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第二章
【第七話】二日目の夜の攻防戦・前編
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「さてと」と言いながら、焔が椅子から立ち上がる。手には草餅を食べ終わった後の食器を持ていて、今回はきちんと台所へ下げる気でいるみたいだ。
「俺はこれから風呂にでも入って、後はもう寝ておこうと思うんだが、お前達はどうする?」
台所のスペースに焔が食器を置くと、後を追うようにソフィアがやって来て、『後はお任せくださいませ』と言いながらササッと洗い物を済ませていく。洋書の姿をした彼は洗い物も念力でおこなうから、どうしてもマジックか見世物みたいに思えてしまう。宙を食器や洋書が舞い踊るみたいで、何度見ようがつい魅入ってしまいそうだ。
『ワタクシはまた周辺の探索に行ってこようかと思います。実は昨日見付けた洞窟がちょっと気になっておりまして。もしかしたらそこで、鉱石や水晶などが取れるかもしれませんよ』
「すっかりソフィアさんは冒険者ですね」
リアンも一緒に台所に立ち、焔の肩に手をそっと置く。避けられるかな?と少し思っていたのだが、何も反応がないので、その手は置いたまま話を続けた。
『広範囲を動いた経験が今まで無いもので、今回は良い機会だなと思いまして』
正体が付喪神である為仕方の無い事だと割り切っていたのだが、それでもやっぱり自由に行動出来ると嬉しくって仕方が無い。しかもゲームシステムの様な世界とあっては、より一層探索のし甲斐があった。
「なるほど。ならば私は楽しみを邪魔せぬように、主人と留守番していますね」
共には行かない理由を得て、リアンは焔の背後で和やかに微笑んだ。
「水晶があれば、杖などを作る事も出来る様になりますね」
『溶鉱炉を用意すれば、我々でもリアン様のようにガラス製品も造れるようになるので、色々とまた、手元が潤うのではないかと』
「それらを売って資金にし、宝石や毛皮を店で買う事も出来ますから、いいと思いますよ」
出来れば『魔族狩りをして素材を集めよう』という流れにならぬ様にリアンが言葉を選ぶ。
まんまと彼の誘導に流され、「じゃあ明日も、クラフト作業をやって終わる感じになりそうだな」と焔が言った。
『ですが、森には兎や鳥などもいますから、それらを狩って毛皮や羽毛集めをするのもいいかもしれませんね』
「じゃあ、明日は狩りだな」
(ソフィアァァァァァッ!)
ソフィアの提案のせいで、リアンの髪が少し逆立った。
表情は変わらぬままどうにか保ったのだが、どうしたって感情を隠しきれない。折角簡単に焔は誘導出来たのに、ソフィアが狩りを提案してしまった事で明日の予定が、想定したく無い方向に決まってしまったからだ。
この地域はまだ生まれたばかりなおかげで魔物などの気配は無いが、いつ何時やって来ても可笑しくはない。むしろ人間達に領地を広げられる前にと、彼らならば率先して進軍してくる可能性だって大いにあり得る。そうなっては自分の居場所がバレてしまい、連れ戻される可能性が出て来てしまうが…… さて、どうしたものか。
『ではワタクシは早速行って来ますね。朝までには戻りますので、お二人はどうぞごゆっくりお休み下さい』
そう言って、そそくさとソフィアが扉に向かって飛んで行く。
焔は彼に向かって「気を付けてな」と声を掛けると、リアンが肩に手を置いているのも構わずにそのまま歩き出し、チェストの一つを開けて中からタオルを一枚取り出した。
「じゃあ俺は風呂に行くな」
軽く振り返り、リアンの顔を見上げながら焔が言う。
「では私も一緒に」
「いや、駄目だろ」
間髪入れずに、リアンは拒否されてしまった。
「魔力は十分あるだろう?」と、焔が渋い顔に。
「何も魔力が欲しくてではなく、ただ男同士一緒に入っても構わないかなと思っただけですよ?」
「…… びぃえるの世界なのに、か?」
聴き慣れない言葉は上手く発音出来ない焔がちょっと可愛い。
二度+αの経験により、すっかりリアンに対しての警戒心が上がっている。風呂なんか一緒に入って、何も起きずに済むとはとてもじゃないが思えなかった。
「そ、それは、まぁそうですけど。ですが、いつも性的な目で焔様を見ている訳では…… 」
嘘なせいか口籠もり、途中からきちんと言えない。
「そうなのか?まぁ、お前からは嘘っぽい臭いはしないからな、きっと本心なのだろうな」
「…… 焔様は、嘘を…… 見抜けるのですか?」
リアンの心臓が、バクンッと跳ねる。
嘘と真実を見分けられてしまっては、不都合な事があまりに多い。もし何かのきっかけで『お前が魔王なのか?』と問われれば、真正直に真実を打ち明けねばならないのか?と不安が募った。
「あぁ。じゃないと色々不都合の多い事をさせられていたからな、元の世界では」
今はその能力が全く機能していないと気が付いていない焔が、あると断言する。
「…… そう、なのですか。それはとても、便利ですね」
和やかに、不自然なほど穏やかな表情を浮かべながらリアンが微笑む。
一体彼は元の世界ではどんな事をしていたのだろうか?
