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第四章

【第十一話】いざ、転職へ向けて・後編

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 今回の目的地である冒険者ギルドはカバール村の奥の方にあり、村の中央を突っ切って行く事になった。
 宿屋の前を通り、武器屋や防具屋などを素通りして行く。雨ですらかき消せない、色々な店から立ち上る美味しそうな匂いの誘惑に耐えながら、ズンズンと目的の店へと三人は足を進めた。デートもろくに出来ないくらい小さくって狭い村くせに、カバールの飲食店の多彩さには本当に驚かされる。今日はどこにも立ち寄らずにただ通り過ぎて行くだけの予定なのに、このままでは三人とも胃袋を掴まれてしまいそうだ。

 ちらほらと人通りはあるが、この天気せいか疎らなのでリアンは特に変装はしていない。そもそも大きな角はゆとりのあるサイズで作った雨具の中に隠れているので必要が無いだろうとも判断した結果だ。

(だが…… 念の為に冒険者ギルドに到着しても雨具のフードは被ったままでいるか)

 そうリアンが考えていた時、「此処っすね。いやぁー久しぶりだ。前に来た時は『山賊と海賊以外になれるんだったら何でもいい!』って思いながら入ったのに、結局は何にも転職出来ずに惨敗で、泣きながら帰る羽目になった場所っすからねぇ…… 。正直、もう来ないと思ってましたよ」と言いながら立ち止まり、五朗が煉瓦造りの建物の二階にかかってある“冒険者ギルド”と書かれた看板を見上げた。

「じゃあ、入るぞ」
「了解っす」
「そうですね」

 狭い軒下に入り込み、焔と五朗が雨具のフードを脱ぐ。水滴を軽く手で払うと、早速木製の扉を開けて、ギルド内へ入って行った。
 冒険者ギルドの室内をサッと見渡し、リアンと焔が『所詮は村、だな。まぁこんなものか』と同時に思う。辺境の村だからなのかそれほど人はおらず、店員かと思われる格好をした者が数人と、色々なクエストが貼ってある大きな掲示板の前に三人で構成されたパーティーが一組居る程度だ。

 焔が受付の前に立ち、「転職したい者がいるんだが、詳しく話を聞かせてくれないか?」と、背を向けて何やら作業をしていた男に声を掛ける。すると、巨漢としか形容出来ない程の体格をした店員がゆっくりと振り返り、体に似合わぬ明るい笑顔で「よぉ、いらっしゃい!見ない顔だなぁ、此処へは来たばかりかい?」と気さくに応えた。
「あぁそうだ。だから色々詳しく話が聞きたいんだが、いいだろうか」
「おぉいいぞ、もちろんだ。何が訊きたいのかな?坊や」
 一階の天井にあと少しで頭がつきそうな程の体をしているせいで、対面する焔がやたらと小さく見える。だからといって“坊や”はヒドイ扱いな気がするが、焔はサラッと流して受付の男と話をし始めた。

「“山賊”から“魔毒士”へ転職させたい者がいる。その為には専用のクエストをやらねばならんと聞いたんだが、此処でもそれを受ける事は出来るか?」

「おぉ、すげぇな。“魔毒士”のクエストを受けようって奴は、この店を開いてからは初めて見たよ。ありゃぁ闇属性寄りの職業だし、条件が厳しいからなぁ。転職の為のクエストを置いてはあるが、手伝うだけなら別として、そもそも受けられるかどうかも厳しいかもしんねぇぞ?」
「大丈夫だ、問題無い。詳しい奴が既に条件を確認済みだ」
「そうかそうか、ならいいんだ」
 淡々と話す焔に対し、受付の男は終始笑顔で、今にも『偉いなぁ坊や。おじさんにちゃんと説明出来て』とでも言いながら頭を撫で出しそうな雰囲気だ。巨漢の男から完全に子供扱いをされているのに、相変わらず焔は表情一つ崩していない。これが年上の余裕というものだろうか、とリアンは思った。

「…… すげぇっすね。あの受付さんへ臆する事なく声掛けるとか。自分、初めて此処来た時、あの人の見た目がメッチャ怖くって、結局一時間くらい無駄にギルド内をウロウロしちゃったのに」

「流石は我が主人…… 。だが俺以外と言葉を交わすなんぞ、許せないなぁ」
 最初はニコッと笑っていたのに、即座に本音をこぼしながら、被ったままの雨具の奥で表情が憎々しげに崩れていく。
 そんな彼の姿を見て『こ、コレがリアルの“独占欲の塊な人”ってヤツっすか!』と五朗が思い、出来るだけ二人には変な真似をしてしまわない様にせねばと心に誓った。ちゃんとそう出来るかどうかは、また別の話だが。

 雨具の中から抜け出し、ソフィアが焔の横に並び浮かぶ。そしてクエスト受理の説明を焔と共に最後まで聞くと、暗いオーラを放つリアンの元に一人と一冊が戻って来た。
「クエストを受けてきたぞ。俺でもクエストを受けられたからちょっと驚いた」
 あんな毒々しい料理なんぞ自分は出来ないぞ?と思ったが、よくよく考えると調理経験が無い事に気が付き、これ以上は黙っておこうと焔がひっそりと決意する。
『我々が受ける初めてのクエスト、ですね』と言うソフィアはちょっと嬉しそうだ。
『…… まぁ、納品系は既に色々と終わっていますけれども』
「そんな勝手にクリア扱いになるクエストなんかノーカンっすよ、ノーカン!自分もクエストらしクエストは初めてなんで、めっちゃ緊張してきたっす」
 バンバンッとソフィアの背面を叩き出しそうな勢いだったが、手だけを添えて我慢した。一応は気を遣えたみたいだ。
「目的地やクリア条件などの詳細はソフィアの中に書かれているそうだから、わからなくなったらそれを確認しながらやればいいだろ。だから、初めてのクエストだろうがなんとかなるはずだ」

