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本編
【第三話】茶会への招待と、その後
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入浴中にロシェルが乱入してくるアクシデントがあった翌日、安眠を得る事が出来なかったレイナードは遅めの朝食を客室で済ませると、その後お茶会に招待された。
カイルは昨夜に引き続き自室に篭って魔法具の作成や材料集めに神官と共に奔走しているので、今回の茶会の主催者はロシェルとその母イレイラだ。
迎えに来た神官のエレーナに案内され、神殿内の廊下を進み、開催場所であるテラスを二人で目指す。そこは噴水や庭園の花々がもっとも美しく見える場所らしく、ロシェル達のお気に入りの場所なのだと、エレーナが移動中レイナードへ説明していた。
白いシャツと濃紺のトラウザーズをクローゼットから借り、茶色いブーツを履いた姿でレイナードが長い廊下を進み、テラスへの入り口を目指す。広い神殿内は移動だけでも大変で、運動不足の心配は無さそうだなとレイナードは思った。
「到着いたしましたわ。こちらになります」
そう言い、エレーナが大きなガラス戸を開く。
広いテラスには白いクロスのかかった大きなテーブルが置かれ、座り心地の良さそうなワインレッド色の椅子が四脚とベンチが並ぶ。ケーキや紅茶の美味しそうな香りがテラスに漂い、空腹では無かったはずのレイナードですら美味しそうだなと楽しみになった。
テラスを囲む手すり越しに見える大きな噴水はとても大きく、中央にある翼を広げたドラゴンの銅像の口から水が流れ出ており、下から光が照らしてある。きっと夜に来ると噴水が輝き、観る者を楽しませる作りになっているのだろう。
周囲には、色形とが様々な薔薇が多く植えられていて、この世界にもこの花はあるのかと彼は少し驚いた。
「おはようございます、シド」
椅子に座っていたロシェルが立ち上がると、肩にシュウを乗せたままレイナードへ駆け寄り、彼の筋肉質な腰回りにギューと抱きついてきた。
「オハ、ヨウゴザイマス……」
そう言ったレイナードの声は呆れる程片言になっており、せっかくのバリントンボイスが台無しだ。昨夜のロシェルの濡れ鼠姿が脳裏によぎったので無理も無いのだが。
「おはようございます、どうぞ座ってレイナード様」
イレイラもその場に立ち上がり、レイナードを座る様に促す。それに従い彼が腰を下ろすと、ロシェルとイレイラも席に着いた。
「さて、初めましてシド・レイナード様。私はロシェルの母イレイラと申します。夫のカイルがこの度大変ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません……。妻としても何とお詫びして良いのか——」
挨拶もそこそこに、テーブルに額がつきそうなくらい頭を下げて、ひたすらイレイラが今回の一件を謝り始めた。『またか!似た者夫婦なのか!』とレイナードは思ったが、口には出来なかった。謝罪をせねばと思う気持ちも、十分理解出来るからだ。
レイナードはしばらくただ黙って聞いていたのだが、ロシェルはそれを止めた。
「……母さん、このままではお茶が冷めてしまうわよ?」
「そうです。謝罪はもう十分お受けしましたから、お茶にしましょう!」
レイナードは渡りに船だと賛同し、何度も首を縦に動かした。
「ですが……」
この程度では詫びにならないのではと不満気な顔をしたイレイラに向かい「この紅茶は薔薇の香りがしますね!薔薇の紅茶ですか?」と、レイナードが少し演技がかった声をあげた。
「え?あ、はい。そうです。ここまで案内した神官のエレーナが手作りしたものなんですよ」
頷き答えるイレイラに対し、レイナードは更に続けた。
「ケーキもとても美味しそうだ。生花がクリームの上に飾られていますが、もしかしてこれは花も食べられるのですか?」
「えぇ、エディブルフラワーといって食用の為に育てた花なんです。レイナードの世界にもあったのですか?」
完全にイレイラの気を逸らす事が出来たようだと、レイナードは安堵した。
謝罪はもう昨日受けた分だけで十分胸が一杯であったし、それ以前にカイル達を責める気など彼には無かった。あれは完全に事故だ。もし誰かを責めるのなら、召喚時に自分の首に巻き付いてきたシュウが悪いだろとレイナードは思っている。
「いえ、私の世界には無い物です。食べられるなんてすごいですね。見た目も華やかで、素晴らしい」
「綺麗ですよね、私も大好きです。これで……美味しければ……」
レイナードの言葉に、うんうんと最初は同意していたロシェルだったが、途中から少し遠い目をした。どうやら、味に関しては彼女の好みでは無かったみたいだ。
三人が同時に紅茶の入るカップに手を伸ばし、香りや味を各々が楽しむ。紅茶を一口含み、イレイラが喉を潤すと、レイナードへ声をかけた。
「ところで、昨夜はロシェルまでもがご迷惑をおかけしたようで」
昨夜の風呂場での一件を持ち出され、レイナードは飲みかけの紅茶を口から吹き出しそうになった。無理やり飲み込んだせいで、激しく咳き込んでしまった。
「大丈夫⁈シド!」
ロシェルは声をあげると、隣に座るレイナードの広い背中をさする。それに対し彼は『大丈夫』とジェルチャーで伝えたが、声は出せなかった。
「母さん、私はただお手伝いをしたかっただけですよ?それを責められるのは納得いかないわ」
レイナードの背中をさすりながら、のんびりとしたテンポで反論するロシェル。だが、レイナードはイレイラの方に心の中で激しく同意した。迷惑だったかと問われると何とも微妙だが、困った事態だったのは確かだ。
「あのねロシェル。貴女は成人した女性なのよ?そんな子に手伝われるだなんて、どこの王族か貴族様ですか。しかも彼は騎士団長様なのでしょう?エレーナからも聞いたけど『自分で出来る』と言っていたそうじゃない。そんなお立場の方なら、出来ると言った事は出来るのよ」
レイナードはイレイラの言葉に、目を見開いた。『成人女性』という部分にひどく驚いていたのだ。『そんなバカな事があるか』『聞き間違いのはずだ』と心で叫びながら、レイナードが右手で顔を覆った。
「失礼、イレイラ様」
レイナードは顔を押さえたまま、軽く左手を上げてイレイラを呼んだ。
「はい、レイナードくん!あら、失礼。つい勢いで変な返事をしてしまったわ」
「ロシェル様は、おいくつで?」
レイナードはイレイラのお巫山戯をサラッと流し、質問を続けた。
「あら、聞いていないの?」
「そういえば話してませんねぇ」
イレイラとロシェルが顔を見合わせた。
「この子は十八歳よ。ここでは十五歳で成人するのでもうこの子は大人ね。レイナード様の世界ではどうなのかしら」
「私の世界でも、十五歳で成人です。……十八ですか、み、見えないですね」
激しく動揺し、レイナードの声が掠れた。
