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第一章

【第一話】始まりの神社(焔・談)

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 小さ過ぎず広過ぎず、緑と山に満たされながらも都会までは列車一本で行く事も出来る。そんな町の片隅に、この八代神社は建っている。商店街までもそれなりに近く、縁結びのご利益があると定評のある此処は観光地としても人気があり、休日ともなると結構賑やかだ。何故だか最近は特に。

 だが、所詮は半端なサイズの町だ。

 平日ともなると話は別になる。境内にはほとんど観光客はおらず、居ても犬の散歩中に立ち寄った人達か、掃除の手伝いに来た近所の老人くらいで新鮮味が無い。他にやることがなく、新たな人間観察が出来ずに暇を持て余す事だってあるくらいだ。

「今日は久しぶりに暇だねぇ、ほむら
「あぁ、暇だな」

 少し小高い位置にあるこの神社の境内は九十九段ある石段を登った先にある。石段の両サイドは桜の木に挟まれていて、春には急斜面だろうが構わずに敷物を敷き、地元民達が酒盛りをするくらいの見事な咲っぷりだ。だが、今は葉っぱだけなので見ていてもすぐに飽きてしまう。二の鳥居の上で寝転んで、空をぼけっと見ている方が、雲が形を変えて流れていく分まだちょっと楽しいくらいだ。

「よーし!ちょっと私と賭けをしようか」
「…… 賭けか」

 、と思いながら、青空を見ていた体をゴロンと転がして、賭けを持ちかけてきたオウガノミコトの方へ顔を向ける。すると奴は、俺と同じ二の鳥居の上でうつ伏せになりながら、真っ白い七尾の尻尾をゆっくりと無造作に揺らしていた。
 頭から生える狐耳も髪も尻尾も肌すらも白いので、陰陽師風の着物の青い色がよく映える。さっきまで見ていた青空とよく似た色が、今日もまた随分と似合っているなこの野郎とちょっと思った。

「次の参拝客の性別を当てっこしようか。ちなみに私は男に賭ける!」

 間髪入れず、自分が感じた答えと同じ事を先に言われてしまった。
 このまま俺も『同じく男に』と言ってしまうと賭けが成立しない。それではつまらないので、負けるとわかっていながら今回も気を遣って、負ける方に賭ける事にした。
「じゃあ、俺は女に賭けるか。だが、どっちかわからん人間が来たらどうするんだ?」
 たまに見かける事の増えた中性的な容姿をした人間や、顔は女にしか見えないのに男性らしい格好をした者などを思い出し、クスクスと笑いながら訊く。
「それは…… 生まれ持った性別の方で判断しようか」
「リョーカイ。決まりだな」
 互いにうつ伏せで寝転んだまま、拳を突き合わせて開始の合図とした。


 賭けたはいいが、まぁそう都合よく人なんか来ないものだ。
 夕方くらいまで待てば犬の散歩やランニングとかで来る人もいるかもだが、丁度今の時間は行き先を神社に定める人間の少ない時間帯なのだろう。

「…… そういえば、こんな話を知ってるかい?」
 ただ待っているのはつまらなかったのか、オウガノミコトが何やら話題を持ちかけてくる。
「何だ、また人間達から噂話でも聞きかじったのか?」
「まぁそんな感じかな」
「何だ?一体」

「『この神社で“とある願い事”をしてから鳥居を通ると、神隠しにあう』らしいよ」

「言い方が随分と他人事だな」
「まぁ、消えたのは私じゃ無いからねー」
 俺と違って、この神社の主神であるお前が消えたら大問題だ。

 だけど、境内で何か問題が起きたら十分コイツも困るんじゃないのか?
 しかも神隠しって…… 大丈夫かよ。
 鳥居を通ったらとか、まさか目撃者でもいたんだろうか。

 色々疑問はあったが、まずは「…… 鳥居って、コレか?」と訊き、真下を指差す。
「そそ、コレコレ。異世界に通じてるんだってー。ねぇ、焔的にはそういうのって、面白いなと思う?」
 そう言って、オウガノミコトが寝転がったまま指先でトントンと二の鳥居を叩いた。
「…… 初耳なんだが」

