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第三章
【第七話】誘い
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「ご馳走様でした」
パンッと両手を合わせて、焔が礼を言う。
彼の目の前には空っぽになった大皿が数枚並び、残るべき骨すらも残っていない。赤ワインで作ったソースもパンにつけて食べ尽くしており、料理を作った者の心を鷲掴むには充分過ぎる食いっぷりにリアンの頬は緩みっぱなしだ。珍しく一からきちんと調理した身としては冥利に尽きると言うものだろう。
レシピと食材があれば、調理台にぶっ込んでしまえば数分後には即完成というゲームならではな世界なのに、リアンは焔に食べさせたい一心で現代風のキッチンを固有スキル“天地創造”まで使って造りあげ、『牛フィレ肉のステーキだろうがビトックだろうがコートレット・ド・アニョーだって作る』と宣言した通り、全てのメニューを彼に提供してみせた。ローリエや赤ワイン、牛肉に小麦粉など、ほとんどの食材が此処には無かったので、それらの材料は自らの城から勝手にこっそり魔法で転送して用意した。
元々リアンは料理は人並みにしか出来なかったのだが、持ち前の器用さと、ほぼ自分の思い通りになる世界であるおかげで見事な仕上がりにしてみせる事ができ、一番ほっとしたのは当の本人だったかもしれない。
「ところで、主人。味の方はいかがでしたか?どの料理が一番お好みだったでしょうか」
ドキドキしながらリアンが訊く。
今は狐っぽいデザインに変更したマジックアイテムを外しており、腰のベルトから吊り下げてある。村人1っぽい格好のまま白いエプロンを身に着けていてちょっと主夫っぽい。一緒になって料理を手伝ったソフィアもそういうタイプなので、パーティーメンバーに家政夫が二人居るみたいな状態になってしまった。だがリアンは『魔王である俺に何をやらせてんだ』と言うタイプでは無く、むしろこのエプロン姿を気に入っているっぽい事が雰囲気からも伝わってくる。
「…… さぁ?お綺麗な名前ばかりで頭に入らんかったからな」
張り合いの無い返答にリアンとソフィアは少しだけガッカリしたが、でも「どれも美味しかったぞ、ありがとう」と、はにかんだ笑顔を向けられた事で、そんな感情の全てを帳消しに出来てしまった。
『…… 可愛いですね』
「えぇ、本当に」
洋書姿のソフィアとエプロンを着たリアンがしみじみと頷く。
常時目隠しをしていようが、鬼の角が額から生えていようが、可愛いものはどうしたって可愛いのだ。もっとも、そう感じるのはこの二人と、焔の主人的立ち位置にあるオウガノミコトくらいなものだろうが。
『さてと、食事の片付けはワタクシがやっておきますので、リアン様は毛皮などの収集品をチェストの中に入れておいて頂いてもいいですか?後で時間をみて、使い道を考えましょう』
「了解しました。ところで、新しいキッチンの使い勝手は問題無かったですか?」
『そりゃもうバッチリです!』
新しく造ったのは現代風のシステムキッチンなので使い勝手がいいのは当然だ。電気やら水周りやらの問題は全てリアンのスキルと魔法で強引に解決し、無尽蔵に使えてしまう仕様にもしてある。ここまで便利なキッチンは、此処と魔王城以外には存在しない程の品といえよう。その分魔力を盛大に消費したが、『補充行為が楽しみだな』くらいにリアンは思っている。
「それならば良かった。では、後はお願いしますね」
『はい、お任せ下さい』
ソフィアは念力で大皿を回収していくと、それらを全部キッチンへ運んで行く。ふわりと浮かぶそれらの様子は何度前にしても面白いなと思いながら焔が見ていると、早々に荷物をチェスト内に納め終わったリアンが真っ黒な尻尾を楽しそうに揺らしながら、彼等の元に戻って来た。
「…… 結局俺は、今日も何もしていな」
テーブルに頬杖をつきながら、焔がポツリと呟いた。
朝起きて、茶を飲み、二人が作った料理を食べただけで、三日目の予定として掲げていた『毛皮狩り』にも行っていない。今回は別段面倒くさかった訳でもないのに、先走ったリアンが一人で勝手に本日の目的を達成してしまったので、今日もまたやる事が無くなってしまった。暇な時間を過ごす事自体苦ではないが、何もしないで一日が終わるというのは、此処が異世界である事を思うと少し気になってしまう。
——帰って来い。