成人女性に二度も肩車をした上、入浴シーンまで見られたのかと思うと顔が青ざめていく。落ちないようにとの気遣いではあったが、ドレス越しとはいえ太ももにまで触れていた事も思い出し、変な汗が額から流れた。
「私にそっくりですからね、この子は。私もカイルと再会した時、歳をかなり間違われたわ。十九だった私を十歳だと思っていたのよ。ビックリよね」
「え、えぇ」
そう頷いてみせたが、レイナードは納得してしまった。このシンプルな幼い作りの顔立ちではカイルが間違えたのも無理はないだろう。同じ間違いを正に今までレイナードもしていたので、この詐欺は見破れないと強く感じた。
「イレイラ様も随分お若いですよね。とても十八歳のお子さんがいるようには見えません」
「あら、ありがとう。秘訣は夫婦円満よ」
ニコッと微笑むイレイラ。神子との深い交わりで外観が若いままである事を薄々彼女は気がついているが、あえて言う事もないだろうと黙っておく事にした。
「夫婦といえば。レイナード様も……向こうに、奥様が居るのでしょう?」
「いえ、私は」
イレイラに痛い話をされ、レイナードは「ははっ」と自嘲気味に短く笑った。
「え!なんで?こんなイケメンが⁈モテすぎて絞れないとか?まさか……BL系⁈」
イレイラが驚き、素で喋ってしまった。
「びぃ?……あ、いえ、普通にモテないだけです。この見た目ですから」
言っている意味が少しわからないと思いながらも、違う世界なのだしそんな事もあるだろうと、レイナードは答えられる範囲で返事をした。
「そうよね!母さん流石だわ!そうよ、シドはとってもカッコイイの!」
ロシェルは目を輝かせ、胸元で手を組んだ姿でイレイラの言葉にわかる範囲で同意した。
「かっこぃ……」
異性から言われ慣れない、いや、言われた事など無い褒め言葉を言われレイナードは固まった。目が腐っているのか、この二人はとまで思った。
「ハリウッドでスタントマン無しの演技やっちゃいそうなイケメンゴリマッチョ系俳優にだってなれそうな見た目で何言ってんの⁈」
レイナードが自分を卑下した事にイレイラは驚き、もう淑女っぽい仮面を被る余裕など無かった。
「コロッセオで戦う狂戦士だってCG無しで出来そうなのに⁈まさか顔の傷跡?傷痕なんか気にしてるの?んなもんイケメン度アップのスパイスよ!私に夫がいなかったら100パーナンパしてるわ!あー!人見知りの私じゃ無理だったかもー!」
はぁはぁと息を切らし、早口で言いたい事を言い切ったイレイラは、我にかえり咳払いをした。
「……母さん、意味がサッパリわからないわ」
困惑気味でロシェルが首を振る。それに同意する様に、レイナードは首肯した。
「ごめんなさい、つい……推しを蔑ろにされたみたいな気分になったの」
「でもレイナードがカッコイイと言いたい事だけはちゃんとわかったわ、母さん!」
「そうよね、そうよね!」
そう言いキャッキャとお互いに手掌を合わせて喜び合う、ロシェルとイレイラ。はしゃぐ姿はまるで双子だ。本当に仲が良い。
レイナードはどう反応して良いのか全くわからないまま、お茶会は『レイナードにイケメンである事を自覚させるには』をテーマにその後も長々と続いたのだった。
◇
「大丈夫ですか?レイナード様」
すっかり干からび、ライフゼロ状態で客室のソファーに体を預けているレイナードにそう声をかけたのは神官のセナだ。
「温かいタオルをお持ちしましたので、こちらを目の辺りにのせておくといいですよ」
言うと同時にそのタオルをレイナードの既に閉じられていた瞼の上にセナがそっと置いた。
「ありがとう……助かるよ」
部屋まで戻る道中の簡単なやり取りの中で、どんな事でも楽に話して欲しいとセナに言われていたレイナードは、そのまま甘えるように言葉を続けた。
「元気だな、その……女性というのは。男同士のノリとはまた違って、全くついていけなかった」
「イレイラ様は異世界の出身者で、たまに不思議な単語を操りますから仕方ないですね。ロシェル様は母親似ですから、全くイレイラ様の言葉の意味を理解していなくてもそのまま同じテンポでついていけるだと思いますよ。あぁなられては、もうカイル様も入る隙がありません。その後はとっても拗ねて、今度はカイル様が手に負えない状態になるので……あの様にイレイラ様が素の姿で楽しそうにされているのを、久しぶりに見ました」
「では、俺はきちんと彼女達をもてなせたと言うわけか」
「そうですね。本来は逆であるべきなので、申し訳ありません。そして、ありがとうございます」
はははと笑うレイナードへ、セナが頭を下げる。
午前中におこなわれた茶会だったので、昼食はどうするのかとセナがテラスに行った時、二人の様子はそれはそれは大変な盛り上がり様だった。本人を前に賛美が飛び交い、ロシェルは自分の使い魔が褒められ、嬉しさあまって椅子に座るレイナードをシュウと共に背後から抱き締めていた。
昼食としてサンドイッチを持ってきて欲しいとイレイラから頼まれたセナが、チラッとレイナードへ目をやると、彼はすっかり魂が抜け切った様な顔をしていた。
それに気が付きながらも助ける事が出来ず、食事の用意の伝達をせねばならぬ事を心苦しく思いながら、セナはその場から離れた。
その事を謝罪でき、セナはほっと息を吐いた。何度もレイナードが謝罪され続けて辟易しているかもしれない事をセナはエレーナから聞き知っていたので少し迷ったのだが、締めは感謝の意にしたので彼が『またか』と思う事は無いだろう。
「言ってる意味はほぼ理解できなかったが、それでも楽しかったよ」
「そう言って頂けるととても嬉しいです。疲労感だけ与えてしまったとあっては、今度は神官達が揃ってレイナード様の元へ謝罪に行かねばなりませんからね」
セナが冗談めかしにそう言うと「はははは!それは勘弁してして欲しいな」とレイナードが楽しそうに笑った。
体を預けていたソファーから体を起こし、目の上に置いてあったタオルをレイナードが手に取る。そのタオルをセナへ差し出すと、彼がそれを受け取った。
「ありがとう、少し楽になったよ」
「もう一度温めなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
そう言うと、レイナードは男惚れする笑顔をセナに向けた。
彼のその笑顔にセナは、過去世で自身の親だった者の姿が重なり心が温かくなったが、他の男が見たらこれは惚れるなとも思った。レイナードは『男が惚れる男』タイプだなとも。
「いつでもお声掛けください」
セナは優しく微笑んだ後、「そうでした!」と何かを思い出したかの様な声を上げた。
「ん?どうかしたのか?」
「はい。実は今日街に出ましたら、旅の商人達が露店を開いているのを見つけて立ち寄ったのです」
「面白そうだな。何か珍しい物でも?」
レイナードが興味深げにセナの言葉を待つ。
「えぇ、そこでお香という物を見つけて買って来たのです」
「お香?」
