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第五章

【第十二話】クエストクリア

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「おい!今お前は何を見た⁉︎何を知った!早く答えろ!」

 リアンが焔に胸倉を掴まれ、体をぐっと持ち上げられた。つま先程度しか床に着かず、体勢が不安定に。
 大声で叫ぶ彼の顔は焦りに満ちていて、蒼白に染まり、額からは冷や汗まで流れ落ちている。何度も叫び過ぎたせいか喉には痛みがあり、焔の声には少しかすれがあった。
 あの痴態を、あの惨事をリアンにもし見られていたら、知られていたらと思うと、気が気じゃ無い。

「いいえ、何も」と、リアンが落ち着いた声で答えた。
「だが、お前は『二人で一緒に』と言っていた!何か見たんじゃないのか?」

 黙ったまま首を振ってリアンは否定したが、焔は信じられない様だ。
 まずはちょっと落ち着けと言うかの様に、リアンが焔の手に手を重ねて、床に体を下ろすようにと促す。彼の温かな手の感触のおかげで少しづつ気持ちが落ち着いていき、焔がリアンの体をゆっくり下ろした。でも胸倉を掴んだ力強い手はそのままで、今にも白衣の中にリアンが着ているシャツを裂いてしまいそうな勢いだ。

「いいえ。私は私で、自分の過去の記憶に引き戻されていたので、焔様が気に掛けている何かを覗き見たりはしていませんよ?」

 ゆっくりと、諭す様にそう言い、リアンが優しく焔の頭を撫でてやった。
 するとちょっとだけ気持ちが落ち着いてきたのか、掴んでいた手を少しづつ離し、焔は意外にもリアンの胸の中にぽすんっと飛び込んでいった。彼の背中に手を回し、甘えるみたいにしてリアンの体を強く抱き締める。『これは浮気になるのか?』と焔は心配になったが、それでも…… やっとリアンに逢えたという安心感の方が大きく、自分ではどうにも出来ない。
 だがリアンは、こんな焔を見るのは初めての事で、彼を抱き締め返すべきなのか迷い、手が彷徨う。

「…… ならいい。なら、いいんだ」
 その声の持つ色が涙声っぽかったせいで、リアンは焔の事が心配になってきた。

(この様子だと、焔も俺と同じ様に過去に引き込まれていたんだな。それと、失っていた記憶を取り戻した点もきっと、同じだと思う。一体お前は…… どんな過去を見てしまったんだ?)
 
 気にはなるが、訊いたからといって答えるタイプだとは思えない。はぐらかし、『何でもない』と言って、今すぐに離れていくだろう。
 それならば何も問い掛けず、このままずっと傍に居てやりたい。そう思ったリアンは、焔が落ち着くまでずっと、頭を優しく撫で続けたのだった。


       ◇


「——無事に入手出来ましたね」
「やっぱりあの部屋にあったな。リアンの言う通り、避けずに部屋へ入って…… 入って…… 」
 焔の言葉が詰まり、続きが出てこない。
 あれから少し時間を置いたおかげで落ち着いてきてはいるが、思い出してしまった過去の記憶がまだ全て消化し切れておらず、油断するとすぐに記憶の中の竜斗へ想いを馳せてしまう。
「“カウンセリングルーム”と書かれていたので最初は正直不安でしたが、思い切ってあの部屋へ入ってみて良かったですね。長年思い出せずにいた記憶を呼び起こせて、色々とスッキリする事が出来ましたし」

「…… お前も、なのか?あ、いや…… そういえば、さっきそうだと言っていたな」

 気不味そうに視線を逸らし、焔がリアンから少し離れた。
 気持ちが落ち着いてくると心の不安定さが頭をもたげる。竜斗の存在を思い出してしまった事で、リアンに対してどういった態度を取り、この先どんなふうに接していいのかを完全に見失ってしまったのだ。

(…… 正直に言って、こんな短期間で何故?と思うくらいリアンには好意を感じてはいた。早く元の世界へ戻り、根底にある彼の感情の真意を知りたいと思うくらいには。だが、竜斗の魂がまだ健在だとなると、この感情は…… 浮気、になるんだろうか)
 
