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第一章

【第十話】ピロートーク、では決してない

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 リアンにより造られたログハウスの二階にある一室で、焔がベッドの上で横になっている。
 風呂場でたっぷりと魔力の回復をおこなえたリアンの手により新たに造られた布団が、木製の大きな台としか言いようが無かったベッドに敷かれており、今ではとても寝心地が良さそうだ。

「よくまぁ周囲の自然からコレだけの物を造り出せるな」

 関心しながらそう言う焔の傍らに座るリアンが、彼の事を団扇を模した物で仰いでいる。
 焔の目の上には冷たいタオルが置かれており、風呂場でのぼせてしまった事が見て取れた。
「蜘蛛や鳥なども出現し始めていたので、それらの素材も利用出来ましたからね」
「昼間は何も、森にはいなかったのにか?」
「この世界は現在進行形で広がり、生命体も生まれていっている最中ですから。これからですよ」
「…… 不思議なもんだ。俺にはわからん。命は親から生まれ、育ち、そして緩やかに育まれていく世界しか知らんからな」
「そのようにして増えていっている種族も数多くありますよ。自分達で様々な物を造り、領地を広げてもいますし。…… 焔様から見ますと、まだまだ未完成で拙い世界ですよね」
「そうだな。だが面白いんじゃないか?不完全な世界が自分達の干渉によって仕上がっていく様子は、見ていて楽しそうじゃないか」

「わかりますか!その通りなのです!」と言い、リアンがとても嬉しそうに笑った。

「街を造り、地盤を固め、仲間達と色々な環境をゼロから造りあげていく作業は本当に——って、すみません…… 知らぬ話をされても困りますよね」
 苦笑し、リアンが俯く。
 皆が気安かった昔を懐かしみ、それと同時に『今頃魔王城はパニック状態なのだろうな』という心配も今更心に芽生えてきた。

(アイツら、今頃大丈夫だろうか?キーラがパニック状態なのは見なくても想像出来る。ナーガは何だかんだ言ってそんな状況すらも楽しんでしまいそうだが、ケイトはかなり心配性だからな。奴は何かというとすぐに俺を閉じ込めたがるし…… )

 そんな事を考えているリアンの様子を、焔が濡れたタオルを少し持ち上げて観察している。召喚される前は前で、リアンにも生活というモノがあったのだと実感し、呼び出してしまった事に少しの後悔を感じた。

(だが…… 何を呼び出すかの選択肢は無かったからな。仕事だと割り切ってもらう他あるまい)

 パッと手を離し、再びタオルで目元を覆う。既に巻かれている布が湿って肌に張り付き気持ち悪いが、時間が経っても冷たいままであるタオルの心地よさの方が上なので、そのへんはぐっと耐える事にした。

「ところで…… 体調はもう大丈夫ですか?お水、もっと飲まれますか?」

 気遣う声が聞こえ、「コレはお前のせいだろ」と、全然返事にはなっていない言葉を焔は返した。
「す、すみません…… 。焔様の絹のような肌があまりに気持ちよくて、つい」
 風呂場での出来事を思い出し、リアンの褐色の肌がぽっと赤く染まる。
 焔に口淫をしたノリと流れで、あの後彼は、浴槽の縁に座ったままの主人の小さな足でガッツリと足コキをしてもらった。拙い動きと、引きつった口元とが相まって興奮してしまい、リアンはあっさりとイッてしまった。
 しまったのだが——

「五回は、流石に多過ぎだ」

「…… すみません。焔様の太腿が素晴らし過ぎて…… つい」
 ソレ、さっきも似たような事言ったよな?という台詞を呑み込み、焔が溜息をこぼした。
「あんな太腿を提供して頂いては、スルなという方に無理があると思いませんか?」
 真剣な声で言われ、焔が黙る。
「足コキだけで我慢できるワケがないですよね?私は十八禁ゲームの世界の者なのに、いっそ相手が主人だろうが、ヒクついて可愛かった小さな穴に挿れてしまいたい衝動を堪えただけでも偉いと思いませんか?その為だったら太腿に挟んでもらうくらい、大した事でもないですよね?」
「…… 十八、禁」
 意味がわからんと言いたげな声色に対し、リアンが無駄に理知的な顔になる。
「十八歳未満禁止の略。つまり此処はエロゲームの世界という事です」
「…… そ、そうか」