待ってくれ。そもそも本当にそんな事が可能なのか?
もしかして、元の世界では心理学者的な者で、相手の嘘を見破る事が得意だという意味だろうか——と、色々な考えがリアンの頭をよぎった。
「便利、か。どうなのだろうな。人はどうしたって嘘をつく生き物だ。恋しいと言いながら、内心では相手を殺したい程憎んでいたり、また逆もあるからな。生きていくうえで嘘は切り離せないものでもある。嘘を言いたくなる気持ちもわかるし、嘘を言うことで円滑に進む物事もある。なのにソレを見抜けてしまうというのは、あまり気分の良いものではないぞ」
「確かにそうですね。すみません考えなしに、便利だなどと言ってしまって」
「いや、いいんだ。他人にもこの心境をわかれという話じゃない。それよりも、風呂だったな。何もしないと言うのなら、一緒に入ろうか」
しゅんっと凹んだ様子だったのに、『一緒に入ろう』の一言でリアンの表情がパァッと笑顔に戻る。本当に嘘が見抜けるのかどうか気になっていた思いまで、無遠慮な一言を言ってしまったなと落ち込んでいた気持ちと共に飛んでいってしまった。
「では私は着替えを持って来ますから、焔様は先にお入り下さい」
「いいのか?じゃあ先に入ってる」
そう言って焔が先に風呂場へ向かって歩き出す。
嬉しそうに顔を緩ませながらリアンが階段を登ろうとした時、「そういえば——」と焔が彼に声を掛けた。
「名前を、ソフィアの前では口にしないでくれていたな」
その場に立ち止まり、焔がリアンの方へ顔を向けた。
目隠しのせいもあって主人の表情が全く読めない。その為リアンは「昨夜の様子ですと、名前は極力口にしない方が良いのかと思いまして」と素直に考えを伝えた。
「間違った判断でしたか?」
「あぁいや、問題無い。ただ、ソフィアは既に俺の名前を知っているから、もし言ってしまっていても支障は無かったんだ。でも、言わないクセをつけてくれる方が俺の心境的にはありがたいからな。もし街中で名前を叫ばれようものなら、その場で人目も気にせず、お前のど頭をその大きな角ごとカチ割ってしまうだろうからな」
初対面の時の地面を思い出し、『コイツならやりかねん』とリアンの顔が蒼白になる。それと同時に、正しい判断をしていた自分の事を褒めてやりたくもなった。
「此処は異世界だ。名前に拘る必要が無い事はわかっている。でもな、心境的にどうしたって譲れないものは、お前にだってあるだろう?」
譲れないもの。
あぁ、俺にだってもちろんある…… 。
仲間との絆が欲しい。
今みたいに、存在意義を感じ続けていたい。
目が大きく見開かれ、黙ってしまったリアンに対して、「お前にもあるんだな」と焔が言う。
「…… はい」
強く頷いた彼へ、焔が出来る限りの笑顔を向けた。
目元が目隠しのせいで隠れていてもわかる優しい笑顔を前にして、リアンがシャツの胸元をギュッと両手で掴んだ。ドクンドクンと心臓の鼓動が早くなり、好きだという気持ちが無尽蔵に奥から次々と溢れ出てくる。好感度がどうこうなどというシステム的な感情では無く、心の根底から揺さぶられてしまうような感覚だ。具体的な理由まではわかってもらえていなくても、共感し、ただ感情を察してもらえただけで嬉しくって堪らない。
「でもまぁ…… 快楽に流されて、『召喚魔だしな』と、結局はお前に易々と名前を教えた俺にこんな話をされても、ピンとはこないだろうがな」
ははっと笑いながら背を向けて、風呂場に向かって焔が再び歩き出す。
「いいえ!…… その、ありがとうございます。何がとは言えませんが、とにかく…… 嬉しかったです」
今目の前に焔が立っていたならば、確実に抱きしめて唇を奪っていただろう。そう思うくらいリアンの胸が高鳴り、落ち着く気配が無い。
「じゃあ先に入ってるな」
「…… はい」
さっきまでは本当に今夜は何もするつもりは無かったのに、今ではもう、焔を最後まで抱いてしまいたい気持ちでいっぱいになってしまった。
「俺はこれから風呂にでも入って、後はもう寝ておこうと思うんだが、お前達はどうする?」
台所のスペースに焔が食器を置くと、後を追うようにソフィアがやって来て、『後はお任せくださいませ』と言いながらササッと洗い物を済ませていく。洋書の姿をした彼は洗い物も念力でおこなうから、どうしてもマジックか見世物みたいに思えてしまう。宙を食器や洋書が舞い踊るみたいで、何度見ようがつい魅入ってしまいそうだ。
