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第六章

【第一話】経過していく日々の中で(リアン・談)

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 家ごとの悪習というものは、色々と緩かったり、自由になってきているこのご時世でも、探せば案外残ってしまっているものだ。歴史だけは無駄に長い家になれば、余計に、無駄に、意味もなく根深く。

 俺の実家は由緒正しき神社で、小さな祠から始まった頃も含めると、奈良か飛鳥まで遡れるかもしれない…… らしい。
 平安か、もしくは鎌倉辺りか。はたまたもっと後世になってからとも言われている為正確な頃合いがいつなのかは古過ぎて定かではないが、いつの頃からか、神社の神主を代々務めている我が八代家には『長男が生まれた時には必ずその子には“竜斗”と名付ける事』という悪習がある。竜斗と名付けられた子供は決まって早くに亡くなる為、一族の者達は皆、『あの子は神様の捧げ者となったのだ』と口を揃えて言っていた。

 一人目の竜斗は一ヶ月で死に。
 二人目の竜斗は二ヶ月程度で死んだ。
 三人目の竜斗は三ヶ月保ち、四人目は…… ——という具合に、医療技術の発達のおかげもあってか、少しずつ寿命が伸びていき、俺の代ではとうとう健康体のまま三十二歳まで生きる事が出来た。病気の気配もまるで無く、石段から落下せずにあのまま生きていたら俺は、平均寿命までいけたのではないだろうか?

(…… それがまさか、凡ミスで転落死していたとはなぁ)

 着替えを終えて一階に降りて顔を洗った時。鏡に映った自分の顔を見て、ふとそんな事を考えた。
 今の自分にはほとんど不満が無いし、この異世界でかなり長い人生を生きてきているので別にもう実は死んでいても構わないが、此処で自分が“満足ある死”を迎えれば、次は元の世界で赤子からやり直しになるのだと考えると気が滅入る。そうなってしまうと焔との関係がどうなるのか不安だし、このままでは一生自分はこの世界から元の世界へ帰る事は無いのではなかろうか…… 。


       ◇


 焔とソフィアが異世界へ来てから、かれこれ一年程が経過した。
 五朗は無事“山賊”から、魔法で毒を生成して戦う“魔毒士”に転職を果たし、レベル1からの再スタートとなったが、山賊時代に貯め込んでいた余剰経験値を割り振ったおかげで最初からそれなりの戦力になる事が出来た。新しい職業はかなり新鮮で楽しいのか、毎日の様にあちこち出掛けたり、一人で冒険者ギルドへ行ってクエストを受けに行ったりする事もあったりと、充実した毎日を送っている——っぽい。

 廃病院でニアミスしてしまったケイトとはあれからは一度も遭遇せずにいる。きっとお互いに全然気が付いていないだけで、何度も何度も遭遇寸前にまではいっている気がするが、その辺は焔の持つ固有スキル“激運”が見事に発動してくれているおかげで回避出来ているのではないかと勝手に推測している。

 クリスマスやバレンタンデーなどといった期間限定のイベントなども多数経験し、せっかくなのでと五朗に誘われれば、冒険者ギルドでクエストをたまに受けたり、行った事の無い地域まで遠征したりなどもしてなかなかに充実した一年間を過ごせたかと思う。

 だが…… 焔と俺の関係は相変わらず停滞したままだ。

 いや、むしろ少し後退した気さえする。気のせいだと思いたいのだが、廃病院のカウンセリングルームでの一件以降、焔の態度が少しオカシイ。敬遠されているワケでも無いし、魔力の補充行為には付き合ってもくれているのだから俺の勘違いなのかもしれないが、心の距離が前とは違うと感じてしまうのだ。
 彼が一人になると、遠くに思いを馳せている様な空気感が漂っているし、何か考え事をしている事も増えた。
 それと共に、あの日以降やたらと『魔王の城へはまだ行けないのか?』と訊かれる事も多くなり、非常に困っている。あの手この手でどうにか理由を作り、嘘をつき、何とか無理矢理此処まで引き伸ばしてはきたが——一年間も誤魔化してきたせいで最近ネタ切れになってきた。
 好感度はたった数日でMAXになっているし、スチル発生イベントもそれなりに経験してハッピーエンドへのフラグも全て回収してしまったっぽい。
 レベルや能力といった問題も無く、五朗が役立たずでもない以上、もう限界だ。『行けるのか?』と訊かれているうちはまだ何とかしてするつもりではいるが、いつ何時『もう行くぞ』と決められてしまったら、召喚魔である俺には主人ほむらを止める術は無い。