 まだ何か肝心な事を思い出せずにいる感覚もあり、胸の奥がモヤっとする。
 竜斗がオウガノミコトの息子であり、父親の勾玉の中に辛うじてその魂が残っており、そんな彼を助けるために『私に力を貸せ』とオウガノミコトから言われた事なども段々と思い出せてはきたが、果たしてそれは叶ったのだろうか?
 焔が今までやってきた事の大半は良縁結びの手伝いで、恋愛や安産の為の行為ばかりだったので、それらにはちゃんと、善行を積む以外にも意味があったのだろうかと不安にもなった。

(此処が一番肝心な部分だろうが!——思い出せ、早く、早く早くっ!)

 まだまだちゃんと全てを思い出せない事に対して無性に腹が立ち、焔は自分の頭をガンガンと拳で叩きたくなった。だがそんな事をしたらリアンに不審がられてしまいそうで、必死にその行動を我慢した。


「——…… も、部屋の奥にポンッと置いてあって良かったですね」
「…… 何がだ?」
「だから、セキュリティーキーの話ですよ」

 急に話し掛けられた気がしたが、どうやら焔は、ただリアンの言葉を聞き逃してしまっただけだった様だ。
「…… 」
 心ここに在らずといった焔の様子をリアンがじっと見詰める。
 何かがオカシイ。カウンセリングルームに入る直前と今とでは、ものすごく距離を感じる。物理的なものではなく、心の方だ。

「えっと…… そうだな、あぁ。無事手に入って本当に良かった。敵も再度出現する気配はまだ無いし、後はソフィア達と合流して、あの先へ進むだけだな」
「…… えぇ。建物のサイズ的にもまだまだ奥がありそうなので、また何か特殊なシチュエーションが発生するかもしれませんね」

「——は⁉︎」

 大きな声をあげて振り返り、焔がリアンから一歩分距離を取った。
 リアンと共に閉じ込められた掃除道具入れの様な事がまた起きたら、あの時みたいに対応出来るのか?と思うと、動揺が隠せない。いっそ封印していた過去の記憶なんか取り戻さない方が、リアンと今まで通りに接し、元の世界へ戻って互いの感情の再確認をするという流れを難なくこなせただろうに。

「そんなに動揺するなんて…… どうしたんです?」
「動揺くらいするだろ。だって、あんな、あ、あんな…… 」

 焔の頬が真っ赤に染まり、慌てて腕で顔を隠す。
 あんな狭い空間でおこなった痴態が、少し思い出してしまっただけで恥ずかしくってならない。実際の時間的にはほんの数十分前のはずなのに、カウンセリングルームでの一件のせいで何日も、いや…… 何年も前の出来事の様に焔には感じられた。失っていた過去こそが今で、此処数日間での経験こそが過去の記憶の一部の様にも思える。

(…… なんだ、照れ隠しか。驚かせるなよ)

 ホッと息を吐き、リアンが距離を一気に詰めて上半身を軽く倒し、小柄な焔の顔を下から覗き込む。眉間にシワが入り、ひどく困った顔をしているが、そんな彼がリアンには可愛いなと思えた。
「私的には、また一緒に閉じ込められたいくらいですけどね。でもそうだなぁ、次は病室だと尚いいかもしれませんね、ベッドがあるので」
「そう巫山戯るな、まったく…… 」と言い、呆れながら焔が歩き出す。顔どころか耳までもが赤くって、動揺する心はより一層落ち着かないものとなってしまった。

(…… 俺はこの状況を一体どうしたらいいんだ?竜斗…… 竜斗、りゅう…… と。俺は、このままでは、お前を裏切る事になってしまうんだろうか?)

