白銀の恋人

月咲やまな

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第6話

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 ガツガツガツと、一心不乱に葛葉がご飯を食べる。仁の作った朝食は正直そんなに美味しいものではないのだが、そんな事など全く関係無いみたいだ。ただ腹が満たされればそれでいいみたいな感じに見える。外見がとびきりの美人なだけに、こうも勇ましく食べる光景は何か違和感がある。
「あはは、いい食べっぷりだね。これはちゃんと料理覚えてあげたくなるな」
 葛葉の食べっぷりを見てニコニコと仁が笑う。
 家に入った時は、『私が作る』と言っていた葛葉だったんだが、台所に入った瞬間腹の空き過ぎでフラッと倒れたので、俺より多少はマシな腕前の仁が作る事になった。
「兄さんは食べないの?」
 直球で問われ、体が少しだけ固まった。 葛葉が作ったのなら俺もしっかり食べる気になったかもしれないんだが流石にハッキリそうとは言い辛い。「あんまり腹空いてないから」と返し、半分だけ食べる。
「正直に美味しくないって言ってもいいのに、兄さんは親しい人には本当に優しいんだから」
 クスクスと仁が笑い、俺は少し気恥ずかしくなった。
「昴さんのも、もらってもいいですか?後で作ってお返ししますから」
 葛葉の目が真剣で断れない。無言で皿ごと差し出すと、またそれを流し込むように葛葉が食べだす。味なんか二の次になる程飢えていたみたいだ。
 それも全て食べ終え、慌てて立ち上がったかと思うと、今度は世話しない足取りで「すぐにお二人のご飯を用意しますね」と、葛葉は台所へ走って行った。
「僕は済んでるから、兄さんのだけでいいよ」
「はーい」
「よかったね、兄さん。ちゃんと朝ご飯食べれるよ」
 仁にそう言われ、返答に困りつつも俺は苦笑いを返したのだった。