 つうか、面白いかどうかとか…… まぁ本心としては嫌いな発想では無いが、このノリで、仮にも神を相手に『面白い』と答え場合、何が起きるかの方が不安だった。

「最近の話だからね。あ、でも神隠しって言っても、消えた人は数日後には神社と無関係な場所で発見されているらしいから心配はいらないよ。みんな怪我をしていて、別の場所で死ぬ程の経験でもしてきたのか『こっちで人生やり直す!』とか言って、人が変わったみたいになっているらしいし、結果よければって感じじゃない?」と言った後に奴は、小声で「…… まぁ、行方不明のままな人も、何人かはいるんだけどねぇ」と付け足した。

「おい、どこが大丈夫なんだ。数人でも消えたままの奴が居る時点で大問題じゃないか。此処の信用問題に関わるんじゃないのか?」
「真面目だねぇ、焔は」

 地域の住民や警察とかって組織に、神隠しには神主や巫女達が何か関与しているのでは?と疑われやしないか不安になってきた。

「それがねぇ、逆にこの神社の人気が急上昇しているらしいよ」

「何故じゃ」
 驚いたせいか、元来の口調が出てしまった。
「ほら…… 辛い事とかがあって『此処じゃない何処かへ消えてしまいたい』って人とか、『神隠しだなんて、異世界転生っぽくね?』みたいに思った人間達が、面白半分で試しに来てみたりしているんだって。怖いねぇネット社会って。目撃例があるのかも怪しい信憑性皆無な噂話でも、面白ければ一瞬で拡散されちゃうんだから」
「あぁ、それで最近は俺の出番がほとんど無かったのか」
 やたらと観光客が増えた理由もどうやらコレの様だ。そうだよな、縁結びくらいでは今更此処の需要がぐんっと跳ね上がる筈がないのだから。

「うん、そういう事。いつもの縁結びとは違って、『消えたい』なんて類のお願い事は、焔じゃぁ殺す以外に手段無いもんねぇ」

 頬杖をつき、尻尾を揺らしながらオウガノミコトがニタリと笑う。
 神社に祀られた神であるコイツと違って、神聖な土地に居る事に違和感しか覚えないような存在である俺に向かってこんな挑発的な笑みを浮かべても死なないのは、お前くらいなもんだろうな。

「鬼に難儀を押し付けるな。殺して喰おうが、『消える』には違いないからいいじゃないか」

「君に喰われると魂までも消滅するから、ソレは流石に望んでないと思うけどねぇ」
「『消えたい』なんて願う奴は、そもそも輪廻なんか信じてもいないだろ。なら魂ごと消えようが問題無い」
「暴論だなぁ、私はその考えも嫌いじゃないけどね。だけど、少し前に巷で流行った物語みたいに、異世界転生モノを期待して消えに来た子達は、たまったもんじゃないだろうなぁ」
「…… そっちはまぁ、そうだな」
 魂が消えれば確かに転生どころの話じゃ無いので、そこは素直に認めておいた。

「だけどお前だって、そんな願いを聞くような奴じゃ無いだろう?人間達の欲深い望みなんか、何でもかんでも叶えていたら神通力も保たんだろうしな」

 二の鳥居の上に座って足を投げ出し、ぶらんぶらんと子供みたいに揺らしてみる。近くにある道路や石段に視線をやったが、まだ参拝客は来ていないみたいだ。
「はっはっは。腐っても私だって神の端くれだよ?そのくらい、気が向けばやるよ」
 気になる言い回しをされ、一瞬体が硬直した。

「ま、まさか…… お前——」

「あ、あの人こっちに来るんじゃない?」
 真っ白い狐耳をピンッと立てて遠くを歩く一人の男性を指差した。
 まだどこへ向かっているのか定かではない程の距離なのに、俺も同じ様に感じるので、彼は神社への参拝客で間違い無いだろう。

 …… という事はだ、やっぱり俺はこの賭けに負けたみたいだ。

 神様相手の賭け事なんて分が悪いと最初から知っていても、やっぱり負けると悔しく思う。
「うん!ほら、こっち来る来るー!やったー!また私の勝ちだね」
 体を勢いよく起こし、オウガノミコトが万歳をするみたいにして喜んでいる。結果のわかっていた賭けだろうが、それでも嬉しいとか…… 性格の悪い神様だ。

