いつか殺し合う君と紡ぐ恋物語

月咲やまな

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番外編【昔々の物語(オウガノミコト・談)】

【昔々の物語③】運命の日

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 年月が流れ、竜斗が十八歳になった。
 白い尻尾は五本目まで生えてきたが、神としてはまだまだ赤子も同然だ。眷属もいなければ、これといって仕事を任せてもいない。遊びたい盛りの時期でもあるので自由にさせている。だが彼は遊ぶどころか、とても熱心に鬼の子である紅焔の面倒をよくみていた。
 多くの知識を与え、身の回りの世話もしてくれているおかげで、餓鬼の様だった見た目が随分と改善されていった。体は小柄な雰囲気のままで相変わらず角も小さいが、人間の平均身長程度には伸びたので問題は無いだろう。それ以上に竜斗も成長し、二メートル程にまでなったので二人の体格差は縮まらなかったが。

『竜斗。また紅焔の所へ行くのかい?』
 そそくさと、離れに向かおうとしている竜斗を見付けたので声を掛けた。
『うん!今日はね、紅焔に着物を持って行こうと思うんだけど、どうかな?』
 そう言って、桔梗の花や葉が描かれた着物を私に見せてくれた。
 汚れない様にと風呂敷にすらもくるんではおらず、紅焔に早く見せたいと逸る気持ちが丸わかりだ。
『…… うん。いいんじゃないかな』
 “変わらぬ愛”を意味する花の描かれた着物を贈るとは、ウチの子のブレない感じが、過去の私と被る。“彼の者”がまだ生きていた時の自分もこうだったなぁと懐かしく思った。

 竜斗と紅焔の二人が出逢ったばかりの頃は、釣った魚や菓子などをよく贈っていた。それが年々段々と質がランクアップしていき、今では着物や花束などといった贈り物を数多く与えている。敷地内の一角に新しい庭を創り出して貢いでいた事もあったが、それらは好きな者の気を惹きたい時の行為と同義であると紅焔が気が付いているかどうかは正直疑問しかない。

『あの子には、喜んでもらえているのかい?』
『柄を見れば「綺麗だな」とは言ってくれるけど、「こんなにあっても着れないぞ」って、最近は言われちゃうかなぁ』

 だろうな!と言いたい気持ちはぐっと堪えた。

『一緒に居てやるだけでいいんじゃないのかい?あの子には、お前しか友人もいないのだしね』
『…… 友人。友人かぁ』
 竜斗が急に黙り込み、肩を落としてしまった。
 まさか地雷を踏んだのだろうか?とも思ったが、『紅焔には、僕しかいない事を…… 喜んじゃ駄目、だよね』だなんてぽつりと呟く。どうやら友人か兄としか思われていないのかもしれないと思い悩んでの落胆では無かった様だ。

『まぁ、そうだね。友人は多い方が先々のためにはなると思うよ』

『…… わかった』と短く言い、ちょっと残念そうな顔で竜斗が頷く。
『でも今日は、今日だけは、もうちょっと二人で過ごさせてもらおうかな』
 持っていた着物を竜斗がギュッと抱き締める。
 複雑な心境を抱えている様子を前にして、竜斗は本当に、心から紅焔の事が好きなのだなぁと改めて思ったのだった。


       ◇


 翌日。地上の様子を見に行き、神の国にある自分の屋敷に戻って来た丁度その時、離れの方から不可思議な音が聴こえてきた。“ぶつんっ”と太い綱を無理矢理切った様な、引きちぎった様な、そんな音だ。

 状況を把握しているわけでもないのに、不思議と…… 嫌な予感がする。

 胸の奥に得も言われぬ不安が渦巻き、何が起きたのか推測する間すらも惜しく、全てを差し置いて私は一目散に離れまで走って行った。


 バンッ!と礼儀も作法も関係無く、離れの引き戸を開けて中へと入って行くと、一歩中に踏み込んだだけで血生臭い臭いが鼻についた。着物の裾で鼻先を覆って更に先へ先へと進む。バクンッバクンッと心臓が跳ね、顔面が蒼白になっていくのが鏡を見なくてもわかる。

 室内に入った瞬間、目の前に広がった光景に——我が目を疑った。

 黒くて長い髪が水面に浮かぶ様に畳の上で広がり、血塗れになっている竜斗が倒れていたのだ。腕や白い狐耳などといった随所が食い千切られていて、薄い色合いの着物が真っ赤に染まっている。襖や畳には血飛沫が飛び散り、血の海が体の下には出来上がっている。そんな竜斗の傍には、全身に返り血を浴びたのであろう紅焔が泣き叫びながら、息子の体に食らいついていた。

『——りゅ、竜斗ぉぉぉぉ!』

 地獄絵図を前にしたせいで一瞬固まっていた体を無理に動かす。腕を勢いよく振って紅焔の体を横殴りにして竜斗から引き剥がす。それにより彼の体は襖を突き破って隣の部屋の壁まで飛ばされたが、打ち付けられた体をすぐに立て直すと、一心不乱といった様子で竜斗の方へ紅焔は再び襲い掛かって来た。
 顔には普段の札は貼られてはおらず、真っ赤な瞳がまるで炎の様に光っている。牙や爪が伸びに伸び、完全に戦闘態勢だ。

 一体何があったというのだ?昨日まで、あんなに仲が良かったのに——

 この状況が全く理解出来ないが、今はとにかく息子の命を…… 魂を守る事を最優先にせねば。もう既に虫の息だ、一分一秒が惜しい。急げ急げ急げ!

