いつか殺し合う君と紡ぐ恋物語

月咲やまな

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第二章

【第一話】早朝に得た情報

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 夜が明けて、焔達に異世界での二日目が訪れた。
 硝子窓から薄っすらと日光が差し込み、『…… そこいらの素材から、よくまぁ硝子なんてもんまで錬成出来るものだ』と関心しながら焔が目を覚ます。
 彼の首の下には腕がきっちりと差し込まれたままで、あろうことか意外にも逞しい腕に細い腰は抱かれ、下半身はリアンの長い脚まで見事に絡んでおり、完全にホールド状態だ。そのせいか全身に軽い痺れがあり、焔は血流が悪くなっているのを感じた。

「…… 一体何があったんだ」

 眠っている間に何があったのか不思議に思い、焔がぽつりと呟く。
 コレでは自分はリアンの抱き枕だ。体内に違和感は無いので睡眠姦といった淫猥な行為はされていないっぽいが、こうも雁字搦めに拘束されていては、睡眠下で何もされずに済んでよかったと言えるのか疑問なレベルである。

「ひとまずは、抜け出さないと…… 何も、出来ん、よな」

 ゆっくりと絡んだ脚を解き、お次は腕を退ける。
 焔がそぉっと動いたおかげかリアンが起きそうな気配はまるで無い。安らかな寝息をたてていて、深く深く眠っている。彼がこんなに安眠出来るのは久しぶりで、優しく体を動かされたくらいで起きられるようなものではなかった。

「おっし。起きるか」

 軽く痺れの残る体を起こして、焔がベッドから抜け出す。
 そしてリアンにそっと布団をかけ直すと、昨日着ていた着物一式を手に取って、焔はログハウスの一階へと降りて行った。


       ◇


『おはようございます、主人』
 階段を降り、まだ中段あたりに居る焔にソフィアが朝の挨拶をした。
「おはよう」
『昨夜はしっかり休めましたか?』
「…… あぁ、まぁ、そうだな」
 歯切れの悪い返答を不思議に思い、ソフィアが首を傾げるみたいに洋書である体を軽く傾ける。だが、深くは追求しない。そうしたからといって、焔が素直に話すタイプだとは到底思えないからだ。
『それは何よりです。さてと、早速ですがお茶でもいかがですか?主人』
「淹れられるのか?」

『はい。実はですね、昨夜ワタクシは少しの休憩ののち、外へ偵察に出ていたのですよ』

「マジか」と、ちょっと扱いに慣れてきた言葉を口にしてみる。すると、ソフィアもちょっと楽しそうに焔と同じノリで『はい、マジです』と返す。それによりちょっとだけ場の雰囲気がほんわかとしたもに。
 その後、昨夜の行動のプチ報告をソフィアから聞き、焔が胸の奥に安堵を感じた。

 家に居なかったのなら風呂場での痴態を聞かれている可能性は低そうだ。一階の奥だったとはいえ、声が響かないとは限らない。ログハウスである以上は家の素材は全て木製だし、防音設備などは流石に完備していないだろう。気不味そうにしていないソフィアの態度も、安心材料としては大きかった。

『近隣の村までは、地図で見る以上にかなり遠かったです。が、ワタクシはこの通り飛べますし、少しでも生活用品を仕入れたり、大雑把でも周辺の把握をしておこうかと思いまして』
「やるな。ただの能力確認本じゃないとか、驚きだ」
 そう話しながら寝衣を脱ぎ、焔が着物に着替えていく。
 慣れた格好なので着替えはすぐに終わり、さっきまで着ていた寝衣は綺麗に畳む事なく椅子の上へ無造作に置いた。
『ワタクシだけですよ、ここまでしっかり個別に働けるのは。他の転移者にはこうも使える者は仕えていませんからね』
「その辺は、オウガに感謝しないとならんな」
『えぇ、そうですね』と、ソフィアが頷いた。

 ふわりふわりと浮きながら、ソフィアがお茶の用意をしていく。彼はそれらを全て念力で操作しているみたいだ。空中を洋書やティーポットが舞う様子はまるで童話のワンシーンの様で、見ているだけでちょっと楽しい。
 淹れてくれるお茶はどうやらラベンダーの紅茶みたいで、瓶の蓋が空いたと同時に柔らかな香りが焔の鼻腔をくすぐった。

『しかし、よくそんな物が手に入ったな』

 四人掛け程度のテーブルとセットになっている椅子に座り、目元を隠す布を丁寧に解きながら、焔が訊いた。
『はい。少しだけですがお金もありましたので。この世界ではワタクシの様な存在は珍しく無いのか、村の人達にも普通に接して頂けたので助かりました』
「ファンタジーの世界だから何でもアリなんだろうな。良かったじゃないか」
『はい!』と答えながら、ソフィアが紅茶を淹れたカップを焔の前にトンッと置く。
『村までは此処からはまだ百キロ程度離れていますので、拠点になる家を別の地点にも用意する事になるかもしれません。大きな街までとなると、更に追加で五十キロ程度は離れていそうな感じでした』
「…… おい。俺の移動能力に制限をかける必要が無いくらい、十分広い世界じゃないか」
『そうですね。すみません、ワタクシの読みが甘かったです』と言ったソフィアは項垂れるみたいな角度になった。

