いつか殺し合う君と紡ぐ恋物語

月咲やまな

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第六章

【第八話】仕掛けのある部屋

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 リアンの予想通り、白虎の神殿内には魔族の“ま”の字もなく、時折現れるのは過去の遺物的な霊魂系の敵ばかりだった。そうなってしまうと魔力と薬液類を駆使して作る毒や麻痺薬などによる攻撃を得意とする魔毒士である五朗では微塵も役に立たないのだが、先程から様子のオカシイ焔が全ての敵を瞬殺してしまうので、リアンも何も出来ないまま先頭の主人に、ただただついて行っている状態だ。
 焔の口元からは冷気の様なものが吐き出され続けていて、目隠しで隠れている瞳の位置が薄っすらと紅い光を帯びている。髪は少し浮き上がり、警戒体制万全といった雰囲気なせいでリアン達が声を掛ける事すら躊躇ってしまう。

 この和風テイストな神殿内部はまるで迷路の様な造りだ。初見で案内地図も無しに深層部へ進む事は困難を極めるだろう。なのに焔は奥から漂う犯人の匂いだけを頼りに一切迷う事無くずんずん先へと進んで行く。その様子を背後から見ていたリアンは、『まさか、焔は犯人の正体を知っているのでは?…… いや、そんな筈はないか、この世界で知り合いなんぞ彼にはほとんど居ないのだから』と思った。

「…… 敵を倒すっちゅーより、コレもう全部再起不能レベルに祓ってますよね。しかも真剣にじゃなくって、片手間っつーか、ついでっつーか」

『お静かに。主人は今とても殺気立った御様子なのですから』
 一応は気を遣って小声で言ったのだがそれでも叱られてしまい、空気も読めずに煩くして、『しっ!』と親に言われた子供の様に五朗は首をすくめた。

 五朗の言う通り、出現と同時に腕の一振りだけで敵を亡き者にしていく姿はもう戦闘と言えるレベルのものではなく、通り掛かりに進行の邪魔だからついでに払い清めているという表現が的確だった。鬼の身でありながら邪霊払いの様な神聖な技を使えるのはきっと、神社の主神であるオウガノミコトの元に永年仕えていたおかげだろう。

「もう少しだな。…… 一体何を考えているんだ?」

 一人ボソリと呟き、ランダムポップした敵をまた即座に瞬殺していってしまう。
 後続の二人が手出し出来る様な隙はやはり全く無いままで、アイテムの回収係と化している。高難易度ダンジョンであるおかげでどれもこれもが高価な品ばかりなので、売れば相当な収入となりそうだ。だが焔にはそれらの物に全く関心が無く、ただじっと二人と一冊にはわからぬ存在に向かって視線を向け続けていた。


       ◇


 長い時間、入り組んだ道を迷う事なく黙々と進んでいた焔の歩みが急にピタリと止まった。
「どうかしましたか?」
 そう声を掛けたリアンだったが、目の前にある部屋の様子を見て、すぐに何故焔が立ち止まったのかがわかった。

「…… 明らかに、何か仕掛けの施された部屋ですね」
「っすね」

 黙ったまま慎重に部屋の中を観察する焔に代わり、リアンと五朗が呟いた。
 次の部屋に敵の気配はまるで無く、多少細長いだけで大体はごく普通の和室なのだが、本来ならば畳か板の間であるべき床の一面が真っ黒になっている。床を黒く塗ってあるのではなく、室内に底無しの穴が空いているみたいだ。少し下を覗き込んだだけでもわかるほどに深く、底が全く見えない。落ちれば即死する事はまず間違い無いだろう。

「んなとこ落ちたら確実にヤバイっすよ。自分こんなタイミングで元の世界に戻る気はサラサラ無いんで、ここは事前に復活魔法かけておきましょうよ、リアンさん」

 キリッという擬音でもしそうなくらい真面目な顔をして五朗が提案する。
「主人、五朗のくせに随分と的確な提案でしたので、復活の魔法を全員へかけておいてもいいですよね?」
 渋い顔をしながら五朗が「その刺さる一言必要っすか?」と言ったが、その指摘は綺麗にスルーし、リアンがそっと焔の肩に背後から手を置いた。
「あ?…… あぁ、そうだな」と真っ直ぐに前を見据えたまま答え、焔が頷く。その返事はどこか心ここにあらずといった声で、リアンが不満そうに口元を引き絞った。

