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第六章

【第三話】城塞都市

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 冒険者ギルドから届いた手紙に書かれた詳細に従い、焔達はその日のうちに目的地のある“城塞都市ウルル・カストラ”へと出発した。
 一度訪れた事のある村や町には必ず転移ゲート用の魔法陣を設置済みだったので、それを使って街まで一番近い村に一旦飛び、そこからは五朗用に馬を借り、焔とソフィアは妖狐へと変化したリアンの背中に乗せてもらっての移動となった。昔の様に置いてきぼりになどはせず、馬と共に走れるように、妖狐の姿であっても“隠れ身の仮面”を装備したままでいられるよう改良もした。妖狐の姿での仮面装着は視界が狭くなるのであまり使いたくない手だったのだが、転職後でもなお索敵能力の高い五朗を信じての決断だった。
 この一年間で、焔に対して微塵も恋愛感情を抱かない五朗へリアンは少しだけ心を開き、態度は相変わらず冷たいが、当人的には友人に近い感覚で接している。『煩い』『邪魔だ』と思う事は彼の口数のせいで数多とあるが、『さっさとPTから消えろ』とまでは思わなくなった。

「…… この状態って、何度経験しても、主人さんが宙に浮いたまま平行移動している様にしか見えなくって怖いっす。バグか?処理落ちしてんのか?って見た目っすよね」

 すっかり乗馬にも馴れた五朗が、馬を走らせながらリアンの後ろに続き、渋い顔をしている。顔に装備している“隠れ身の仮面”の効果によりリアンの姿は焔にしか見えていないせいだ。
「そいつは勿体無いなぁ。真っ黒な妖狐が、大きな狐の面を着けている姿はなかなかな見物なのにな。愛らしく、でも荘厳で美しいんだぞ」
 リアンのもふもふとした首に腕を回し、背中側から焔がギュッと抱きつく。
 素直にベタ褒めされてしまい、リアンの頬に熱が集まった。気恥ずかしいのにもっと言っても欲しくって堪らず、乗っている位置の問題で見てもらえもしないのに無駄に凛々しい顔付きをしてしまう。

 妖狐の姿の時には焔が驚く程甘えてくるので、リアンはいつも獣姦に持ち込みたい気分を耐えるのが大変だ。一直線に目的地へと走りながら、頭の中では焔をこの姿のまま襲う事しか想像出来なくなり、注意力がつい散漫になってしまう。そのせいで移動中に敵と遭遇してしまうというミスは幸にしてまだ一度もしてはいないが、夜は無駄に燃えてしまい、そのせいでいつも焔に文句を言われてはいた。
「本当にこの姿がお好きなのですねぇ」
 誇らし気な顔で、自信満々にリアンが言った。

「いや、苦手だぞ?狐だしな」
「…… えっ⁉︎」

 驚いたせいで足がもつれそうになったが、何とか持ち直して前へと進む。
「だが、このもふもふっとした感触は好きだがな」
 ぎゅーっと首元に抱きつきながらそう言われ、今度は目の前が一瞬くらっと揺れ、一気に気分が高揚する。

(す、『好き』って言われたぞ!『好き』って。あの焔が、俺に『好き』って!!)

 何度も言葉を反芻し、しっかりと記憶の中に刻み込む。
 焔にとっては他意の無い一言だったのだろうが、それでも最近の二人の距離感を考えると、ただただ嬉しくって堪らない。いつまででも聴いていたいの言葉だが、きっと『もう一度お願いします!』と言っても聞き入れてはくれないだろう。ならせめて記憶の中に閉じ込めて、大事に大事にしたいと強く思う。
 背中に愛おしい者の体温しっかりと感じながら、でも進路からは外れる事なく走っていたリアンだったのだが——

「待って!リアンさん、ちょい早いっす!」

 嬉し過ぎて足取りは軽くなり過ぎてしまっていた様だ。
 

       ◇


 最寄りの村から馬の速度に合わせながら向かい、夜は野営をしつつ、三日程かけて三人と一冊は目的の街へと到着した。
 “城塞都市ウルル・カストラ”は北方に位置しており、魔族達の住まう“名も無き森”からも程近く、いわば戦闘の最前線である。年中雪に覆われ、極寒の地としても有名なこの街は、周囲の全てを何十メートルにも及ぶ外壁に覆われていて、外から中の様子を見る事は一切出来ない。何もかもを拒絶するかのような外観はとても威圧的で、危険地帯でもある為観光目的で来る者はほとんどいないらしい。街に住む人間達の大半は軍に属しているか、冒険者か、もしくはそれらの職の者達を支える為に武器屋や装備屋、食堂などを営んでいる人間や獣人達ばかりだ。必然的に高レベル者が多いので他の地域の治安維持や魔族狩りに駆り出される事もよくあり、それらの収益で街を維持している。

「圧巻…… すねぇ。言葉も出ないって、この事かーって感じっすよ。マジ巨人がぐわーって襲って来そうっすよ。軍隊の人って、やっぱ立体機動装置使ったりするんすかね?——って、自分以外このネタ通じないかー」