セナは頷き「これです」と言いながら、神官服のポケットから小さな箱を取り出した。箱の蓋を開けると、中には円錐形をした色の違う9個の小さな香が綺麗に並んでいた。
セナがそれを、ソファーに座るレイナードへと見せる。
「いい香りがするな」
「でしょう?これに火をつけて、皿などの上に置き香りを楽しむ物らしいです。特にこれは睡眠時にオススメらしく、様々な効果が期待出来る品らしいですよ」
「様々な効果?」
「えぇ、安眠やリラックス効果……あとは、夢にも影響があると言っていました」
「それはいいな」
昨夜はあまり眠れなかったので、レイナードは関心を寄せた。
「少し目の下にクマができていましたから、眠れなかったのではないかと思いまして用意してみたのです」
「目立つか?」
「いえ、大丈夫です。何となく程度ですから、他の者は気が付いていないかと」
「よかった……ここの者達はずいぶんと優しいからな、あまり心配させたく無い」
ソファーの背もたれにドンッと再び体を預け、レイナードは息を吐いた。
「寝室のサイドテーブルに置いておきますので、睡眠前に是非お使いください。火を点ける為の魔法具も一緒にしておきましょう」
「ありがとう、セナは気がきくな」
「これが仕事ですから」
そう言うと、セナが一礼して客室から出る。レイナードはそれを見送ると、夕食までの時間をソファーの上で仮眠を取りながらすごした。
◇
その後夜には夕食会が開かれ、カイルは欠席のまま三人で食事を済ませた。お茶会、軽食時と同様になるのではと俺は少しヒヤヒヤしていたのだが、神官たちや使用人の出入りが多少あるためか、いたって普通の会話内容を楽しむ事が出来た。
夕食も済み、各人が部屋へと戻る。またロシェルが来やしないかとソワソワしてしまったが、無事一人で入浴を済ます事が出来た。後で聞いた話、ロシェルはイレイラに釘を刺されたらしい。『入浴時に邪魔をすると嫌われるわよ』と言われて、それは嫌だと諦めてくれたそうだ。これできっと、もう入浴時のアクシデントは発生しないで済みそうだ。
「さて、と」
一人呟き、髪をタオルで乾かしながら寝室へと入る。サイドテーブルにはセナが言っていたお香が小皿の上に置かれており、このまま火をつければいい様にしてあった。火を点ける為の魔法具も側にあったので、それをお香へと近づける。丸い塊の中心に、いかにもここを押せといわんばかりの突起があったのでそれを押すと、予想通り火が出てきた。
「おぉー!」
魔法すごいな!と一人で感心しながら、ピンク色をしたお香に火を点ける。すると、少ししてから煙がたち、部屋の中に甘い香りが漂い始めた。
「昼間に嗅いだ香りよりも、随分甘いな」
箱に全てが入った状態で嗅いだ時は、他の香りもあってか、もっと爽やかな香りが強かった。9個全てが違う色だったので、きっとこのピンク色の香はその中でも甘いタイプの物なのだろう。
髪に少し触れ、水気が無い事を確かめタオルをベッドの足元に置いた。
ベッドカバーをよけて中へ入り、スプリングのよくきいたマットレスに全身を預ける。昨日も思ったが、体格のいい自分でも全然狭さを感じず横になれるのサイズのベッドは本当に有難い。カルサールでは規格外の体格だったせいで既存の物は使い勝手が悪く、不自由する事が多かった。よく考えてみれば、カイルも自分と同じくらい身長が高かったので、ここではこれが当たり前なのかもしれない。服も全て自分に合っていた事もそれが理由かと、一人納得した。
天蓋付きの豪華なベッドに、昨日は入る事も少し躊躇したが、流石に二日目ともなれば慣れたのか気持ちに余裕が持てる。もしかしたら、この甘いお香の香りのおかげもあるかもしれない。
今夜はしっかり眠れそうだ……。
そう思った辺りからもう、瞼が重くなり、少しづつ意識が遠のいていき、眠りの底へと落ちていった。
◇
——これは夢だなとわかる夢を見る事が、たまにある。あまりにも非現実的過ぎるからではなく、ただ何となくわかるのだ。そして今見ている夢が正にそれだ。夢だとわかったからには、あとはこれが悪夢では無い事を願うばかりだ。
『…… シド』
夜着姿のロシェルに名を呼ばれ、振り返る。シュウは側におらず、そこに居たのは彼女一人だ。周囲は真っ白で何も無い。空白の空間にただ、互いが存在している。
『シュウはどうしたんだ?一緒じゃないのか』
『えぇ、あの子はもう寝てしまったから置いてきたの』
『そうか……』
頷き答え、沈黙が訪れる。でも何となくそれが気不味くは無く、互いに見つめ微笑みあった。
昼間の賛美の嵐を思い出し、少し照れ臭い気持ちになったが、夢なのだしいいかとそのまま彼女の顔を見つめる。
ただじっと、シンプルだがとても綺麗な顔立ちを見ていると、初めてロシェルという存在を認識した時の事が頭に浮かんだ。『使い魔になって』と言う言葉の意味など全くわからなかったクセに、ただ可愛い少女の頼みは聞かねばと骨髄反射的に『喜んで!』と答えてしまった事を思い出し、苦笑する。
突然笑う俺が気になったのか、ロシェルが不思議そうに俺の顔を下から覗き込んできた。俺の着る夜着をギュゥと掴み、首を傾げる仕草がとても愛らしい。これで成人女性だというのだから驚きだ。
『どうしたのです?何かありましたか?』
黒曜石の様に輝く瞳に引き込まれ、俺はそっとロシェルの頰を手で包んだ。夢ならこれくらいしてもいいだろう。
瞼をそっと閉じ、ロシェルが俺の手に手を重ねる。
『温かくて大きくて、素敵ですね』
『初めて言われたな』
『シドの世界の方達は見る目が無さ過ぎです。何故貴方が未婚なのか、私にはわかりません』
ゆるゆると首を振るロシェル。
自分の夢が彼女にこんな事を言わせてるのかと思うと、アホかと思った。醜男である事は重々承知しているのに、昼間散々意味不明な賛美を言われて気が大きくなっているのかもしれない。彼女達はただ、誤って召喚してしまった俺に気を使ってくれただけだというのに。勘違いをして傷付くのは結局自分だ、絶対に勘違いだけはするな。
『……私をお嫁さんにしてくれませんか?』
『は⁈』
ロシェルの一言に大声が出た。夢だというのに、自分の耳まで痛くなる。号令に近い程の大きさだったせいか、耳鳴りが残った。
『ご主人様のお願いが聞けないの?』
夜着を掴むロシェルの手に力が入る。グッと体も押され、俺はその勢いのまま後ろに倒れてしまった。
まずい!このまま頭からいっては思いっ切りぶつかる!咄嗟に俺は彼女守ろうと、ロシェルの体を抱き締め衝撃に備えた。
が、背後にいつのまにかベッドが出現し、俺達はそこへ倒れ込むだけで済んだ。流石夢だ、何でもアリだった。
『怪我はないか?』
無いとは思うが、念の為に訊くと、ロシェルが頷いて返してくる。そもそも夢なのだ、ここまで気にする必要も無いと思うが、やはり夢だろうと主人を守らねばという気持ちが強く出る。
『良かった、主人を怪我させては使い魔失格だろうからな』
『そうですね、でも私は……シドになら何をされてもかまいませんよ?』