オウガノミコトからそう言われている限り、焔は何としてでも戻らねばならないのだから、何もせずに時間を浪費する事はこれ以上は流石に避けたかった。
「なぁリアン」
「はい、何ですか?」
返事をしつつ、リアンが焔の隣に座った。尻尾は揺れたままで、機嫌の良さが滲み出ている。
「今日はこの後、“フラグ”の回収でもするか?」
お茶を口に含んでいるタイミングであれば、吹き出していたなと確信出来る程、リアンは驚いた。
「…… フ、“フラグ”の回収、ですか?」
「前に言ってたろ?それらを回収しないと、魔王に会えないだか、勝てないだか…… まぁそんな感じ何だろう?だけどどれがその“フラグ”とやらなのかは、よくわからないから色々やってみないとならんって話しだったよな?」
(よくちゃんと覚えていたな、この人は)
笑顔を崩さぬまま、リアンは思った。
「私は構いませんが…… むしろ大歓迎ですけども、いいのですか?」
「いいも何も、回収しないと駄目なのだろう?」
実は駄目じゃ無いとは絶対に言う気の無いリアンが「はい」と笑顔のまま嘘をつく。元の世界ならばこの瞬間、『嘘を言うな、嘘を』と指摘され、焔に刺し殺されていたかもしれない。
「ですが…… 何をしないといけないのか検討もつかないので、“それっぽい事”を試していかないといけませんね」
「それなんだ、一番気になっていたのは。……“それっぽい事”って、何だ?」
そう訊かれたリアンがスッと目元を細め、焔の頬に片手を添える。そして彼の唇を指先で軽く撫でると「もちろん、恋人らしい行為…… ですよ」と落ち着いた艶のある声で答えた。
「…… マジか」
「はい。マジです」
「恋愛シミュレーションゲームなのですから、当然ですよね」
その言葉に納得しか出来ず、焔の肩がガクッと下がった。
だがしかし、“恋人らしい事”と言われてもそんな者がいた記憶が無い焔では正直いまいちピンとこない。この数日間での二人の行為がソレなのだとしたら、鬱気味になってくる。あまりにも卑猥で、魔力補充の為には致し方なしと割り切るにはちょっと材料が足りない。だが、それらの行為が気持ちよかった事実もあり、つい苦虫でも噛み潰したみたいな表情になってしまう。
「わ、わかった。帰る為…… だし、な」
「はい!帰る為ですから」
笑顔のまま答えはしたが、『帰る』という言葉がリアンの胸に軽い痛みを与えてしまう。いつか焔と離れ離れになるのかと思うと、どうにかして阻止したい気持ちが頭をもたげる。このままフラグを回収すれば、自分が企画した通りのエンディングのどれかにちゃんと辿り着ける保証が今は何処にも無い現状を鑑みると、尚更そんな考えに天秤が傾くのを感じた。
ひとまず今は、ハッピーエンドかメリーバッドエンドへの道筋に必要な要素を、ダメ元でも回収しておかねば。
そう勝手に決意し、リアンが「では手始めに——」と言い、チラリとソフィアの様子を伺う。彼は食器洗いに夢中でこちらに気を配っている様子は無かった。
確認し、チュッと焔の頬にリアンが軽く口付けをする。そして額を重ねると、頰を赤く染めながら微笑んでみせた。
「人目を盗んでのキスって、恋人っぽいですよね」
「…… うわ」
「う、うわって、うわって何ですか」
「すまん。こそばゆいと言うか、何というか…… まあ…… そう何度もしたいものじゃぁ、ないな」
嫌そうに眉をへの字にしてはいるが、リアンの様に焔の頬もほんのりと染まっている。散々濃厚接触済みなのに、こうもウブな反応を返されると、リアンも胸の奥にくすぐったさを感じた。
「じゃあ、こそばゆいついでに、今からデートにでも行ってみませんか?」
「デート、だと?」
「はい。今からじゃ最寄りの村までくらいが限界でしょうけど。恋人らしい事の定番ですよね、デートって」
「まぁ、そうだな。それは言えてる。だが俺は移動制限がかかったままで、ソフィアの様に飛んでの移動は出来ないぞ?村までは徒歩で行くにはかなり遠い。全速力で走って行くのでも俺は一向に構わないが、それだとデートっぽくは…… 無いよな」
「確かにそうですね。でもそのへんは私がどうにかしますから、如何でしょうか?」
「そうか、わかった。まぁ、反対する理由も無し。やるか」
「では、ソフィアさんにも声をかけて来ますね」
「デートなのにか?」
「お気持ちはわかりますが、ソフィアさんは主人のステータス確認には必須ですからね、フラグの回収確認の為にも必要です。現地では別行動をして、最後だけ合流という流れにしたらギリギリデートっぽいのではないかと」
「そういうものなのか」