 朝食を食べ、仮眠を取る。
 昼になっても起きられず、結局目が覚めたのはそろそろまた仕事に行かないといけない時間近くなってからだった。
 一度夜勤につくと、一週間は夜勤担当になるのでしばらくはこんな生活が続く事になる。準備をして出ようとすると、はくおうがすでに行く気満々といった背中で、尻尾を降って玄関先にて待機していた。
「——おい!」
 俺の声を聞き、振り向くはくおう……いや、もうコイツの事は葛葉と言った方がいいのか。その顔がとても嬉しそうに見えて、『連れて行かないぞ』と言おうと思っていたのに、何だか言えなくなった。この姿で待機していたのはまさか計算の上なのでは?と疑ってしまう。
「まさか、また来る気か?」
 コクコクと必死に葛葉が頷く。
「お前はそんなに俺の側に居たいのか」
 俺の言葉に対し、葛葉が照れくさそうな顔をして目を細めた。
「昴ー。あ、いたいた。よかったわ、まだ出勤前で」
 母さんが居間の方から走って来る。手には何やら茶色い紙袋を持っていた。
「どうした?」
「あのね、今日買い物行ってこれ買って来たのよ。今はすごく五月蝿いからね」
 そう言いながら持っている紙袋に手を入れ、中の物を取り出し、俺達に向かいそれを見せてきた。
「ほら、どう?可愛くない?」
 差し出されたのは、大型犬用の首輪と鎖だった。
「え……」
「さぁはくおうちゃん、ちょっとごめんねー」
 しゃがみこんで、母さんが葛葉の首に首輪をつける。
「ネクタイでのリボンも可愛いけど、ちゃんとしたのもしてないとダメでしょ?」
「いや、そういうのは……」
 止めようとしたが、なんと言って止めていいのやら。はくおうは葛葉なんだから首輪なんていらないとも言えず、結局そのまま首輪をされる事になった。
「ほら!思った通りよく似合ってるわぁ。よかったわね、はくおう」
 頭をガシガシと母さんが撫でる。首輪と重なる様になっている、ネクタイの方を外そうとしたが、それは葛葉に必死に抵抗されて諦めた。
 葛葉は少し困った顔をしているが、要望が通った事には満足気だ。
「はい、こっちは昴が持ってね」
 首輪に繋がる鎖を、母さんが俺に渡してきた。
「え?あ……」
 無駄に色々想像し、顔がカァと赤くなった。葛葉に繋がる鎖を持ってると思うと、何かこう……背徳的なものをイヤでも感じる。
「何照れてるのよ、連れて行くんでしょ?餌は持ってあげたの?」
「餌も何も……連れて行く気は——」
 クウゥゥゥゥン……と、悲しそうな葛葉が悲痛な鳴き声をあげる。
「ほら、一緒に行きたいって。昨日の夜も結局一緒に行ったんだし、今日も一緒に行ってあげなさいって。何とかなったんでしょ?昨日も」
「まぁ……何とかなったにはなったけど」
「なら一緒に行ってあげなさいって。可哀想じゃない。遅刻するわよーほらほら!」
「……わかったよ、いってきます」
 鎖を手に持ち、渋々二人で家を出る。その様子を仁が家の窓から見て、腹を抱えて笑っているのが見えてムカついた。
 俺だってやりたくてやっているんじゃないんだ!まったく。
 はくおうが葛葉と同一の存在だとわかってしまった今、狐の姿をしたコイツともどう接していいのかわからない。いつまでも一緒に居たいと思っていた気持ちも無くなったわけではないんだが、前程純粋な心は持ち合わせてはいなくなっている。
 狐の姿ではあったとはいえ、風呂にも一緒に入ってしまったし、無理やりキスもされた。頬を舐められたりなんだりといった行為も、今考えるとすごく恥ずかしい。
 人の目が一切無くなった時、葛葉がまた俺の脚の間に入ってきた。
「ば、馬鹿!止めろって!」
 顔を真っ赤にして降りようとするも、行動を起こす前にさっさと走り出されてしまい降りられない。
「……また屋根を通る気か?」
『でないと一緒には行けないでしょう?』と、葛葉の声が耳の奥で骨伝導の様に聞こえた。
「話せるんじゃないか!」
『この姿だと話せないとは言ってませんよ』
 ニッと笑い、葛葉が塀の上に向かい飛び上がろうとする。
「人間の姿になって一緒に行くって選択肢はないのか、お前には」
 ピタッと動きが止まり、葛葉が振り返る。
『いいんですか?人間の姿の私は嫌いなんじゃ?』
「あぁ、確かに好きじゃないな。でも、屋根を走られるのはもっと嫌いだ」
 怖いし、早いし、誰かに見付かったらと思うと気が気じゃなかった。
 葛葉が黙ったまましゃがみ、俺を降ろしてくれる。
 スゥと少しづつ葛葉の姿が変化していく。その変化は柔らかな光に満ち、周囲を包む空気感まで不思議と荘厳なものとなる。とても幻想的な光景に俺はすっかり魅入ってしまった。
 綺麗で、神秘的で……人ではない存在である事を再確認させられるも、嫌な気分ではなかった。

 完全に変化をとげ、人の姿となった葛葉が俺に抱きつく。シンプルな白いワンピースに、首にはネクタイと首輪に鎖がされたままだ。この組合わせはマズイだろう。
「これは外すぞ」と言い、首輪の方を取ってやる。だが、ネクタイは嫌がられてしまった。
「この格好では変だから、これは」
「でも……昴さんのモノみたいで嬉しいんです」
 顔を赤くしながら葛葉が言われ、こっちまで照れくさくなってきた。
「……後でまたやってやるから、それならいいだろう?」
 俺の提案に対し嬉しそうに頷き、葛葉が俺の前に首を晒す。
 シュルッとネクタイを解き、それを外して鞄の中にしまおうとすると「私が持っていてもいいですか?」と言われたので、無言で渡してやった。
 結構気に入ってたやつなんだが、きっともう残念ながら俺が使う事はないんだろう。