『全ての“帯”よ!紅焔を拘束しろ!目を最優先に隠せ!絶対にあの瞳を見るな!!』

 屋敷内にある物は大概付喪神と化している眷属ばかりだ。幸いにしてこの離れには竜斗が贈った帯も大量にあったので、それらは私の命に従ってすぐさま一直線に紅焔へと伸びていく。四方八方から帯達に巻きつかれて紅焔が言葉にならない叫びをあげた。が、それもすぐに別の帯が巻きつき、呼吸を含む全てを付喪神達によって封じられた。
 今のうちにと竜斗の傍にしゃがみ、容体をすぐに確認する。人間ならが確実に死んでいるところだが、不幸中の幸いにして、まだ少し息があった。だが、かなり浅い。今にも止まってしまいそうなくらいに不規則だ。

『…… 父、うえ?』

『喋るな!今助けてやるからな』
 そうは言ったが何処から手をつけていいか判断出来ぬ程にあちこちが食い散らかされていて、情けない事に慌ててしまう。着物どころか腹にも穴が開き、布に隠れた脚もほとんどが失われていた。鬼に食らわれてしまっているせいか、体どころか霊魂までもがズタズタにされており、消滅寸前になっている。竜斗が半神半人の神霊であろうが、あと数口食われていれば確実に再起不能だったろう。

『——し、が…… 急に、目の前に、居て…… 』

『…… は?』
 少し喋るだけで竜斗は口から血を吐き出している。
 だけど“”の一言に驚き過ぎてしまい、「喋るなと言っているだろう!」と懇願する事すら忘れてしまった。

『君は…… 誰?って…… 訊いたら、急に…… 』
『待て、待て…… 何を、言っているんだい?紅焔はお前の…… 』

 隣の部屋から帯でがんじがらめにされた紅焔が大暴れする音が激しく聞こえる。怒り狂っている事がそちらを見なくても、音だけで感じ取れるが今はそれどころでは無い。

『だけど、だけど…… あの瞳を見ていたら、逃げちゃ、駄目だなって…… あの子、動きに、迷いがあったから…… 逃げられたの、に…… グフッ!』

 大量の血を吐き出し、竜斗が咳き込む。
 咄嗟に慌てて上半身を抱き起こし、無駄だと思いながらも壊れかけの体に神通力を注ぎ込み、止血を試みた。
『もう喋るな、治ったら聞いてやるから』

『……  って…… 思え、てきて…… 』

 竜斗の言葉が耳奥で響いた。
 懐かしい、“彼の者”の声が聴こえる気がする。
 彼も私が泣いていた時、同じ言葉を私に言ってくれた。既にもう妻が居て、子供が居て、人間で——何もかもが私達の弊害となっていたのに、生贄という形で家族から彼を攫ってしまった私の為に消えていったあの人と、その息子である竜斗が、寸分違わぬ言の葉を口にするだなんて…… あぁ、お前の中にちゃんと愛おしい“彼の者”の片鱗が生きているのか、と…… それどころでは無い感情が胸の奥を苦しめた。

『…… 父、上。ごめん、なさい…… 』

『謝るな。わかった、わかったからもう、喋らないでくれないか』
『あの子…… は、悪くないから、罰したりは…… し——』
 駄目だ、今の竜斗には私の声が聞こえていない。言いたいことを言い残しておかねばならないと思う気持ちを、ただ口にしているだけだ。こんな状況であろうが紅焔を気遣うだなんて、“知らない鬼”と言っていたのに、心の何処かではと無意識にでも感じているのだろうか。深く深く、運命の糸で繋がっていた二人だから、なのだろうか…… 。

『…… もうその体は保たない。無理だ、救えない。魂が消えてしまう前に、私の勾玉の中に、お前の魂を移そうな』

 聴こえてはいないと分かっていても、それでも伝える。
 この体を失えばもう、竜斗は私の息子であるとは言い難い存在となる。魂だけの存在となり、眠る事になってしまうが、“彼の者”の様に完全に失う事だけはどうしても避けたかった。
 全く霊力が無くなり、白く美しい尻尾が一本も生えていないボロボロの胸に手を当てて、体の中にあった魂を拭き取る。ほんのりとまだ温かく、光を帯びてはいるが、今にも割れて飛散してしまいそうなくらいに弱々しい。このままでは輪廻すら出来ない程に食われてしまっていた。

『間に合っただけ、良しとせねば…… 』

 私が常々首から下げている黒曜石の勾玉の中にそっと、ゆっくり竜斗の魂を移す。これは“彼の者”が贈ってくれた品だ。まさかあの人の遺品の中に、その息子の魂を保管する事になろうとは。運命とはわからぬものだ。
 温もりの無かった石がほんのりと熱を帯びる。ずっとずっと彼の代わりにと大事にしていた品だ、多少なりとも私の霊力が籠っているので息子の魂の保管場所としては最適だろう。

『竜斗…… 竜斗…… 』

 完全に亡骸となった体をギュッと抱きしめる。
 何度も何度も何度も名前を呼び、零れ落ちる涙もそのままに、隣から聞こえ続けるヒステリックな音も無視したまま私はしばらくそのままでいたのだった。


【続く】
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