言葉は知っていても、実はデートの定義すらもわかっていない身なので、焔はひとまずリアンの提案をそのまま呑む事にしたのだった。
パンッと両手を合わせて、焔が礼を言う。
彼の目の前には空っぽになった大皿が数枚並び、残るべき骨すらも残っていない。赤ワインで作ったソースもパンにつけて食べ尽くしており、料理を作った者の心を鷲掴むには充分過ぎる食いっぷりにリアンの頬は緩みっぱなしだ。珍しく一からきちんと調理した身としては冥利に尽きると言うものだろう。
レシピと食材があれば、調理台にぶっ込んでしまえば数分後には即完成というゲームならではな世界なのに、リアンは焔に食べさせたい一心で現代風のキッチンを固有スキル“天地創造”まで使って造りあげ、『牛フィレ肉のステーキだろうがビトックだろうがコートレット・ド・アニョーだって作る』と宣言した通り、全てのメニューを彼に提供してみせた。ローリエや赤ワイン、牛肉に小麦粉など、ほとんどの食材が此処には無かったので、それらの材料は自らの城から勝手にこっそり魔法で転送して用意した。
元々リアンは料理は人並みにしか出来なかったのだが、持ち前の器用さと、ほぼ自分の思い通りになる世界であるおかげで見事な仕上がりにしてみせる事ができ、一番ほっとしたのは当の本人だったかもしれない。
「ところで、主人。味の方はいかがでしたか?どの料理が一番お好みだったでしょうか」
ドキドキしながらリアンが訊く。
今は狐っぽいデザインに変更したマジックアイテムを外しており、腰のベルトから吊り下げてある。村人1っぽい格好のまま白いエプロンを身に着けていてちょっと主夫っぽい。一緒になって料理を手伝ったソフィアもそういうタイプなので、パーティーメンバーに家政夫が二人居るみたいな状態になってしまった。だがリアンは『魔王である俺に何をやらせてんだ』と言うタイプでは無く、むしろこのエプロン姿を気に入っているっぽい事が雰囲気からも伝わってくる。
「…… さぁ?お綺麗な名前ばかりで頭に入らんかったからな」
張り合いの無い返答にリアンとソフィアは少しだけガッカリしたが、でも「どれも美味しかったぞ、ありがとう」と、はにかんだ笑顔を向けられた事で、そんな感情の全てを帳消しに出来てしまった。
『…… 可愛いですね』
「えぇ、本当に」
洋書姿のソフィアとエプロンを着たリアンがしみじみと頷く。
常時目隠しをしていようが、鬼の角が額から生えていようが、可愛いものはどうしたって可愛いのだ。もっとも、そう感じるのはこの二人と、焔の主人的立ち位置にあるオウガノミコトくらいなものだろうが。
『さてと、食事の片付けはワタクシがやっておきますので、リアン様は毛皮などの収集品をチェストの中に入れておいて頂いてもいいですか?後で時間をみて、使い道を考えましょう』
「了解しました。ところで、新しいキッチンの使い勝手は問題無かったですか?」
『そりゃもうバッチリです!』
新しく造ったのは現代風のシステムキッチンなので使い勝手がいいのは当然だ。電気やら水周りやらの問題は全てリアンのスキルと魔法で強引に解決し、無尽蔵に使えてしまう仕様にもしてある。ここまで便利なキッチンは、此処と魔王城以外には存在しない程の品といえよう。その分魔力を盛大に消費したが、『補充行為が楽しみだな』くらいにリアンは思っている。
「それならば良かった。では、後はお願いしますね」
『はい、お任せ下さい』
ソフィアは念力で大皿を回収していくと、それらを全部キッチンへ運んで行く。ふわりと浮かぶそれらの様子は何度前にしても面白いなと思いながら焔が見ていると、早々に荷物をチェスト内に納め終わったリアンが真っ黒な尻尾を楽しそうに揺らしながら、彼等の元に戻って来た。
「…… 結局俺は、今日も何もしていな」
テーブルに頬杖をつきながら、焔がポツリと呟いた。
朝起きて、茶を飲み、二人が作った料理を食べただけで、三日目の予定として掲げていた『毛皮狩り』にも行っていない。今回は別段面倒くさかった訳でもないのに、先走ったリアンが一人で勝手に本日の目的を達成してしまったので、今日もまたやる事が無くなってしまった。暇な時間を過ごす事自体苦ではないが、何もしないで一日が終わるというのは、此処が異世界である事を思うと少し気になってしまう。
——帰って来い。
オウガノミコトからそう言われている限り、焔は何としてでも戻らねばならないのだから、何もせずに時間を浪費する事はこれ以上は流石に避けたかった。
「なぁリアン」
「はい、何ですか?」
返事をしつつ、リアンが焔の隣に座った。尻尾は揺れたままで、機嫌の良さが滲み出ている。