「大丈夫ですか?主人。神殿の前に着いた辺りから此処に来るまでの間もずっと、様子が明らかにオカシイですよ?」
「平気だ。それよりも早く先に進もう」

 リアンの気遣いを焔は一蹴した。
 焔は目の前の部屋の、更に奥を目隠し越しにじっと見ている。そこには地下とは思えぬ程綺麗な紅葉の木が『この先は森か?』と思わせる程に数多く立ち並び、暖かな日差しが上から差し込んでいる様だ。地上から随分と深く潜った先なので天井からの吹き抜けになっている可能性は無い。なのできっと何かしらの仕掛けがあるのだろうが、場所が神殿なので神秘的な力によるものであっても不思議ではないだろう。
 紅葉の木々の奥には、誰かが豪奢なソファーの様な物に寝そべってこちらに背を向けている様子がうっすらと窺い知れる。顔は全く見えないが、足元までありそうな長い髪も服も全てが真っ白で、なんとなく長細い尻尾がゆらりと揺れているみたいだ。『アレが誘拐犯の白虎か?』とリアンが思ったと同時に、彼の前に立つ焔が盛大な音をたてながら舌打ちをした。

「…… 主人?」
『主人?』

 やけに不機嫌そうな焔の様子に驚き、リアンとソフィアが同時に同じ名前を口にする。
「何でもない」と首を横に振る顔は顰めっ面で、今の焔が何を考えているのか二人には全然わからなかった。

「行くぞ。さっさと用件を終わらせよう」
「あ、はい」

 そう答えつつ、慌ててリアンが全員に復活の魔法をかける。これでもし何かあって死んだとしても一番近い宿屋にリスポーン出来るので元の世界にうっかり戻ってしまう心配は無いが、いったい目の前の部屋をどうやって超えて行く気なのだろうか?とリアンと五朗が不思議そうに首を傾げた。
 次の瞬間、膝を折って焔がその場で深く腰を落とした。その様子から彼は、一足飛びにこの部屋を飛び越える気なのだとリアンがすぐに気が付き、「駄目です!主人、この部屋は多分——」と叫び手を伸ばしたが、残念ながら遅かった。

『魔法や個々の能力は使えない空間の可能性が、こういった部屋にはありますよ』

 とリアンが主人へ忠告する前に、あと数ミリで手が届きそうなくらいの距離で焔が一瞬にして消え、リアンの顔が瞬時に強ばった。
 復活の魔法は既にかけてあるので元の世界に帰ってしまう心配は無いはずだが、その魔法さえも消える仕掛けだったら?と思うと心底ゾッとする。強く煩悶し、顔が青ざめ、焔の行動を殴ってでも止めきれなかった後悔が胸を強く締め付けた。
 ——なのに、だ。

「…… アタタタ。やっぱり無理だったか」

 間の抜けた焔の声が背後から聞こえ、リアンが慌てて振り返る。するとそこには木製の床に細長い脚を投げ出して座り、ばつの悪そうな顔で後頭部をさすっている焔が居るではないか。
「大丈夫っすか?手、貸しますよ」と五朗が声を掛けると、素直にその手を取って焔が立ち上がった。お尻もさすり、ちょっと痛そうに眉をしかめているので、多分上から落とされた感じでの着地だったのだろう。

「『』って、アンタは状況をわかっててそれでも飛んだのかよ!」

 カッと頭に血が上ったせいで、リアンは素の状態で叫んでしまった。
「補助魔法の消去効果が発動する前に持ち前の運動神経のみを使って一足飛びで越えられれば向こう岸へ行けるかなと思ったんだがな。まぁそう簡単にはいかんもんだな」
「…… 当たり前だろうが」と呟きつつリアンが頭を抱える。
 リアンのこんな姿を見るのは初めての事で、五朗はちょっと楽しそうだ。五朗の前ではクールなフリをしてるリアンが天然気味な行動を取る鬼に振り回されている姿が面白くって堪らない。
「でも良かったっすね。この部屋の仕掛け、多分即死系じゃなくって“部屋の入口へ戻る”って感じじゃ無いっすか?」
『そうですね。リアン様がかけてくださった復活魔法の効果も消えていますし、即死系のトラップだったのなら今頃主人はこの世界から消えている所でしたよ…… 』
 ソフィアが安堵した様に息を吐きつつその身を少し前に傾ける。そして洋書である体を開き、焔のステータスを確認しつつソフィアが言った言葉を聞き、再びリアンが背筋を凍らせる。目の前にある部屋の仕掛け次第では、焔の軽率な行動のせいで突如彼を失っていたのかもしれなかったのだと、考えただけで恐ろしくって堪らず、手の震えが止まらない。冷たい汗が額や背筋からだらだらと流れ出てもいて、リアンは己が自覚していた以上にこの出来事に対して自分が恐怖を感じていたのだと実感した。

 んなくだらない事で焔を失ってたまるか。

 二、三度深呼吸をしつつ気持ちを無理矢理落ち着けさせ、リアンは目の前の問題へ真面目に取り組む事を決意したのだった。
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