 リアンとの深い触れ合いは、この世界に居る限り避けて通れる事は出来ないだろう。
 最初はただ、“あくまでもアレは魔力の補充だ”という免罪符を得た油断からつい快楽に流されたのは事実として確かにあるが、粉雪のように積み重なった好意が根底にある行為だったから徐々に受け入れられた一面もちゃんとあり、どうしても戸惑いを捨てきれない。でも心から欲しいのは竜斗ただ一人だし——…… と、合流地点へ歩いている間中、焔の頭の中はそれらの考えていっぱいになったままだった。


       ◇


 焔とリアンがソフィアと五朗に合流したのちは、特に何者からの邪魔も無く、クエストはスムーズに進んでいった。予想通り何度もアイテム無しでは通過出来ないポイントがあり、その度にセキュリティキーをまた集めたり、病院の備品をかき集めて納品したりなどをしたりはしたが、どれもさほど苦戦することは無かった。三人と一冊で行動したおかげで敵を前にしても苦戦する事もなく、心療内科で経験した様な不可思議な事態にも、掃除道具入れの中に閉じ込められる様な事も起きず、——今に至る。

「お疲れ様っしたぁ!リアンさん。ありがとうございました、ホント助かったっすよ。今だったら昔と違って色々諦め切っていたんで転職条件が揃っている職業があるって、指摘してもらえるまで全然思い付きもしなかったからマジで助かったっす。過去の失敗に縛られて、今に甘んじちゃうとか、冒険者としては最悪の選択でしたよ」
「いえいえ、全ては主人の為なので感謝は不要ですよ」と、リアンが笑って返す。
「流石リアンさん。その対応、全然っブレないっすねぇ!」

 廃病院を出て、今はメンバー全員がこの敷地内から出ようとしている所だ。
 前方には焔とソフィアが先を歩き、少し離れた位置でリアンと五朗の二人が後に続く。やり遂げた感のある焔と共に喜んでいるソフィア達の様子が眩しく感じ、不思議とちょっとだけ近寄り難いようだ。

「そういえば、あの時はよく御無事で」
「あぁ、ケイトさんが転職クエストに参加した時っすか?そりゃまぁ、あの人は別に敵じゃありませんしね。でも…… あの人の気配を察知した時は、正直死を覚悟したっす。話してみたら別に何ともなくって拍子抜けしちゃいましたけど。んでも、マジで自分の連絡を聞き入れて、こっちに来ないでくれて良かったっすよ。アレでケイトさんが本当にヤバイ奴だったら全滅不可避だったでしょうからね」

(ヤバイ奴で正解だよ、五朗。お前の敵を察知する能力は完璧だ。俺の腹心の中でも、ケイトは最強クラスだからな。こちらの存在に気が付いていれば、間違いなく全滅だったろう…… 俺以外は、だが…… )

「こちらはこちらでトラブルがあったから合流出来なかった、というだけですけどね。通信は意味不明でわかり難い内容でしたので、とりあえず向かおうとしていましたし。でも、てっきりトラブルがあった際には状況も考えず、とにかく助けて欲しいタイプなのかと思ったのに…… 正直、貴方を見直しましたよ」
「そりゃぁそうっすよ、伊達に長年ゲームばっかしてないっすからね。今はパーティーに入れてもらえているおかげで、自分がもしダメになっても、リアンさんが復活系の魔法も使える事に賭けてみました。一時間以内に生き返らせてさえもらえれば元の世界へ強制送還されずに済むっすからね」
「咄嗟によくそこまで考えられましたね。通信時には、相当慌てていらっしゃったのに」
「まぁ、元の世界では引き篭もりのゲーマーでしたから。クラシカルなゲームが好きだったんで、咄嗟の判断とかめっちゃ鍛えられたと思うっすよ。まぁ考えを伝える事に関しては微塵も鍛えていないせいで、あんな通信になっちゃいましたけど…… 」と言い、五朗が項垂れた。


 リアンが一を話せば、五朗が十で返すくらいの比率で会話が続く。
 何とか面倒がらずに話を続けていると、「——そういえば」と言って、リアンが不意に立ち止まった。

「ケイトさん、とやらは…… 何か、その…… 言っていませんでしたか?」

「んと…… 何かっすか?んー、そうっすねぇ、何かかぁ。あ!そうだ、嫁さんを探しているって言ってましたよ」
「…… 嫁?」
 何の事かわからず、リアンが首を傾げた。
 ケイトとは長い付き合いだが、彼に嫁がいたなんて初耳だ。好意を向けられている様に感じられる発言や態度が多かった気がするのだが、アレはもしかして代替え行為だったのだろうか?と疑問に思う。
 そしてしばらく考えた後、何かとすぐに自分を監禁したがっていたのは全て、『嫁が行方不明である事からくる不安を誤魔化しているだけだったのだな』と、リアンはものすごく的外れな結論に至った。

