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第五章

【第四話】用具室

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 一方その頃、焔とリアンは何故か揃って掃除道具入れの中にぎゅーぎゅー詰めになっていた。
 五朗からのどう受け取って良いのか意味不明な連絡を受け、念の為一度戻って合流しようと移動を始めた矢先だったはずなのに、突如何の説明も無くこんな場所に押し込まれてしまった焔は『何故こんな事に⁉︎』と思っていたが、リアンの方は真っ青な顔をしながら少しでも二人の隙間を一ミリすらも無くそうと引っ付いている。

(な、何でこんな場所に、もうケイトがっ⁉︎)

 ケイトは匂いに対して過度に過敏な方ではないが、少しでも焔の香りと混じって自分の匂いを誤魔化したい。道具入れに隠れた時に、中に残っていた箒やバケツは追い出したおかげでギュッと抱きしめても二人の邪魔をする物は何も無い為、これ幸いと腕の中に焔を抱き締め続けた。

「はなれ、くるしっ」

 人が入る事を前提としていない狭い空間で無理にリアンが抱き締めているせいで足元が浮き、足先すらも下につかずブランッとしている。焔は彼に対して離れろ、苦しいと訴えたが、唇に唇を重ねて訴えは拒絶されてしまった。

(今は黙って!)

 ゲームみたいに個人チャットでも送ってそう伝えたい所だが、狭くって操作パネルを出現させてもいじれそうにない。そもそもソフィアが側に居ない時点で、送る事が出来ても無駄な状況にもあった。
「んっ、ふ…… ぁっ」
 黙らせる為にとした口付けが原因で焔の体温が上がり、狭い空間の中で彼の匂いが強くなった。これは良い、ケイトが匂いを嗅ぎ付けて此処に辿り着く危険性がより一層下がった事で、ちょっとだけリアンの心に余裕が生まれる。

「…… いいですか、絶対に声をあげてはいけませんよ。今は非常に危険な状況にあるので」

 焔の耳を優しく撫でながら、聴こえないかもしれないくらい小さな声でそっと囁く。すると焔は状況を察し、一度深く頷いてみせた。

(焔が空気の読めない奴じゃなくて本当に助かるな)

 ほっと息を吐き、掃除道具入れの扉にある通気用の細長い穴からリアンが外の様子を伺う。
 狭い用具室内は薄暗くて非常灯が仄かに光っているくらいだ。シーンと静まり返っていて何も動く気配は無いのだが、ピッチリと閉まっている扉向こうの廊下からは、何かをズルズルと引き摺っている音と洋館で甲冑が歩くみたいな音とが微かに二人の耳へと届いた。

 焔達が隠れている掃除道具入れは、備品などをしまっている四畳程度の狭い部屋の最奥に設置されている。位置的に何かが移動する音の響いている廊下からは少し離れているし、部屋の中には大きな棚が倒れていて進路を塞ぎ、掃除用の洗剤のボトルやチリ取りやら何やらが大量に転がっているおかげで背の高い道具入れの存在感が意外に薄い。溢れた洗剤の雑多な臭いも充満しているので、犬並みの嗅覚を持っているか、よっぽど意識しない限りは二人の存在に気が付く者はいないだろう。

(念の為に隠れておいて正解だったな…… まさか、こんなに早く近くまで来るとは)

 馴染み深いけれども、肌を突き刺す不穏な気配を感じ、咄嗟に焔をこの部屋へと引きづり込んだ己を、賛頌し尽くしたい気持ちにリアンがなる。

 だが、自分の行動に何か不備があったか?

 初日からではなかったとはいえ拠点は隠したし、一度目以降は魔族とも遭遇していない。冒険者ギルドでは雨具を着たままだったし、デートで村に行った時は変装をしていたので正体がバレる真似は何もやってはいないはずだ。

 となると、思い付く敗因は“ケイトの勘”しか無かった。

 巨大な世界地図をじっと見上げ『此処から探すか』と適当に決めた地域がまたまたノトスの森周辺だった可能性が高い。そして、ケイトの場合はソレがまず確実に当たるのが恐ろしい所だ。焔が激運スキル持ちでなければ、今頃はとっくにケイトに見付かり、城へ連れ戻されていたかもしれない。

(…… 行った、か?)

 心を騒つかせる移動音が完全に聞こえなくなったが、今度は話し声が微かに聞こえてくる。どうやら五朗とケイトが遭遇してしまったらしい。

(自分で頑張れ。ケイト絡みでは、絶対に俺は干渉出来ないからな!)

 隠れ身の仮面の奥で遠い目をしながら、リアンがギュッと焔を抱き締めている腕に力を入れる。これで彼が行動を起こしては、せっかくこんな場所に隠れた意味が無くなってしまうからだ。
 焔の気持ち的には五朗達の様子を見に行きたい所なのだが、喋るなと言われ、拘束もされていては流石に動き辛い。何か深い理由があっての隠伏に違いないと思い素直に従ったままではいるのだが…… 

(俺の腹に何か当たっていない、か?)

 仮面を装備している流れでお狐様バージョンになっているリアンのお尻から生えているフサッとした尻尾は、彼の後方にあるままなので絶対に違う。硬く、長く、無駄に存在感のあるモノは、ピッタリとくっついているせいもあってかヤケに熱く、ヒクヒクともしている。

 状況を考慮するとリアンの拘束からは逃げるに逃げられず、掃除道具入れの中で大人しくじっとしていると、警戒心を刺激する気配が完全に建物の中から消え去って行った。
 離れるなら今だ!と思い、焔がぐいっとリアンの胸を押して隙間を作ろうとした。が、そもそも掃除道具入れ自体が狭くってほとんど離れる事が出来ない。リアンは今隠れ身の仮面を着けたままでいるせいで体が半透明に見えてしまうので、押す感触に何だか少し違和感を覚えてしまう。

「おい、早く此処から出るぞ」

「あ、はい」とリアンが答え、焔への拘束を解いて扉を押す。
 気持ち的にはまだちょっとここに居ても良いのにと思う。どうせ既に勃起している事がバレているのは指摘されていなくても焔から漂う雰囲気からも明白なので、リアンは焦っても照れてすらもいないのだが、ちょっとだけ残念だった。
 
 こんな美味しいシチュエーションは今後二度と無いだろうに…… と。
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