『ワタクシはまた周辺の探索に行ってこようかと思います。実は昨日見付けた洞窟がちょっと気になっておりまして。もしかしたらそこで、鉱石や水晶などが取れるかもしれませんよ』
「すっかりソフィアさんは冒険者ですね」
リアンも一緒に台所に立ち、焔の肩に手をそっと置く。避けられるかな?と少し思っていたのだが、何も反応がないので、その手は置いたまま話を続けた。
『広範囲を動いた経験が今まで無いもので、今回は良い機会だなと思いまして』
正体が付喪神である為仕方の無い事だと割り切っていたのだが、それでもやっぱり自由に行動出来ると嬉しくって仕方が無い。しかもゲームシステムの様な世界とあっては、より一層探索のし甲斐があった。
「なるほど。ならば私は楽しみを邪魔せぬように、主人と留守番していますね」
共には行かない理由を得て、リアンは焔の背後で和やかに微笑んだ。
「水晶があれば、杖などを作る事も出来る様になりますね」
『溶鉱炉を用意すれば、我々でもリアン様のようにガラス製品も造れるようになるので、色々とまた、手元が潤うのではないかと』
「それらを売って資金にし、宝石や毛皮を店で買う事も出来ますから、いいと思いますよ」
出来れば『魔族狩りをして素材を集めよう』という流れにならぬ様にリアンが言葉を選ぶ。
まんまと彼の誘導に流され、「じゃあ明日も、クラフト作業をやって終わる感じになりそうだな」と焔が言った。
『ですが、森には兎や鳥などもいますから、それらを狩って毛皮や羽毛集めをするのもいいかもしれませんね』
「じゃあ、明日は狩りだな」
(ソフィアァァァァァッ!)
ソフィアの提案のせいで、リアンの髪が少し逆立った。
表情は変わらぬままどうにか保ったのだが、どうしたって感情を隠しきれない。折角簡単に焔は誘導出来たのに、ソフィアが狩りを提案してしまった事で明日の予定が、想定したく無い方向に決まってしまったからだ。
この地域はまだ生まれたばかりなおかげで魔物などの気配は無いが、いつ何時やって来ても可笑しくはない。むしろ人間達に領地を広げられる前にと、彼らならば率先して進軍してくる可能性だって大いにあり得る。そうなっては自分の居場所がバレてしまい、連れ戻される可能性が出て来てしまうが…… さて、どうしたものか。
『ではワタクシは早速行って来ますね。朝までには戻りますので、お二人はどうぞごゆっくりお休み下さい』
そう言って、そそくさとソフィアが扉に向かって飛んで行く。
焔は彼に向かって「気を付けてな」と声を掛けると、リアンが肩に手を置いているのも構わずにそのまま歩き出し、チェストの一つを開けて中からタオルを一枚取り出した。
「じゃあ俺は風呂に行くな」
軽く振り返り、リアンの顔を見上げながら焔が言う。
「では私も一緒に」
「いや、駄目だろ」
間髪入れずに、リアンは拒否されてしまった。
「魔力は十分あるだろう?」と、焔が渋い顔に。
「何も魔力が欲しくてではなく、ただ男同士一緒に入っても構わないかなと思っただけですよ?」
「…… びぃえるの世界なのに、か?」
聴き慣れない言葉は上手く発音出来ない焔がちょっと可愛い。
二度+αの経験により、すっかりリアンに対しての警戒心が上がっている。風呂なんか一緒に入って、何も起きずに済むとはとてもじゃないが思えなかった。
「そ、それは、まぁそうですけど。ですが、いつも性的な目で焔様を見ている訳では…… 」
嘘なせいか口籠もり、途中からきちんと言えない。
「そうなのか?まぁ、お前からは嘘っぽい臭いはしないからな、きっと本心なのだろうな」
「…… 焔様は、嘘を…… 見抜けるのですか?」
リアンの心臓が、バクンッと跳ねる。
嘘と真実を見分けられてしまっては、不都合な事があまりに多い。もし何かのきっかけで『お前が魔王なのか?』と問われれば、真正直に真実を打ち明けねばならないのか?と不安が募った。
「あぁ。じゃないと色々不都合の多い事をさせられていたからな、元の世界では」
今はその能力が全く機能していないと気が付いていない焔が、あると断言する。
「…… そう、なのですか。それはとても、便利ですね」
和やかに、不自然なほど穏やかな表情を浮かべながらリアンが微笑む。
一体彼は元の世界ではどんな事をしていたのだろうか?