「あとは、召喚士を探していると言ってたっす」
「…… それに対して、貴方は何と答えたんです?」
「『じゃあ、召喚士はどうだ?』と訊かれたんで、『…… これまた、珍しい職業っすね。自分は山賊っすよ?勇者とか召喚士とか、そういった有名で人気な職業とは無縁っすよ』としか言っていませんよ。どうとでも受け取れる言い回しをして具体的には答えなかったっす。もしあの時、ケイトさんがクエストの参加メンバーをチェックしていたら主人さんが召喚士だって即バレバレだったので、彼と話しながらヒヤヒヤしましたよ。高レベル者なのに、意外にもクエストに参加慣れしていないみたいで助かったっす」

(そりゃ…… ケイトは魔族だしな。人間共のクエストなんか未経験の領域だ。初歩的な事であろうとも、知らなくて当然だろう)

「自分からも、一つ訊いていいっすか?リアンさん」
「えぇ、いいですよ。何ですか?」

「リアンさんは、何で転移者か転生者っぽいのに召喚魔をやれているんすか?」

「…… 」
 五朗の問いに対し、リアンが黙ってしまった。彼にはそういった類の話をした記憶が無いからだ。
「何故、そうだと思ったので?」
「そりゃ簡単っすよ、拠点であれだけの見事なシステムキッチンや冷蔵庫とかを前にして、この世界の生まれだって思う方に無理がありますからね。もしかして…… 秘密でした?主人さんとかも、知らない事だったとか?」
「やべっ!」とこぼし、五朗が自分の口を両手で塞ぐ。

 まさか、そんな点から推察されるとは盲点だった。便利だからと元の世界に寄せ過ぎた事をリアンは後悔した。
「あ、いえ…… 。主人は既に知っています。ですが、そうでありながら私が召喚魔である事に対して、疑問にすら思っていませんけどね」
「えっと…… その、別に、言えない理由があるんだったら、流してもらっていいっすよ?」
「…… その、昔は今程制約も無く、条件さえ満たしていれば割と何にでもなれたんです。だから私は召喚魔として応じられる身になりました」

 嘘ではない。ただ、言っていない事が多いだけで。

「そうだったんすね。んじゃあ、名前とか、元の世界では何してたーとか、訊いてもいいっすか?ほら、いつか向こうに帰れたら、昔を懐かんで語り合うとかしたくなるかもだし!でもまぁ、主人さんみたいに、名前は言いたくないとかあるなら別にそれでもいいんですけどね」

「…… ゲームの、プログラムを組む仕事をしていました」

「マジっすか!」
「えぇ、本当です。かなり古いと思うので貴方は知らないでしょうけど、『リスタ』や『誓いの欠片』というタイトルなどに参加していたんですよ」
「え!全然ですよ、それ超人気タイトルじゃないっすか!自分もやり込みましたよ、どっちもめっちゃストーリー作り込まれていて、すんげぇハマったんで」
「…… え?」

(去年?…… 何故だ、俺はこの世界に来てから何百年以上も経過しているんだぞ?一体元の世界と異世界とで、どんな時間の流れ方をしているんだ?)

 動揺するリアンの横で、五朗は何も気付かぬまま話を続ける。
「嬉しいなぁ、神作品作ったスタッフの一人に会えるなんて!異世界ならでは、すっね」
「大袈裟ですねぇ。でも、楽しんでもらえたのなら、苦労した甲斐がありました」

 ニコリと微笑み、リアンが晴れ渡る空を見上げる。そして、手を顔の前にやり、眩し過ぎる日差しを防いだ。
「スタッフロールにも名前出てたって事っすよね。本名でだったりするんっすかね」
「えぇ。人にもよりますけど、本名で並んでいますよ。私の名前は——」

「…… 八代…… 八代、竜斗。神社の息子です」
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