 まだ一緒に居たい。元の世界へ帰りたいだなんて、思わないでくれたらいいのに…… 。

 触れさせてくれる度に精一杯愛情を込めてはいるのに、きちんと想いが届かない事が苦しくてならない。未だにまだ焔は、俺の愛情を『システムに押し付けられた感情だ』などと思っているのだろうか?と不思議にも思う。

 普段から存分に愛を語り、きちんとこの想いは偽りでは無いと伝えたいのに、これに関しては露骨に避けられている。
 気不味そうな、どう対応していいのか困っている雰囲気が胸に刺さり、とても痛い。これも全て、やはりあの廃病院以降の事なので、あの時見た過去の記憶が原因なのではないかと推察しているが、確信を得てしまう事が怖くて訊けない。
 あの時、焔の様子は尋常では無かった。明らかに何かがあり、それが原因で俺と一線を引いているのだとしか思えない。

 何を見て、何を経験したのか。

 怖いとは思いつつもどうしたって気にはなるが、訊く権利が召喚魔でしかない自分にはあるのか?恋人にもなれていないのに。
 これではまるでセフレみたいだな…… 。いや、最後までは頑なにさせてもらえていない時点で、俺はそれ以下か。


 …… ——いつもの椅子に座り、手に持つティーカップの中を満たす葡萄色をした水面を見ていると、グダグダと色々考えてしまう。
 自嘲気味に笑い、一口飲んでからカップをソーサーに戻すと、焔が「一口食うか?」と言って、カステラを一切れこちらの方へ差し出してきた。

「今日のも美味かったぞ。本当にリアンはお菓子作りも上手だよな」

 気の抜けた顔で言われ、こっちまで和んでしまう。
 考えた所でわからん問題はゴミ箱にで捨てておけと思えてくる可愛い笑顔だ。これで本物の鬼だというのだから、驚きである。しかもウチの神社に居たという事は、何かしら俺の実家とも関係のある鬼なのだろう。

(そう言えば、縁結びの仕事をしていると前に言っていたが…… )

 まさかウチの神社で縁結びを?確かに実家は縁結びでも有名な神社ではあったが…… まさか、な。

 ふっと笑い、「では遠慮無く頂きますね」と言って、カステラを口に含む。こうやって食べさせてもらえていると思うと嬉しくって堪らず、やっぱりどうしたってこの時間を手放してなるものかという思いが強まるばかりだ。

「な?美味しいだろう?」

「そうですね。我ながら会心の出来です」
「なら、もう一個食べるか?」
 そう言って、焔が二切れ目のカステラを口元に近づけてきてくれた。
 食べさせるのが当たり前っぽいのに、それでも俺達は別に恋人同士ではないとか、やっぱり納得が出来ない。

「頂きますね」
 だからって拗ねて『いらない』と言う気になんか微塵もなれず、ありがたく二口目を頂く。口に含み、俺が食べている姿を見て、頬杖をつきながら嬉しそうに口元を綻ばせている焔が可愛くってならない。

 当人が無自覚なだけで、焔も俺が好きなのでは?と、錯覚してしまうくらいの優しい笑みだ。

「まだあるからな。もっと食いたいか?」
「このペースで私が食べていると、焔様の分が無くなってしまいますよ?」
「まぁ、それも悪くないな。お前が美味そうに食べる顔は、見ているだけで楽しいぞ」と言って、また微笑んでくれた。

 あぁ…… ずっと、一生、永劫の時をこのヒトと共に過ごせたらいいのに。
 そう願わずにはいられない。

 いっそのこと『私は貴方が原因で死んだんだから、責任を取って欲しい』と願えば、鬼のくせに生真面目な焔ならば此処に残ってくれるのでは?
 そう思ったが、そんな考えはカステラと共に喉の奥へ飲み込んだ。

 ——違う。

 そんな、責任感だけで一緒に過ごしてなんか欲しくない。愛して欲しい、自分だけを見て、俺だけを愛してくれないと意味が無いんだ。
 帰さぬ為ならば肢体を引きちぎってでも傍に置いておきたいと何度も思うが、そんな願望まで抱いてしまう自分はなんと欲深いのだろうか。