胸の上に乗ったままのロシェルが言った言葉に、目眩がした。
『いやいや、数ある求婚者から結婚相手を選ばねばならない君が、何を言ってるんだ』
クシャッとロシェルの髪を撫で、宥める様な声で言った。
『彼らはダメよ、彼らでは幸せになどなれないわ。本心も晒せない相手と夫婦になどなれますか?私には無理です』
首を振って、ロシェルが訴える。同じ考えに賛同しそうになったが、自分の夢なのだからとすぐ我に返った。
『私は……シドのお嫁さんになりたいの。ダメ?』
ベッドへ押し倒された様な状態のまま、ロシェルが切なげな声で訊いてくる。
『無理だろ!生きる世界も違う君となんて』
『今は同じ世界よ?』
確かにそうなんだが、何故そんな事をロシェルが言う?いや、俺の夢だ、俺が言わせてる事になるのか?頭が混乱してきた。
『好きよ、シド私の大切な使い魔……』
そう言い、ロシェルが俺の頰を両手で包み、顔を近づけてくる。何をする気だ?先がわからず瞬きも出来ずに、ただされるがままになっていると、今まで経験した事もない柔らかな感触が唇に重なった。
『……?』
頭が動かない。現状が理解出来ず、ただ硬直してしまい抵抗も、これ以上を求める事も出来ずにいるとロシェルの長い黒髪が頰にかかり肌を撫でた。
チュッと音をたて、ゆっくり彼女が離れていく。抵抗しなかった事に安堵したのか、俺と目が合うなりロシェルは嬉しそうに微笑んだ。
『ファーストキスね』
『……ふぁ』
(今、キスと言ったのか?誰が?誰と?あ、俺か。……俺が⁈)
一気に顔が赤くなり、慌てて口元を押さえた。拭うことまではしなかったが、何をどう反応していいのかわからず、ただ黙ってロシェルから視線を逸らした。
待て、待ってくれ!夢は己の願望が現れると聞いた事があるが、こんな事望んだ覚えなど無いぞ?確かに、確かに彼女は可愛いし綺麗だし、幼子にしてはむ…胸もあるなとは思ってはいたがキスをしたいとかそんな事は一切考えた事などない!成人した女性だと知った後だってそれは同じだ。第一、仮であるにしても主人に対してそんな不埒な行為を求めるなど言語道断だ!こんな醜男に顔を近づけられなどしたら、女性など吐き気を感じるかもしれないのに、キ……キスとか有り得ないだろ‼︎
必死に状況と取るべき行動を考えなければと思うのに、違う事ばかりに頭がいく。
『何を考えているのですか?シド。私とのキスは嫌でした?』
『い、嫌な訳では!』
首を振り、咄嗟に否定する。勘違いされるのは不本意だった。
『良かったです』
嬉しそうに微笑み、ロシェルが体を起こす。馬乗りになるような状態になり、俺の左手をそっと彼女が掴んだ。その手を両手で掴み己の方へと引き寄せる。
(何をする気だ?)
顔を右手で覆ったまま不思議に思っていると、左掌が柔らかな物を掴んだ。俺に手に重なるロシェルの両手が動き、その柔らかな物を敢えて揉ませる。
『うわぁぁぁぁぁ!』
声をあげて後ろへずり下がった。この非常にマズイ状況から逃げたい一心なのに、手は離せない。もうこれは本能的にどうしょうもないのか?
ズルズルとベッドの上を逃げはしても、ロシェルの小柄な体は馬乗りのままで落ちずに体の上に居る。しかも少し呼吸を乱しながら、胸を俺に揉ませたままだった。
『ロ、ロシェル!手を離してくれないか⁈』
懇願する声が無駄に大きくなった。
赤い顔に変な汗をダラダラと垂らし、ベッドの上で幼子にしか見えない女性が馬乗りになってる情けない状況なんか、到底受け入れられない。だが、肝心のロシェルは俺の声など聞こえていないのか、聞く気がないのか。全く手を離そうとはせず、享楽に耽っている感さえあった。
『ダメだ!嫁入り前の娘がこんな!』
こんな事を夢でさせているのは自分なのに、なんだかもうそれすらわからなくなってきた。
『シドのお嫁さんになりたいのに、問題あります?』
頰を薄紅色に染め潤んだ目で問われた。
大アリだ!と思うのに、柔らかな胸の感触から手を離せない。離してくれないという事に甘え、本気で抵抗出来ずにいる。というか、今更だがコレ下着着てないよな⁈
完全にパニック状態になってきた。もういっそこちらから仕掛けるべきでは?とか馬鹿な考えまで一瞬頭をよぎる。即座に否定は出来たが、かなり危なかった。
『待ってくれ!ホント、勘弁してくれぇぇ!』
◇
——言葉での攻防戦を繰り返し、やめる事も、やめさせる事も出来ないままこのやり取りが続き、気が付いた時には夢から覚めていた。
疲れはきちんと取れているのだが、寝た気がしない。
まだ掌に柔らかな胸の感触が残っている感じもして、横になったまま顔の前で手を開いたり閉じたりしてしまう。
分厚いカーテンの隙間から朝日が少し入ってきていて、きちんと起きた方がいいなと思った俺は、体を起こし床に足をついた。
どんな顔でロシェルに会えばいいんだ?俺はあんな事を主人である彼女にしたいのか?そんなバカな……。
苦悩しながら頭を抱えて俯いていると、寝室のドアがノックする音が聞こえてきた。
「……はい」
ドアの方へ顔をやり、返事をした。すると、慌てた様子のセナが寝室へと入ってきた。
「失礼します、シド様!大変申し訳ありません!」
第一声から謝罪だった。今度は何なんだ一体。この世界に来てから、謝罪尽くしで本当に辟易してきた。
「昨夜はお香を……使われましたよね。そうですよね」
部屋の残り香で顔を青くしたセナが「あぁ…」とこぼしながら、額に手を当てて俯いた。
「何かあったのか?」
「……はい。実は今朝、昨日私がお香を買った露店の店主が神殿へやって来たのです。何でも、昨日説明書きを渡し忘れていたので届けに来たとの事でした」
「説明書き?」
「色によって効果が違うらしく、ロシェル様がお使いになった青いお香は『シドやシュウと一緒に空を飛ぶ夢を見た』と、とても喜ばれていたので安心していたのですが……他の色の効果が気になって全てに目を通しましたら……」
セナが俺から視線をそらし、気まずそうな顔で俯いた。
「何だったんだ?ハッキリ教えてくれないか?」
「その……淫夢を、見せる効果があるものだったらしいです」
「い……いんむ?」
何だそれは。よくわからず、俺の表情が険しくなった。いい意味である訳が無い事だけは理解出来ている。
「その……卑猥な、夢の事です。全ては香のせいで、その夢が願望の集積という訳では無いので、その様な夢を見ても決してシド様は気に病まれないで下さい」
色々納得した。あんな夢を見たのだ、当然だ。
だがしかし、あの程度で淫夢とか、子供か!とも思った。乏しい俺の性知識では頑張ってもあの程度だったという事かと思うと、三十にもなって情けないと益々落ち込んできた。
ベッドに上半身を倒し、顔を伏せて落ち込む俺に、セナが「申し訳ありません、知らなかったとはいえ」と何度も謝罪する。よっぽど凄い夢を見たのだと勘違いされている気がした。実際は逆なんだが、その事を説明するのも恥ずかしい。