「今日はこの後、“フラグ”の回収でもするか?」
お茶を口に含んでいるタイミングであれば、吹き出していたなと確信出来る程、リアンは驚いた。
「…… フ、“フラグ”の回収、ですか?」
「前に言ってたろ?それらを回収しないと、魔王に会えないだか、勝てないだか…… まぁそんな感じ何だろう?だけどどれがその“フラグ”とやらなのかは、よくわからないから色々やってみないとならんって話しだったよな?」
(よくちゃんと覚えていたな、この人は)
笑顔を崩さぬまま、リアンは思った。
「私は構いませんが…… むしろ大歓迎ですけども、いいのですか?」
「いいも何も、回収しないと駄目なのだろう?」
実は駄目じゃ無いとは絶対に言う気の無いリアンが「はい」と笑顔のまま嘘をつく。元の世界ならばこの瞬間、『嘘を言うな、嘘を』と指摘され、焔に刺し殺されていたかもしれない。
「ですが…… 何をしないといけないのか検討もつかないので、“それっぽい事”を試していかないといけませんね」
「それなんだ、一番気になっていたのは。……“それっぽい事”って、何だ?」
そう訊かれたリアンがスッと目元を細め、焔の頬に片手を添える。そして彼の唇を指先で軽く撫でると「もちろん、恋人らしい行為…… ですよ」と落ち着いた艶のある声で答えた。
「…… マジか」
「はい。マジです」
「恋愛シミュレーションゲームなのですから、当然ですよね」
その言葉に納得しか出来ず、焔の肩がガクッと下がった。
だがしかし、“恋人らしい事”と言われてもそんな者がいた記憶が無い焔では正直いまいちピンとこない。この数日間での二人の行為がソレなのだとしたら、鬱気味になってくる。あまりにも卑猥で、魔力補充の為には致し方なしと割り切るにはちょっと材料が足りない。だが、それらの行為が気持ちよかった事実もあり、つい苦虫でも噛み潰したみたいな表情になってしまう。
「わ、わかった。帰る為…… だし、な」
「はい!帰る為ですから」
笑顔のまま答えはしたが、『帰る』という言葉がリアンの胸に軽い痛みを与えてしまう。いつか焔と離れ離れになるのかと思うと、どうにかして阻止したい気持ちが頭をもたげる。このままフラグを回収すれば、自分が企画した通りのエンディングのどれかにちゃんと辿り着ける保証が今は何処にも無い現状を鑑みると、尚更そんな考えに天秤が傾くのを感じた。
ひとまず今は、ハッピーエンドかメリーバッドエンドへの道筋に必要な要素を、ダメ元でも回収しておかねば。
そう勝手に決意し、リアンが「では手始めに——」と言い、チラリとソフィアの様子を伺う。彼は食器洗いに夢中でこちらに気を配っている様子は無かった。
確認し、チュッと焔の頬にリアンが軽く口付けをする。そして額を重ねると、頰を赤く染めながら微笑んでみせた。
「人目を盗んでのキスって、恋人っぽいですよね」
「…… うわ」
「う、うわって、うわって何ですか」
「すまん。こそばゆいと言うか、何というか…… まあ…… そう何度もしたいものじゃぁ、ないな」
嫌そうに眉をへの字にしてはいるが、リアンの様に焔の頬もほんのりと染まっている。散々濃厚接触済みなのに、こうもウブな反応を返されると、リアンも胸の奥にくすぐったさを感じた。
「じゃあ、こそばゆいついでに、今からデートにでも行ってみませんか?」
「デート、だと?」
「はい。今からじゃ最寄りの村までくらいが限界でしょうけど。恋人らしい事の定番ですよね、デートって」
「まぁ、そうだな。それは言えてる。だが俺は移動制限がかかったままで、ソフィアの様に飛んでの移動は出来ないぞ?村までは徒歩で行くにはかなり遠い。全速力で走って行くのでも俺は一向に構わないが、それだとデートっぽくは…… 無いよな」
「確かにそうですね。でもそのへんは私がどうにかしますから、如何でしょうか?」
「そうか、わかった。まぁ、反対する理由も無し。やるか」
「では、ソフィアさんにも声をかけて来ますね」
「デートなのにか?」
「お気持ちはわかりますが、ソフィアさんは主人のステータス確認には必須ですからね、フラグの回収確認の為にも必要です。現地では別行動をして、最後だけ合流という流れにしたらギリギリデートっぽいのではないかと」
「そういうものなのか」
言葉は知っていても、実はデートの定義すらもわかっていない身なので、焔はひとまずリアンの提案をそのまま呑む事にしたのだった。
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