「じゃあ、負けた焔には、私のお願い事をきいてもらおうかな」

 口の近くに細長い指を当て、クスクスと笑いながらオウガノミコトがこちらを見てくる。その姿に対して嫌な予感しか抱けず、俺は無言のまま奴から少し離れてみた。

「まさか逃げる気かい⁉︎」
「逃げたくもなるだろ。嫌な予感しかしないんだからな」
「大丈夫、そんなに無理難題じゃないはずだから。焔なら出来るよー!」
「所詮は他人事だからって楽観論を押し付けるな」
 座ったまま逃げるみたいに後ろに下がっていたのだが、鳥居から投げ出していた脚の方へオウガノミコトがわざわざ手を伸ばし、奴に足首をがっしりと掴まれてしまった。腕っぷしでは俺の方が上なのだが、これで無理に抵抗して逃げる事に成功出来ても“賭けに負けた”事実が付き纏うので意味がない。もう既に俺達の間では“相手の願いきいてやらないといけない”契約が成立してしまっているのだ。
 だからといって素直に願いを叶えてやるのも気が引けるのは、鬼故に持つ、天邪鬼な一面のせいもあるのだろうか。
 いや…… ただ単に今回は、いつも以上に嫌な予感しかしないせいだろうな。

「さぁ、歯を食いしばっておこうか!」
「何のためにだよっ」

 言うが同時に、オウガノミコトが俺の足首を掴んだまま立ち上がり、狭い鳥居の上でずるっと引き摺る。自分の置かれた立場が、思った以上にマズイ状況な気がしてきた。

「離せ。聞くから、ちゃんとオウガの話を聞くからっ」

 脚を半端に持ち上げられ、捲れ落ちてしまっている着物の裾を必死に押さえる。
「うん、知ってる。焔はもう昔と違って良い子だからね」
 にっこりと、太陽みたいな笑顔をオウガノミコトが向けてくる。背後には御光まで射してやがるのが、妙にムカついた。
「大丈夫、大丈夫。ちっとも怖くないよー。ちょーっと出かけて、サクッと帰って来て欲しいだけだから。簡単なお願い事だろう?」

「聞く限りは確かに今までのよりは簡単そうだが…… いや、でも待て。行き先って一体…… 」

 鬼の俺に対して『良縁結びを手伝え』や『もう二度のヒトを喰うな』みたいな今までの願いよりも遥かに簡単そうな雰囲気ではあるが、今までと違う質の願いなせいか、やっぱり不安しか感じない。

「コレで最後にするから。終われば君は自由の身だ」

「…… 何を、言って…… 」
 待て、待て待て待て!じ、自由って——

「実はさ、神隠しにあうのってさぁ、二の鳥居だけじゃぁないんだよねぇ、本当は。なのでぇ——」
 俺の足首を持ったまま、オウガノミコトがぐるんと回る。そのせいで完全に俺の体が宙に持ち上がり、砲丸投げみたいな状態になってしまった。

「一の鳥居もぉー、既に私が開放済みだからぁ」
「やっぱりお前が、今回の神隠しの元凶かぁぁぁぁぁぁ」

 その場でぐるぐると、勢いをつける為に回られる。
 待って、本当にちょっと待ってくれ、そんなに勢いをつけなくてもお前の力なら十分にこの程度の距離なんか届くだろうが!

「あははは!楽しいねぇこうやってその場で回るってのも!子供達の気持ちがちょっとわかったよぉ」
「俺は微塵もぉ、楽しくぅ、無いわぁぁぁぁっ」

 回転し続けられてしまうせいで目が回り、頭の中までかき混ぜられているみたいに気持ちが悪い。もういっそ、さっさと放り投げてくれた方がマシだと思えてきた。

「いっくよぉー!せぇのぉ」
「ギャァァァァァァァ!」

 宣言通りパッと手を離され、反動で一直線に俺の体が二の鳥居の上から、石段の上空を通り過ぎ、一の鳥居の方へと飛ばされて行く。真っ直ぐに、途中で落ちる様な気配など微塵も無く。大気圏でも突破するみたいな速度だし、頭ん中はぐちゃぐちゃになったままだしで、抵抗なんかする気が微塵も起きない。

 ところで、コレで最後って——

 どうしても訊きたい事があったのに、俺の体は一の鳥居を通過し、普段ならば絶対に通じぬはずの別空間へと消えて行ったのだった。
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