「……問題無い、大丈夫だから」
体を起こし、無理やり笑ってみせた。
「以後気を付けます」
自分までやってしまうとはとでも言いたげな顔で、セナが顔をしかめている。当然か、謝罪に関して昨日冗談を言ったばかりなのだから。
もうここまでくると、誰かが俺を弄って遊んでいるんじゃないかとしか思えなくなってきた。この世界の神々は遊び好きだと聞いているし、もしや……などと疑いたくもなる。確かめる術は無いが、もうそうなのだと割り切れと、耳元で誰かが楽しそうに囁いた気さえした。
カイルは昨夜に引き続き自室に篭って魔法具の作成や材料集めに神官と共に奔走しているので、今回の茶会の主催者はロシェルとその母イレイラだ。
迎えに来た神官のエレーナに案内され、神殿内の廊下を進み、開催場所であるテラスを二人で目指す。そこは噴水や庭園の花々がもっとも美しく見える場所らしく、ロシェル達のお気に入りの場所なのだと、エレーナが移動中レイナードへ説明していた。
白いシャツと濃紺のトラウザーズをクローゼットから借り、茶色いブーツを履いた姿でレイナードが長い廊下を進み、テラスへの入り口を目指す。広い神殿内は移動だけでも大変で、運動不足の心配は無さそうだなとレイナードは思った。
「到着いたしましたわ。こちらになります」
そう言い、エレーナが大きなガラス戸を開く。
広いテラスには白いクロスのかかった大きなテーブルが置かれ、座り心地の良さそうなワインレッド色の椅子が四脚とベンチが並ぶ。ケーキや紅茶の美味しそうな香りがテラスに漂い、空腹では無かったはずのレイナードですら美味しそうだなと楽しみになった。
テラスを囲む手すり越しに見える大きな噴水はとても大きく、中央にある翼を広げたドラゴンの銅像の口から水が流れ出ており、下から光が照らしてある。きっと夜に来ると噴水が輝き、観る者を楽しませる作りになっているのだろう。
周囲には、色形とが様々な薔薇が多く植えられていて、この世界にもこの花はあるのかと彼は少し驚いた。
「おはようございます、シド」
椅子に座っていたロシェルが立ち上がると、肩にシュウを乗せたままレイナードへ駆け寄り、彼の筋肉質な腰回りにギューと抱きついてきた。
「オハ、ヨウゴザイマス……」
そう言ったレイナードの声は呆れる程片言になっており、せっかくのバリントンボイスが台無しだ。昨夜のロシェルの濡れ鼠姿が脳裏によぎったので無理も無いのだが。
「おはようございます、どうぞ座ってレイナード様」
イレイラもその場に立ち上がり、レイナードを座る様に促す。それに従い彼が腰を下ろすと、ロシェルとイレイラも席に着いた。
「さて、初めましてシド・レイナード様。私はロシェルの母イレイラと申します。夫のカイルがこの度大変ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません……。妻としても何とお詫びして良いのか——」
挨拶もそこそこに、テーブルに額がつきそうなくらい頭を下げて、ひたすらイレイラが今回の一件を謝り始めた。『またか!似た者夫婦なのか!』とレイナードは思ったが、口には出来なかった。謝罪をせねばと思う気持ちも、十分理解出来るからだ。
レイナードはしばらくただ黙って聞いていたのだが、ロシェルはそれを止めた。
「……母さん、このままではお茶が冷めてしまうわよ?」
「そうです。謝罪はもう十分お受けしましたから、お茶にしましょう!」
レイナードは渡りに船だと賛同し、何度も首を縦に動かした。
「ですが……」
この程度では詫びにならないのではと不満気な顔をしたイレイラに向かい「この紅茶は薔薇の香りがしますね!薔薇の紅茶ですか?」と、レイナードが少し演技がかった声をあげた。
「え?あ、はい。そうです。ここまで案内した神官のエレーナが手作りしたものなんですよ」
頷き答えるイレイラに対し、レイナードは更に続けた。
「ケーキもとても美味しそうだ。生花がクリームの上に飾られていますが、もしかしてこれは花も食べられるのですか?」
「えぇ、エディブルフラワーといって食用の為に育てた花なんです。レイナードの世界にもあったのですか?」
完全にイレイラの気を逸らす事が出来たようだと、レイナードは安堵した。
謝罪はもう昨日受けた分だけで十分胸が一杯であったし、それ以前にカイル達を責める気など彼には無かった。あれは完全に事故だ。もし誰かを責めるのなら、召喚時に自分の首に巻き付いてきたシュウが悪いだろとレイナードは思っている。
「いえ、私の世界には無い物です。食べられるなんてすごいですね。見た目も華やかで、素晴らしい」
「綺麗ですよね、私も大好きです。これで……美味しければ……」
レイナードの言葉に、うんうんと最初は同意していたロシェルだったが、途中から少し遠い目をした。どうやら、味に関しては彼女の好みでは無かったみたいだ。
三人が同時に紅茶の入るカップに手を伸ばし、香りや味を各々が楽しむ。紅茶を一口含み、イレイラが喉を潤すと、レイナードへ声をかけた。
「ところで、昨夜はロシェルまでもがご迷惑をおかけしたようで」
昨夜の風呂場での一件を持ち出され、レイナードは飲みかけの紅茶を口から吹き出しそうになった。無理やり飲み込んだせいで、激しく咳き込んでしまった。
「大丈夫⁈シド!」
ロシェルは声をあげると、隣に座るレイナードの広い背中をさする。それに対し彼は『大丈夫』とジェルチャーで伝えたが、声は出せなかった。
「母さん、私はただお手伝いをしたかっただけですよ?それを責められるのは納得いかないわ」
レイナードの背中をさすりながら、のんびりとしたテンポで反論するロシェル。だが、レイナードはイレイラの方に心の中で激しく同意した。迷惑だったかと問われると何とも微妙だが、困った事態だったのは確かだ。
「あのねロシェル。貴女は成人した女性なのよ?そんな子に手伝われるだなんて、どこの王族か貴族様ですか。しかも彼は騎士団長様なのでしょう?エレーナからも聞いたけど『自分で出来る』と言っていたそうじゃない。そんなお立場の方なら、出来ると言った事は出来るのよ」
レイナードはイレイラの言葉に、目を見開いた。『成人女性』という部分にひどく驚いていたのだ。『そんなバカな事があるか』『聞き間違いのはずだ』と心で叫びながら、レイナードが右手で顔を覆った。
「失礼、イレイラ様」
レイナードは顔を押さえたまま、軽く左手を上げてイレイラを呼んだ。
「はい、レイナードくん!あら、失礼。つい勢いで変な返事をしてしまったわ」
「ロシェル様は、おいくつで?」
レイナードはイレイラのお巫山戯をサラッと流し、質問を続けた。
「あら、聞いていないの?」
「そういえば話してませんねぇ」
イレイラとロシェルが顔を見合わせた。
「この子は十八歳よ。ここでは十五歳で成人するのでもうこの子は大人ね。レイナード様の世界ではどうなのかしら」
「私の世界でも、十五歳で成人です。……十八ですか、み、見えないですね」
