う。
 そんな彼の言葉を複雑そうな心境で受け止めると、オウガノミコトは彼に「顔をあげて、サラン。これは私が勝手にやった事だから礼はいらない。だけど…… そう思ってもらえて嬉しいよ」と思いを伝えた。
「もう私達は会えないけれど、この事は全て忘れるけれど…… ——これだけは覚えておいて、サラン」
 頭をあげたサランの髪を鳥の足に似た手で撫でると、オウガノミコトが慈悲深い笑みを浮かべた。

「私とサランの間にはもうしっかりと縁が結ばれた。だから私は、どんなに離れていても君の事を見守っていると誓おう。平穏な日々を過ごせるように、災禍無きように」

「オウガ様…… 」
「さぁ、もう行くんだ」と言いながら立ち上がると、側にある朱色の扉が勝手に開き、外へと繋がった。すると目の前にはもう待機済みの雪リスが居たのだが、オウガノミコトの予定よりも何故か多い。雪の積もった茂みの名残りに隠れている者も探し当て、ひ、ふ、み、よ、とオウガノミコトが数えると、全部で十二匹の雪リス達がわちゃっと集まっていた。
「ンンッ?一匹でいいと言ったのに、君ったら楽しそうだと仲間まで呼んだのか!」
 キューンと鳴きながら、てへっと言いたそうに一匹のリスが首を横に傾ける。まったく…… と呆れながらも、サランが嬉しそうな顔で雪リス達を見ている姿を前にして、オウガノミコトはすぐに「呼んでしまったものはもう仕方ないな。その代わり、ちゃんと案内してあげるんだよ?雪の中に置いてきぼりにはしないように!」と念を押し、雪リスの行為を許してやった。

「じゃあ、帰りますね」
「うん。気を付けて戻るんだよ」

 二人が言葉を交わし、微笑み合う。
 少し前を走り出した雪リスの後にサランが続くと、早々に朱色の扉の奥へオウガノミコトが戻って行った。扉がまた勝手に動き始め、ゆっくりと閉じていく。一度も振り返る事なく、白虎の神殿の深層部へと進む。元の世界へと戻る前にこの神殿内を元通りに戻す為にだ。

 楽しそうに走る雪リス達の案内に従って、サランが一歩、二歩、三歩と家路につく。すると少しづつ、本当に少しづつ、オウガノミコトの事や焔達に出会った記憶がサランの中で薄れていった。忘れてしまう事の悲しさすら感じぬ程の緩やかさで。
 家に到着した頃には、自分が数日間何処で何をしていたのか何一つ覚えておらず、問いただしてくる家族や神殿の関係者達へ一切何も説明出来なかった。

 一時は大変だろうが、自分達の事を覚えていても何一つとしてよい事にはならないだろうというオウガノミコトなりの優しさだ。

 だがサランは、オウガノミコトの前で『忘れないよ』と口にしている。その言葉が神への宣言となり、言霊として力を持ってしまった可能性が捨てきれないので、もしかしたらいつかは彼らの事を思い出してしまうかもしれない。だがせめてその時にはもう、サランが自分の足でしっかり立っていられるくらい成長した後であって欲しいと、この世界を去る間際にオウガノミコトはそっと願ったのだった。
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