『ですがその、移動の道中に色々な物を沢山沢山拾う事が出来ました。此処はすごい世界ですよ…… 枝とか石とか草ですとか、何でも店で買い取ってくれるんです!流石ゲームの企画をベースにした世界ですね。まぁそういった物はやっぱり二束三文ではありますが、小銭程度でも今はありがたいです』

「どうするんだ、石なんか買い取って」
 話ながら着物の帯に予備として挟んであった細長い布を取り出し、焔がソレを目元にまた巻いていく。その間、彼は一度も目蓋を開けず、側に居たソフィアも焔の瞳を見る事は出来なかった。
『わかりません…… 漬物石にすら出来そうにないサイズでも、買ってくれたので』
「…… まぁいいか、考えたって仕方の無い事だ」
『そうですね』
 二人はそう言うと、焔は出されたお茶を飲み始め、ソフィアは無造作に置かれた寝衣と細長い布をいそいそと回収していく。その姿はちょっと世話女房みたいだったのだが、焔は当然だと言わんばかりの態度で気遣いの言葉などは全くかけない。彼らが出会ったのは昨日の事なのに、もうすっかり長年寄り添った者同士の様だ。

『そうえば。村を見て回っている時に、少し面白い事に気が付きましたよ、主人』

 ほんわかとした顔でお茶を啜る焔に、ソフィアが声を掛けた。
「…… 何だ?」と答えつつ、ずずずっとお茶をまた飲み込む。緑茶の方が断然好みなのだが、ラベンダーの紅茶も気に入ったみたいだ。

『この世界は基本的に、“此処はゲームの世界であると認識している者”と“全く認識していない者”の二種類の者達が居る様です。村の人々の話を繋ぎ合わせ、推察した限りでは、前者はどうやら異世界転生者や転移者。後者はこの世界で初めて生を受けた者みたいでした』

「じゃあ…… リアンは異世界転生者、ないし、転移者という事か」
『あの方は召喚魔である以上、この世界独自の存在である可能性が高いと個人的には思っていたのですが、その割には随分と色々お詳しい様ですし…… 何とも言えませんね』
「そうか」と返した焔は、自分から振った話題だったクセに、別にどうでもいいかと言いたげな顔だ。

『それとですね、我々の様に、実態はオウガノミコト様の手による“ゲームの企画書を元に創られた世界”である事を知っている者は、どうやら我等の他に居ないのでは?といった感じでもありました』

「まぁ…… そうだろうな。アイツは『創造主たる我を崇めよ』って、前面に出るタイプでも無いし。だが、知っている者が他に居ない可能性が高いのなら、周囲に話を合わせるか。訂正して回る必要など、どこにも無いだろうしな」
『ワタクシもそう思います。創造主の存在は、うっすらと感じる程度が丁度いいですから』
 知らずとも一切困らず、不必要な真実は伏せるに限る。無駄な干渉を加える事で、内側からこの世界にヒビを入れる必要など無いだろう。

『ところで、リアン様はまだお休みなのですか?主人』

「…… 忘れてた。朝になったら起こせと言われていたんだったな。これでは、どっちが主人なんだろうな…… はははっ」
『今はまだ朝の六時くらいですから、このまま寝かせておいても良いのではないでしょうか』
「時間がわかるのか?」
『はい。実は茶葉以外にも、この様な懐中時計ですとか、生活必需品なのではと思えた物を多々揃えておきました。本来の貴方様ならば不必要な物ばかりでしょうが、此処では怪我もしますし、体や服が汚れたりもしてしまいますので』

「ゲーム世界のフリをして、中途半端にリアルなのが面倒臭いな…… 」

 眉間にシワを入れて焔が文句を言う。
 此処がゲーム世界を語るのならば、水から上がっても数秒で服が乾き、着た切り雀であろうが服も体も汚れないくらいの仕様はあったままでいて欲しかった。
『まあまあ。空腹システムを強要されていないだけまだ良かったじゃないですか』
「そうだな。モノを喰らうのは好きだが、人間達の様に強制的な空腹感に支配されるのは気に入らないからな」
 うんうんと頷きながら、焔がまたお茶をずずっと飲む。その姿から、用意したお茶を主人が気に入ってくれた事が見て取れ、ソフィアが嬉しく思う。

『おかわり、ご用意致しましょうか?』
「いいのか?頼む」

 淡々とした口調ではあったが、焔が口元を綻ばせる。
 彼はどうやら感情が表に出ずらい様だが、従者的立場となるソフィアには、焔の微々たる変化が喜ばしく思えた。

『こちらの時計は装備されますか?』と、ソフィアがそっとテーブルの上に銀色をした懐中時計を置いた。
「いいな、クラシカルな物は持っているだけで気持ちが落ち着く」
『アクセサリーでしかないので防御力はアップしませんけどね』
「んな事はどうでもいいさ」
 懐中時計を手に取り、上部分にある突起を押すと、パカッと音を立ててカバー部分が開く。文字盤部分は中のゼンマイ仕掛けがガラス越しに見えるタイプで、男心をくすぐるデザインだ。

「…… いいな、うん」

 ゆっくりとした口調でこぼした焔の一言は、その懐中時計を入手したソフィアにとって、ご褒美にも近い色を帯びていたのだった。
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