激しく動揺し、レイナードの声が掠れた。
成人女性に二度も肩車をした上、入浴シーンまで見られたのかと思うと顔が青ざめていく。落ちないようにとの気遣いではあったが、ドレス越しとはいえ太ももにまで触れていた事も思い出し、変な汗が額から流れた。
「私にそっくりですからね、この子は。私もカイルと再会した時、歳をかなり間違われたわ。十九だった私を十歳だと思っていたのよ。ビックリよね」
「え、えぇ」
そう頷いてみせたが、レイナードは納得してしまった。このシンプルな幼い作りの顔立ちではカイルが間違えたのも無理はないだろう。同じ間違いを正に今までレイナードもしていたので、この詐欺は見破れないと強く感じた。
「イレイラ様も随分お若いですよね。とても十八歳のお子さんがいるようには見えません」
「あら、ありがとう。秘訣は夫婦円満よ」
ニコッと微笑むイレイラ。神子との深い交わりで外観が若いままである事を薄々彼女は気がついているが、あえて言う事もないだろうと黙っておく事にした。
「夫婦といえば。レイナード様も……向こうに、奥様が居るのでしょう?」
「いえ、私は」
イレイラに痛い話をされ、レイナードは「ははっ」と自嘲気味に短く笑った。
「え!なんで?こんなイケメンが⁈モテすぎて絞れないとか?まさか……BL系⁈」
イレイラが驚き、素で喋ってしまった。
「びぃ?……あ、いえ、普通にモテないだけです。この見た目ですから」
言っている意味が少しわからないと思いながらも、違う世界なのだしそんな事もあるだろうと、レイナードは答えられる範囲で返事をした。
「そうよね!母さん流石だわ!そうよ、シドはとってもカッコイイの!」
ロシェルは目を輝かせ、胸元で手を組んだ姿でイレイラの言葉にわかる範囲で同意した。
「かっこぃ……」
異性から言われ慣れない、いや、言われた事など無い褒め言葉を言われレイナードは固まった。目が腐っているのか、この二人はとまで思った。
「ハリウッドでスタントマン無しの演技やっちゃいそうなイケメンゴリマッチョ系俳優にだってなれそうな見た目で何言ってんの⁈」
レイナードが自分を卑下した事にイレイラは驚き、もう淑女っぽい仮面を被る余裕など無かった。
「コロッセオで戦う狂戦士だってCG無しで出来そうなのに⁈まさか顔の傷跡?傷痕なんか気にしてるの?んなもんイケメン度アップのスパイスよ!私に夫がいなかったら100パーナンパしてるわ!あー!人見知りの私じゃ無理だったかもー!」
はぁはぁと息を切らし、早口で言いたい事を言い切ったイレイラは、我にかえり咳払いをした。
「……母さん、意味がサッパリわからないわ」
困惑気味でロシェルが首を振る。それに同意する様に、レイナードは首肯した。
「ごめんなさい、つい……推しを蔑ろにされたみたいな気分になったの」
「でもレイナードがカッコイイと言いたい事だけはちゃんとわかったわ、母さん!」
「そうよね、そうよね!」
そう言いキャッキャとお互いに手掌を合わせて喜び合う、ロシェルとイレイラ。はしゃぐ姿はまるで双子だ。本当に仲が良い。
レイナードはどう反応して良いのか全くわからないまま、お茶会は『レイナードにイケメンである事を自覚させるには』をテーマにその後も長々と続いたのだった。
◇
「大丈夫ですか?レイナード様」
すっかり干からび、ライフゼロ状態で客室のソファーに体を預けているレイナードにそう声をかけたのは神官のセナだ。
「温かいタオルをお持ちしましたので、こちらを目の辺りにのせておくといいですよ」
言うと同時にそのタオルをレイナードの既に閉じられていた瞼の上にセナがそっと置いた。
「ありがとう……助かるよ」
部屋まで戻る道中の簡単なやり取りの中で、どんな事でも楽に話して欲しいとセナに言われていたレイナードは、そのまま甘えるように言葉を続けた。
「元気だな、その……女性というのは。男同士のノリとはまた違って、全くついていけなかった」
「イレイラ様は異世界の出身者で、たまに不思議な単語を操りますから仕方ないですね。ロシェル様は母親似ですから、全くイレイラ様の言葉の意味を理解していなくてもそのまま同じテンポでついていけるだと思いますよ。あぁなられては、もうカイル様も入る隙がありません。その後はとっても拗ねて、今度はカイル様が手に負えない状態になるので……あの様にイレイラ様が素の姿で楽しそうにされているのを、久しぶりに見ました」
「では、俺はきちんと彼女達をもてなせたと言うわけか」
「そうですね。本来は逆であるべきなので、申し訳ありません。そして、ありがとうございます」
はははと笑うレイナードへ、セナが頭を下げる。
午前中におこなわれた茶会だったので、昼食はどうするのかとセナがテラスに行った時、二人の様子はそれはそれは大変な盛り上がり様だった。本人を前に賛美が飛び交い、ロシェルは自分の使い魔が褒められ、嬉しさあまって椅子に座るレイナードをシュウと共に背後から抱き締めていた。
昼食としてサンドイッチを持ってきて欲しいとイレイラから頼まれたセナが、チラッとレイナードへ目をやると、彼はすっかり魂が抜け切った様な顔をしていた。
それに気が付きながらも助ける事が出来ず、食事の用意の伝達をせねばならぬ事を心苦しく思いながら、セナはその場から離れた。
その事を謝罪でき、セナはほっと息を吐いた。何度もレイナードが謝罪され続けて辟易しているかもしれない事をセナはエレーナから聞き知っていたので少し迷ったのだが、締めは感謝の意にしたので彼が『またか』と思う事は無いだろう。
「言ってる意味はほぼ理解できなかったが、それでも楽しかったよ」
「そう言って頂けるととても嬉しいです。疲労感だけ与えてしまったとあっては、今度は神官達が揃ってレイナード様の元へ謝罪に行かねばなりませんからね」
セナが冗談めかしにそう言うと「はははは!それは勘弁してして欲しいな」とレイナードが楽しそうに笑った。
体を預けていたソファーから体を起こし、目の上に置いてあったタオルをレイナードが手に取る。そのタオルをセナへ差し出すと、彼がそれを受け取った。
「ありがとう、少し楽になったよ」
「もう一度温めなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
そう言うと、レイナードは男惚れする笑顔をセナに向けた。
彼のその笑顔にセナは、過去世で自身の親だった者の姿が重なり心が温かくなったが、他の男が見たらこれは惚れるなとも思った。レイナードは『男が惚れる男』タイプだなとも。
「いつでもお声掛けください」
セナは優しく微笑んだ後、「そうでした!」と何かを思い出したかの様な声を上げた。
「ん?どうかしたのか?」
「はい。実は今日街に出ましたら、旅の商人達が露店を開いているのを見つけて立ち寄ったのです」
「面白そうだな。何か珍しい物でも?」
レイナードが興味深げにセナの言葉を待つ。