待ってくれ。そもそも本当にそんな事が可能なのか?
もしかして、元の世界では心理学者的な者で、相手の嘘を見破る事が得意だという意味だろうか——と、色々な考えがリアンの頭をよぎった。
「便利、か。どうなのだろうな。人はどうしたって嘘をつく生き物だ。恋しいと言いながら、内心では相手を殺したい程憎んでいたり、また逆もあるからな。生きていくうえで嘘は切り離せないものでもある。嘘を言いたくなる気持ちもわかるし、嘘を言うことで円滑に進む物事もある。なのにソレを見抜けてしまうというのは、あまり気分の良いものではないぞ」
「確かにそうですね。すみません考えなしに、便利だなどと言ってしまって」
「いや、いいんだ。他人にもこの心境をわかれという話じゃない。それよりも、風呂だったな。何もしないと言うのなら、一緒に入ろうか」
しゅんっと凹んだ様子だったのに、『一緒に入ろう』の一言でリアンの表情がパァッと笑顔に戻る。本当に嘘が見抜けるのかどうか気になっていた思いまで、無遠慮な一言を言ってしまったなと落ち込んでいた気持ちと共に飛んでいってしまった。
「では私は着替えを持って来ますから、焔様は先にお入り下さい」
「いいのか?じゃあ先に入ってる」
そう言って焔が先に風呂場へ向かって歩き出す。
嬉しそうに顔を緩ませながらリアンが階段を登ろうとした時、「そういえば——」と焔が彼に声を掛けた。
「名前を、ソフィアの前では口にしないでくれていたな」
その場に立ち止まり、焔がリアンの方へ顔を向けた。
目隠しのせいもあって主人の表情が全く読めない。その為リアンは「昨夜の様子ですと、名前は極力口にしない方が良いのかと思いまして」と素直に考えを伝えた。
「間違った判断でしたか?」
「あぁいや、問題無い。ただ、ソフィアは既に俺の名前を知っているから、もし言ってしまっていても支障は無かったんだ。でも、言わないクセをつけてくれる方が俺の心境的にはありがたいからな。もし街中で名前を叫ばれようものなら、その場で人目も気にせず、お前のど頭をその大きな角ごとカチ割ってしまうだろうからな」
初対面の時の地面を思い出し、『コイツならやりかねん』とリアンの顔が蒼白になる。それと同時に、正しい判断をしていた自分の事を褒めてやりたくもなった。
「此処は異世界だ。名前に拘る必要が無い事はわかっている。でもな、心境的にどうしたって譲れないものは、お前にだってあるだろう?」
譲れないもの。
あぁ、俺にだってもちろんある…… 。
仲間との絆が欲しい。
今みたいに、存在意義を感じ続けていたい。
目が大きく見開かれ、黙ってしまったリアンに対して、「お前にもあるんだな」と焔が言う。
「…… はい」
強く頷いた彼へ、焔が出来る限りの笑顔を向けた。
目元が目隠しのせいで隠れていてもわかる優しい笑顔を前にして、リアンがシャツの胸元をギュッと両手で掴んだ。ドクンドクンと心臓の鼓動が早くなり、好きだという気持ちが無尽蔵に奥から次々と溢れ出てくる。好感度がどうこうなどというシステム的な感情では無く、心の根底から揺さぶられてしまうような感覚だ。具体的な理由まではわかってもらえていなくても、共感し、ただ感情を察してもらえただけで嬉しくって堪らない。
「でもまぁ…… 快楽に流されて、『召喚魔だしな』と、結局はお前に易々と名前を教えた俺にこんな話をされても、ピンとはこないだろうがな」
ははっと笑いながら背を向けて、風呂場に向かって焔が再び歩き出す。
「いいえ!…… その、ありがとうございます。何がとは言えませんが、とにかく…… 嬉しかったです」
今目の前に焔が立っていたならば、確実に抱きしめて唇を奪っていただろう。そう思うくらいリアンの胸が高鳴り、落ち着く気配が無い。
「じゃあ先に入ってるな」
「…… はい」
さっきまでは本当に今夜は何もするつもりは無かったのに、今ではもう、焔を最後まで抱いてしまいたい気持ちでいっぱいになってしまった。
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