(んー…… あぁいった物はあまり過大に信用すべきではないんだが、いちいち説明するのもなんだし、黙っておくか)
 今は水を差すべきではないと判断し、リアンが笑みを浮かべるだけに留める。

「じゃあ早速行こうか」
 そう言って、焔がギルド内に入って来た時に使った扉とは、また違う方向へ足を向けた。受付の男に『クエストを受けたらあっちの扉から出るといい』と、先程指示されたからだ。
「了解です」と答えたリアンと共に、五朗とソフィアが焔の後に続く。

「——おっと危ねぇ!おーい、坊や!そのクエストはちょっと特殊でな、コレを事前に買っていかねぇとならのを伝えるのを忘れとったわ」

 受付の男が大袈裟に手を振って焔を呼び止め、何やら大きな袋を台の下から引っ張り出してきた。
「受け取れ!あぁ、だがもちろん、しっかりとお代は頂くがな」
 ガハハハッと豪快に笑い、扉の前で立ち止まった焔に荷物を渡そうとする。だが、二人の間に割り入ったリアンが、代わりにそれを受け取った。
 男から提示された金額をソフィアが支払うと、中身もわからぬまま一式まとめて荷物の中へとしまい、彼らは初めてのクエストへと出発したのだった。


       ◇


「…… ——失礼、人を探しているんだが」

 焔達がクエストを受けて出発したから数十分後、一人の男が冒険者ギルドへとやって来た。
 頭から爪先まで全てを黒衣で包んだその男は、雨具についた水滴を一切払う事なく、質問を口にしながら受付へと向かい足を進める。かろうじて見えるのは口元だけなので表情は見えないが、声には焦りと苛立ちが混じっていた。

「おや、今日は随分と一見さんが多い日だな」
 受付を担当している男が、臆する事なくそう言った。

「召喚士が此処へ立ち寄ったりはしなかったか?」
 黒衣の者の発したバリントンボイスが否応無しに男の耳を擽る。
「召喚士?…… あぁ、そういや来たな」
「本当か⁉︎ソイツは今どこに?どんな奴だった?」と、黒衣の者が前のめり気味になりながら、受付にバンッと鎧に包まれた手をついた。
「おっとぉ、すまん!そいつは俺の口からは言えんなぁ。個人情報に関して個々には話せないんだ。悪いな、守秘義務ってやつでなぁ、今はご時世的なもんなのか、何処もそういうのには煩いんだよ。だが、そこのクエストボードを見たら、どのクエストが稼働中なのか、今からでも参加が可能なのかくらいはわかるから、後は自分で判断してくれ」
「…… そうか。わかった」
 チッと舌打ちでもしそうな雰囲気ではあったが、短くそう答え、出来るだけ不必要な問題を起こしたくない黒衣の者は雨具を翻しながら数多くのクエストが貼られたボードの方へ歩いて行った。

『ステラさんからの調達依頼~幻の食材集め・クッキーを作ろう~』
『ミノスさんからの討伐依頼~ダンジョンでもお見合いはできますか?~』
『転職クエスト~魔毒士編~』
 ——などなど、色々なクエストが進行中であり、どれもこれも途中参加が可能となっているが、リーダーの名前が書かれてあるだけで、クエストのメンバーの名前は無い。残念ながら職業も、参加している人数すらも不明だった。

「おい、途中参加が可能なのに、参加している奴らの職業がわからんのはどういう事だ?これでは勝算があるのか無いのか、どういった準備をして行けばいいのかすらも、参加前にわからんだろうが」

 黒衣の者が振り返り、受付の台で頬杖をつきながら様子を伺っていた男に声を掛けた。
「それなぁ。俺も、全くもって深く同意見なんだが、事前に職業や人数がわかる事でちょっと前に問題が起きたんだよ」
「問題?…… どんなだ?」と、黒衣の者が軽く首を傾げる。どう考えても、事前に職業や人数がわかる事の利点の方しか思い浮かばない。

「どうやったって、戦闘には人気の職業ってのがあるだろう?そいつが居るクエストにばっかり人が集まっちまってな、不人気な職業の奴らが募集をかけても人が集まんねぇから、結局は自分からクエストを貼れず、誰かがそのクエストを貼ってくれんとクリア出来ねぇって事案が多くなっちまったそうだ。それならもう、何もかんもわからん様にしちまえって寸法だ。だが今度は、行ってみたら白魔導士しかいないパーティーになっていたり、盾役しか集まらんなんて事もあって、現状に対しても相当不満が上がってるから、まぁーそのうちまた、どうせ元通りに改変されるんじゃないかねぇ」

「そうか。…… なら、仕方がないな」
 どうやらタイミングが相当悪かったみたいだが、今ここでその件に対して文句を言った所ですぐさま変更される訳でもない。なので今は『そういうものなのだな』と諦めるしかなさそうだ。
「…… 高レベル者向けのクエストを上から順番に覗いていくしかないのか」
 面倒ではあるが、黒衣の者は一つ一つのクエストに参加してみる事に決めた。
 目的の者が居なければ、途中でリタイアして、次のクエストに参加すればいいだろうという考えだ。参加人数が増えればそれだけクエストの難易度が上がるので、パーティー的には非常に迷惑極まりない行為なのだが、そんな事を気に掛ける様なタイプでは無かった。

「魔王殿、必ずお救いするので、もうしばしお待ちを——」

 クエストボードを見上げながら、黒衣の者がボソッと呟く。
 真っ黒い彼の瞳は、主を救う決意と、まだ見ぬ召喚士への憎しみで燃えたぎっていたのだった。
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