「ただいま帰ったっすよー!大・収・穫でしたっ。今回は白熊の毛皮とかゲット出来ましたよー。何に使うんだ?って感じっすけどね、ウチのPTって後衛職しかいないから、毛皮系の装備って必要ないっすもんねー。あ、でもコレ壁に飾ったらカッコイイと思いません?ね?ね?」

 バンッ!とおお時な音と共に扉が開いたと同時に、拠点内で喧しい声が響いた。朝一から出掛けていた五朗が、参加していたクエストをクリアして帰って来たのだ。『ただいま』だけで一旦済ませ、片付けをしてからゆっくり話せばいいものの、歩きながらいつものトーンでペラペラと話すもんだから煩くって仕方ない。普段なら『こういう性格の奴なんだ』と割り切れても、今はそんな心境では無かったせいでイライラしてしまう気持ちが抑えられない。

「煩い、黙れ」
「煩いですよ、黙ってろ」

 焔と声が被り、しかめっ面まで一緒だった。
 ちょっと素が出てしまったが、誰も気にする事無く流してくれる。この一年間ですっかりその辺も慣れてくれた様だ。
「す、すんません…… 」
 何度目かもわからんやり取りだ。『いつになったら学習するんだ?コイツは』と思うが、性格として根付いてしまったものをどうこうするなど、それなりの歳になっていてはもう難しいのだろうな。

『お茶を淹れたんで、さっさと片付けて、少し休んだらどうなんですか?全く』
「ありがとっすー!流石はソフィアさん、もういつでもウチの嫁に来れますね」
『…… 行きませんよ?』

 スンッと冷めた声でソフィアが返すが、五朗の方はどこ吹く風だ。好き放題言われたまま収穫品を片付け、楽な格好へ着替え直すと、俺の対面に座ってお茶を飲み始めた。

「ふぅ…… やっぱ此処が一番落ち着くっすねぇ。拡張工事してそっちにチェスト移したの、大正解だったと思いません?やっぱ居間はごちゃごちゃしているよりも、こうスッキリしていた方が自分は好きなんで」
 意外にも、いや…… 対物性愛者だからなのか、インテリアなどにもこだわりが強い五朗に家具の配置を任せたおかげで拠点のオシャレ感がこの一年で格段にアップした。チェストの様な生活感丸出しな物は、合成専用の部屋の隣にもう一部屋拡張して、全てそちらへと移した。そして居間に当たるこの部屋にはソファーや飾り棚などを配置して、快適な空間へと変貌を遂げたのだ。その引っ越し作業中、ずっと勝手にペラペラと話していた内容を要約すると、五朗は元の世界でもゲーム内のインテリアを色々考えて配置する事が好きだったらしく、クラフト系の作品では必ず大豪邸を作っては自己満足に浸っていたそうだ。

「そうだな。だがそのおかげで、俺の出掛ける頻度はますます下がった気がするが」と、焔が自嘲気味な笑みを浮かべてポツリとこぼす。

 家が快適であればあるほどそうなるのは、まぁ自然な流れだろう。
 カラ笑いをし続ける焔に新しいお茶を淹れ、ソフィアが『まぁまぁいいじゃないですか。それでも着実に前には進めているのですから。そうですよね?リアン様』と、俺の方へ話題を振ってきた。
「えぇ、そうですね…… 」
 作り笑いをしてしまったが、器用に誤魔化す事が出来ない。

「そうか、そうだよな」と焔が言った時——

 カタンッと、宅配ボックスに手紙の届いた様な音が聞こえた。
「ん?何か届いったみたいっすね」
 そう言いながら立ち上がり、五朗が宅配ボックスの中を覗きに行く。
「冒険者ギルドからの手紙っぽいっすよ。珍しいですね」
 ボックスから一通の手紙を取り出し、送り主を確認しながら五朗が戻って来る。そしてその手紙を焔の前にトンッと置くと、好奇心に満ちた瞳でじっと見詰めて『早く確認しましょうよ』と訴え始めた。

(…… 嫌な予感がするのは、何でだ?)

 気持ちが表情に出ない様に堪えながら、流れを見守る。
 俺の心の中は何故か、まるで最後通牒でも受け取った時の様に不安が渦巻いていた。
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