 眩しそうな顔で手袋をした小手を目の上にかざし、異様に高い外壁を見上げながら五朗が言った。寒さのせいで吐き出す息が白く、着ている装備もいつもより厚手のものになっている。どうやら早速で彼の入手した白熊の毛皮が役に立ったみたいだ。
「しっかし、んな寒い地域によく人なんか住んでますよね。毛皮の防寒着は職業関係無く着られる物で良かったっすよ。でないと今頃凍死してますわ」
『そうですね。でもどうやってその毛皮は入手出来たのですか?白熊は此処のように寒い地域の生き物ですよね?』
 焔の着ているローブのフードから洋書の体を少し出し、ソフィアが五朗に訊いた。
「寒い地域の敵からしか毛皮ゲット出来なかったら、永遠に北方には行けないっすからね。もっと南方の地域でも、クエスト報酬で白熊の毛皮みたいに高価な品物も入手可能なんっすよ。んで、運良く前回自分が選んだクエストでそれが手に入っていた、と。んー!これも全て主人さんとPT組んでいるおかげっすね。激運の恩恵バリバリで連鎖的に全部上手くいくんですから」
「…… 恩恵バリバリ」と焔が呟き、意味がわからんと言いたそうな顔をする。
「無視していいですよ、たいした事は言っていませんから」
「そうか。それもそうだな」
「ひ、酷いっすよぉ!まぁ確かにその通りなんで何も言えないっすけども。——それにしても、寒くないっすか?主人さん」
 普段着ているローブ姿なままの焔が、白い息を吐きながら「少し」とだけ答えた。
「靴を履いている分、普段より随分マシだしな」
「いつもは裸足なんすか?それだと汚れそうっすねぇ」
「元の世界でだったら汚れんぞ、鬼だしな」
「…… そうなんすね」
 何で?と思うも、本人もよくわかっていないような気がして、五朗はそれ以上追求しなかった。

「…… 罪人は裸足と、相場が決まっているからな」

 ぽつりと呟いた焔の一言を雪混じりの風がかき消していく。だが彼を背に乗せているリアンの耳には届いてしまい、心がチクリと痛んだ。罪人とは何の事だろうか?と不思議に思うが、内容が内容なだけに訊き難い。

(鬼だというだけで罪人扱いされていた訳ではないといいが…… )

 そんなリアンの様子を察し、焔が優しい手付きで彼のふわりとした毛並みの頭を撫でてやる。
「すまん、独り言が過ぎたな。今の言葉は気にしなくていい。…… だが、お前は優しいんだな」
「…… 何か、私でお役に立てる事はありますか?」
「いいや、大丈夫だ」と答えて互いの間に壁を作り、「さて、じゃあ街に入るとするか」と言って焔がリアンの背中から降りた。
 巨大な妖狐の姿へ変化していたリアンは人の姿に戻ると、“隠れ身の仮面”を装備したまま焔の隣に立ち、共に歩き始める。極寒の地住まいなおかげで寒さに馴れている彼も軽装だったが、仮面のデザインに合わせて少しだけ和装に近い雰囲気を持つモノトーンの服を今日は着ている。大正時代の頃のような和洋が上手く融合された装いはとてもオシャレだが、戦闘の事も考えていて動きやすそうでもあった。

 五朗の乗る馬の手綱を焔が掴み、誘導しつつ頑丈そうな城門前にまで辿り着くと、警衛中の男が一人、彼らの前までやって来た。
「何者だ?見掛けない顔だが…… と言うか、お前種族は何だ?角…… だよな、それ」
 無遠慮に焔の顔を指差し、警備の男が訝し気な顔をする。魔族は角のある者が多い為、どうしたって警戒心しか抱けない様だ。

「俺は鬼だが、何か問題が?」
「…… 何だそれは。聞いた事もないぞ?」

 警衛の男が武器に手を掛け、今にもトラブルに発展しそうな空気感が警衛の男と焔の間に生まれ始める。その様子を見ていた五朗が慌てて馬から降り、二人の間に割って入った。
「知らないのも無理は無いっす!この者は東方の小さな部族の出身で、“鬼”と呼ばれる希少種なんっすよ!」
「東方の…… ?あぁ和国の出身か!それは失礼したな」
 合点がいったのか、男の態度が一転し、武器から手を離す。そして焔の背中をバンバンと叩き、「あの地域はまだ我々にもわからない事が多くてな。すまんすまん!」と笑いながら詫びを入れた。
「クエスト依頼の手紙を貰ったんだ。その関係で冒険者ギルドに行きたいんだが、通してくれるか?」
 焔がギルドから送られてきた手紙を懐から出し、それを男に見せる。
「あぁもちろんだ。そうだ!丁度もうすぐ交代なんだ。俺がギルドまで案内しよう」
 任せろ!と言うように自身の胸を軽く叩き、男が案内を買って出た。もしかしたら詫びのつもりなのかもしれない。
「いいのか?ありがとう」
「いいって!それにしてもお前、目は怪我でもしてるのか?誘導が必要なら手を引こうか」と言って、警衛の男が焔に向かい手を差し出してきた。
 最初の態度は一体なんだったんだと言いたくなるくらい、男が親身に接してくる。姿を消しているせいで関与出来ないリアンが苦虫を噛み潰したみたいな顔をしており、それを見た焔が楽しそうに笑った。
「怪我では無いから心配は不要だ、何も問題は無い。だが、気遣ってくれ、ありがとう」
 優しい笑みを浮かべて焔が丁重に断った。普段の態度よりの丁寧なのはきっと、警衛の者とは一切の問題を起こしたくないからだろう。
「そうか、了解。すごいんだなぁ勘で歩いているわけじゃないんだろう?」
「あぁ。心眼で見ている様な感覚だな」
「シンガン?んー…… なんかよくわからんが、響きがカッコイイな!」
 馬を引いた焔と警衛の男がやたらと親し気な雰囲気のまま街の中へと歩いて行く。
 後に続く五朗はヒヤヒヤとした顔で、仮面のせいで姿の見えないリアンを必死に探している。今にも彼が警衛の男に殴りかかるんじゃないかと、五朗は不安で仕方なかった。
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