ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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【最終章】

【第十一話・こぼれ話】初恋の束縛(ララ・談)

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『——デ、結局シス様からの愛の告白は保留にしたのネ』
「う、うん」

 シェアハウスのベッドでゴロンと寝転がり、帰宅してすぐ寝室で寝衣に着替え始めたカカ様から事の詳細を聞いていたら、だんだんと呆れていき、ついため息が出てしまった。所詮は、此処の管理人である“シス様”も、公爵である“メンシス様”も、結局はどちらもトト様なのに。何ともまぁ面倒な状況なったものだ。
 今後はこの地区のシンボルマーと化しそうな程に立派な時計塔を一から造ったりまでして散々入念な準備をしたのに、大人しく引き下がったトト様もトト様だ。そのまま押せば案外堕ちたかもしれないし、フラれたのならもういっそ記憶を…… あ、いや、そういえばちゃんと愛情が欲しいから記憶の改竄は最終手段だって言っていたっけ。

「突如置かれた状況に動揺して勢いで家出してしまったし、今の“私”は公式的には死亡した事になっているから彼との婚約はもう白紙になっているってわかってはいるんだけど、ね」
『そうよネ。なら尚更、今の恋心を大事にしたらよかったのニ』
「うーん…… 」と唸り、カカ様がぽつりぽつりと話し始めた。

「此処に戻って来るまでの間に色々考えて、自分の気持ちと少し向き合ってみたんだけど…… 多分ね、生まれて初めて願った事が、歪んだ形だったとはいえ、『叶った』という事実にしがみついちゃっているのかもしれないわ」

 カカ様の言う『歪んだ形』とはきっと、妹・“カーネ”として死に、姉・“ティアン”として死に戻ったこの状況の事を指しているのだろう。

 アタシ達からしたら今の状態こそが正しい姿なのだが、当人であるカカ様は、どうしたってそうとは受け止められていないのね。
「何もかも諦めて生きてきた中で、お互いにまだ幼かったのに彼は、ささやかなながらも穏やかな時間をくれたの。顔を火傷して苦しんでいた時も、あの頃はまだ叔父様が家には居なかったから、手を差し伸べてくれたのは彼だけだったし」
 そう言い、カカ様が自分の顔の左側にそっと触れる。もうそこに大きな火傷の痕は無いのに、境界線だった部分を見事に指先でなぞっていく。きっと何度も何度も触れていたからすっかり外輪を覚えてしまったのだろう。

「一緒に悲しんでくれて、私以上に怒ってくれて…… すっかり心を掴まれてしまったの」

 淡々と思い出を語るカカ様の表情はとても穏やかなものだ。なので邪魔はせず、アタシはじっと耳を傾けた。
「自分から『婚約者に』と選んだのに、彼が何故か姉を嫌っていた事には気が付いていたから、生まれて初めて、『私を婚約者として選び直してはくれないだろうか?』と子供だった私は密かに願ったの。婚約者は聖女候補だから、嫌いだろうがそう簡単には婚約解消は出来ない。公爵家同士だから利権が絡んだものだった可能性もある。だからどう願ったって無理だろうとわかってはいたけど、だから熱望まではしなかったけど、それでも、ね…… 。突然逢えなくなって、勝手に捨てられた様な気分になって、彼には正直失望したわ。でもそれから十三年も経過した今になって、思いがけず当時の願いが叶った。叶ったけど、同時にすごく怖くなった。…… だって、絶対に、“今の私”を愛してはもらえないもの」
『だかラ、あの家から逃げたんだものネ』
「うん」

(…… まァ、カカ様が家出をせズ、あのまま聖女として順当に二人が結婚する事になっていたとしてモ、適当な理由をでっちあげテ、“ティアン”に冷淡な対応をしていた事なんか無かったみたいにトト様はカカ様を溺愛していたでしょうニ)

 公爵家の仕事で忙しかったのは事実だから、久方ぶりに会った事で急に“ティアンあの女”に対して優しくなったとしたって、どうとでも理由を捏造出来たはずだもの。
『初恋っテ、厄介なのネ』と言いつつ、軽く息をつく。“初恋”だなんて生まれた経験すら無いアタシにはまだまだ縁遠いモノだが、自分の時はこんな面倒な事にはならないといいなと心底思う。
「はははっ」と短く笑い、「…… 本当に、そうだね」とカカ様はぽつりと呟いた。目の前にあった幸せから距離を置いた自覚はどうやらあるらしい。

「…… ただの“義妹になる予定だった者”でしかなかった存在に、この先会う予定も無いような者に、子供みたいな執着をされたって迷惑でしか無いとわかってはいるんだけどね」

『彼にとっテ、“義妹になる予定だった者”でしかない訳では無かったと思うわヨ』
「それは、何故?」
 カカ様は何を根拠に?と訊きたげな顔だ。
『彼ハ、“カーネ・シリウス”公爵令嬢の墓の前でしばらく立ち尽くシ、肩を震わせていたからヨ』
「それってまさか…… 墓の前で、泣いていたの?」
『…… 』
 アタシが無言のままでいると、カカ様は肯定したと取ったみたいだ。
「そう、なんだ…… 」と呟いたカカ様の口元が綻んでいる。“カーネ”の葬儀を取り仕切ってくれただけじゃなく、泣いてまでくれたのかと受け取ってくれてよかった。実際には、やっと思い通りの状況になった事で、今にも大声で笑い出しそうなのをぐっと堪えていただけなんだけどね。

(だけど、こんな話をして本当に良かったのかしラ)

 今のカカ様はどう見ても過去に囚われている。“初恋の君”にばかり気持ちがいき、今の恋心を蔑ろにするだなんて愚者のする行為だ。そんなカカ様に敢えて今、“メンシス・ラン・セレネ”公爵の事を話せと頼まれて“カーネ”の墓の前での出来事を、誤解を生む伝え方をしたけれど…… 一体トト様は何を考えているのかしら。


『——そうそウ、今のカカ様は何処にも籍の無い中途半端な状態だけド、その事は気にしなくても良いわヨ』
「…… え?そ、それは、どうしてなの?」
『伝手があるからヨ。ちゃんと真っ当な方法で新しい物を用意するかラ、変な心配はしないでネ』
 そう伝え、これ以上は訊かないでねと念押すみたいに不自然な程ニコリと笑ってみせた。アタシの“伝手”とはもちろんトト様なのだが、そうである事をもう匂わせる気は無い。

(こうやって一つずつでモ、少しでも“シスさんではダメな理由”を排除していけバ、いつかきっト、きっト——)

 丁度切りの良いタイミングで、寝室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「もう、部屋に入っても大丈夫ですか?」とトト様が訊かれ、慌ててカカ様が寝衣の最後のボタンを留めながら「大丈夫です!」と返す。先程まで着ていたデート用の服一式も素敵だったが、ワンピーススタイルの可愛らしい寝衣もとても似合っている。
「じゃあ、休みますか」
「あ、はい…… 」
 年越しを外で過ごし、時計の針はすっかり深夜を告げている。両想いであるとわかっているからか、眠たそうにしながらも、カカ様の頬は少し赤くなっていた。
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