「えぇ、そこでお香という物を見つけて買って来たのです」
「お香?」
セナは頷き「これです」と言いながら、神官服のポケットから小さな箱を取り出した。箱の蓋を開けると、中には円錐形をした色の違う9個の小さな香が綺麗に並んでいた。
セナがそれを、ソファーに座るレイナードへと見せる。
「いい香りがするな」
「でしょう?これに火をつけて、皿などの上に置き香りを楽しむ物らしいです。特にこれは睡眠時にオススメらしく、様々な効果が期待出来る品らしいですよ」
「様々な効果?」
「えぇ、安眠やリラックス効果……あとは、夢にも影響があると言っていました」
「それはいいな」
昨夜はあまり眠れなかったので、レイナードは関心を寄せた。
「少し目の下にクマができていましたから、眠れなかったのではないかと思いまして用意してみたのです」
「目立つか?」
「いえ、大丈夫です。何となく程度ですから、他の者は気が付いていないかと」
「よかった……ここの者達はずいぶんと優しいからな、あまり心配させたく無い」
ソファーの背もたれにドンッと再び体を預け、レイナードは息を吐いた。
「寝室のサイドテーブルに置いておきますので、睡眠前に是非お使いください。火を点ける為の魔法具も一緒にしておきましょう」
「ありがとう、セナは気がきくな」
「これが仕事ですから」
そう言うと、セナが一礼して客室から出る。レイナードはそれを見送ると、夕食までの時間をソファーの上で仮眠を取りながらすごした。
◇
その後夜には夕食会が開かれ、カイルは欠席のまま三人で食事を済ませた。お茶会、軽食時と同様になるのではと俺は少しヒヤヒヤしていたのだが、神官たちや使用人の出入りが多少あるためか、いたって普通の会話内容を楽しむ事が出来た。
夕食も済み、各人が部屋へと戻る。またロシェルが来やしないかとソワソワしてしまったが、無事一人で入浴を済ます事が出来た。後で聞いた話、ロシェルはイレイラに釘を刺されたらしい。『入浴時に邪魔をすると嫌われるわよ』と言われて、それは嫌だと諦めてくれたそうだ。これできっと、もう入浴時のアクシデントは発生しないで済みそうだ。
「さて、と」
一人呟き、髪をタオルで乾かしながら寝室へと入る。サイドテーブルにはセナが言っていたお香が小皿の上に置かれており、このまま火をつければいい様にしてあった。火を点ける為の魔法具も側にあったので、それをお香へと近づける。丸い塊の中心に、いかにもここを押せといわんばかりの突起があったのでそれを押すと、予想通り火が出てきた。
「おぉー!」
魔法すごいな!と一人で感心しながら、ピンク色をしたお香に火を点ける。すると、少ししてから煙がたち、部屋の中に甘い香りが漂い始めた。
「昼間に嗅いだ香りよりも、随分甘いな」
箱に全てが入った状態で嗅いだ時は、他の香りもあってか、もっと爽やかな香りが強かった。9個全てが違う色だったので、きっとこのピンク色の香はその中でも甘いタイプの物なのだろう。
髪に少し触れ、水気が無い事を確かめタオルをベッドの足元に置いた。
ベッドカバーをよけて中へ入り、スプリングのよくきいたマットレスに全身を預ける。昨日も思ったが、体格のいい自分でも全然狭さを感じず横になれるのサイズのベッドは本当に有難い。カルサールでは規格外の体格だったせいで既存の物は使い勝手が悪く、不自由する事が多かった。よく考えてみれば、カイルも自分と同じくらい身長が高かったので、ここではこれが当たり前なのかもしれない。服も全て自分に合っていた事もそれが理由かと、一人納得した。
天蓋付きの豪華なベッドに、昨日は入る事も少し躊躇したが、流石に二日目ともなれば慣れたのか気持ちに余裕が持てる。もしかしたら、この甘いお香の香りのおかげもあるかもしれない。
今夜はしっかり眠れそうだ……。
そう思った辺りからもう、瞼が重くなり、少しづつ意識が遠のいていき、眠りの底へと落ちていった。
◇
——これは夢だなとわかる夢を見る事が、たまにある。あまりにも非現実的過ぎるからではなく、ただ何となくわかるのだ。そして今見ている夢が正にそれだ。夢だとわかったからには、あとはこれが悪夢では無い事を願うばかりだ。
『…… シド』
夜着姿のロシェルに名を呼ばれ、振り返る。シュウは側におらず、そこに居たのは彼女一人だ。周囲は真っ白で何も無い。空白の空間にただ、互いが存在している。
『シュウはどうしたんだ?一緒じゃないのか』
『えぇ、あの子はもう寝てしまったから置いてきたの』
『そうか……』
頷き答え、沈黙が訪れる。でも何となくそれが気不味くは無く、互いに見つめ微笑みあった。
昼間の賛美の嵐を思い出し、少し照れ臭い気持ちになったが、夢なのだしいいかとそのまま彼女の顔を見つめる。
ただじっと、シンプルだがとても綺麗な顔立ちを見ていると、初めてロシェルという存在を認識した時の事が頭に浮かんだ。『使い魔になって』と言う言葉の意味など全くわからなかったクセに、ただ可愛い少女の頼みは聞かねばと骨髄反射的に『喜んで!』と答えてしまった事を思い出し、苦笑する。
突然笑う俺が気になったのか、ロシェルが不思議そうに俺の顔を下から覗き込んできた。俺の着る夜着をギュゥと掴み、首を傾げる仕草がとても愛らしい。これで成人女性だというのだから驚きだ。
『どうしたのです?何かありましたか?』
黒曜石の様に輝く瞳に引き込まれ、俺はそっとロシェルの頰を手で包んだ。夢ならこれくらいしてもいいだろう。
瞼をそっと閉じ、ロシェルが俺の手に手を重ねる。
『温かくて大きくて、素敵ですね』
『初めて言われたな』
『シドの世界の方達は見る目が無さ過ぎです。何故貴方が未婚なのか、私にはわかりません』
ゆるゆると首を振るロシェル。
自分の夢が彼女にこんな事を言わせてるのかと思うと、アホかと思った。醜男である事は重々承知しているのに、昼間散々意味不明な賛美を言われて気が大きくなっているのかもしれない。彼女達はただ、誤って召喚してしまった俺に気を使ってくれただけだというのに。勘違いをして傷付くのは結局自分だ、絶対に勘違いだけはするな。
『……私をお嫁さんにしてくれませんか?』
『は⁈』
ロシェルの一言に大声が出た。夢だというのに、自分の耳まで痛くなる。号令に近い程の大きさだったせいか、耳鳴りが残った。
『ご主人様のお願いが聞けないの?』
夜着を掴むロシェルの手に力が入る。グッと体も押され、俺はその勢いのまま後ろに倒れてしまった。
まずい!このまま頭からいっては思いっ切りぶつかる!咄嗟に俺は彼女守ろうと、ロシェルの体を抱き締め衝撃に備えた。
が、背後にいつのまにかベッドが出現し、俺達はそこへ倒れ込むだけで済んだ。流石夢だ、何でもアリだった。
『怪我はないか?』
無いとは思うが、念の為に訊くと、ロシェルが頷いて返してくる。そもそも夢なのだ、ここまで気にする必要も無いと思うが、やはり夢だろうと主人を守らねばという気持ちが強く出る。