 バス停まで歩き、一緒に少し待つ。交通機関に乗るのはどうも怖いらしく、ビクビクとしながら葛葉が俺の腕にしがみついてきた。
「お前、どうやって飛行機に乗ったんだ?」
「飛行機の上にしがみ付いてました」
「んなっ」
「だ、だって中は怖いし!狭いし!」
 涙目になり、俺にしがみ付く手に力が入る。
「よくバレなかったな…」
 呆れた声が出てしまった。
「姿ぐらい消せますしね」
「あぁ……そうか——って!んな便利なことできるのか」
 なんだ、そうだよな。アヤカシならそれくらい出来ても普通か。
「じゃあ、お前は姿消して、ずっとはくおうのままでいろ」
「こっちの姿は全面否定ですか⁈」
 図星を突かれ、ギクッと体が固まった。
「いや、まぁ……あれだ、それだったら俺とずっと一緒に居られるぞ?獣みたいな抜け毛とか独特の臭いなんかも無いんだろ?」
「もちろんありません!無味無臭無気配が私の売りですっ。姿を消したなら、院内でも一緒に居てもいいんですね⁈」
 少し早まったかなと思うも、嬉しそうな顔に今更撤回も出来ない。人の姿のまま耳と尻尾まで生やし、嬉しさを全身で表現しまくっている。
「……お前が怖くないなら、な」
「昴さんが一緒なら平気です!まだ完治していない私でも」
 葛葉の言葉に少し心が痛む。俺のせい……なんだよな、きっと。覚えていないからか、正直胡散臭い話だとまだちょっと思っている。だが、もし本当なのだとしたら——自然の摂理に反する行為は相当な負担だったろう。
 そんな事が出来るとしたらそれは、神か悪魔か。……どうなんだろうな、どっちも見た事は無いし。ただ一つ言えるのは、そういった術が使えるコイツは相当神格の高い存在なのだろう。
 白銀の狐、か。まさかコイツが本当は九尾の狐だなんてオチは無い……よな?
 スウゥゥゥッとまた光に包まれ、どんどん背が低くなり、葛葉が体の透けた白狐の姿になった。
「おい。まだ見えているぞ」
『大丈夫です。昴さんか、そういったモノが見える人くらいしかわかりませんよ』
「ならいい……のか?」
 見える場合もあるのかよ、大丈夫かなぁ。少し不安になっていると、遠くにバスの姿が見えてきた。
「あれに乗るぞ」
『私は上にいますね。っと、そうだ。便利なモノあげます』
 そう言いながら、自分の尻尾を少し噛み、葛葉が白銀の毛を引きちぎった。
 すると、その毛がフワッと舞い上がり、銀色のネックレスのようなものに姿を変える。ペンダントトップには、葛葉の目の色にそっくりな深い藍色の石があしらわれていた。
 俺の頭を通り抜け、勝手に首にかかる。
『話がしたい時は、それを触って心で思ってくれれば伝わります。ずっと心を読まれるよりはいいでしょ?』
 確かに、これはかなり便利かもしれない。携帯とかよりもずっと。
 バスが停まり、ドアが開く。
 葛葉はジャンプしてバスの屋根に乗り、少し嬉しそうな顔をしながら空を見上げた。

 駅前にバスが着く。
 乗っている間、何度も向こうからは『空が綺麗だ』とか、『鳥が可愛い』だとかの報告が入ったが、俺の方は全く返事をしなかった。
 毎度毎度返していては調子にのるなと思ったからだ。こういったものは最初が肝心だからな。

 JRに乗り換え、数駅移動する。
 その間もずっと葛葉は上に乗って『たのしいいいい♪』とはしゃぎまくっていた。
 自分で走ら無くても早く移動出来るのが、どうも新鮮なようだった。
『お前は飛行機も経験しただろうが』
『あれはずっと雲の上でしたからね、自分で飛んだほうが楽しかったです』
 どうやら、景色のあるないは大きいみたいだ。

 駅から病院まで歩く間は、葛葉のたっての要望により人間の姿で移動することになった。
 何でだ?と思うも、あまり追求するのも面倒で要求を呑んでやった。
 腕にしがみ付き、葛葉が嬉しそうに歩く。端から見れば完全にカップルだっただろう。誰かに見られるたびに、ため息が出た。