(とんでもない企画を異世界創造の素材にしやがったな、オウガの野郎め)

 この世界を創った主の見当がついている焔は、心の中だけで文句を言う。
 足裏で湯船の中に一発。背後から襲われながら太腿に挟む行為で三連続。最後には頰を使われたうえに、顔面に精液をたっぷりとかけられた事を思い出し、再び焔の頭がくらっとふらついた。此処はいやらしいゲームの世界なのだと言われれば納得の回数ではあるのだが、初日からコレでは不安しか感じられない。優秀な召喚魔を呼び出せた事は間違い無いだろうが、夜伽まで優秀であることなど求めてはいないというのに…… 。

「男が相手でも、よくまぁあそこまで欲情出来るものだな」
 呆れ声で言われたが、リアンは気にもしていない。
「まぁ、BLゲームの世界なのでその辺は全く気になりませんね。むしろ女性体というモノに、自分はそもそも興味がありませんし」
「びぃえる…… 風呂場でもそんな言葉を言っていたな。なんなんだ?ソレは」
「そう言えば説明不足でしたね、すみません気が付かず。えっとですね、BLはボーイズラブの略。つまりは男性同士の恋愛の事です」
「男性同士…… あぁ、衆道みたいなものか」
「そう、ですね。大雑把に括ればそんな感じです」
 互いに武士では無い為、正確には衆道に例えるべきではないのだが、分かりやすい言葉に二人は着地点を見出した。

「だったら、俺が念者ねんじゃになるのか。お前が自分より年上であろうはずがないからな」

 自らの歳もわからぬ程の時を生きてきた身な為か、そう言う焔はどこか誇らし気だ。
 だがリアンは、そんな彼の態度を気にするよりも、聞いた事の無い言葉のへの疑問を口にした。
「…… すみません、念者とは一体?」
「知らないのか?衆道の関係における年長者の事だ。まぁ…… 抱く側である場合が多いだろうな。だからって、さっきアレだけの暴走っぷりを俺にぶつけてきたリアンが若衆わかしゅうというのも、全くピンとこないがな」
「まさか、若衆というのは…… 受け、つまりは抱かれる側の事ですか?」
「そうでなければならない決まりは無いだろうが、一般的にはそうだろうな」
 マジかよ、とでも言いたげな顔で、リアンが黙る。

 確かに焔の体格は自分と比べるとかなり小さいが、彼の言う通り年上感はたっぷりある。落ち着き、淡々とした雰囲気は少し一緒にいるだけでもリアンに安心感を与える事もあるくらいだ。だがまぁ…… あくまでも、その愛らしい額のある角と、意味不明な目元に巻かれた布さえ無ければの話しではあるが。
 しかし、だからといって、年功序列で攻か受かを決める事には納得が出来ない。抱きたい気持ちが断然強い者が、攻め側になるべきでは?とリアンは強く思う。ってか、絶対に抱きたい。

「焔様は可愛らしいので、見た目重視で愛し合いませんか?我々の場合は」

 力説気味にリアンが言ったが、焔に「いや、愛し合うもなにも。まず恋愛関係じゃ無いだろ、俺達は」と否定されてしまった。

「違うのですか⁉︎」

 好感度が最高値にまで達しているリアン的には、『最後までしてはいないにしても、かなり大胆な行為はおこなったのだし、もう夫婦も同然だろう』くらいなテンションだったので、本気で驚いてしまった。

「召喚者と召喚魔、だよな?風呂場でのアレは、魔力の補充なんだろう?あんな補充方法はやってしまった今でもどうかとは思うが…… まぁソレでしか出来ない仕様なのなら、もう従うしかないよな」