『良かった、主人を怪我させては使い魔失格だろうからな』
『そうですね、でも私は……シドになら何をされてもかまいませんよ?』
胸の上に乗ったままのロシェルが言った言葉に、目眩がした。
『いやいや、数ある求婚者から結婚相手を選ばねばならない君が、何を言ってるんだ』
クシャッとロシェルの髪を撫で、宥める様な声で言った。
『彼らはダメよ、彼らでは幸せになどなれないわ。本心も晒せない相手と夫婦になどなれますか?私には無理です』
首を振って、ロシェルが訴える。同じ考えに賛同しそうになったが、自分の夢なのだからとすぐ我に返った。
『私は……シドのお嫁さんになりたいの。ダメ?』
ベッドへ押し倒された様な状態のまま、ロシェルが切なげな声で訊いてくる。
『無理だろ!生きる世界も違う君となんて』
『今は同じ世界よ?』
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そう言い、ロシェルが俺の頰を両手で包み、顔を近づけてくる。何をする気だ?先がわからず瞬きも出来ずに、ただされるがままになっていると、今まで経験した事もない柔らかな感触が唇に重なった。
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頭が動かない。現状が理解出来ず、ただ硬直してしまい抵抗も、これ以上を求める事も出来ずにいるとロシェルの長い黒髪が頰にかかり肌を撫でた。
チュッと音をたて、ゆっくり彼女が離れていく。抵抗しなかった事に安堵したのか、俺と目が合うなりロシェルは嬉しそうに微笑んだ。
『ファーストキスね』
『……ふぁ』
(今、キスと言ったのか?誰が?誰と?あ、俺か。……俺が⁈)
一気に顔が赤くなり、慌てて口元を押さえた。拭うことまではしなかったが、何をどう反応していいのかわからず、ただ黙ってロシェルから視線を逸らした。
待て、待ってくれ!夢は己の願望が現れると聞いた事があるが、こんな事望んだ覚えなど無いぞ?確かに、確かに彼女は可愛いし綺麗だし、幼子にしてはむ…胸もあるなとは思ってはいたがキスをしたいとかそんな事は一切考えた事などない!成人した女性だと知った後だってそれは同じだ。第一、仮であるにしても主人に対してそんな不埒な行為を求めるなど言語道断だ!こんな醜男に顔を近づけられなどしたら、女性など吐き気を感じるかもしれないのに、キ……キスとか有り得ないだろ‼︎
必死に状況と取るべき行動を考えなければと思うのに、違う事ばかりに頭がいく。
『何を考えているのですか?シド。私とのキスは嫌でした?』
『い、嫌な訳では!』
首を振り、咄嗟に否定する。勘違いされるのは不本意だった。
『良かったです』
嬉しそうに微笑み、ロシェルが体を起こす。馬乗りになるような状態になり、俺の左手をそっと彼女が掴んだ。その手を両手で掴み己の方へと引き寄せる。
(何をする気だ?)
顔を右手で覆ったまま不思議に思っていると、左掌が柔らかな物を掴んだ。俺に手に重なるロシェルの両手が動き、その柔らかな物を敢えて揉ませる。
『うわぁぁぁぁぁ!』
声をあげて後ろへずり下がった。この非常にマズイ状況から逃げたい一心なのに、手は離せない。もうこれは本能的にどうしょうもないのか?
ズルズルとベッドの上を逃げはしても、ロシェルの小柄な体は馬乗りのままで落ちずに体の上に居る。しかも少し呼吸を乱しながら、胸を俺に揉ませたままだった。
『ロ、ロシェル!手を離してくれないか⁈』
懇願する声が無駄に大きくなった。
赤い顔に変な汗をダラダラと垂らし、ベッドの上で幼子にしか見えない女性が馬乗りになってる情けない状況なんか、到底受け入れられない。だが、肝心のロシェルは俺の声など聞こえていないのか、聞く気がないのか。全く手を離そうとはせず、享楽に耽っている感さえあった。
『ダメだ!嫁入り前の娘がこんな!』
こんな事を夢でさせているのは自分なのに、なんだかもうそれすらわからなくなってきた。
『シドのお嫁さんになりたいのに、問題あります?』
頰を薄紅色に染め潤んだ目で問われた。
大アリだ!と思うのに、柔らかな胸の感触から手を離せない。離してくれないという事に甘え、本気で抵抗出来ずにいる。というか、今更だがコレ下着着てないよな⁈
完全にパニック状態になってきた。もういっそこちらから仕掛けるべきでは?とか馬鹿な考えまで一瞬頭をよぎる。即座に否定は出来たが、かなり危なかった。
『待ってくれ!ホント、勘弁してくれぇぇ!』
◇
——言葉での攻防戦を繰り返し、やめる事も、やめさせる事も出来ないままこのやり取りが続き、気が付いた時には夢から覚めていた。
疲れはきちんと取れているのだが、寝た気がしない。
まだ掌に柔らかな胸の感触が残っている感じもして、横になったまま顔の前で手を開いたり閉じたりしてしまう。
分厚いカーテンの隙間から朝日が少し入ってきていて、きちんと起きた方がいいなと思った俺は、体を起こし床に足をついた。
どんな顔でロシェルに会えばいいんだ?俺はあんな事を主人である彼女にしたいのか?そんなバカな……。
苦悩しながら頭を抱えて俯いていると、寝室のドアがノックする音が聞こえてきた。
「……はい」
ドアの方へ顔をやり、返事をした。すると、慌てた様子のセナが寝室へと入ってきた。
「失礼します、シド様!大変申し訳ありません!」
第一声から謝罪だった。今度は何なんだ一体。この世界に来てから、謝罪尽くしで本当に辟易してきた。
「昨夜はお香を……使われましたよね。そうですよね」
部屋の残り香で顔を青くしたセナが「あぁ…」とこぼしながら、額に手を当てて俯いた。
「何かあったのか?」
「……はい。実は今朝、昨日私がお香を買った露店の店主が神殿へやって来たのです。何でも、昨日説明書きを渡し忘れていたので届けに来たとの事でした」
「説明書き?」
「色によって効果が違うらしく、ロシェル様がお使いになった青いお香は『シドやシュウと一緒に空を飛ぶ夢を見た』と、とても喜ばれていたので安心していたのですが……他の色の効果が気になって全てに目を通しましたら……」
セナが俺から視線をそらし、気まずそうな顔で俯いた。
「何だったんだ?ハッキリ教えてくれないか?」
「その……淫夢を、見せる効果があるものだったらしいです」
「い……いんむ?」
何だそれは。よくわからず、俺の表情が険しくなった。いい意味である訳が無い事だけは理解出来ている。
「その……卑猥な、夢の事です。全ては香のせいで、その夢が願望の集積という訳では無いので、その様な夢を見ても決してシド様は気に病まれないで下さい」
色々納得した。あんな夢を見たのだ、当然だ。
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「……問題無い、大丈夫だから」
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