 病院の玄関前までついた。
「どうせ俺の居る場所はわかるんだろ?来る気なら、誰もいない場所で姿を変えてからにしろ」
 コクコクと、葛葉が素直に頷く。
「あれ?昴じゃないか」
 葛葉と話していると、職員玄関から佐倉が出てきた。今日は一人のようだ。
「湯川は今日は休みか」
「ああ、明日はまた出てくるよ。朝にでも会えるかもな」
 そう言いながら、佐倉が葛葉の方をチラチラと見る。俺が女を連れてるのが相当珍しいといった顔だ。
「ああ、コイツは訳あってウチで面倒をみてる、白尾葛葉って奴だ」
「はじめまして、以後よろしくお願いします」
 葛葉が丁寧に深々と頭を下げる。
「佐倉一哉です。昴とは古い友人なんですよ、よろしく」
 そう言って、『ご丁寧にどうも』といった顔で佐倉も軽く頭を下げた。
「今日は急に寒くなったせいか昼間すごい患者数で忙しかったぞ。夜も緊急が入るかもな……大変だろうが頑張れよ」
 佐倉がトンッと俺の肩を拳で軽く叩いてきた。
「ああ、わかった。覚悟してかかるよ。ありがとな」
「んじゃ俺はこれで」
 一礼して、佐倉が駅の方へ歩いて行く。その姿を葛葉がニコニコとした顔で見送った。
「……お前、佐倉に会えるの分かってたろ」
「はい。優しい眼鏡さんとはお話しているんで、髪の綺麗なあの子はどんな感じなのかなと思って」
 やっぱり。
「で?お前の感想は?」
「皆さん、昴さんが好きなんですね。妬けてきます」
「そうか?わりと俺は、嫌味ばっかり言ってみんなのお荷物状態だと思うんだが」
「お二人共、友人を大事に思ってる。愛情深い人達ばかりで安心しました。……あのまま、妹さんの件でまだ心の癒え切っていない昴さんを放置してしまった事をとても悔やんでたので」
 俯き、悲しそうな声で言うので、俺は葛葉の頭を撫でてやった。
「出会いが人を変えるからな。俺はいい出会いが出来たと思っているよ。色々な奴に会えて、本当によかったと思ってる」
「その中に……私は入りますか?」
 上目使いで、ちょっと心配そうな顔をされた。
 うーん……そうだなぁ。
「『はくおう』には、会えてよかったと思ってるよ」
「……『私』じゃないんだ」
 シュンとした顔で葛葉が俯くが、嘘は言いたくない。悪いとは思うも、今はこれが俺の本心だ。
 今まで嫌っていた奴が、実は大事な奴と同一のモノでしたよと言われても、すぐにはなかなかその事実が受け止められない。それだけは仕方がないんだ、わかってくれ。
「嘘を言うのが平気な俺が、お前に嘘は言いたくないと思ったんだ。それだけでも喜んではくれないか?」
 少し困った顔でそう言うと、葛葉の顔に笑顔が戻った。単純な奴でよかったよ。

 着替えも終わり、さあ昼間の医師から仕事を引き継ごうと思った頃、葛葉が透けた体で俺の方へ寄って来た。
 隣に寄り添い、診察室へ向かう間中全く側から離れない。透けた状態だからなのか、ぶつかって邪魔だという事が無かったので好きにさせた。来る事を認めたのは俺だしな、視界に入ると邪魔だからどこかへ行けとも言えない。
 俺の仕事中、葛葉は空いている診察台の上で寝ていた。
 寝ぼけて落ちそうになるたびに笑って吹き出しそうになり、看護師から不思議な顔で見られて、誤魔化すのが大変だった。
 患者の様子を診ようと部屋を回る間は、一緒について歩く。
 その度に患者の上に乗っかり、何かやっていたが……あれはなんだったんだろうか?
 訊いても『頑張ってるから応援してるだけですよ』と言うだけで、深くは教えてくれなかった。
 佐倉に聞いていたような忙しさもなく、無事に夜勤が終わった。
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