 割り切ってもらえた事自体はありがたいのだが、行為に愛情が伴っていないのだと思うと複雑な気分になってくる。元の世界では何者なのか、鬼っぽい容姿だろうがなんだろうが、もうそんな事はどうでもよく思えてしまうくらいに、心が支配されている。だが、この想いが本当に自分の心から湧き上がる感情でなのか、そうでは無いのか——そこまでは、あまりに進展が唐突過ぎたせいで、今のリアンでは全く判断が出来なかった。

「そ、そうですね。ですが私は召喚士と…… 」

 召喚士と恋に落ちる運命にある。
 そう企画で決まっているのだ、と続けようとした言葉が途中で詰まる。運命だから愛さねばならないという理は、異世界へ飛ばされて来た転移者である焔に押し付けるべきじゃないのか?と思ったからだ。

「それがお前の自由意志からきた感情では無いのなら、俺は逆らうべきだと思うぞ」

 念押しされるように言われ、団扇を動かしていた手が止まる。
 シュンッと項垂れる様に俯いてもしまい、それに気が付いた焔が目の上のタオルを除けて、上半身を起こした。

「呼び出したのは俺だからな、最後まで協力はしてもらう。だが俺に愛は求めない方が、お互いの為だとは思うがな」

 言葉や声は冷たいくせに、リアンの髪をくしゃっと撫でる手はとても温かくて動きが優しい。そんなギャップに益々やられ、リアンは寝衣の胸元をぎゅっと掴んだ。

(少し触れられただけでこんなに胸が苦しいのに…… ただそうなると決まっているからでしか無いとか、そんなふうに割り切れるワケがないだろ)

「わかり、ました。そう…… ですね」
 リアンが素直に従うフリをする。
 流石にこれは本心では無いなと今の焔でもわかったが、「いい子だな」とだけ言って、追求する様な真似はしなかった。

「さて…… もう休もうかと思うんだが、お前はどうする?」
「ならば私も休もうかと」
「そうか、じゃあ——」まで言って、焔の言葉が止まる。視線があるであろう先で、リアンがいそいそと同じ布団の中に潜り込み始めていたからだ。
「おい…… 何を、しているんだ?」
「寝る準備ですが、何か?」
「…… 個室は三部屋あったよな?ならば他の部屋で、お前は寝るべきでは?」
「部屋をフル活用せねばならないなんてルールは存在しないと思うのですが」
 そういや『何で枕が二つあるんだろうか』と室内に入った時点で思ってはいたが、コイツは最初から此処で寝るつもりだったのか、と焔が悟る。
 リアンの言う事に一理あるとも思えてくるのは、デカイ図体をして、真っ黒な角まで生えているくせに、何でか犬に似た愛らしさを振りまいているからだろう。

「仕方ないなぁ…… 」

 後頭部をガシガシとかきながら、焔が諦めの言葉こぼす。
 リアンに尻尾でもあれば、喜びのあまりブンブンと振っていそうな空気を纏い、大人とは思えぬ可愛らしい笑顔になった。
 大型犬ふうなリアンが横になっているベッドの隣に潜り込み、焔が枕に頭をのせる。目の周りに巻かれた布が湿ったままなので出来れば寝る時だけでも外したかったのだが、このままでは残念ながらソレは出来そうにない。
「…… 明日、焔様が起きましたら声をかけて頂けませんか?」
「何でだ?」
「恥ずかしながら…… 私は朝に弱いので。同じタイミングで起きられる自信が無いのです」
 そう言いつつ、焔の首の下に腕をぐぐっと押し込んで、許可も得ないままに強制的に腕枕状態に持ち込む。
 おい…… とは思いつつも、焔は「そうか」と曖昧に答えた。

「じゃあ、もうお前もとっとと寝ろ」
「はい。おやすみなさいませ…… 我が主人」
「あぁ、おやすみ」

 幸せそうな顔で目蓋を閉じていくリアンの顔を見ながら、目隠しの布を綺麗にしたい焔は、この布を外してきちんと乾かす為にも『明日の朝は絶対に起こしてやるものか』と思ったのだった。
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